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三
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昼食の時間だと呼ばれた春香が食堂に行くとなにやら皆の様子がおかしかった。
「あの、なにかあったのですか?」
「はい、昼食の準備ができたことを孝弘さんにお知らせに行ったのですが、部屋には鍵がかかっていて返事がなく。昼寝でもしているのだろうと思い、そのまま帰ったんですが、あれから一時間たっても食堂にお越しになられなくて」
近くにいた平米に声をかけると彼が困った様子でそう答える。
「私、心配なので様子を見に行ってきます」
「あ、春香さん……行ってしまわれた。真男」
「はい。春香さん待って下さい。ボクも一緒に」
今朝の事もあり心配になった春香は言うが早いか駆け足で孝弘の部屋へと向かっていった。
志郎が真男に客室の鍵を渡して後を追わせる。彼はそれを受け取ると駆け足で彼女の背について行った。
「孝弘さん。お昼ごはんの時間だそうですよ」
ノックの音を響かせ大きな声で言葉をかけるが、中からは何の反応も返ってはこない。
「まさか、信一郎さんの事で思い詰めて……」
「とりあえず鍵を預かってきましたので、開けて中に入ってみましょう」
青ざめた顔で言う彼女の様子に安心させるようににこりと微笑むと鍵を見せて説明する。
「孝弘さん入りますよ」
真男に鍵を開けてもらい中へ入るもそこには誰もいなかった。
「孝弘さんがいない!?」
「部屋に鍵をかけたままどこかへ出掛けられたのでしょうか」
血相を変えて驚く春香に落ち着かせるような口調で彼が言う。
「と、とにかくみんなで探しましょう。もしかしたら怪我をして動けなくなってるのかもしれないから」
「……分かりました。ボクはこのことを志郎さん達に伝えに行ってきます」
「私はとりあえずこの辺りを探してみるわ」
春香の言葉で孝弘を探すこととなってから、皆で手分けして屋敷中を探し始めた。
この頃雨は小降りになり少し落ち着いていたので、もしかしたら庭に出たのかもしれないと思い至った春香は外にでる。
「孝弘さ~ん。孝弘さん」
大きな声で屋敷の裏手側を探す。その時鼻につく嫌な臭いがして彼女は眉を顰めた。
「な、何? 変な臭い」
まるで何かが焼け焦げて悪臭を漂わせているような臭いに、彼女は一瞬そちらへ行くのをためらう。
「で、でも。もしかしたら孝弘さんがいるかもしれないし……」
止めてしまった足を動かし勇気を振り絞り臭いのする方へと恐る恐る近寄っていく。
そこには焼却炉がありその近くに春香は何かを見つけたような気がした。
「春香さん、見てはいけません!」
「……!?」
大きな声で呼び止められるとともに体がぐらりと傾き、彼女の視界は深緑の軍服に埋め尽くされる。
「天月さん?」
「……これは、貴女は見ない方が良いです」
視線をあげるとそこには険しい表情をした志郎の顔がまじかにあった。
春香は彼の胸に顔を埋めるような形で焼却炉から背を向けさせられていたのだ。
「ま、まさか。この臭いは……」
「……」
「……うっ……うぅ……」
青ざめた顔で尋ねる春香に彼は答えなかったがそれがすべてを物語っていて、彼女は志郎の胸に顔を埋めてすすり泣く。
焼却炉の近くには地面全体がえぐれたようなクレーターができていて、その周辺には焼け焦げ悪臭を放つ肉片が無残に転がっていた。
「悲しいですか?」
「……はい。信一郎さんも孝弘さんもお会いしたばかりでしたが、とても優しい人でした。そこまでお二人と関わっていない私だけど、でもやっぱり人が死ぬのは悲しいです」
「そうですか……」
静かな口調で尋ねられた言葉に春香は涙を浮かべたままの瞳で答える。それを聞いた彼が優しく彼女を抱きしめあやす様にその背を撫ぜた。
落ち着きを取り戻した春香を連れて屋敷の食堂へと戻る。全員が食堂に戻ると志郎は自分が見たことを簡単に説明した。
