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仮面夫婦の仮面
しおりを挟むレティシアとヴァルターが並んで歩き出すと周囲は俄に騒がしくなった。
市井を通り抜け中心部の噴水広場に辿り着く頃には小さな喧騒は大きな群衆へと成長を遂げていた。
凱旋パレードなどに参列したことのあるヴァルターには慣れた光景だ。微笑みを浮かべて手を振る、いつもと同じ。しかし今日に限ってそれが上手く出来ない。
他でもないレティシアのせいで。
ヴァルターはレティシアがあまりの人混みと喧騒に不機嫌を丸出しにして悪態を吐く、最悪姿を晦ますと思っていた。いや、今となっては寧ろそうであって欲しかった。しかしここでレティシアはヴァルターの予想していなかった行動をとった。
ヴァルター・ガルドの隣に並ぶ黒髪の美丈夫。最初は大衆も半信半疑だった。そのうち恐る恐るといった様子で一人の少女が「エインズワース様!」と名前を叫んだのだ。その瞬間のレティシアの顔と言ったら。ヴァルターは我が目を疑った。
レティシアは名前を呼んだ少女の方を振り返り、ふっと目許を綻ばせたかと思うと柔らかく微笑んだのだ。
その顔は今皮を剥いたばかりの果実の様に瑞々しく、そして痺れるほどに甘かった。
そうしてレティシアが笑顔で応えたことにより歓声は爆発的に大きくなった。
身なりの良い老紳士、少年少女、声の大きな屋台の店主、その一人一人にレティシアは笑顔で手を振っている。ヴァルターも最初はただ、見惚れていた。レティシアにこんな笑い方が出来たのかという驚きもあった。
しかし驚きが通り過ぎた後に込み上げてきたのは怒りだった。
ヴァルターの愛憎と執着を拗らせた片想いはとても長かった。その長い期間の中でレティシアの笑顔を見たのはほんの数回。それだって何れも唇の端を吊り上げただけの皮肉めいたものだ。それなのに今日初めて会った連中にあんなに渇望していた笑顔を大安売りだ。何なんだこれは。まるでヴァルターの長い長い片想いが馬鹿の様だ。
ヴァルターは自分でも把握し切れてないレティシアへの重い重い想いが踏み躙られたような気分になった。
民衆相手には何とか騎士の威厳を保って引きつりながらも笑顔で対応したヴァルターだったが、喧騒を抜けて王城に辿り着く頃には昏い焦燥が隠し切れなくなっていた。そんなヴァルターの様子に気付いていない筈はないのにレティシアもとくに何も言ってこない。面倒だと思っているのかもしれない。そう思うだけでヴァルターの心に更に暗雲が立ち込める。
王城に戻った途端さっさと笑顔の仮面を外したレティシアと、殺気を背負ったヴァルターの姿に結婚祝賀会と言う名の立食パーティーに招かれた人間の間に言いようのない緊張が走った。とくに先日の会議に参加していた面々は二人がいつまた諍いを起こすのかと気が気ではなかった。
ヴァルターとレティシアは共に中庭に入って来たにも関わらず、互いに違う方向へ歩き出しレティシアはそのままゲストと挨拶を交わし始めた。
予想外の行動に出たのはあろう事かヴァルターの方だった。
ヴァルターは厳格な性格ではあるが、誇り高き騎士である。確かに気安い雰囲気はないが誠実な人間であり、何より礼儀を重んじる。
そのヴァルターが誰にも挨拶せず中庭に設置してあるベンチにドカリと腰を下ろしたのだ。それは国王陛下主催のパーティーを放棄したも同然の行為だった。
その姿に仰天したのは第二騎士団団長ティムである。ヴァルターはティムにとって憧れであり、目標にする存在である。そのヴァルターが戦場で敵兵を見据える時よりも更に鋭い目付きで苛立ちを隠しもせず、自らに課せられた任務(ティムはそう判断している)を投げ出した。まさしく異常事態だった。
一方でレティシアはというと、現在進行形でめちゃめちゃムラムラしていた。
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