【本編完結/R18】獣騎士様!私を食べてくださいっ!

天羽

文字の大きさ
3 / 20

3話 ランセルの誘い

しおりを挟む



レストランは昼前から忙しくなり始め、夕方になると段々と客足が引いていく。

だがら一番の踏ん張りどころは昼からだ。
そして今は丁度昼のど真ん中……。
私は休む暇もなく手を動かし、足を動かし……次から次へと注文されたメニューを作っていった。



「レイラー、2番テーブルのマスティンさん家族、副菜人参でお願いね」

「はぁーい」

フロアの接客を担当するノアはキッチンの扉から顔を覗かせ私に伝える。

この街の人達は、赤い瞳の私にも優しく接してくれていて、パン屋を営むマスティンさん家族もその中の1人であった。
私はお皿の隅に添えるサラダを、出来たての人参グラッセに変え、ノアに差し出す。

厨房から顔を除かせると、マスティンさんとその奥さん、子供のチーチェくんがこちらに気付き、私へと手を振る。
孤児院にいる時は向けられる事のなかった優しい微笑みに、胸の奥がじわじわと温かくなるのを感じながら、私も手を振り返した。



「えーっと、次は……野菜切らないと…」

ポツリと独り言を呟きながら、採れたてで新鮮なキャベツを水で洗い、思いにふけながらもザクザクと千切りに切っていく。


(……はぁ、それにしてもグラン、いつになったら私の事大人として見てくれるんだろう……)

毎日好きを伝えているのにいつもはぐらかして、私を子供扱い……私がベッドに入っても普通だし、やっぱり大人なグランから見たら、私など娘や妹みたいな存在でしか見れないのだろうか……。


「ーーいたっ!」


……瞬間、指先に鋭い痛みが走った。


「うぅ……やっちゃった……」

指先から出る鮮血な血に眉を寄せ、洗い場の蛇口を捻る。
なかなか血が止まらない指先に清潔なタオルを巻き、救急箱から包帯を取り出すと、私は近くの椅子に腰をかけた。

「はぁ、もう……刃物を持ってる時はちゃんと集中しないと」

いつもやっている作業だからと気が緩み、注意力が散漫になっていた自分に注意をし、指に巻いたタオルを取った。

「ーーえ、また……な、んで?」

私は、血の付いたタオルと切れたはずの指先に視線を向け、目を見開いた。
そこには、先程まであった切り傷が、何も無かったかのように綺麗に塞がれているのだ。


「うそ…だって確かにさっき切って……血が出て……」


傷口があった場所を触っても痛みは無く、私は溜息を吐く。
でも、私がこのような不思議な体験をしたのは、これが初めてでは無い。

今よりもずっと幼い頃は怪我をしても当たり前の様に、治るまでには時間かかり、ずっと痛かった事を覚えている。
でも、1年ほど前……自宅で夕飯の準備をしていた時に怪我をした時からか、このような現象が起こるようになったのだ。

グランと暮らすようになってから、危ない時はグランがいち早く助けてくれて、そのお陰で私が怪我をする頻度は明らかに減った。
私が少しでも怪我をすると、その日からしばらくグランの過保護に拍車がかかり、何もさせて貰えなくなることを私は知っている。
だから、料理中に怪我をしたことをグランに知られれば、私の数少ない取り柄である料理までも禁止されると言うわけで……。

そのせいもあり、ただでさえ忙しいグランを心配させたく無いという思いもあって、私はこの不思議な現象をグランに言えないでいるのだ。

「まぁ、特に体調の変化もないし……傷が直ぐに治ってくれるなんてありがたいもんね」

大好きなグランに秘密がある事には後ろめたさを感じるが、何もさせてもらえなくなるなんて私には絶対耐えられない。
私は、この奇妙な現象を楽観的に捉え、また仕事を再開したのだった。






広くてオシャレなレストランの内装は、食事メニューと同じくらいお客さんには好評で、外部からわざわざやって来る人もいるくらいだ。
新メニューの追加初日は、夕日が沈み、空が薄暗くなり始めて漸く客足が引いてくるほどとても人気があり、忙しくもやりがいを感じる時間だった。
だが、やはり目まぐるしく動いていた身体には疲労が溜まり、閉店間際にどっと疲れが押し寄せた。