少年少女達の前で残酷な死に方をした孝弘の事を素直に伝えることができなかったから簡単に話したのだ。
だが信一郎に続いて孝弘まで死んだことを知った客人達の間に不安と恐怖の沈黙が下りる。
「この屋敷の中に犯人が隠れてるって言ってたけど……本当はこの中の誰かが殺したんじゃないの?」
「洋子ちゃん何言ってるんだよ。俺達はこの屋敷にたまたま居合わせただけなんだぜ」
錯乱したかのような洋子の言葉に洋祐が驚いて言う。
「じゃあ一体誰が信一郎さん達を殺したって言うのよ。ここには私達しかいないじゃない」
「それは……でも俺達じゃないぜ」
ここにいる人達を疑い始めた彼女へと彼が力いっぱい否定する。それに真一と裕也も同意して大きく頷いた。
「そういえば、春香。あんた信一郎さんが死ぬ前に、信一郎さんの様子がおかしいのに一番早く気づいてたわよね」
「え?」
由紀子の言葉に悲しみの渦にいた春香は驚いて顔をあげる。
「あ、確かに。孝弘さんの時だってあんたが一番最初に見つけてたわね」
「小説なんかじゃ一番最初に死体を見つけた人が怪しいって言うけど、まさか犯人春香だったりして~」
広美も同意するといやらしい口調で洋子が言う。
「え、違……」
「一番怪しいのあんたしかいないじゃない!」
「この人殺し」
「人殺しと一緒にいるなんて私達まで殺されちゃうわ」
言い返そうと口を開いたが声はかすれて上手く伝えられず、その間にも洋子達は言いたい放題に彼女を責め立てる。
「やめて下さい。お友達同士で疑うなんてよくありませんよ」
「こんなやつ友達なんかじゃないわよ」
「そうよ。おとなしそうな地味な子だと思ってたけど、じつは人を殺すのが快感なんてタイプだったりして」
「あんたと一緒にここに来ることにさえならなければ、私達がこんな思いする事なんかなかったのにね」
志郎がすかさず止めに入るが三人は春香を疑うことをやめることはなく、嫌味ったらしく言い放った。
「っぅ!」
「やめないかね。君達も事件に巻き込まれて気が動転しているようだ。とりあえず部屋に戻って落ち着きたまえ」
泣き出しそうな顔で俯く春香の前にすっと移動すると、洋子達から彼女を隔てるように立ち輝夫が話す。
「…………」
部屋を出ていく洋子達の様子を住人達はきつい目で見送った。
「じゃあ。僕達も部屋に戻りますんで」
嫌な空気に耐えられなくなった真一が言うと友達二人を促し客室へと戻る。
「春香さん。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。洋子さん達のきつい言葉はいつもの事ですから。でもまさか犯人にされちゃうとは思ってなくて、ちょっと驚いてます」
震える足で立ったまま動けない状態の春香へと隆利が優しく声をかけた。
彼女は笑顔で答えたがその顔は今にも泣きだしそうで、彼が一瞬悲しげな瞳をした後で優しく頭を撫でる。
「部屋まで送りますよ。一人で洋子さん達の部屋の前を通るのはお辛いでしょうから」
「有難う御座います」
隆利の言葉に心底安心した様子で春香は頷く。正直洋子達が待ち構えて意地悪をしてくるのではないかと少し考えていたから、この申し出はありがたかったのだ。
彼に支えられながら春香も食堂を後にした。
部屋まで送り届けてくれた隆利は彼女が落ち着くまでまるで赤子をあやす様に背中を撫ぜてくれる。
「……も、もう大丈夫です。山野さん有難う御座いました」
「隆利でいいですよ。春香さんより少し年上なだけですから。それから敬語もいりません」
落ち着きを取り戻すと、ちょっと年上の男の子にあやしてもらっていたことの恥ずかしさの方がまさってきて、春香は慌てて離れる様に彼から距離をとった。そんな彼女の照れた表情を見て隆利は寂しそうな顔でそう話す。
「で、でも。お友達でもないのに……なれなれしい気がします」
「う~ん。では、こうしましょう。おれも敬語はやめます。春香さんの事もこれからは春香ちゃんって呼びますから、春香さんもそうして下さい」
(う~ん。山野さんが敬語を使わないようにするっていうのに、私だけ敬語のままじゃ失礼だよね)
