信長座☆座付作家 太田又助  《火起請の巻》

亜月文具

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第四章

観音堂  鷹の目  鏑矢

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   観音堂
 
 半里とは言わぬまでも清洲の城からすぐではない。簡素な板塀の奥に広い菜園が広がっている。織田家近習の女房でこれほどの土いじりに精を出すのはお春どのを措いてはいまい。
 清蔵はお春の顔と手料理を思い浮かべ、重くなりがちな足取りを鼓舞した。
姉さん被りの白い頭がひょいと起き上がる。
「あらあら懐かしや、清蔵さま。今日は戴き物の干しあわびがありますよ」
 勘が鋭いのか、お春が清蔵を見咎めた。六日振りの挨拶に何のしこりもない笑顔を見せた。
 うしろめたい清蔵は、黙って会釈した。   
 お春は嬉しげにかぶざるに抱えて台所へ走っていく。
高い敷居を跨いで久々に磨かれた床板を足裏に踏んだ。
 無精ひげを生やし疲れ切った出で立ちの清蔵を前にして、牛一も最初は目を剥いた。
 しかし何かを感じ、黙って座に促した。
 清蔵は朝方観音堂から自邸に戻ると、惰眠をむさぼり疲れを癒した。夕刻に目が覚めると汗を流し下帯を変え、取るものも取り敢えず、牛一の屋敷を目指したのだ。
 髭と月代くらい当たってくれば良かったと牛一の目つきを見て後悔した。狼狽を背負ったままの有りようだった。
 まずはお春の用意した冷酒で喉を潤すと、清蔵は一息に経緯を話した。
「怪しげな行商風な男が出入りしているだと、それも五、六人も?」
「お小夜どのは、こいつらのせいか思いましたが......」
「事は、それほど単純では、なさそうじゃな」
 牛一は、腕を組むと汚れた清蔵の顔をじっと見た。
「ここ数日見かけなかったが、お主は武兵衛どのと地侍の調略に国境に出張っておるのではなかったのか?」
 言い終わると牛一は目を見開いた。
「まさか、ずっと床下に?」
「へへへ」
 清蔵は照れ笑いに頷いた。
 牛一も呆れ顔に片笑みを浮かべたが、それも須臾しゅゆのこと。
「その若いのは、地侍か?」
「間違いありませぬ」
 清蔵は、自信満々に請け合った。
 あの夜、清蔵が見た怪しげな一団のことだ。
 旅商人のただの逗留に過ぎなかったのだが、清蔵は何かを感じた。いや、上手く行かぬ恋路のもやもやを当たり散らすにちょうど良い相手と見たのか、首根っこを掴もうと、夕暮れ前から朝方まで床下に潜んだ。だが翌日から怪しい人影はただの一人も寄りつかなかった。
 床下の数枚重ねた筵の中に寝転んでいるうちに、冬の寒さが大地を凍らせ清蔵の足先を侵食してきた。己は何をしているのかと情けない気持ちに苛まれた。これが武士のすることか。
 もうやめようと思った五日目の晩、人の声と足音が響くと、明かりが床の隙間から洩れた。しめたとばかりに眉間に力を入れ得意の遠耳に気合いを送った。
「しかし大した話も聞けず、もうそろそろ今宵限りにめようかと思ったその時。遅れて人が入ってくる気配がしたのでござる」
 牛一も、相槌を入れ身を乗り出した。
 けたたましい足音。乱暴に開く扉の音。邪悪な気配に耳が疼いた。
「若い男の声だった。それも、武士の話しぶりで端々にお国言葉が混じっていた」
 少しばかり床上を覗けるように穴をあけていた。微かに見えたが若侍は頭巾を被っており、顔はわからない。
「早くしいやぁ。新しい仕掛けが必要なのだわ」
 怒気を含んだ甲高い声だ。
「――まあ、慌てるな。今、考えておる最中じゃ」
 対して野太くしわがれた声が応えた。
「――次こそは、完璧なる火起請じゃ。惚れた女は、それで戴く。儂には今、神がついておるだでな。......ほれ手付じゃ」
 端々に尾張のお国言葉が聞き取れる。