「はぁー、疲れたぁ」

「お疲れ様ノア」

「うん、レイラもね」

私はノアが座って机に突っ伏しているのを見て、軽く微笑みながら隣の椅子へと腰を下ろした。

「2人とも今日はサンキューな、そんでレイラは予定より2時間も残業させちまってすまなかった。助かったよ」

レストランの店長である熊獣人のレスティさんは私達にそう言うと、お礼だと伝えて綺麗な器に乗ったバニラアイスをくれたのだった。








「ーーこんばんは、まだ大丈夫ですか?」


レスティさんに貰ったバニラアイスを丁度食べ終わった頃、入口の方向から声が聞こえ私とノアは視線を向ける。


「あ、ランセル。こんな遅くに来るなんて珍しいね」


入口からこちらへ歩いてくるのは、朝と同様深緑色の軍服に似た仕事服を着たランセルで、この時間帯に来るのは珍しいお客さんだった。


「仕事が長引いちゃって。ほら、新メニュー食べに行くって言ったでしょ?」


仕事が終わって急いで来たのか、ランセルの肌色の額からは、未だ寒さを感じる季節にも関わらず汗が滲んでいた。


「別に今日じゃなくても良かったのに、ランセルってばそんなに楽しみにしてくれてたのね」

今回の新メニューは私が考えたものでは無いけれど、それでも自身が働くレストランの食事を楽しみにしてくれている事が素直に嬉しくて、私はランセルを席へと誘導しながら笑みを浮かべた。


「あ、う…うん……あはは」

席へと座り私の出した水を一気に飲み干すと、ランセルは何処かぎごちなく笑い、それを見たノアが呆れた様に深く溜息を吐く。


「はぁーーー。アタシかーえろ!!弟達も待ってるし。レイラはランセルが可哀想だから帰っちゃダメだからね~」

ノアはそう言っておもむろに立ち上がると、さっさと鞄を斜めにかけて私達へと手を振りながら客用入口へと歩いて行く。


「バイバイ、ノア。また明日ね!」

「はぁーい、また明日!」


パタンとドアが閉まると、少しの間だけ静寂になる。
いつの間にかお客さんは居なくなっていて、レスティさんはランセルの為に新メニューを作っているのか、耳をすませば油の跳ねる音が聞こえてきた。


「今日は忙しかったみたいだね、配達先で皆がここの新メニューを楽しみに話してた」

パタパタとベージュの尻尾を揺らすランセルは嬉しそうに口を開いた。

懐っこく笑うランセルは身長も高く頭も良い。
仕事先だって競争率が高い職柄だと言うのに、威張った所もなく謙虚で優しくて…赤い瞳を持った私にも普通に接してくれる数少ない大切な友達。

「えへへ、嬉しい。私もレスティさんの料理大好きだから、いつも勉強させてもらってるんだ」

私がレストランで働き始めた一番の理由は、グランに美味しいものを沢山食べて欲しいから……。

私がグランの役に立てる事なんて、本当に数少ない。
だから、少しでも自分の出来る事でグランを喜ばせたくて頑張った。

(……私はほんの少しでも、グランの役に立ててるかな?)



「ーーージークスさんの……ため?」

「……え?」


ランセルの少し低くなった声に、私は顔を上げる。
私を見つめるランセルの表情は…いつものランセルとは何処か違って見えた。


「レイラ、僕はレイラのことーーーーー」





「ーーーレイラ」



低いバリトンの声に勢いよく振り返る。


「……グランっ!!!」


そこには腕を組み、客用入口のドアに背を預けるグランが立っていて、私はぱぁっと笑みを浮かべると席を立ち、グランの元へ駆け足で近付く。


「遅くなってすまなかったな」


「ううん、大丈夫だよ!ランセルも来てくれたし」


グランは薄らと微笑み私の頭を撫でると、ランセルに視線を向ける。


「こ、こんばんは……」

「……あぁ」


先程とは明らかに雰囲気が変わり、2人のあいだにいる私はグランとランセルを交互に見返した。


「レイラ、帰るぞ。レスティに挨拶してこい」


「あ、う…うん。分かった」


2人の事が心配だったものの、私は新メニューを丁寧にお皿へと盛り付けていたレスティさんに軽く挨拶をして急いで2人の元へと戻った。



「ごめんねランセル。折角来てくれたのに……」


私は眉を下げ、ランセルに頭を下げる。
ーー私が食べに来てって言ったのにも関わらず、グランが来たからという理由で先に帰るのは、仲のいい友人に対してだってあまりにも失礼だ。
……でもさっきのグランは少しだけ機嫌が悪かったから、ここに来る前に何かあったのではないかと心配だったのだ。