「分かりました」
かたくなな彼女の様子に困った様子で考えたことを言うと同意を求める。春香は悩んだすえに小さく頷いた。
「じゃあ、今からは普通に話すって事で、春香ちゃんよろしくね」
「はい……じゃなくて。うん」
ほっとした様子で嬉しそうに微笑む隆利へと彼女は小さく返事をする。
「それじゃあ、おれはこれで」
「うん」
彼が部屋から出ていってしまうと一人部屋だとはいえ、広すぎるこの空間に自分だけになったと思った途端、春香は悲しみと不安、恐怖と孤独に駆られて心がざわつく。
「ち、ちょっと空気を吸えば気が楽になるかもしれないし」
色々な感情が渦巻く心を落ち着かせようとテラスに出て中庭へと降りる。
雨は小雨になっているとはいえやはり森の中は肌寒く小さく身震いした。
「……っぅ。うっ……うっ……」
考えないようにすればするほど悲しみと恐怖。不安や孤独は増していき、耐え切れなくなった彼女は自分の身体を抱きしめ泣く。
「え?」
「……いくら雨が小雨になったとはいえ、そんな格好では風邪をひいてしまいますよ」
その時肩から何か温かいものに包まれ驚いて後ろを振り返る。
するとワイシャツ姿の平米が微笑みを浮かべて立っていて、彼が着ていた軍服の上着は春香の肩にかけられていた。
「やっぱり大丈夫じゃないですね。隆利が心配していたので、様子を見にきて正解でした」
「隆利君が……すみません。月影さんにまで迷惑をかけてしまって」
優しい声音で言われた言葉に春香は自分が恥ずかしくなって俯く。
「迷惑だなんて思っていないですよ。むしろ、春香さんのことを心配するのはオレ達の勝手です」
「くす。月影さんは変なこと言うんですね。出会って間もない私の事が心配だなんて」
彼の言葉があまりにもおかしかったのでつい小さく笑う。出会って間もない自分のことをこんなにも気にかけてくれる住人達の存在が不思議でならなかった。
自分なんて地味で物静かで、勉強ができること以外何のとりえもなくて、クラスメイト達からはいじめられるそんな存在なのに。
なぜここの人達はこうまで自分のことを心配してくれるのだろうかと春香は思った。
「……お友達に酷い言われようをされた後ですからね。心配にもなります」
「友達……か。きっと洋子さん達は私の事、友達なんて本当に思っていないとおもいますよ」
「どうして?」
「だって、私と組んで海猫亭に来ることを本気でいやがっていましたし。私のこと嫌ってますから……」
優しい口調で語りかけてくる平米の言葉に今まで誰にも言えなかった心の声を伝える。
「春香さんが何か悪いことをしたのですか」
「……して、いないと思います。でもきっと優等生で真面目な性格の私のことが、気に食わないんだと思います。洋子さん達はああいう性格ですから、真面目な子が嫌いなんだと思うんです」
彼の言葉にすらすらと今まで胸のうちにしまい込んでいた言葉を声に出していく。平米に話すと不思議と心が落ち着いてくる様子に彼女はもう全部話しちゃえと思った。
「私小さいころからそうなんです。お父さんとお母さんが飛行機事故で亡くなった後、おばあちゃんの家に引き取られて、でもこの町の子どもじゃない私は、皆から『よそ者は仲間に入れない』って言われて外されて、よく泣いてました。その度におばあちゃんが『大丈夫だよ。私が一緒にいるよ』って言ってくれたんです。でもそのおばあちゃんも中学生になった時に病気で亡くなってしまって、そこからはずっと一人で……中学に入ったら皆からのいじめはエスカレートする一方で、先生も知っていながらあんまり助けてはくれないんです。下手に手を出したら自分がまきこまれてPTAや生徒のお母さん達に何か言われるのが怖くて、だからほとんど見てみぬふりです」
「……そうですか。ずっとお辛い思いをなされていたんですね。それなら春香さん。せめてここにいる間だけでもオレ達が貴女の友達になります」
胸のうちに沈めこませていた感情をむき出して語り終えた彼女を、母親が子供をあやすような感じで背中を叩きながら平米がにこりと笑い言う。
