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Case.01【消えるピアニスト】
day4.2─三葉の演奏者─
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そのやり取りを遮るように、硬い声が響く。
「まだ“スランプ”?才能有る者にしか無い苦悩、羨ましいわ」
長身で黒いスーツ姿の女性教師、吹奏楽部顧問の村西泉先生だ。彼女は練習の終盤に姿を見せていたが、特に指示も指導も無く眺めていただけだった。今は鋭い瞳の奥から冷ややかに二人を見下ろしていた。
「勝手に苦悩するのはいいけれど。吹奏楽部の方にまでその負のオーラを持ち込まないでね。部のコンクールだって有るのよ。いつまでもその様じゃ、今年のピアノコンクールの方には他の者を出場させざるを得ないかもね。ねぇ?副部長」
視線が古谷に突き刺さる。古谷は一瞬怯んだが、小さく首を横に振った。
「……私は、麻美が必ず立ち直れるって信じてます」
「あらそう?そういう割には貴女もピアノの練習は続けているようだけど」
「そ、それは…」
村西は鼻で笑い、踵を返す。
「今までは実力でまったくかなわなかったものね。今回を逃せば、次は無いって躍起になっているんじゃない?……さぁ、もう下校時間になるわよ。全員早く帰りなさい」
村西が音楽室から去った後、山野辺と古谷も二人で帰っていった。
残された絢葉は、まだ残っている部員達の会話に耳を澄ます。
「……やっぱ古谷先輩、怪しくない?」
「え?優しいじゃん、いつも麻美先輩のこと気にしてて。幼馴染なんでしょ?」
「だからだよ。表向きは“親友”ぶってるけど、内心は……ピアノコンクールの出場枠を狙ってるんじゃないかって噂だよ」
囁いた部員の声には妙な確信めいた響きがあった。
「ほら、吹奏楽部のコンクールへの影響が出ないように、毎年ピアノコンクールにここの吹奏楽部から出場できるのは一人だけでしょ?村西先生が決めるんだけど……。山野辺先輩がスランプのままなら、他に今ピアノが弾ける部員は古谷先輩だけ。だから山野辺先輩にも無理しないように言い続けてるんじゃないの、って」
「……そう言われると、ちょっと怖いね。麻美先輩のこと、支えてるふりして……?」
「吹奏楽自体は古谷先輩の方が長いから、この機にピアノも自分が前に、って思ってるんだよ!」
絢葉の胸にひやりとしたものが走る。先ほどの優しげな笑顔と、今聞いた噂がどうにも結びつかない。
だが噂というのはそういうものだ。信じたくなくても、人の影を濃くする。
絢葉はその部員達に近付き、話しかけた。
「あの、すいません。山野辺先輩のスランプの原因って…?」
「ああ、去年のピアノコンクールだよ。山野辺先輩ってかなり小さい頃からピアノやってて、“天才”って言われてたらしくてさ、そのコンクールでも金賞確実って言われてたの。でも大事な場面で演奏ミスをして、結局賞は取れず、周りの評価もダダ下がり。以降ずっと休憩時間に見せたみたいな感じなの」
あの笑顔の中の曇りは、そういう事だったのか。
絢葉は居た堪れない気持ちを抱えたまま、残っていた部員達に挨拶を済ませ、音楽室を後にする。
今日は帰宅前に、優雅部部室に顔を出すように言われていた。
「おかえり。今日は随分と収穫の多い日だった」
「吹奏楽部の練習を見学したって事は、呉宮先輩は、旧音楽室の怪異は、吹奏楽部の誰かの仕業だと推理を?」
「そもそも、しっかりとしたピアノの演奏が出来る者など、そう多くはない。可能性は大いにあると思っているよ」
史桜は紅茶を一口飲み、
「時に東雲君。今日、山野辺女子がピアノで演奏した曲に聞き覚えはないかね?」
「え?……あ……!」
絢葉はハッとした。途中のミスでうやむやになり、今の今まで何故か気付かなかった。
そう、あの曲は。
旧音楽室の外から聴こえた曲、ピアノを調べようとしたら自動で再生された曲。あれと同じだ。
「……まさか、山野辺先輩が…?」
絢葉は口を手で覆い、思案する。
何故わざわざそんな事を?単独で?それとも、協力者が?
