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6話 婚約者
しおりを挟む「いきなり呼び付けておいて何用ですか。レイラに会いたいと言うから渋々連れてきたというのに、貴方がそのような態度をとるのでしたら俺達は帰ります……レイラ行くぞ」
「……あ、ちょ…グランっ」
「ーー待ちなさい」
グランが私の手を引っ張り足を進めると、先程と同様の鋭い声が部屋に響く。
「いつまでその気味の悪い娘といるつもり?その歳まで独り身でふらふらして、いい加減貴方も身を固めなさい」
その言葉にドキリと心臓が軋む音を立てた。
「必要ありません。この家の次期当主は兄のディルドで俺では無いと、いないも同然に扱ってきたのは貴方ではありませんか」
「それは昔の話でしょう?折角国が誇る獣騎士団、それも団長の職につけたのよ、その娘も既に成人しているのでしょうし、いい加減貴方はこちらに戻りなさいと言っているの」
鋭い目付きで睨み合う2人に私は声も出せないでいた。
結婚……。グランが結婚……なんて、嫌だ。
ずっと一緒に居たいって思ってた、私の思いをグランに受け取ってもらえなくても、一緒に居られればいいとさえ思っていた。
なのに……グランは孤児だった私とは違って貴族の男性だ。
貴族の男性で、国も信頼を置く獣騎士団団長様だ。
そんなグランがこの歳まで結婚していなかったとなれば、親である目の前の女性が黙っていない事は明らかだったのに。私は何も知らないで、子供じみた考えをグランに押し付けていたのだ……。
「俺が騎士団に入団した時でさえ何も言わなかった貴方が今になって言う言葉がそれですか。所詮貴方は金と地位しか見てない……久しぶりにここへ来ましたが、浅ましい所は変わってないんですね」
「ーーなっ!!」
眉を顰めたグランがそう口にすると、お母様の顔がみるみると怒りを表し、顔を赤くする。
「貴方母親に向かって!!なんて口を聞くの!!!そんな何の役にも立たない人間の子供早く捨てて、国だけでなく貴方を育ててあげた家族の役にも立ったらどうなの!」
怒り狂う叫び声に、私はビクッと身体を震わせた。
獣人の放つ威嚇は人間の私にはかなりの恐怖を与える。
グランのお母様だってきっとそれは知っている筈なのに、それでも私に向けて放つその重圧に目眩すらして、身体の力が抜け倒れそうになる。
「ーーレイラっ!!」
瞬間、グランの逞しい腕が私を支えるとそのまま横抱きに抱え、目の前の母親を先程とは比べものにならないほどの目付きで睨み返していた。
「レイラを傷付けたらいくら母親の貴方でも決して許さない。それでは……もうこの様な事で俺たちを呼ばないで頂きたい」
「グラン!!!待ちなさい!まだ話は終わってーーー」
グランのお母様が叫ぶその言葉を最後まで聞く事の無いまま、グランは勢いよくドアを閉め、玄関ホールへと足早に進んで行ったのだった。
。。。。。
「グラン様、もうお帰りになられるのですか?」
玄関ホールへ行くと、執事であるセスバさんが慌てて駆け寄る。
「あぁ、馬車を1つ直ぐに手配してくれ」
「か、かしこまりました……」
グランの威圧感のある低い声を聞いたセスバさんは、眉を下げ呟くと、すぐさま馬車の手配へと下がって行った。
「……レイラ?大丈夫か」
「……」
……声が出なかった。出せなかった。
今口を開いたら、私はきっと……子供みたいに泣いてしまうから。
私の名前を呼ぶグランの声は、先程の声とは比べものにならないほど優しくて、私はグランの首に回す腕の力を強めこくりと頷いた。
「ーーーーお待たせ致しました。予定よりも早くのご帰宅だったため当初ご準備していた馬車よりも簡素な馬車となってしまいまして大変申し訳ございません」
「いや、急がせてすまなかったな」
グランはセスバさんに落ち着いた口調で告げると、私を抱き上げたまま馬車へと乗り込んだ。
「それじゃあセスバ、元気で」
「あのグラン様!……またいらして下さい。使用人は皆貴方様とレイラ様をお待ちしております」
「……ああ、またな」
グランが眉を下げてそう口にすると、セスバさんは悲しそうな顔をして、頭を下げた。
ガタンと大きく揺れた後、ゆっくりと動き出す馬車はどんどんと屋敷を離れていく。
私はずっと顔が上げられないまま……セスバさんに挨拶も出来ないまま、グランの胸元に顔を埋めていたのだった。
馬車が進み始めて数分……。
馬車内はしんと静まり返り、グランの吐いた溜息が妙に大きく聞こえる。
「レイラ、おいレイラ……そろそろ顔を上げてくれ…」
グランは縋り付く私を引き剥がすことも無く、背中を優しく撫でる。
でもやっぱりグランの顔は見れなくて、私はグランの胸元に押し付けるようにブンブンと首を振る。
「……悪かった。珍しく母親がレイラに会いたいと便りを寄こしたもんだから、俺も少し期待してしまったんだ。でもあの人は昔と全然変わってなくて、連れてきたお前に辛い思いをさせた、あれ程あからさまに瞳の事を口にするなどと思わず俺の考えが甘かっーーー」