 下卑た笑いと一緒に投げられた銭の音が床板を鳴らした。
「――まあ、よいわえ。此度は誤魔化したが、早く火起請の絡繰からくりを作ってまいれ。それから、この観音堂を拠点にすることは、まかりならんがや。早々に立ち去れ。次回の場所は、こちらで手配する」
 男たちの、言葉にならない不満の声が重なって漏れ聞こえる。
「お主ら、先月の逗留時なにをしでかしたのじゃ......怖がる者がおるだわ」
 付け足しに漏らした、小さいが嘆息めいた声を清蔵の耳は逃さなかった。
「――わかった。が、北美濃に足を伸ばした仲間と、明日の晩ここで落ち合う。明後日の早々に立ち去るわ」
 また、野太い声が一つ応えた。余計な口出しがやんだのを見ると頭分の声に違いない。
「――ぐずぐずするなよ。次回は必ず、新しい絡繰を持って参れ。五十貫で買ってやろまい」
 若侍は、見下したように吐き捨て、音を立てて、お堂を出て行った。
 いなくなると途端に複数の声が飛び交った。
「若造が」
「虎の威を借る狐よ」
「今に痛い目を見るわ」
 若侍に浴びせる罵声だった。
 ざっと、その夜の仔細を話し終えた清蔵の顔は険しく皺を刻んだ。
「......ついに、気になる言葉を、この耳で聞いたのでござる」
 牛一も頷き清蔵を見返した。
「次は、火起請じゃと!」
「――惚れた女は、それで戴く!」
 同時に口を開くと二人は顔を見合せた。
「ごふっ、いかが致しまする」清蔵は空咳を出して誤魔化した。
「そうなると、明日の晩が勝負だな」
 牛一は束の間、にやりと歯を零した。が何事もなかったように腕を組んで言い放つ。
「清蔵、力を貸せ」
「承知。お任せあれ」
 阿吽の呼吸だ。返答は力強い。牛一がどの立場で言っておるのかわわからなかった。そんなことより清蔵は、下を向き何やら呟くしかなかった。
「しかし――あの若侍は誰じゃ。あやし~、怪しすぎるぞ。惚れた女子とは、まさか......」
 そこへ、酒と膳を設えて、お春と女中が部屋に入ってきた。
「ささ、清蔵さま」
 相変わらずお春は慈愛を含んだ視線を清蔵へ寄こす。
「おお、鮑の酒蒸しじゃな」
 牛一の声で、清蔵は膳の上を覗きこんだ。
「鮑って? ――磯の鮑の片思いって、お春さん。縁起でもない」
「おお、万葉集にあったな」
 牛一ののんびりした声が宙に浮かんだ。
「あらやだ~」
 お春は舌を出しおどけている。他意のない二人だとわかっているが、気を病む俺の気持ちにもなってほしい。
「おおそうじゃ、お小夜ちゃんは暇を取って、実家へ帰ったそうじゃな」
「――えっ」
 何なんだ、この追い打ち。清蔵は白目を剥き、声を上げた。
「なんじゃ。知らなんだのか」
 逆に牛一が驚いた。
「拙者はここ数日、俗世と離れて観音堂に籠りきっきり。その上若侍が出てきて、それどころじゃなかったのだわ~~」
 清蔵は、情けない声になっているのが自分でわかった。
 お春は話の隙に清蔵をけしかける。
「追いかけてって、清蔵さまのその手でちゃんと捕まえて下さいな。女は、少しくらい強引な男が良いのですから」
 お春の意味ありげな微笑みに誘われて、清蔵の視線が牛一に注がれる。
(見かけによらず、強引なのか?)
 牛一は慌てて首と掌をプルっと振った。お春は笑みを残したまま台所に下がった。
「お小夜の親許は、どこじゃな」
 牛一は片口の酒を清蔵の鼻先に突きだしながら聞いてきた。
「たしか大屋村とか」
「なに? 海東郡の大屋村だと。又よりによって、......北東は不吉なのだわ」
 何故かしら、牛一は眉尻を落とし長い吐息をついた。
 ともあれ、牛一は知らぬ間に信長からの密命に関わっているらしい。観音堂の胡乱な商人どもも関わりがあるような気がすると、盛んに宙を仰ぎ明晰な頭を働かせている。
 清蔵はその隙に、目障りな磯の鮑の酒蒸しを片づけることにした。