いいや、違う。そうではない。
「……そもそも、山野辺先輩はスランプで、まともに弾ける状態じゃありません」
「いかにも。旧音楽室から流れる演奏は、それはそれは美麗なものだ。あそこまで清潔にされたピアノの状態を見ても、高確率で何者かが実際にあそこであの曲を弾いている」
「だったら、他には…」
音楽室での吹奏楽部員との会話を思い出す。
山野辺以外にピアノを弾けるのは、古谷果歩のみ。
しかし、その思考を史桜が遮る。
「君の胸中は透けて見えそうだね。しかし、君がここに戻るまでに面白い情報を得た」
史桜は自身のスマホの画面を絢葉に見せる。
ニュース記事のようだ。見出しは──
【“天才”村西泉、またも金賞】
【村西泉、高校卒業を待たずに本場ウィーンへ?】
記事に載っている写真には、若いが間違いなく、吹奏楽部顧問、村西泉の姿が。
「村西先生もピアノを……?」
「続きがある」
史桜は画面をスクロールする。そこには、
【村西泉、空港行きのバスが交通事故】
【天才村西、命に別状は無いが、左半身に後遺症か】
更に
【村西泉、左手の麻痺が治らず、引退へ──】
【天才と呼ばれた女子高生ピアニスト、事故によりピアノの道を断念】
「……これは……!」
「そう言えばどこかで聞いた名だったと思ってね、試しに検索してみたらこれだ。どうやら日常生活には支障は無かったようだが、流石にピアノを続けるには致命的だったようだ。今も後遺症が残っているのかは分からんがね」
史桜は続ける。
「ピアノを物理的な要因で断念せざるを得なかった自身の前に、精神的要因でつまづいている、かつての自身と同じ“天才”と評される生徒。心中穏やかではないかもしれないね」
「なんだか、分からなくなってきました。誰が、いったいなんの為に…?」
史桜は飲み終えたティーカップを机上に戻し、静かに微笑んだ。
「ふ、存外面白くなってきた。まだ全容には程遠いが、容疑者は絞られてきた。君はこの“幽霊ピアニスト”は誰だと思うかね?」
絢葉は答えられなかった。しかし、噂の渦が、人の過去や現在が、真実と虚構をないまぜにしながら、少しずつ、だが確実に事件の核心へと近づいている気はした。
「まだ“スランプ”?才能有る者にしか無い苦悩、羨ましいわ」
長身で黒いスーツ姿の女性教師、吹奏楽部顧問の村西泉先生だ。彼女は練習の終盤に姿を見せていたが、特に指示も指導も無く眺めていただけだった。今は鋭い瞳の奥から冷ややかに二人を見下ろしていた。
「勝手に苦悩するのはいいけれど。吹奏楽部の方にまでその負のオーラを持ち込まないでね。部のコンクールだって有るのよ。いつまでもその様じゃ、今年のピアノコンクールの方には他の者を出場させざるを得ないかもね。ねぇ?副部長」
視線が古谷に突き刺さる。古谷は一瞬怯んだが、小さく首を横に振った。
「……私は、麻美が必ず立ち直れるって信じてます」
「あらそう?そういう割には貴女もピアノの練習は続けているようだけど」
「そ、それは…」
村西は鼻で笑い、踵を返す。
「今までは実力でまったくかなわなかったものね。今回を逃せば、次は無いって躍起になっているんじゃない?……さぁ、もう下校時間になるわよ。全員早く帰りなさい」
村西が音楽室から去った後、山野辺と古谷も二人で帰っていった。
残された絢葉は、まだ残っている部員達の会話に耳を澄ます。
「……やっぱ古谷先輩、怪しくない?」
「え?優しいじゃん、いつも麻美先輩のこと気にしてて。幼馴染なんでしょ?」
「だからだよ。表向きは“親友”ぶってるけど、内心は……ピアノコンクールの出場枠を狙ってるんじゃないかって噂だよ」
囁いた部員の声には妙な確信めいた響きがあった。
「ほら、吹奏楽部のコンクールへの影響が出ないように、毎年ピアノコンクールにここの吹奏楽部から出場できるのは一人だけでしょ?村西先生が決めるんだけど……。山野辺先輩がスランプのままなら、他に今ピアノが弾ける部員は古谷先輩だけ。だから山野辺先輩にも無理しないように言い続けてるんじゃないの、って」
