ひまわりだけが知っている

sistreal

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開かずの間の小説家

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 共有リビングスペースでくつろいでいると、小さい頃見ていた戦隊もののアニメの主題歌が流れてきた。

 何となく耳に残っていたそれが、このアパートの固定電話から鳴っているものだと気づいたのは、サビのループが三週目に入ったときだった。

「あっ、ハロハロー」

 慌てて受話器を取ると、聞こえてきたのは完全な日本語発音。声の感じからおそらく学生と思われる女性にしては、少し反応が古臭い。

 どうしたものかと考えてどもっていると、「もしかして学園生さんかな?」と高い声の女性は続けた。突然のことで回答を用意できず、気の抜けた返事を返すと女性は「うんうん」と納得したように言う。

 きっと受話器の向こうで頷いているのだろう、ということがわかった。

「それじゃあ学園生さん。かわいいかわいい大家さんに替わってもらえるかな?」

 普段このアパートの固定電話を使うのは入居希望者くらいだし、この喋りのノリなら大学生くらいだろうか。

   そういえば去年この時期に入居希望で来た人は、みんな入居を断られていたっけ、まああれはその三人が終始学生特有のふざけたノリでいたから仕方ないか。

 ここはシェアハウスに近い環境だから、入居前に一応性格の確認をしている。その面談は大家さんが行うから、子供扱いされて機嫌を損ねるところまでがワンセットだ。

「大家は不在となっています。夜には戻るかと思いますが、折り返しお電話しましょうか?」

「うーん」

   電話越しに女性は唸ると、続けて英語のアナウンスが聞こえて来た。エアポートやら聞き覚えがある単語から、おそらくどこかの空港だろうと推測する。

「おい!走んないと間に合わないぞあれ!」

 バタバタと走る足音と、ガタガタと旅行鞄を引きずる音が小さくなって、日本語の男性の声が聞き取れた。

「あ、まってまってー」

 受話器の向こうから、「早くしろ~」と急かす男の声。

「それじゃあ、明日帰るって伝えておいてー」

 こちらの返事を待たず、ガチャンと受話器が下されたのがわかった。飛行機が出る直前だったのだろうか。

 それにしても「帰る」ってことはもともとの入居者かな?大家さんは今日は遅くまで帰ってこないし、でも急ぎかもしれないし、うーん……。

 ちょうどお昼もまだだったし、わからないことは年長者を頼ることにしよう。

 管理人室の隣の部屋。一階は管理人さんとその人しか住んでなくてあとは物置部屋があるだけだ。その部屋に立って優しくノックをする。

「……」

 こんなものこの開かずの間の住人が起きないのはここに住んでいる人はみんなが知っている。

 この部屋の扉の鍵はいつも開いているのだけど、扉が一センチほど開くとすぐにそれ以上は開かなくなる。だから開かずの間と呼ばれている。

「しーちゃん、起きてー」

 一応声もかけるが、もちろん返事は返ってこない。

「……」

 ドンドンドン、と無言でノックを繰り返す。年長者の彼女が他に入居者のいない一階に住んでいるのは、この騒音を考慮してのことだ。

 ノック音がダンダンダン、と大きくなると部屋の中で小さく「えっ何?地震?」と呟く声が聞こえてきた。

「しーちゃん起きてー!お昼まだでしょー!一緒に食べよー!」

「え!うそ!もうお昼?!」

 バタバタと本の束が倒れる音と、その間をドタドタと酔っ払いのようなおぼつかない足取りで歩む音が聞こえる。

「ご、ごめんね~これ片したら行くから、リビングでまってて~」

「はーい」

 彼女は小説家で、ほぼ一日中家にいて、朝食も一緒に取らないことが多い。小説を書いているときもそうだけど、何かに夢中になると時間を忘れてそれに没頭してしまうタイプだ。

「お、おまたせ……しました……」

 ひとしきりの準備を二人前、終わった段階でおずおずと廊下からしーちゃんが出てくる。この暑いのに薄手だけど長い袖のカーディガンを羽織っている。栗色の髪を肩ほどの高さで整えたどう見ても二十代前半にしか見えない若々しさを誇るしーちゃんは、こう見えて学園生時代からもう二十年以上この寮に住んでいる。つまりアラフォーだ。

 大家さんも学園生時代からここに住んでいるらしい。このアパートは時間がゆっくり流れているのだろうか。

「おはようしーちゃん。今日はドラマ?小説?漫画?」

「きょ、今日はこれです……」

 そう言って彼女が差し出したのは全32巻ある人気のライトノベルだ。テレビCMでもたまに流れているから見たことがあるやつだ。

「これはね!凄いんだよ――」

 最初はおずおずとしていたが、知っているような反応を返すと一変してハキハキと喋り出した。

 目をまるで十代の少女のようにきらきらと輝かせて、この表現がいいとかこの展開がいいとか、感想を伝えてくれる三十八歳。

 持っていたのは三十巻だから、きっと昨日の夜からずっと、一巻から読み続けていてのだろう。そんな彼女の話は食事中ずっと続いていた。

「そういえばさっきこんな電話があったんだ」

 昼食を終え一区切りついたところで先ほどの電話のことを伝えた。

「うん?あっそれは、多分女優さんだね」

「女優さん?」

「うん。今は海外の仕事が多くていないけど、二、三年前までここに住んでてね~」

 なんでもしーちゃんが書いた小説が映画化されるとき知り合って、すっかり仲良くなったから一緒に住むことになったという。しーちゃんの本映画化されてたんだね。

「赤ちゃんの時に一度会ってるんだけど、流石に覚えてないかぁ」

 ぼんやりした顔で言うしーちゃんに思わず 苦笑いを浮かべた。そんなの覚えてるわけないじゃないか。
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