「ですから、春香さん。オレのことこれからは平米と呼んで下さい。敬語もなしですよ」
「……っ。有り難う」
穏やかな微笑みを浮かべて言われた言葉に春香は救われたような気持になり泣きじゃくる。
そんな彼女の背中を優しく叩きながら、春香が泣き止むまで側に居続けてくれた。そして落ち着きを取り戻した彼女の様子に、平米はもう大丈夫だと判断して部屋を後にする。
平米と話してから一時間くらいしかたっていないうちに彼女の部屋に再び人がやってきた。
「はい」
「春香さん。お腹すいてないかな? 試作品でおやつを作ったんだ。一緒に食べよう」
扉越しにかけられた声の主は総司で、春香は慌てて部屋へと招き入れる。
「今日の晩御飯の後のおかし用にでもと思って、試作品で作った鬼まんじゅうなんだけど、食べて感想を聞かせてくれないかな」
「分かった。いただきます」
テーブルに置かれたほこほこと湯気をあげている、美味しそうな鬼まんじゅうを示しながら彼が言うとお茶を注ぎ椅子へと促す。
春香はお腹がすいていたことに気が付き、そう言えばお昼もちゃんと食べていなかったなと思い出した。
「おいしい」
「よかった。この芋は裏手の畑で作ってるから、不味かったらどうしようかと思ったよ」
「畑で野菜を育ててるの?」
総司の言葉にまさか自分達で作っているなんてと驚いて尋ねる。
「うん。ほぼ自給自足なんだ。ほら、ここ町から離れてるだろ」
「あ、そういえば……」
「だから自分達で出来ることは自分達でやってるんだ。でも農家の出ってわけじゃないから、畑も見様見真似で試行錯誤しながらやってるから、美味しい野菜が育ってるかどうかってのは別の話」
説明を受けてそう言えばここは人里離れた森の奥深くであった事を思い出す。だから自分達で自給自足しているんだといった彼の言葉に尊敬の念を抱いた。
「真心こめて育てているからおいしい野菜になってるんだと思うよ」
「有り難う。じゃあ、今夜のおかしはこれでよさそうだね」
「うん。とっても美味しいから、総司も一緒に食べよう」
「っ! ……よかった。やっと笑ってくれた」
「え?」
微笑み話した春香の顔を見て驚いたように目を見開くと、途端に安堵した様子で言われ今度は彼女が目を瞬く番になる。
「いや、事件があった後からずっと浮かない顔で俯いていたから、だから笑ってくれて嬉しい。こんなことがあった後だけど。でも、やっぱり春香さんは笑っていたほうのが素敵だと思う」
「す、素敵なんて……は、初めてそんなこと言われた」
「恥ずかしい?」
「っぅ……もう。からかうのはやめて下さい」
耳まで真っ赤になって言われた言葉に恥ずかしがる春香の様子に総司が意地悪く尋ねる。
「からかったつもりはないよ。本当のことを言っただけ。ほら、また敬語になってる」
「う~っ。総司が変なこと言うからでしょ」
困った顔で言われた言葉に少し不服気な視線を送り春香は抗議した。
「ははっ。そういうことが言えるだけ元気が回復したようで良かった」
「あ……」
笑顔で言われた言葉にそういえば、総司と話して少し元気が出たかも。と気づき彼へお礼を言わなければと思う。
「有り難う」
「いや。わたしはそろそろ夕飯の準備に戻らないと、ゆっくり食べててね」
「うん」
お礼を言われて嬉しそうに笑うと急須を置いて部屋を出ていく旨を伝える。
そんな彼へと返事をするとその背を見送り、温かい鬼まんじゅうを美味しそうに頬張った。
鬼まんじゅうを食べ終えて一息ついていると控え目に扉が叩かれ春香は誰だろうと思いながらそれを開ける。
「中に入っても大丈夫かな」
「ぼくもいいでしょうか」
「あ、はい」
そこには浅井兄弟が立っていて優しい笑顔を春香に向けていた。彼女は驚いたが快く部屋へと招き入れる。
「えっと浅井――」
「どっちも浅井じゃ面倒でしょう。俺の事は幸雄でいいよ」
「ぼくも太知でいいですよ」
「は、はい」
苗字で呼ぼうとしたが二人は柔らかく微笑みそうやって提案する。それもそうだなって思った彼女は返事をした。
