その吸血鬼、返品します!

胡桃澪

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好きなのは彼のはず、だよね?

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 今日は特に嫌がらせなどもされず、無事に終わった。

 湊くんとグループのメンバー達の空気感はどこかぎこちない。

 もしかしたら昨日の件をグループのメンバーに話したのかもしれない。犯人が誰かは湊くんから聞いてないけど。

「雫、帰ろ」
「あ、うん」
「今日は変なメッセージとかきてないか?」
「大丈夫。何かあれば話すよ」
「そっか、なら良いけど」
「あの……もし、私に危害を加える人とかがいても……殺すのはやめてね?」
「えっ?」
「私の為に罪を犯すのはやめて欲しい。苦しむ響斗くんを見たくないから」
「分かった。雫が望むなら殺さない」
「良かった….…」

 昨日の響斗くんは本当に狂気的だった。暴走しないよう私が気をつけて見ていないと。

「雫。渡したい物がある」
「渡したい物?」
「ああ。これを」

 響斗くんは首から下げていた赤い石のネックレスを私に渡す。

「これは?」
「お守りだ。父さんが俺が生まれた時に作ってくれた特別な物だ。魔界でも希少価値の高いとされる宝石を使って作った物だからな。お守りとしての効力は高いと聞いている」
「そ、そんな大事なお守りを貰うわけには!」
「俺は自分の命より雫が大事だから。だから、持っていて欲しい。雫が昨日みたいな目に遭ったらと思うと生きた心地がしない」
「でも….…」
「きっと雫を守ってくれるから。絶対身につけておけ」

 お守りを強引に渡された私は渋々首から下げる。

「ありがとう……」
「ああ。これで俺も安心だ」
「渡す相手、私で良かったの?」
「ああ、雫が良い」

 どうして湊くんに抱きしめられた時よりもドキドキしているの?

 それに、湊くんに抱きしめられた事に何か罪悪感を感じてる。

 響斗くんは私を本当に好きなわけじゃないだろうし、私が好きなのは湊くんのはずなのに。

 私、静流さんの代わりじゃ嫌だ。私を私として響斗くんに見てもらいたい……なんて。

「なんて辛いドラマなんだ。彼氏可哀想すぎるだろ」
「本当にね。記憶喪失の彼女を想い続ける姿にやられるのよー」

 夜になると、響斗くんは母と二人で恋愛ドラマを見て号泣していた。

 ドラマに入り込んじゃう人なんだ。

「雫も見れば良かったのに」
「私は辛くなるの分かってるから見れなくて。この彼氏さん、すごいよね。自分の事を忘れた彼女をずっと想い続けているんだもん。私だったら一緒にいられないかな。自分を忘れてるんだよ?」

 記憶喪失になった彼女にもう一度恋をしてもらう為に頑張る男性というあらすじを見ただけで気が引けたんだ。

「忘れられてもさ、好きな気持ちは変わらないし、やっぱり彼女じゃなきゃダメだってなるんだよ。例え、彼女が付き合う前と変わってしまった事があっても、好きな限りはどんな彼女も受け入れて愛せる。お兄さんは雫より人生経験が深いからしっくり来るんだ」
「あら? 響斗くんだって雫と同い年でしょ?」
「あっ、そうでした! やべ……」

 響斗くん、130歳だからね。

「そうなんだ。どうせ私は恋愛経験浅いお子様ですよーだ」
「拗ねるなって。今の俺にはかなり刺さるドラマだったよ。やっぱり忘れられても、もう一度取り戻したい……」
「静流さんにもう一度会えると良いね。亡くなったの随分前だし、もうとっくに生まれ変わってるはずだから」
「えっ……」
「生まれ変わりでも良いから好きな人とはまた結ばれたいって思うもの、私も」

 まあ、湊くんとは付き合えてすらいないけど!

「そうだな。姿が変わってももう一度会ったらすぐに見つけて恋をするんだな」

 生まれ変わり……か。もし、二人が運命の赤い糸で結ばれていたら、きっとまた出会うんだろうな。

 あれ?