   鷹の目

 城内を小走りに走る牛一は気が急いた。
 お小姓頭の前田利家に信長の行方を聞いたが、「はて」と首を傾げるばかりだ。
「ときどき蜻蛉のように消えたかと思うと、突然現れる。そんなお方です」
 利家は笑っていたが、お小姓頭がそんな仕事振りで良いのか心配になる。
 やむなく知恵袋の干柿を頼った。
「ほっほっほ。お屋形さまも一人になりたい時もあるじゃろう。鳥になって下々の動きを見て見たいのじゃろ」
「鳥? 鷹、鷹の目......一番高いところは?」
「清洲三層櫓の三階じゃな」
 最上階の窓から城下を見守る信長が立っていた。静かな佇まいは山水画に溶け込む神仙のように美しかった。
 荒い息をしながら現れた己が無作法に思え、牛一は恥ずかしくなった。
「なんぞ謎があったか、又助。余を探しておったようじゃな」
 信長は扇子を掌に打ちつけ、拍子を取っている。機嫌は良さそうだ。
「もしかしたら......湯起請の絡繰からくりが知れるやもしれませぬ」
「ほう、ちょうど退屈しておったところじゃ。褒めて取らす。......がしかし、余をがっかりさせるなよ」
 信長は興味を示すが、抜かりなく釘をさす。
「......ひとまず、怪しい流れ商人の身柄を確保することが賢明かと」
 仔細を説明した。荒療治には後ろ盾が必要と牛一は考えている。
「我が領内に、そんな胡乱な商人がおるのか」
 信長は、眉間の皺と半眼で牛一を見おろした。意図したところではないのだろうが、得も言われぬ恐怖を煽る。
「神の名を騙るとは、余をたばかる罪と同じじゃ。引き立てて首をねよ」
 扇子の横薙ぎが、牛一の首筋に、ぴたっと触れた。
 牛一は冷や汗を掻きつつ、唾を飲み、信長に合わせた。
「勿論にございます。この尾張の地において、お屋形様の御威光に傷がつくような所業を見せますれば、即刻、首と胴を両断の上、清洲城は大手門前に晒す所存。では、差し当たり、ここは又助にお任せあれ」
「なんじゃ、又助らしくもない。まるで猪武者いのししむしゃのもの言いじゃないか、つまらんわ」
 牛一は膝行しつつ、三層櫓を後にした。
 御用部屋では良政が火鉢を抱え込んでいる。
 手を離すと今にも火鉢が逃げ出しそうな構えに見える。
「ただいまお屋形さまより、密命の裏調べにて実力行使の裁可が出ました」
「いよっ! 待ってました~」
 良政は悪戯いたずら小僧のように無邪気に喜んでいる。
「命令書は儂が書くぞ。山賊狩りの軍団は五十人でよいかの」
 胡乱ではあるが、商人がいつの間にやら山賊に格上げされていた。
「たかだか七、八名の商人に織田軍五十人は大げさに思えますが」
 ちらと、良政は皺目の間から黒目を光らせた。
「事を構えずに粛々とやりたいのなら、『鷹の前の雀』作戦で行くがよろしかろう。反撃させるような気持ちを霧消させねば駄目だ。怪我などしたくはなかろう」
 呆れつつも納得し、牛一は頷いた。『蛇に睨まれた蛙』も同義であろう。となれば信長に見込まれた牛一とて変わらぬ訳だ。
「相変わらず強気な爺さまだな~」
「織田家の流儀よ。その最たる賜物がお屋形さまだ」
「なるほど」
「しかしお主も、お屋形さまとの間合いの取り方が上手うもうなっておるぞ」
 牛一は必至なだけだ。苦笑いするしかなかった。
「これも、右筆頭どののお陰かと」
 良政は、牛一のへつらいの含んだ言葉にさえ気を良くする。
「闇夜に音を立てるつもりはないのなら、鉄砲衆は抜きにして槍衆二十人に弓衆十人と徒侍かちざむらい二十人というところかの」
 良政は命令書に手慣れた花押を書き入れた。驚いた、いつもの見慣れた信長の花押に違いなかった。
「そう言えば、北西の空も暴発寸前じゃぞ。さてさて、どうなることやら」
 良政は嬉しそうに目を細め、顔中に皺を集めた。白々と粉を吹いた干柿にも見えるのだが。喰ったら腹を壊す干柿だと、改めて牛一は身震いした。
 武家溜りの間で、牛一は清蔵に戦立てを伝えた。
「なんと、五十人の兵を出動させるのですか? それは、ちと大袈裟な」
 清蔵は呆れたように声を立てた。
「怪しげな山賊風情に、四人か五人の寄騎がいれば、十分。いや拙者一人でも......」
「清蔵どんの言い分はもっともなれど、一人の怪我人も出したくないのじゃ」
 予想通りの受け答えに、牛一は、なだめに懸かる。
「一番槍はもちろん、清蔵どんにつけて貰わねば示しがつかぬな」
「畏まってござる。拙者にお任せあれば誰一人として危険な目になどは遭わせませぬ」
「今宵は戦じゃ。手柄を立てよ。さすれば褒美は想い人......」
「なんじゃ、それは。又助どの、揶揄いは無しじゃ」
「すまなんだ。しかしな、お主も織田家の戦人いくさびと。そんな情けない顔した男をお小夜ちゃんが好きになると思うか!」
 清蔵はすぐ下を向き、盛んに顔を触っている。血気盛んだが根は素直なのだ。
 清蔵はすぐ立ち上がり、
「――きゅぇー」
 気合い一閃。左半身大上段の槍構えから左右旋回に中段突きの手ぶりを終え、
「はっ。承知」
 憂いを振り飛ばし、いつもの清蔵の顔つきに戻った。