「……そう言われると、ちょっと怖いね。麻美先輩のこと、支えてるふりして……?」
「吹奏楽自体は古谷先輩の方が長いから、この機にピアノも自分が前に、って思ってるんだよ!」
絢葉の胸にひやりとしたものが走る。先ほどの優しげな笑顔と、今聞いた噂がどうにも結びつかない。
だが噂というのはそういうものだ。信じたくなくても、人の影を濃くする。
絢葉はその部員達に近付き、話しかけた。
「あの、すいません。山野辺先輩のスランプの原因って…?」
「ああ、去年のピアノコンクールだよ。山野辺先輩ってかなり小さい頃からピアノやってて、“天才”って言われてたらしくてさ、そのコンクールでも金賞確実って言われてたの。でも大事な場面で演奏ミスをして、結局賞は取れず、周りの評価もダダ下がり。以降ずっと休憩時間に見せたみたいな感じなの」
あの笑顔の中の曇りは、そういう事だったのか。
絢葉は居た堪れない気持ちを抱えたまま、残っていた部員達に挨拶を済ませ、音楽室を後にする。
今日は帰宅前に、優雅部部室に顔を出すように言われていた。
「おかえり。今日は随分と収穫の多い日だった」
「吹奏楽部の練習を見学したって事は、呉宮先輩は、旧音楽室の怪異は、吹奏楽部の誰かの仕業だと推理を?」
「そもそも、しっかりとしたピアノの演奏が出来る者など、そう多くはない。可能性は大いにあると思っているよ」
史桜は紅茶を一口飲み、
「時に東雲君。今日、山野辺女子がピアノで演奏した曲に聞き覚えはないかね?」
「え?……あ……!」
絢葉はハッとした。途中のミスでうやむやになり、今の今まで何故か気付かなかった。
そう、あの曲は。
旧音楽室の外から聴こえた曲、ピアノを調べようとしたら自動で再生された曲。あれと同じだ。
「……まさか、山野辺先輩が…?」
絢葉は口を手で覆い、思案する。
何故わざわざそんな事を?単独で?それとも、協力者が?
いいや、違う。そうではない。
「……そもそも、山野辺先輩はスランプで、まともに弾ける状態じゃありません」
「いかにも。旧音楽室から流れる演奏は、それはそれは美麗なものだ。あそこまで清潔にされたピアノの状態を見ても、高確率で何者かが実際にあそこであの曲を弾いている」
「だったら、他には…」
音楽室での吹奏楽部員との会話を思い出す。
山野辺以外にピアノを弾けるのは、古谷果歩のみ。
しかし、その思考を史桜が遮る。
「君の胸中は透けて見えそうだね。しかし、君がここに戻るまでに面白い情報を得た」
史桜は自身のスマホの画面を絢葉に見せる。
ニュース記事のようだ。見出しは──
【“天才”村西泉、またも金賞】
【村西泉、高校卒業を待たずに本場ウィーンへ?】
記事に載っている写真には、若いが間違いなく、吹奏楽部顧問、村西泉の姿が。
「村西先生もピアノを……?」
「続きがある」
史桜は画面をスクロールする。そこには、
【村西泉、空港行きのバスが交通事故】
【天才村西、命に別状は無いが、左半身に後遺症か】
更に
【村西泉、左手の麻痺が治らず、引退へ──】
【天才と呼ばれた女子高生ピアニスト、事故によりピアノの道を断念】
「……これは……!」
「そう言えばどこかで聞いた名だったと思ってね、試しに検索してみたらこれだ。どうやら日常生活には支障は無かったようだが、流石にピアノを続けるには致命的だったようだ。今も後遺症が残っているのかは分からんがね」
史桜は続ける。
「ピアノを物理的な要因で断念せざるを得なかった自身の前に、精神的要因でつまづいている、かつての自身と同じ“天才”と評される生徒。心中穏やかではないかもしれないね」
「なんだか、分からなくなってきました。誰が、いったいなんの為に…?」
史桜は飲み終えたティーカップを机上に戻し、静かに微笑んだ。
「ふ、存外面白くなってきた。まだ全容には程遠いが、容疑者は絞られてきた。君はこの“幽霊ピアニスト”は誰だと思うかね?」
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