 どうしてモヤモヤしてるんだろ。

「今日も添い寝……」
「コウモリに長時間変化できても朝は人間に戻ってたからだめ!」

 今日も添い寝を要求してきた響斗くんに私は断る。

「雫ーっ!」
「やっぱり好きな人じゃなきゃ許しちゃだめなんだよ、こういうのは」
「えーっ!」
「そうだ、そんなに寂しいならこれ貸してあげる」
「う、うさぎの抱き枕?」
「私、小さな頃はこれ抱いて寝たら安眠できてたってお母さんが」
「響斗くん、もう130歳のジジイなんだがな」
「中身は5歳児と変わらないでしょ?」
「分かった。抱き枕で我慢する。バーカバーカ」

 本当に添い寝好きだなぁ。抱き枕で納得して寝てくれたら良いけど。

 そういう私も今日大丈夫かな。

 昨日は安心して眠れたけど……。

 だけど、またしても静流さんの夢を私は見てしまった。

「嘘……」

 静流さんは森の中で震えながら立ちすくんでいた。

 目の前には鬼のような姿をした化け物と食い荒らされた人の遺体が。

「また食事が現れてくれたな。お前はこの人間より美味そうだ」
「い、嫌。やめてください……こ、来ないで……」

 静流さんは震えながら、小太刀を構えていた。

 だけど、化け物はまんまと静流さんの持っていた小太刀の刃先を折った。

「そ、そんな! きゃっ!」

 化け物は静流さんを突き飛ばす。

「さぁ、食事の時間だ」

 静流さんが身構えた瞬間、化け物の頭上に紫色の激しい炎が灯された。

「俺の縄張りを荒らすな」

 紅い瞳を光らせながら響斗くんは化け物の前に立った。

「うわぁぁぁ! 熱い、熱い……やめてくれぇ!!」
「人を喰らう鬼は排除する。焦げ果てるまで一生苦しんでいるが良い」

 響斗くんはさらに炎を鬼に向かって放った。

「ひっ……」
「娘、早く逃げろ。この時間にこんな森を出歩くのは危険だ。妖はたくさんいる」
「けど……」
「早く!!」

 響斗くんが声を荒げると、静流さんは慌てて逃げて行った。

 この夢の光景、私……知ってる。

 この後、確か鬼に食い荒らされた遺体を見つけた村人が響斗くんに疑いを向けて、響斗くんの言い分も聞かずに牢屋に……。

「何で知っているんだろう……」

 私は目覚めると、響斗くんに貰ったネックレスについた石に触れる。

 横を見ると、今日は響斗くんが眠っていなかった。

「さ、寂しくないんだから……」

 私が静流さんの夢ばかり見るのはどういう意味なんだろ?

「おはよう、雫。ちゃんと眠れたか?」
「う、うん。響斗くんは?」
「抱き枕抱いて安眠したよ」

 リビングに行くと、クマひとつない響斗くんの姿を見て私は安心する。

「最近も静流の夢を見るのか?」
「う、うん。襲われた日以外は静流さんの夢を見たよ」
「そうか……やはり……」
「何か知ってるの?」
「い、いや」
「静流さんも襲われそうになって響斗くんから助けられたんだね」
「ああ。それが出会いだった。懐かしいな……」

 響斗くんは静流さんの話をする時だけ表情が変わる。本当に愛しいんだなって。
 
 どうして、こんなにもやもやするのかな。

「おはよう、雫」
「お、おはよう! 湊くん……」

 学校に着くと、クラス内がざわついていた。

 そういえば、湊くんの取り巻きのリーダーである森沢さんがいない。

 いつも湊くんと話しているのに。

「かれんどうしたんだろうね?」
「知らないの? 学校辞めたらしいよ? 何でもヤバイ奴らと関わってたみたいで」

 私は突然聞こえてきた噂話に耳を疑う。

「かれんだったよ、雫を襲わせた主犯は」
「えっ?」

 湊くんは苦笑いしながら話す。

 確かに私が湊くんに話しかけられる度に冷たい視線を感じていた。

「雫に危害を加えるような人間は排除しないと」
「み、湊くん….…?」

 いつもは見せない冷たい表情に私はぞくっとする。

「これからもそういう奴がいたら俺にすぐ言って。雫を守るのは俺なんだから」
「う、うん….…」

 何だろう、また頭が痛む。響斗くんから貰った薬、飲まないと……。

『静流、あいつが居ない事を悲しむ気持ちはよく分かる。だけど、俺がいる。俺ならあいつよりずっとずっと静流を大事にするよ。一生守るから……』
『貴方と結婚するくらいなら死んだ方がマシよ! 知ってるのよ、貴方が響斗さんを封印させた事……』

