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王宮騎士の愛憎
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同じ歳の人間に稀代の魔術師と称される少年がいた。
少年の名前はレティシア・エインズワース
家柄のせいかライバルだと同列に並べられることも多かったが、どう努力し足掻いても手の届かない存在だった。
圧倒的な魔力の差。
レティシアと比べられる度に仄暗い気持ちが膿のように膨れ上がり心に色濃く翳を落とした。
幸いだったのはレティシアが良い奴ではなかったことだ。
レティシアはっきり言って傲慢な奴だ。傲慢なんて表現では生温い、あいつは周りにいる連中を見下してる。しかもそれを隠そうともしない。虫螻を見るような目で周囲を見下げて誰が相手でも辛辣な言葉を容赦なく浴びせる。あいつにとって世界は自分か自分以外だ。
おかげで俺は何の後ろめたさも感じずあいつを嫌悪する事が出来た。
俺はレティシアを壊してしまいたかった。
今いる地位から引き摺り下ろして名声も矜持も何もかも奪ってあいつの堆く積まれたプライドを踏み躙れたらどんなにいいだろうか、あの澄ました顔が俺の前でだけぐちゃぐちゃに取り繕えなくなるのはどんな心地だろうか、そんなことばかりを考えていた。
憎いかと言われたらそうではない。嫉妬をしてるつもりもない。執着に近いこの感情の名前を俺はしらなかった。識らないふりをしていた。
俺はずっとレティシアの眼に一人の人間として映りたかったのだ。他の有象無象と同じではなく、ヴァルター・ガルドと認識して欲しかった。俺がこんなにもレティシアの存在に苦しんで心を掻き乱されているのに、きっとあいつは俺の名さえも覚えていないだろう。
十三の夏、剣術の授業で初めてレティシアの剣を弾いた。
レティシアの目が驚愕に見開かれ、初めて真正面から視線が重なった。まるで忌々しいモノを睨め付けるような苛烈な視線にドクドクと脈拍が速くなるのが自分でも分かった。
「……参った」
レティシアの涼やかな声が耳に木霊して口内がカラカラに乾いた。
授業が終わるや否や俺は自室まで全力疾走し、一人になった瞬間その場にズルズルと崩れ落ちた。下半身が熱く滾って痛いくらいにその存在を主張していた。
俺はその日、レティシアの怒りに紅く染まった眼と感情を押し殺したような声を思い返しながら猿のように幾度も自慰に耽った。
士官学校に行きレティシアと離れて俺は少しだけ安堵した。今迄の俺はどこか異常だったのだ。執着という呪縛から解放された今、漸く普通の人間に戻れたような気がした。
俺はレティシアのことを思い出しそうになる度に鍛錬と称して体力の限界まで自身を追い込み、その片手間に女を抱いた。中には男もいた。
気が紛れれば相手は誰でも良かったのだ。
重く粘度のある執着がそう簡単に消えて無くなるわけがない。俺はレティシアから離れて一層おかしくなっていた。
脇目も振らず前だけを見据え邁進し、そうして手に入れた地位も名誉も俺にとって大した価値はなかった。今直ぐ屑箱に棄てて燃やしたっていい。俺が本当に欲しいのは唯一つ。
この頃になるともう己の気持ちから目を逸らすことが出来なくなっていた。だからといって認めてしまえば楽になるものでもなかった。それどころか気持ちを吐露すれば永遠に失ってしまうものだ。
レティシアの存在は常に俺を苛み苦しめ追い詰める。
士官学校を卒業して三年ぶりにレティシアと対峙した。奴は文官のくせに魔術師のお手本かのように頭からローブ被っていたので本当にレティシア本人なのか別人なのか判別もつかなかったが。だが姿が見えなくて逆に有り難かった。
俺はレティシアに近付きたいと同時に頭を強く打ってレティシアの記憶だけ忘れたいという気持ちもあった。
俺と同じくして駆け足で地位を上げたレティシアとは月に一度会議で顔を合わせるようになった。レティシアは昔の様子と様変わりしていた。顔が見えないせいもあるが人を馬鹿にするような舐め腐った態度も鳴りを潜め、会議の場でも自ら発言することはない。
歩く速度もひどくゆっくりだ。椅子から立ち上がる動作も緩慢で精彩を欠いている。
この頃から時折レティシアの輪郭がぼやけ、その存在が酷く朧げに感じるようになっていた。
俺は恐ろしかった。レティシアが明日にでもこの世から消えてしまうのではないかと、そう想像をするだけで気が狂いそうになった。
瓦解は直ぐに訪れた。
その日のレティシアはいつもと様子が違った。
会議の途中で立ち上がり、フラつきながらその場を後にしようとした。嫌な予感に心臓が早鐘を打つ。
手を伸ばしたのは無意識だった。
刹那奇跡みたいにフードが肩に落ちて数年ぶりにレティシアと真正面から視線が交差した。
この瞬間の気持ちをどう言えばいい、
青ざめた頬と乾いた唇、目蓋の静脈までも透かしそうな白皙。
ゆっくりと瞬いた目がやわく眇められ、睫毛の影をけぶらせる。夜空をそのまま映したかのような濃紺の瞳が光を失くす瞬間をこの眼で見た。
転移魔法を発動したのはレティシアの姿を俺以外の誰にも見せたくなかったからだ。
腕を伸ばして搔き抱いた身体は温度がなかった。己の命より大事なものが今目の前でなくなりそうになっている。
レティシアのことが憎かった、嫌いだった、執着していた、彼の特別になりたかった。色んな感情が波のように押し寄せてその全てが絶望に黒く塗り潰される。
「おれ、しぬみたい」
音にならない声でレティシアが小さく呟いた。
衝動のままにつめたい唇に唇をおし当てる。その瞬間に僅かに戻った温もりに呼吸が止まったのは俺の方だった。
脳裏に閃いた蘇生方法を試す事に躊躇いはなかった。意味のない医療行為と呼ばれるそれに何故禁術の名が付いているのか、それはこれが死者を蘇生される唯一の方法に他ならないからだ。しかし未だ嘗て成功例は聞いたことがない。
指の余る手首、尖った肩甲骨、力が抜けた身体が再び動く気配は微塵も感じられなかった。
壊れ物のように触れて、飢えた肉食獣のように身体を暴く。
不思議な事に抱けば抱くほどに飢餓感が増していく。レティシアの色のない唇が紅く色付き、冷たい身体に命の熱が灯っても俺は止まる事が出来なかった。
禁術の成功例を聞いた事がないのは成功した全ての人間がその事実を口外せず口を噤んだからだ。
禁忌を犯してまで掬い上げた命、俺とレティシアは謂わば共犯者。死んでから落ちる場所は共に地獄。
欲しかったものが漸く手に落ちてきた。今までに感じたことのない充足感に俺はゆっくりと口の端を吊り上げた。
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