十で神童、十五で天才、二十歳過ぎれば今際の際【完結】

藤好

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市中引き廻しの刑

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会議の後から王城ではヴァルター・ガルドとレティシア・エインズワースは政略結婚であると実しやかに囁かれるようになった。二人の仲は夫婦と呼ぶにはあまりに他人行儀で冷たいものだと、その話を振られる度に不審な動きをするティムのことは幸い話題には上らなかった。



そんな中レティシアとヴァルターのもとには国王の印璽入りの封書が届いていた。(正確にはレティシアのもとに二人の名前入りの封書が届いたのでヴァルターがレティシア個人の執務室に呼び出されていた)

中を検めたレティシアは無言でその手紙に火を放った。それに焦ったのはヴァルターだ。急いで水魔法で相殺しようとしたが、書状は炎の中にありながら全く燃える気配がない。


「チッ。破棄出来ない様に魔力が込められている」

「……お前頭がイかれてるのか?」

「お前こそそんな下品な言葉遣い一体どこの女に習ったんだ?言ってみろ。ん?」

「……ともかく、これは勅令で俺達は従う義務がある」

「過去これほど国の為に貢献してやった俺達を市中引き廻しの刑に処するとはあの狸爺め。謀反を起こして国王の椅子を簒奪してやろうか」

「滅多な事を言うな。本当に首を刎ねられるぞ」

「望むところだ」


書状の内容は婚姻を祝して祝賀会を開催するというものだった。

馬車を用意するので二人でそれに乗り王都を一周した後、王宮の中庭で立食パーティーを開くという、とても一国王が主催し得るものではない内容だ。しかし信じ難いことにそれが事実故に断る術がない。レティシアは苛々とシガレットを取り出し火を点けた。


「それで日取りはいつだ?残念ながら俺は急用を思い出したので明日から暫く国を出るが。十年は帰って来ないつもりだ」

「魔力切れで死ぬ気か?知らない様だから教えてやるがそれは自殺というんだ。ええと、日取りは……今日の午後?」


ヴァルターが呟いた瞬間、まるで待機でもしていたかの如く(恐らくそうであろう)二人がいる執務室の扉が開いた。


「さあ、時間は僅かしか残されてませんよ!ガルド殿は西の間に、エインズワース殿は東の間にご案内して直ぐに取り掛かって!」


レティシアは入ってきた小柄な女性に見覚えがあった。王室御用達の衣装係のリーダー、キャンベル女史。


「おいこれはどういうことだ。返答によっては、」

「どうなさるの!私に暴力を振るうってんですか?!なんてこと!言っておきますけど私は国王陛下の命によってここにいるんですよ!仕事を全うしようと奮闘する私達に暴力を!!」

「まだ何もしてないだろうが。頭に蛆でも湧いてるのか?」

「まだってことはこれからする気でしょう!あと今の発言は言葉の暴力に該当しますわ!!」


言い争うレティシアとキャンベルを尻目にヴァルターは衣装班に誘導されるままに先程キャンベルが言っていた西の間に移動することにした。どのみち勅令には逆らえないし、キャンベルと戦う元気もヴァルターは持ち合わせていなかった。

それにしても時間の猶予を全く与えないというのは実によく考えられている。実際にレティシアは封書を確認した瞬間直ぐに国外逃亡の計画を立てたし、十年は嘘でも十ヶ月は本気で戻って来なかったかもしれない。例えそれで自らの命が絶たれようともだ。



ヴァルターに用意されていたのは軍服だった。但し平素身に付けている機能性に特化したものではなく、重要な式典等の際に身に付ける儀礼用の正装だ。ロイヤルブルーの生地に金色の飾緒や肩章が装飾されている絢爛、悪く言えばかなり派手なデザインである。

ヴァルターはこれを着てレティシアと合流した時のことを想像し微かに苦笑する。正直軽く考えていたのだ。レティシアと二人並んで馬車に乗り込んだとてまさか婚姻を結んだ関係とは誰も思い至らないだろうと。