   鏑矢

 夕暮れ前に、観音堂より五町ほど離れた筋違いの通りにある臨済宗の善尚寺に、五十の軍兵ぐんぴょうを控えさせた。
鏑矢かぶらやの音を聞いたら、直ちに観音堂に駆けつけよ。お屋形さま直々の下命である。遅滞は許さぬ。良いな」
 軍兵は気合とともに勝鬨を上げた。組頭は最近嫁取りを済ませ、益々勇猛な働き振りを示す若侍だ。
 軍団参着までの時を見積り、牛一はその場を離れた。
 朝日山観音堂の床下に身を潜ませ、清蔵の手に細紐を握らせる。三十間離れた裏山の岩陰に下げた鳴子に結びつけた。その前に牛一が座る。わずかな揺れで良い。木の板が触れ合う音で、牛一は隣の山に向けて鏑矢を打ち込む手筈になっていた。
 直線距離で三町先の山裾に善尚寺がある。
 禅寺の七つ(午後四時前)の時鐘が鳴り響く。
「七つか。そろそろ潜るか」
階に座る清蔵が手槍を扱いた。
「しかし、また床下の潜るとは思わなんだ」
 自分を笑うように呟きながら腰を上げた。
「慌てずに賊が揃ったところで知らせよ。あまり強く引っ張るなよ。僅かな揺れで良いのだ。軍兵参着までに遅くとも八半刻やはんとき(十五分)だ、しばし待て」
 牛一は念を押すと、裏山に向かった。
 西の空が赤らんできた。冬の陽は沈むのが早い。
 冷たい風が頬を掠める。鳥の羽搏はばたきが山裾の湖沼から聞こえると宵闇に染まり始めた。
 ぽつぽつお堂に人が集まる気配が、牛一にも伝わった。
 後は清蔵の合図を待つばかり。
 風が止み、鳴子が優しげに音を立てた。
 牛一はゆっくり立ち上がり、漆黒の山塊に向かって弦を引き絞った。
 魔笛が闇夜を引き裂いて彼方に消える。
 牛一は残心のまま、静かに注意をお堂に戻した。同時に、かたっと戸が開く音がする。烏合の衆と見た輩にも、気構えのある者がいるのかもしれぬ。牛一は注意深く音のする方を見据えた。
 だが、すぐに音は消えた。再び境内は夜の静寂しじまに包まれた。
 静寂の長さが牛一の不安を掻き立てた。軍団の行軍に時が掛かり過ぎる。
 予定の時をとうに過ぎて牛一の肌が粟立った。
 間を置かずに、勢いよく戸が開く音がした。男たちの怒声が聞こえる。板木を断ち割る斬撃音が聞こえた。
(まずい、見つかったか)
 牛一が再びお堂を凝視すると、立て続けに人の足音が境内にこだました。
「誰だ、そこにおるのは」
「出て来ぬと、痛い目を見るぞ」
 賊は、相手を一人と見て勢いづいた。
 賊は商人、職人、山伏風の姿が混じっている。
「あいつら何をしておる。迷う道程みちのりではあるまいに」
 牛一は歯噛みして吐き捨てた。だが軍団が来ればすぐ片づくと高を括って様子を見ていると、集団の一人が火縄を出した。
 牛一は、とっさに弓を構えた。黒い人影は焙烙玉に火を付けた。
(――爆薬か)