「少しは落ち着きましたか?」
「は、はい。皆さんが優しく話しかけて下さったおかげで、だいぶ落ち着きました」
「お友達に酷いことを言われていたので少し心配だったんだけど……でも落ち着いたのならよかった」
太知の問いかけに返事をして答える。隆利達のおかげで心が落ち着いているのは事実なのでそう言うと幸雄が安堵した顔で話した。
「それにしても……春香ちゃんを犯人扱いするなんて酷い人達だな」
「確かに犯人にされるとは思ってなくて驚きましたけど、でも洋子さん達も不安で仕方ないんだと思うんです。だからあんなこと言ったんだと」
「でも春香さんを犯人にしなくたっていいと思います。もっと疑わしい人物は他にもいるというのに……」
幸雄の言葉に彼女は困った顔で語る。それを聞いた太知が眉を跳ね上げいらだった様子で言う。
「疑わしい人物?」
「太知」
彼の言葉に春香は不思議そうに首を傾げた。それに弟を睨みやり幸雄が少しきつい口調で名前を呼ぶ。
「あ、ええと。ほら、ここにはたくさんの人がいるのにどうしてお友達である春香さんを犯人にしようとするのかと思いまして」
「私の事本当に友達だと思っていないから。だから……私を疑うんだと思うんです」
苦笑して話した太知の言葉に悲しそうな顔で彼女は言う。
「春香ちゃんが人を殺すとそう思っているなんて……友達が疑おうが何しようが春香ちゃんが人を殺すなんてそんなこと、絶対ないって俺は分かってる。だから春香ちゃんのことは俺達が必ず守って見せる」
「そうだね。友達にまた何か酷いこと言われそうだったら、その時はぼく達が助けるから」
「どうして皆さんはそこまでして私の事を守ろうとしてくれるんですか?」
二人の言葉にここの住人さん達はどうして皆して守ると言ってくれるのかが分からなくてそう尋ねると彼等は困ったようなそして悲しそうな顔をして微笑んだ。
「……春香ちゃん。君が誰かの死を悲しみ、心を痛めるのならば俺達が皆を守って見せるから」
「だから、ぼく達が必ず君も皆も守ってみせるよ」
「……?」
幸雄が言うと太知も力強い口調で話す。彼等の言葉の意味が解らず春香は不思議そうに首を傾げた。
「……な~んてね。ちょっとだけカッコいい台詞言ってみたかったんだ」
「えっ」
にやりと笑うと幸雄が言う。その言葉に彼女は目が点になる。
「あははっ。驚かせちゃってごめんね。まさかそんな反応が返って来るとは思わなくて」
「まさか冗談を言ってからからかったのですか?」
太知も盛大に笑う。そんな二人を見詰めて春香はからかわれたのかと思い困った顔をして尋ねた。
「からかったわけではないよ。ただちょっと悲しんでいる春香ちゃんの心を和ませようと思って」
「うん。だからあそこは笑って欲しかったかな」
「そ、そうだったんですね。ごめんなさい」
二人の言葉に彼女は慌てて謝ると頭を下げる。
「いや、俺達もごめん。さぁてと、そんじゃ俺達は仕事に戻るか。少しは気分がよくなってくれて良かった。じゃあな」
「では、失礼します。春香さんあんまり深刻に悩まないでくださいね」
「は、はい。お二人とお話して大分心が軽くなりました。あの、有難う御座います」
幸雄が申し訳なさそうな顔で言うと笑顔に戻りそう言って退出することを伝えた。太知も部屋を出ていくというと、春香へと優しく言い聞かせるように言葉をかける。
彼等と話していて大分心が軽くなっていることに気付いた彼女はお礼を言って見送った。
二人は嬉しそうに微笑むと春香の部屋を後にする。
「なんだか不思議。皆と話していると心がどんどん軽くなっていって、本当に大丈夫なんじゃないかって気がして……なぜかしらね」
一人になった彼女はここに住む住民達のおかげで悲しみと恐怖、不安や孤独を感じていた心がだいぶ軽くなったことに不思議に思いながら独り言を呟き小さく笑った。
雨が一時的に止んだ頃。客室でずっと一人考え込んでいた裕也は友達二人に声をかける。
