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3話 ランセルの誘い
しおりを挟むレストランは昼前から忙しくなり始め、夕方になると段々と客足が引いていく。
だがら一番の踏ん張りどころは昼からだ。
そして今は丁度昼のど真ん中……。
私は休む暇もなく手を動かし、足を動かし……次から次へと注文されたメニューを作っていった。
「レイラー、2番テーブルのマスティンさん家族、副菜人参でお願いね」
「はぁーい」
フロアの接客を担当するノアはキッチンの扉から顔を覗かせ私に伝える。
この街の人達は、赤い瞳の私にも優しく接してくれていて、パン屋を営むマスティンさん家族もその中の1人であった。
私はお皿の隅に添えるサラダを、出来たての人参グラッセに変え、ノアに差し出す。
厨房から顔を除かせると、マスティンさんとその奥さん、子供のチーチェくんがこちらに気付き、私へと手を振る。
孤児院にいる時は向けられる事のなかった優しい微笑みに、胸の奥がじわじわと温かくなるのを感じながら、私も手を振り返した。
「えーっと、次は……野菜切らないと…」
ポツリと独り言を呟きながら、採れたてで新鮮なキャベツを水で洗い、思いにふけながらもザクザクと千切りに切っていく。
(……はぁ、それにしてもグラン、いつになったら私の事大人として見てくれるんだろう……)
毎日好きを伝えているのにいつもはぐらかして、私を子供扱い……私がベッドに入っても普通だし、やっぱり大人なグランから見たら、私など娘や妹みたいな存在でしか見れないのだろうか……。
「ーーいたっ!」
……瞬間、指先に鋭い痛みが走った。
「うぅ……やっちゃった……」
指先から出る鮮血な血に眉を寄せ、洗い場の蛇口を捻る。
なかなか血が止まらない指先に清潔なタオルを巻き、救急箱から包帯を取り出すと、私は近くの椅子に腰をかけた。
「はぁ、もう……刃物を持ってる時はちゃんと集中しないと」
いつもやっている作業だからと気が緩み、注意力が散漫になっていた自分に注意をし、指に巻いたタオルを取った。
「ーーえ、また……な、んで?」
私は、血の付いたタオルと切れたはずの指先に視線を向け、目を見開いた。
そこには、先程まであった切り傷が、何も無かったかのように綺麗に塞がれているのだ。
「うそ…だって確かにさっき切って……血が出て……」
傷口があった場所を触っても痛みは無く、私は溜息を吐く。
でも、私がこのような不思議な体験をしたのは、これが初めてでは無い。
今よりもずっと幼い頃は怪我をしても当たり前の様に、治るまでには時間かかり、ずっと痛かった事を覚えている。
でも、1年ほど前……自宅で夕飯の準備をしていた時に怪我をした時からか、このような現象が起こるようになったのだ。
グランと暮らすようになってから、危ない時はグランがいち早く助けてくれて、そのお陰で私が怪我をする頻度は明らかに減った。
私が少しでも怪我をすると、その日からしばらくグランの過保護に拍車がかかり、何もさせて貰えなくなることを私は知っている。
だから、料理中に怪我をしたことをグランに知られれば、私の数少ない取り柄である料理までも禁止されると言うわけで……。
そのせいもあり、ただでさえ忙しいグランを心配させたく無いという思いもあって、私はこの不思議な現象をグランに言えないでいるのだ。
「まぁ、特に体調の変化もないし……傷が直ぐに治ってくれるなんてありがたいもんね」
大好きなグランに秘密がある事には後ろめたさを感じるが、何もさせてもらえなくなるなんて私には絶対耐えられない。
私は、この奇妙な現象を楽観的に捉え、また仕事を再開したのだった。
広くてオシャレなレストランの内装は、食事メニューと同じくらいお客さんには好評で、外部からわざわざやって来る人もいるくらいだ。
新メニューの追加初日は、夕日が沈み、空が薄暗くなり始めて漸く客足が引いてくるほどとても人気があり、忙しくもやりがいを感じる時間だった。
だが、やはり目まぐるしく動いていた身体には疲労が溜まり、閉店間際にどっと疲れが押し寄せた。
「はぁー、疲れたぁ」
「お疲れ様ノア」
「うん、レイラもね」
私はノアが座って机に突っ伏しているのを見て、軽く微笑みながら隣の椅子へと腰を下ろした。
「2人とも今日はサンキューな、そんでレイラは予定より2時間も残業させちまってすまなかった。助かったよ」
レストランの店長である熊獣人のレスティさんは私達にそう言うと、お礼だと伝えて綺麗な器に乗ったバニラアイスをくれたのだった。
「ーーこんばんは、まだ大丈夫ですか?」
レスティさんに貰ったバニラアイスを丁度食べ終わった頃、入口の方向から声が聞こえ私とノアは視線を向ける。
「あ、ランセル。こんな遅くに来るなんて珍しいね」
入口からこちらへ歩いてくるのは、朝と同様深緑色の軍服に似た仕事服を着たランセルで、この時間帯に来るのは珍しいお客さんだった。
「仕事が長引いちゃって。ほら、新メニュー食べに行くって言ったでしょ?」
仕事が終わって急いで来たのか、ランセルの肌色の額からは、未だ寒さを感じる季節にも関わらず汗が滲んでいた。
「別に今日じゃなくても良かったのに、ランセルってばそんなに楽しみにしてくれてたのね」
今回の新メニューは私が考えたものでは無いけれど、それでも自身が働くレストランの食事を楽しみにしてくれている事が素直に嬉しくて、私はランセルを席へと誘導しながら笑みを浮かべた。
「あ、う…うん……あはは」
席へと座り私の出した水を一気に飲み干すと、ランセルは何処かぎごちなく笑い、それを見たノアが呆れた様に深く溜息を吐く。
「はぁーーー。アタシかーえろ!!弟達も待ってるし。レイラはランセルが可哀想だから帰っちゃダメだからね~」
ノアはそう言って徐に立ち上がると、さっさと鞄を斜めにかけて私達へと手を振りながら客用入口へと歩いて行く。
「バイバイ、ノア。また明日ね!」
「はぁーい、また明日!」
パタンとドアが閉まると、少しの間だけ静寂になる。
いつの間にかお客さんは居なくなっていて、レスティさんはランセルの為に新メニューを作っているのか、耳をすませば油の跳ねる音が聞こえてきた。
「今日は忙しかったみたいだね、配達先で皆がここの新メニューを楽しみに話してた」
パタパタとベージュの尻尾を揺らすランセルは嬉しそうに口を開いた。
懐っこく笑うランセルは身長も高く頭も良い。
仕事先だって競争率が高い職柄だと言うのに、威張った所もなく謙虚で優しくて…赤い瞳を持った私にも普通に接してくれる数少ない大切な友達。
「えへへ、嬉しい。私もレスティさんの料理大好きだから、いつも勉強させてもらってるんだ」
私がレストランで働き始めた一番の理由は、グランに美味しいものを沢山食べて欲しいから……。
私がグランの役に立てる事なんて、本当に数少ない。
だから、少しでも自分の出来る事でグランを喜ばせたくて頑張った。
(……私はほんの少しでも、グランの役に立ててるかな?)
