呉宮史桜の優雅な放課後

詩央

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Case.01【消えるピアニスト】

day3─道標─

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 翌日。放課後に絢葉は、旧音楽室に向かう前に優雅部の部室に来ていた。史桜に呼び出された為だ。
 軽くノックをして扉を開けると、そこには出会った日と全く同じ、肘掛け椅子に座って優雅に紅茶を嗜む呉宮史桜の姿が在った。
「やぁ、来たね東雲君」
「お疲れ様です…。あの、今日は調査に向かわないんですか?」
「いいや?この後向かってもらうつもりだとも。その前に尋ねておきたくてね」
 史桜はティーカップを机に置き、両手を組み合わせて絢葉を正面から見据えた。伏せがちな切れ長の目は一見威圧的な印象を与えるが、実際はその眼差しには静かな温かさが含まれている。
「旧音楽室の怪異。東雲君の目にはどう映る?幽霊などの超常現象の類の仕業だと思うかね?」
 僅かに口角を上げ、微笑む。絢葉は戸惑いながら正直に答えた。
「そ、それは…、勿論。今まで誰も演奏者の姿を目撃してませんし、昨日だって、誰も居ないのに…」
「今までは部屋に入ると演奏は止まっていた筈なのに、昨日は君たちが部屋に入った後でピアノが鳴った事は、奇妙だとは思わないかい?」
「…!確かに…」
 史桜はふっと笑みを洩らす。
「私が元々知る限りでの本件の噂では、同様の現象は過去に発生していない。そこに注目して調査すれば、本件の深淵にもう少し近付けるだろう」
 そうして終始余裕の有る面持ちの史桜に促され、絢葉は今日も旧音楽室へ向かった。


 ─────


 部室からの通話で史桜の声を受けながら、絢葉は旧音楽室の扉を押した。
 天野は今日は廊下側に残り、見張りに回る。

 旧音楽室に入る。やはり、部屋中埃まみれだ。その中で場違いな程に明らかに綺麗なピアノへと、一本ずつ近付く。
 そこで再び、音が鳴り始めた。
 絢葉はビクリと身体を震わせる。
『東雲君、落ち着きたまえ。音をよく聴いて』
 史桜の落ち着いた声。
 言われるがままに、その場に立ち止まり、耳を澄ませる。美しい曲、先日文子と京香と訪れた時にも聴いた曲だ。
 だが、よく聴いてみると、僅かに違和感を覚える。
「なんと言うか…。音が僅かにくぐもっているような…、?ピアノ自体から鳴っているんじゃなくて、そう、録音でもしたような…」
『それだ。さぁ、もっとよく聴いて。音の真なる出処を探すんだ』
 絢葉は更に集中する。一歩ずつゆっくりとピアノの方向へと近付く。
 注目したのは、ピアノの近くに残された、古い教卓だ。
 教卓に近付き、観察する。埃まみれの譜面クリップ、ボロボロの古い書類、粉を吹いたチョーク。
 そして、その中で異質な物が一つ。ピアノ同様埃一つ無い、手のひら大の黒い箱のような機械。
 電源が入っているのか、青い光が瞬いている。
「これは…」
 絢葉はその箱をスマホで撮影し、史桜に送信する。一〇数秒程で史桜から返答があった。
『ふむ、どうやら人感センサー付きの、音声や音楽の再生機器のようだ。本体内蔵の赤外線センサーに人の反応があると、録音した音声や音楽が自動で再生される、主に防犯用に使用される機器だね。通販サイトで三〇〇〇から四〇〇〇円程度で買える』
 絢葉はゴクリと唾を呑む。
「……音は、ここから」
『ピアノを調べようと近付くとそこから音楽が鳴り、幽霊の仕業に見せ掛け、逃げ出すようにという意図の仕掛けかな。よろしい、これでこの件は幽霊などの怪異ではなく、“人間の仕業”であるという線が強まったね』
「今までは、部屋に入った途端に音が止む段階で逃げ出す人しか居なかったということですか」
『十中八九ね。それだけでも十分幽霊や超常現象の仕業には見える』
 絢葉は顎に手を添え、思考する。
「……だったら、そもそも音楽室の外から聴こえるピアノも録音という可能性は?」
『勿論、可能性は多いに有る。が、私はそちらに関しては生演奏の線も捨てていない』
 次いで、史桜は指示を続けた。
『周辺をよく調べてくれ。床の埃だ』

 絢葉は床に膝をついた。
 ──見える。入口の扉からピアノへ、ピアノからその真後ろ、音楽準備室への扉へ、細い帯のように埃が薄い。
 その帯の上に、つま先立ちのような、慎重な靴跡が点々と。
「部屋の入口からピアノまで、ピアノから奥の準備室への扉まで、人が移動した形跡があります!」
『準備室の扉は開くかね?』
 準備室の扉のドアノブへ手を掛ける。が、扉はガチャガチャと金属音を立てるのみ。
「開きません…」
『ふむ。……ならば次だ。旧音楽室の入口の扉の重さは?』
 絢葉は旧音楽室の入口へ移動する。
「かなり……少なくとも私の力では、開けるのに、数秒は」
『実測しよう。スマートフォンでタイマーを。天野と協力し、ノックで合図、取っ手に手を掛け、扉の開放まで、二人で交代し三回ずつ計測しよう』

 絢葉は廊下にいる天野に指示を伝え、ノックから扉の開放までを計測した。
 平均、三秒。
 記録を報告すると、受話口の向こうで小さく指が鳴る気配がした。

『なるほど。開ける者にもよるが、三秒程の猶予。予め準備室の扉を開けるなどして警戒していれば、鍵盤から手を離し、真後ろの準備室へ退避するには十分だ』
 準備室の扉には鍵が掛かっていたけれど…、と絢葉は言いかけたが、史桜の推理は最早その先に在るのかも知れない。
「……人、なんでしょうか」
『少なくとも私は最初からそう見ている。怪異を怪異のまま扱うのは、観客の役目だよ。私たちは舞台の上だ』
 史桜は更に指示を出す。
『因みに、入口の扉は、中から鍵が掛かるかい?』
「……いいえ、ツマミが壊れているみたいで、空回りしてしまいます」
『よろしい、今日はそこまで。再生機器は元の位置に戻して、意味は無いかも知れないが、痕跡は残すな。優雅に、ね』
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