「なあ、ぼく考えたんだけど、ここにいたらぼく達まで殺されるんじゃないかな?」
「な、何言ってんだよ。俺達別に悪いことしてないじゃないか」
「そうだよ。僕達まで殺されるなんて」
彼の言葉に二人は冗談はやめろよと言いたげに話すも、その表情には不安の色が浮かんでいた。
「だけどもうここにいるだけでも薄気味悪いんだ……なあ、今なら雨が止んでるし、今のうちにここから逃げようぜ」
「……そ、そうだな。ずっとここにいたって仕方ないし」
「もともと雨が止むまでの間、ここで雨宿りさせてもらうってだけのつもりだったもんな」
今すぐにでも部屋を出てこの屋敷から逃げたいが、友達二人を置いて逃げるなんてできない裕也は何とかして二人を説得しようとする。
その言葉に二人も気持ちは逃げたいと思っていたらしく同意した。
「女子が見たって言う人影の正体は天月さん達だったし、肝試しなんかしたってしかたないからな」
「そうだろう。だからさ、今すぐここから逃げよう」
真一の言葉に彼が分かってもらえて嬉しそうにしながら促す。
「だけど二人も人が殺されたんだぜ。今逃げ出したら犯人に見つかっちゃうんじゃないのか?」
「それは……」
「たしかに。僕も今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちは一緒だけど、下手に動かない方がいいって天月さんも言ってたじゃないか」
部屋を出ようと言い出しそうな裕也へと、気がかりな事があるといった感じに不安そうな顔をした洋祐が尋ねる。
その問いかけに言葉が見つからず彼は口ごもった。真一もありえるといった感じに頷くと止めた方がいいと話す。
「「「……」」」
結局この話はここで終わってしまい気まずい空気が流れた。
それでもあきらめきれていない様子の裕也は二人に黙って屋敷から抜けだすことを決める。
「あいつ等は怯えすぎなんだよ。犯人がぼく達の事をずっと監視してるはずはない。だから大丈夫さ」
一人ぼっちで逃げ出すという心細さをごまかすかのようにそう呟くと森の中へと入っていく。
走って走って足がもつれて転びそうになっても、まだ安心できないと思い息が切れるまで駆け続ける。そうして一時間くらい森の中を走り抜け、さすがにもう屋敷は見えなくなっただろうと思い立ち止まった。
「はぁ……はぁ~。ここまで来れば大丈夫だろう……っ!?」
そう言って安堵するも、ふいに襲った不安に屋敷が見えなくなったことを確認しようと思い背後へと体を向きやらせる。が途端に硬直し青い顔をした。
「う、嘘だろ……」
まるで見てはいけない物でも見てしまったような、恐怖に凍り付いた顔で固まってしまった彼の口から声が零れた。
目の前にはずいぶんと前に出た屋敷が変わらぬ大きさのままで建っていて、まるで今さっき玄関から森の中へと入ってきたような位置に裕也は立っていたのだ。
「こんなことありえない。呪われてるんじゃないのか……いや、まさかそんなことは……」
現状を否定したくてそう言いわけしてみる。しかし彼は気付いてしまった。この屋敷……いや、この場所は異様な空間なのだと。
「おや、お散歩ですか」
「ひゅ!?」
いつの間にか側に来ていたらしい志郎の言葉に気が付いた裕也は恐怖で声が出せずに息を呑む。
「それとも……この屋敷から逃げ出そうとしたのかな?」
「知られてしまっては仕方ない」
音もなく現れた輝夫と総司が怖い顔で彼を見やる。
「月影平米ここに。我等誇り高き第十三番隊。この魂砕けようとも、隊の名において任務を遂行いたします」
怪しく紅色に光り輝く瞳で平米が声高らかに宣言した。
裕也は恐怖を映した瞳でその姿を見つめる。上空には黒く重い雲が再び垂れ込み始めていた。
その頃裕也の姿が見当たらない事に気付いた真一と洋祐が彼を探しに外へと出ていた。
「あいつ、トイレにでも行ったのかと思っていたけどまさか一人でここから逃げ出したんじゃないよな?」
「かなり深刻に思い悩んでいたようだったからな。何事もなければいいけど……」
二人は不安を拭いきれぬ顔のまま友達の姿を探す。