「ーーー違うの!!!!!」
突然の私の大きな声にグランの身体はピクっと微動する。
……違う。
私が落ち込んでいる一番の理由は、瞳の事を言われたからじゃない。
溢れる涙が頬を伝った時、私は勢いよく顔を上げた。
パチリと目を見開くグランの顔は涙で歪んで見えにくい。それでも私は勢いよく口を開いた。
「私が悲しいのは瞳の事を言われたからじゃない!!……そうじゃない、あの人は……グランのお母様なのに、グランの事全然見てないんだもん!!!!」
……悔しかった。
グランがどれだけ努力していたのか、優しいグランにどれだけ私が助けられたのか……そんなの何も知らないで、目に見える部分でしかグランを評価出来ずに自分の思い通りにしようとしたあの人に凄く腹が立った。
でもそれと同時に、私はただ震えているだけで何も出来なくて……そんな自分に1番腹が立って、酷く胸が苦くなった……。
拭っても拭っても絶えずに流れ出す涙はぽたぽたとグランの胸元に零れていく。
「貴族だからとか、国が誇る獣騎士団だからとか、そんな上辺だけ見て、グランの内面全然見てないじゃん!!私は……グランの昔の事何も知らないけど、騎士団の団長になるまでグランがどれだけ努力したかはグランのお母様より何倍も知ってるっ!!!」
「……レイラ」
駄目だ……。涙が溢れて止まらない。
子供じみた怒り方だって自分でも分かってる、でも許せない。
皆が私を見て恐れ…去っていく中、グランだけは手を差し伸べてくれた。少し過保護すぎなところもあるけど、優しくてそばに居ると安心できて……私の大好きな人。
「私が落ち込んでた時グラン教えてくれたじゃん……一緒に居るって、役に立つとか立たないとかじゃないって!ただ一緒に居たいって思うから一緒に居るんだって!!安心出来るから一緒に居るって…なのにグランのお母様は、グランに家の役に立てって言ったからーーーだからわたしっーーー」
ーー瞬間、ぐっと強い力に引き寄せられ、勢いのままに私はグランの胸に顔を埋めた。
突然の事で何が起こったのか分からなくて、咄嗟に離れようと力を入れるが、グランの腕に抱き込まれ身動きが取れなくなっていた。
「ふぇ…ぐ、グラン……!?」
耳まで真っ赤に染めた私の声は裏がえり、ドクドクと鳴る心臓の音はきっとグランにも聞こえているだろう……。
そう考えるとますます緊張してしまう私の耳元で、グランは小さく呟いた。
「ーーーレイラ、ありがとな」
「え、な…なんで……!?」
グラン声は少し震えていて、でもとても優しくて温かい声だった。
ふさふさの尻尾は大きく揺れている様で、横抱きに抱えられている私の足首にパタパタと一定のリズムで当たって擽ったい。
「俺のために怒ってくれているんだろ?」
「……あ、うん……そう、だよ……当たり前だよ……グランの事悲しませる人は絶対に許さないんだから……」
ギュッとグランの服を握ると、グランも私を抱く力を強めてくれる。
私は恐る恐る顔を上げ、グランを見上げると視線が合う。
「レイラ、お前だけだよ。俺のために怒ってくれるのは」
「……グラン?」
グランは自身の分厚く大きな手を私の頬に当て、優しく微笑んだ。
いつの間にか涙は止まり、目の縁に溜まる雫をグランの親指が拭った。
「あの人は昔から地位や金にしか興味がなくて、俺に対してもずっとあんな感じだったからな……ガキの頃はそれが辛かったり苛立ったりしてたんだが、今はもう呆れて怒りすら湧かない。
……でもやっぱりどっかつっかえていた部分があったんだな……お前が怒ってくれたお陰で、なんかスッキリした。ありがとな……レイラ」
グランはそう言って晴れたような笑顔を浮かべた。
「わ、私はそんな……ただグランを物みたいに言うあの方が許せなくて……な、何もできなかったけど……」
私は俯いて、小さく呟く。
すると、唐突にグランの頬が私の頬へとスルリと合わさり私はピクリと肩を跳ねさせた。
「え!?ぐ、グラン……!?」
グランから頬ずりするなんて今までなかった事で、私は驚きグランの肩を押す。
しかしびくともしない屈強な身体は、尚も私の身体を強く抱き締めた。
「ふっ……それでいい、お前が怒ってくれただけで十分だ」
グランは優しく囁くと、私の頭をポンポンと撫でた。
「お前にも嫌な思いさせちまって悪かった。あの人が言ったことは気にするな。俺はレイラの赤い瞳……凄く綺麗だと思ってる……」
「……え?」
私は目を見開いてグランを見つめる。
……思えばグランは私の瞳を見て、1度も目を逸らしたことは無かった。
眉を寄せて怪訝な目を向ける事なんてただの1度も無かった。
グランのその真剣な表情は、嘘を言っているようには見えなくて、またも次第に視界が歪む。
「う、うん……グラン……あり、がとう……」
「他のやつの言葉など気にするな、レイラはそのままでいたらいいんだからな……」
私の背中を撫でるグランの手はとても温かくて……私はまた、グランの胸に顔を埋めたのだった。
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