「ーーージークスさんの……ため?」
「……え?」
ランセルの少し低くなった声に、私は顔を上げる。
私を見つめるランセルの表情は…いつものランセルとは何処か違って見えた。
「レイラ、僕はレイラのことーーーーー」
「ーーーレイラ」
低いバリトンの声に勢いよく振り返る。
「……グランっ!!!」
そこには腕を組み、客用入口のドアに背を預けるグランが立っていて、私はぱぁっと笑みを浮かべると席を立ち、グランの元へ駆け足で近付く。
「遅くなってすまなかったな」
「ううん、大丈夫だよ!ランセルも来てくれたし」
グランは薄らと微笑み私の頭を撫でると、ランセルに視線を向ける。
「こ、こんばんは……」
「……あぁ」
先程とは明らかに雰囲気が変わり、2人の間にいる私はグランとランセルを交互に見返した。
「レイラ、帰るぞ。レスティに挨拶してこい」
「あ、う…うん。分かった」
2人の事が心配だったものの、私は新メニューを丁寧にお皿へと盛り付けていたレスティさんに軽く挨拶をして急いで2人の元へと戻った。
「ごめんねランセル。折角来てくれたのに……」
私は眉を下げ、ランセルに頭を下げる。
ーー私が食べに来てって言ったのにも関わらず、グランが来たからという理由で先に帰るのは、仲のいい友人に対してだってあまりにも失礼だ。
……でもさっきのグランは少しだけ機嫌が悪かったから、ここに来る前に何かあったのではないかと心配だったのだ。
「あはは、いいよそんな事気にしなくて……それよりさ、レイラって……明後日休みでしょ?」
頬を赤く染め、恥ずかしそうに人差し指で自身の頬を掻くランセルに、私は首を傾げる。
「うん、そうよ。でもなんで?」
「あのさっ!もしレイラさえ良ければ……隣街に新しく出来たカフェに一緒に行かないかな?……ケーキが美味しいって評判なんだ……けど……」
徐々に小さくなるランセルの声は心做しか少しだけ震えている様な気がした。
(……明後日か…グランも仕事だし、家でお菓子でも作ろうかなって思ってたくらいだし……特にやる事もなかったよね)
「特に予定もないし、私なら大丈ーーー」
「駄目だ」
私の声に被せて低く言い放つグランに、私は大きく目を見開く。
見上げたグランの表情はやっぱりいつもと違っていて、眉間には皺が寄っていた。
「グラン?どうしたの」
私はグランの腕に自身の手を添えると、心配の色を浮かべて顔をのぞき込む。
「隣街など危ないだろうが。その瞳だって気付いた奴がレイラに危害を加えようとしたらどうすんだ」
「大丈夫だよ、ちゃんと帽子とメガネもするし」
「ジークスさん、隣街は差程遠くありませんし、僕もしっかりレイラを守るので許可してください」
ランセルは緊張した面持ちで……だけど強い口調で騎士である屈強なグランを見つめる。
「駄目だ。お前ではレイラを守れない。それに、明後日レイラは俺と用事がある。お前はこんな色気もないやつよか他誘え」
「ちょ……いろっ……グランのバカ!!悪かったわね色気もなくて!!!!ーーーーーーーーえ、うわぁっ!?」
グランの嘲笑うかの様なその言葉に赤面した私は、次の瞬間ふわっと身体が浮き上がるのを感じ、小さく声を上げ、咄嗟にその逞しい首に腕を巻き付ける。
「ほらもういいだろ、さっさと帰るぞ」
グランは不機嫌そうにそう言い放つと、ランセルへと背を向ける。
「え?ちょっとまって!!……ランセル本当にごめんね!その話はまた今度、ノアも誘って決めようね!!今日は来てくれて本当にありがと!!!」
グランの肩口から顔を出し、早口でそう言い手を振ると、ランセルも手を振り返してくれる。
でもその表情は何処と無く曇っていて、私は強引なグランの肩をペチペチと叩いたのだった。
「……ノアも誘って……か。レイラ……僕は君が……」
入口のドアが閉じる前、ランセルが何かを言ったような気がしたけど、人間である私には何も聞こえなかった。
……でも、その時確かにグランの大きな耳はピクピクと動いたのだった。
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