しかし婚姻発表後にわざわざ正装までして王都を廻るとなると話は変わる。どんな鈍い人間でもヴァルターの隣にいる人物こそが婚姻相手だと察するだろう。

(転移魔法で逃げられたらまずいな……)

ヴァルターはこれから起こる事を想像して軽い頭痛を覚えた。



「げ」


レティシアはヴァルターの姿を見て開口一番そう口にした。苦虫を噛み潰したような表情で、本当に思わず口から出てしまったという感じだった。


「お前がそんな格好してたら暗に結婚しますと主張してるようなもんじゃないか。クソ、予想はしてたが最悪だな」


忌まわしいとばかりのレティシアの悪態はしかしヴァルターの耳には入らなかった。

何故なら現れたレティシアの姿を見た途端、驚愕で喋り方を忘れたからだ。

いつもは低い位置で無造作に纏められているレティシアの髪が、今は背中に緩く垂らされ微量な風にもサラサラと揺れている。それだけではない、上部の髪は耳より少し上の位置でヴァルターの軍服と同じロイヤルブルーの紐で緩く編み込まれ結い上げられていた。高襟の衣装は純白で、一見するとキャソックのようにも見えるがそれよりは丈が短い。太腿までスリットが入り腰から裾に掛けて複雑な青い刺繍が施されている。脚を覆う黒のトラウザーズは細身のデザインで身体の線がよくわかった。

どこか神聖にも見えるその姿にヴァルター茫然と固まり目を離すことが出来ない。レティシアの夜色の瞳が閑かに瞬いた。


「何だ?ドレスじゃなくてガッカリしたか」

「いや……、あんまり綺麗で言葉を忘れた」

「お前が言うと嫌味にしか聞こえんな」


踵を返しレティシアが歩き出したその先に豪奢な馬車……は、待っていなかった。

代わりに対で揃えられたような見事な白馬と黒馬が待機している。ヴァルターは思わず頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。


「お前と隣に並んで馬車の小さな窓から手を振る何て冗談じゃないからな」

「……いつ手配したんだ?」

「お前が浮かれた軍服着て悠長に珈琲飲んでる間に厩舎に寄って馬丁に金握らせて馬車の御者は脅し…断りを入れてお帰り頂いた」

「成る程」


さて、ヴァルターの記憶が正しければ黒馬の方は気性が荒く、調教がうまくいっていないと馬丁がぼやいていた馬だったような気がするが。しかし今目の前にいる黒馬は至って大人しい。人違いならぬ馬違いか?気になることはもう一つ。


「……お前、馬には乗れるのか?」


エインズワース家の子息が乗馬経験がないとは思えなかったがヴァルターの中で馬に騎乗するレティシアの姿がどうしても結びつかなかった。

しかしそんなヴァルターの言葉を受けてレティシアは止める間もなく黒馬に近付いたかと思うと、長い脚で地面を蹴り上げヒラリと騎乗してみせた。


「人並み程度には」


どうやら杞憂だったらしい。ヴァルターは苦笑しながら自らも白馬に近付き平首を軽く叩いてやる。


「二匹の名前を聞いてるか?」


何気無いヴァルターの質問にレティシアが僅かに口の端を吊り上げた。


「アダムとイヴ」


ヴァルターには聞き馴染みのない名前だったがレティシアにとっては何か意味のある言葉らしい。レティシアはどう見ても怪しい人間から物を購入したり、どこに存在するか不明な国の御伽噺や神話を知識として蓄えていたりする。それを知っているからヴァルターもとくに聞き返しなどしない。どうせ簡単には答えをくれないからだ。


「さっさと終わらせるぞ」

「ああ」


先を進み始めたレティシアに続く為、ヴァルターも急いで白馬に騎乗する。そんなヴァルターの姿を見てレティシアが感心したように呟いた。


「まさしく白馬に乗った王子様だな」

「勘弁してくれ」


レティシアにしては珍しく嫌味でも皮肉でもない心からの称賛だったが日頃の行いのせいかヴァルターにその真意は伝わらなかった。









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