 弦を引き絞る。魔笛が唸りを上げて集団を襲う。
「新手か!」
 集団は色めき立った。わずか三十間の隔たりである。牛一の放った鏑矢は、狂いもなく人影の胸板を襲った。手にした黒い焙烙玉は、煙を噴いて軒下に転がった。
 爆発はしなかった。煙玉である。曲者を一人と見て燻り出す心づもりだったようだ。
「遅い! まさか後詰の敵がいるとでも言うのか」
 牛一の唸り声と同時に白い煙幕の中で白刃が光った。
 清蔵の片鎌の槍だ。
 裂帛れっぱくの気合が放たれる。悲鳴が上がった。煙玉のせいで、よく見えない。
 白い煙を身に纏い、一間の手槍を八方に振るう清蔵は摩利支天か、阿修羅に見紛うた。
 牛一はほっとした。考えれば当たり前だ。槍の清蔵と二つ名を持つ男が山賊相手に後れをとるはずはない。
 冷静な清蔵が賊の手足を襲う。槍の穂先が流麗な舞を見せた。
 牛一は、やじりを変えて煙の隙間に覗く敵の手足に矢を浴びせた。もとより命を奪うつもりはない。
 観音堂は煙に塗れて大混戦に陥った。
 師走の北風が吹くと、白煙は飛ばされて視界が開けていく。
「落ちつけ。曲者は槍が一人に、弓が一人ぞ。慌てるな。力押しに押し包め」
 山伏が錫杖を振り回し怒鳴った。
「袋の鼠だ!」
 柔らか烏帽子の商人が仕込み刀を構えて叫んだ。
 再び烈風が吹くと、白煙が掻き消された。
 人混みの中央で、清蔵が仁王立ちで片鎌の槍を 天にかざした。
「誰が、袋の鼠だと?」
 清蔵はゆっくり口を開き、片足をすすっと一歩前に踏み出した。
 清蔵を取り囲んだ八人のうち四人は手傷を負い地に伏せていたが、残りの四人は手に得物を持ち、清蔵を囲んでいた。
 その時、清蔵の言葉に事態の変転を知り、賊どもは息を呑んだ。
 闇夜を一層黒くする鎧武者が、隙間なく境内を取り囲んでいた。槍衾が天蓋を狭め、中天を指す穂先が月明かりを反射させた。
「前へ!」
 組頭の号令が掛かる。
 鎧の小具足が擦れ合って金音かなおとを鳴らした。集団を囲んだ輪がまた狭められる。
「構え!」
 槍が水平に穂先を垂れると、賊どもの身動きは取れなくなり、骨が抜けた提灯ようにその場に崩れ落ちた。
「この者たちの詮議を致す。城へ引き立てよ。さりとて手荒な真似は致すなよ」
 組頭は迅速に動き、言葉少なに兵を指揮した。牛一がその背を見ていると、視線に気づいて振り向いた。
「又助さま。申し訳もありませぬ。道を間違え申した。責めは負いまする」
 綱紀の緩みを許さぬ信長に知られれば只では済まぬことは百も承知の組頭は、神妙な顔をして言上した。
「いや、取り立てて不具合はなかった。清蔵もちょうど良い肩慣らしができたようだ」
 組頭は、肩を震わせ低頭した。


 
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