「おーい。裕也! いるなら返事しろ」
「裕也。どこにいるんだ?」
声を張りあげ森の中を探そうと足を踏み入れた。
「きゃあ―っ!」
「「っ……」」
瞬間誰かの悲鳴が聞こえまさかと思い二人は顔を見合わせるとそちらへと向けて慌てて駆けていく。
「どうしたのよ」
「なにかあったの?」
「……っ」
声のした方へと真一と洋祐が駆けつけるとそこには由紀子の姿があった。
悲鳴を聞きつけ春香達も屋敷の住人達も集まっていて、腰を抜かして地面にしゃがみ込んで震えている彼女へと、洋子と広美がその肩を軽く揺さぶり尋ねる。すると怯えた顔のまま森の方へと指を指し示した。
「……?」
指し示されたところには木立が立ち並んでいて、その木の根元に裕也が座り込んでいた。
「「「き、きゃああっ」」」
「「う、うわぁ~っ」」
最初は木に背中を預けて寝ているのかと思ったのだが、よく見ると左胸から一筋の液体の線が流れていて、胸を打ち抜かれて死んでいることが分かり、春香達も悲鳴をあげ一歩後ずさる。
この頃には夜の帳がおり始めていて、薄暗い森の中に座り込むようにして死んでいる裕也の姿が余計に不気味に映って見えた。
その後も取り乱したり恐怖にかられ中々その場から動けない春香達を志郎達が何とか促し屋敷へと戻る。
落ち着かない学生達へと総司がお茶を配り皆それを飲み何とか気持ちを落ち着かそうとした。
「どうして、裕也君が……」
「真一君達は何か知らない?」
震える声で春香が呟くとそれを見ていた平米が二人に尋ねる。
「「……」」
彼等は視線をかち合わせ言うべきなのかどうかを考えているように黙り込み、お互いどちらかが口を開くのを待っているかのようだった。
「……実は少し前に裕也が僕達にここから逃げようって言ってきたんだ」
「だけど見張られてるかもしれないからやめておこうって事になって。だけどあいつは納得できなかったみたいだ。それで、多分一人で逃げ出そうとしたんだと……」
意を決したように口を開いたのは真一で続いて洋祐も話す。
「それじゃあここから逃げ出そうとしたから見つかって殺されたって事?」
「そんな……それが本当ならここから出ただけで私達殺されちゃうの!?」
二人が語った言葉に洋子が不安そうな顔で尋ねると、広美がヒステリックなほど混乱して叫ぶ。
「皆さん落ち着いてください。憶測だけで判断してはいけません」
「そうだぞ。よほどの事情がない限りここから逃げ出そうとしたくらいで犯人が殺すとは思えん」
そんな彼女達を落ち着かせようと静かな声で志郎が話す。それに輝夫も同意して安心させるように言った。
「犯人に遭遇してしまってそれで口封じのために殺された……という事も考えられる」
「やはり、不用意に出歩くのは良くなさそうだね。皆もどこで犯人に遭遇するか分からないから気を付けて」
幸雄の言葉に総司が深刻な顔でそう注意を呼びかける。
その後も不安がぬぐい切れない様子の学生達はしばらくその場にとどまっていたが、部屋にいた方が安全だと言われ渋々それぞれの部屋へと戻った。
「「……」」
一人欠けた三人部屋に戻ってきた二人は深刻な顔で黙り込みベッドへと腰を下ろした。
「もう、俺やだ。このままじゃ皆死んじまう!」
「お、落ち着けよ。天月さん達だって言ってたじゃないか。裕也が逃げ出したから殺されたとは考えにくいって。犯人に遭遇でもしない限り大丈夫さ」
頭を抱え怯える洋祐へと真一は落ち着かせようと口を開く。しかし不安なのは自分も同じで今すぐにでも大きな声で叫びながらどこかへと走りだしたい気持ちだった。
「なあ、俺もう無理だ。これ以上ここにいたらおかしくなりそうだ」
「おい、気をしっかり持てよ。下手に動けばお前まで犯人に狙われるかもしれないんだぞ?」
気がおかしくなってしまうと不安がる彼へと冷静になれと注意する。
その後はまた深い沈黙が部屋を満たし二人は一言もしゃべることなく不安な夜を迎えた。
「うわぁっ!?」
雷鳴がうなりをあげる深夜。洋祐は悲鳴をあげて飛び起きる。体にはびっしょりと嫌な汗をかいていて悪夢にうなされていたと知る。