「あはは、いいよそんな事気にしなくて……それよりさ、レイラって……明後日休みでしょ?」


頬を赤く染め、恥ずかしそうに人差し指で自身の頬を掻くランセルに、私は首を傾げる。


「うん、そうよ。でもなんで?」


「あのさっ!もしレイラさえ良ければ……隣街に新しく出来たカフェに一緒に行かないかな?……ケーキが美味しいって評判なんだ……けど……」


徐々に小さくなるランセルの声は心做しか少しだけ震えている様な気がした。



(……明後日か…グランも仕事だし、家でお菓子でも作ろうかなって思ってたくらいだし……特にやる事もなかったよね)


「特に予定もないし、私なら大丈ーーー」


「駄目だ」


私の声に被せて低く言い放つグランに、私は大きく目を見開く。
見上げたグランの表情はやっぱりいつもと違っていて、眉間には皺が寄っていた。


「グラン?どうしたの」


私はグランの腕に自身の手を添えると、心配の色を浮かべて顔をのぞき込む。


「隣街など危ないだろうが。その瞳だって気付いた奴がレイラに危害を加えようとしたらどうすんだ」

「大丈夫だよ、ちゃんと帽子とメガネもするし」

「ジークスさん、隣街は差程遠くありませんし、僕もしっかりレイラを守るので許可してください」


ランセルは緊張した面持ちで……だけど強い口調で騎士である屈強なグランを見つめる。


「駄目だ。お前ではレイラを守れない。それに、明後日レイラは俺と用事がある。お前はこんな色気ないやつよか他誘え」


「ちょ……いろっ……グランのバカ!!悪かったわね色気なくて!!!!ーーーーーーーーえ、うわぁっ!?」


グランの嘲笑うかの様なその言葉に赤面した私は、次の瞬間ふわっと身体が浮き上がるのを感じ、小さく声を上げ、咄嗟にその逞しい首に腕を巻き付ける。


「ほらもういいだろ、さっさと帰るぞ」


グランは不機嫌そうにそう言い放つと、ランセルへと背を向ける。


「え?ちょっとまって!!……ランセル本当にごめんね!その話はまた今度、ノアも誘って決めようね!!今日は来てくれて本当にありがと!!!」


グランの肩口から顔を出し、早口でそう言い手を振ると、ランセルも手を振り返してくれる。
でもその表情は何処と無く曇っていて、私は強引なグランの肩をペチペチと叩いたのだった。





「……ノアも誘って……か。レイラ……僕は君が……」



入口のドアが閉じる前、ランセルが何かを言ったような気がしたけど、人間である私には何も聞こえなかった。

……でも、その時確かにグランの大きな耳はピクピクと動いたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。 そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった! ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――? 意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

番が逃げました、ただ今修羅場中〜羊獣人リノの執着と婚約破壊劇〜

く〜いっ
恋愛
「私の本当の番は、 君だ!」 今まさに、 結婚式が始まろうとしていた 静まり返った会場に響くフォン・ガラッド・ミナ公爵令息の宣言。 壇上から真っ直ぐ指差す先にいたのは、わたくしの義弟リノ。 「わたくし、結婚式の直前で振られたの?」 番の勘違いから始まった甘く狂気が混じる物語り。でもギャグ強め。 狼獣人の令嬢クラリーチェは、幼い頃に家族から捨てられた羊獣人の 少年リノを弟として家に連れ帰る。 天然でツンデレなクラリーチェと、こじらせヤンデレなリノ。 夢見がち勘違い男のガラッド(当て馬)が主な登場人物。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

処理中です...