 頭に一瞬、静流さんと静流さんに言い寄ってきていた孝介という男性が言い合っている映像が浮かんだ。

「うっ……」

 私は頭を押さえ、しゃがみこむ。

「雫! 早く薬を飲め」

 響斗くんが私の元へ駆け込んできた。

「う、うん……」

 私は薬を一気に飲む。

「大丈夫か?」
「う、うん。飲んだら落ち着いたかな」

 何度も見る静流さんの夢、頭痛が起きる度に映る映像の意味は一体……。

「黒月、雫を守るのは俺だ。雫を襲わせた犯人だって俺が見つけた。いい加減、雫に近付くのはやめてくれないか?」
「み、湊くん!?」
「どうしてお前に指図されなきゃいけないんだ?」
「お前じゃ雫を幸せに出来ないからな。それは一生変わらない」
「やはりお前、過去の記憶を……」

 なんだか険悪な雰囲気の二人に私は戸惑う。

「あ、あの……」
「今度こそ俺の物にするんだ」

 湊くんは冷たい瞳で響斗くんに言った。

 湊くんはどうしてそんなに響斗くんに対してきついんだろう。いつも皆に優しい湊くんなのに。

 もしかして私が見ている湊くんは湊くんの全てじゃない……?

「きゃああ! 湊頑張ってー!!」
「黒月くーん!!」

 体育の時間になると、男子はドッジボールで対戦をしていた。

 女子達はバトミントンをまともにやらず、男子達の対戦を観戦していた。

 響斗くんと湊くん、敵同士だ。

 しかも二人が中心となって色々な人にボール当てまくってる。

「つ、強い……」

 響斗くん、身体能力あるからね。

「まさかお前と敵同士になるとはな」
「嬉しいよ、黒月。痛めつけてあげるよ」

 他にもまだ数名残っているのに、響斗くんと湊くんの全面対決みたいな空気に。

「りぃ、どっち応援する?」
「うちは湊くん!」
「えー? 私は黒月くん派」

 女子でも応援するチームが二分化されてる。

 私は……

 響斗くんを見ていると、響斗くんと目が合った。

 私は……響斗くんを応援する。

「が、頑張って! 響斗くん!」

 私は声を震わせながら、響斗くんに向かって叫ぶ。

「任せろ!」

 響斗くんは私に向かってピースすると、湊くんに向かってボールを投げる。

 だけど、湊くんはさらりとかわす。

「何で……彼女はいつもお前を……」
「俺は……もう二度と大事な人を失わない! お前なんかにやるか」

 今度は湊くんが響斗くんに向かってボールを投げる。

 だけど、響斗くんはボールをキャッチし、湊くんのお腹に向かってボールを当てた。

「俺の勝ちだな、朝倉」

 湊くんが地面に倒れこむと、女子達が一斉に湊くんの元へ。

 結構強く当てられてたけど、大丈夫かな。

 私も湊くんの元へ行こうとするも、響斗くんに腕を掴まれた。

「響斗くん?」
「行くな。雫はこっち」
「は、はい」

 私は持っていたタオルで響斗くんの汗を拭く。

「応援、嬉しかった」
「あ、あんなおっきな声出したの初めてだった」
「そっか。頑張ったな、えらいぞ? 雫」

 響斗くんは私の頭を優しく撫でる。

「ま、また撫でる! 子供じゃないんだよ?」
「俺は雫からしたら114歳年上だからな」
「ジジイだ……」
「ジジイ呼びやめろ」

 どうしてなのかな。

 私が好きなのは湊くんだったはずなのに、響斗くんを応援していた。

 響斗くんばかり目で追っていた。

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