「……」
とっさに隣で寝ている真一を起こしてしまったのではと思いそちらへと視線を向けた。
雷鳴により声がかき消されたため悲鳴に気付かず寝息を立ててぐっすり眠る真一の姿があり彼を起こさなかったことにほぅっと息を吐き出す。
「真一には悪いが、もう無理だ。俺は死にたくない」
洋祐は独り言を呟くと隣で寝ている友達を起こさないように静かにベッドから抜け出し部屋を出た。
「夜中ならさすがに犯人だって寝てるさ」
自分に言い聞かせるように呟くと急いで階段へと向かう。
「ん?」
その時信一郎と孝弘がいた部屋の扉が少し開かれていて中から光が見えた。
彼は何となくそっと扉のすき間から中を覗き込む。
「……まったく。こんなところに隠していたとは、さすがは新聞記者なだけあって彼も意外に用意周到だな」
「ええ、ですがこれが見つかって良かったですよ。とても大切なものですからね」
壁板が外されそこにあった四角い紙の様なものを大切そうに手に取り上げた総司が言う。
それに志郎も同意して安堵した顔で微笑む。
「ですが、信一郎さんの意図したものを孝弘さんに気付かれなくて良かったです。もし気付かれていたらこれはまたどこか別のところに隠されてしまっていたでしょうから」
「そうだね。あの時壁を指さしてくれたからどこかの壁の中に隠したんだろうとは思っていたけど……」
真男の言葉に隆利が小さく頷き同意する。
「だが自分達が使っていた部屋に隠しておくとは、彼も手の込んだことをしてくれる割りには甘いな」
「孝弘さんにすぐに見つけてもらえるようにって思ったんだろうな」
輝夫の言葉に平米がにやりと笑い話す。
「……?」
部屋の中でのやりとりの内容はよく分からなかったがこのままここにいてはいけないような気がして洋祐はそっとその場から逃げ出そうとした。
「……ところで、さっきから盗み聞きとは感心しないよ」
「っぅ!?」
幸雄がまるで最初からそこに居た事を知っていると言いたげな口調で言うと扉の方へと顔を向ける。
彼は恐怖を覚え弾かれたようにその場から走り出した。
慌てて駆け出した彼はどこに逃げるべきかと考えるも思いうかばず適当に屋敷の中を走り抜ける。
「そんなに慌てて逃げるなんて、何かやましい事でもあるのか?」
「ひっ……」
音もなく目の前に現れた裕次郎に彼は驚き動きを止める。
「山野隆利ここに。我等誇り高き第十三番隊。……例えこの身が崩れ去ろうとも、隊の名において任務を遂行す」
隆利が声高々に宣言するとその瞳は怪しい光を宿した。
洋祐は再び恐怖を覚え慌てて逃げるように駆けだす。しかしそのすぐ後ろには志郎達の姿があり振り切ろうと必死に逃げ続ける。外では冷たい雨が降り注ぎ雷鳴が再びうなりをあげていた。
「あの、なにかあったのですか?」
「はい、昼食の準備ができたことを孝弘さんにお知らせに行ったのですが、部屋には鍵がかかっていて返事がなく。昼寝でもしているのだろうと思い、そのまま帰ったんですが、あれから一時間たっても食堂にお越しになられなくて」
近くにいた平米に声をかけると彼が困った様子でそう答える。
「私、心配なので様子を見に行ってきます」
「あ、春香さん……行ってしまわれた。真男」
「はい。春香さん待って下さい。ボクも一緒に」
今朝の事もあり心配になった春香は言うが早いか駆け足で孝弘の部屋へと向かっていった。
志郎が真男に客室の鍵を渡して後を追わせる。彼はそれを受け取ると駆け足で彼女の背について行った。
「孝弘さん。お昼ごはんの時間だそうですよ」
ノックの音を響かせ大きな声で言葉をかけるが、中からは何の反応も返ってはこない。
「まさか、信一郎さんの事で思い詰めて……」
「とりあえず鍵を預かってきましたので、開けて中に入ってみましょう」
青ざめた顔で言う彼女の様子に安心させるようににこりと微笑むと鍵を見せて説明する。
「孝弘さん入りますよ」
真男に鍵を開けてもらい中へ入るもそこには誰もいなかった。
「孝弘さんがいない!?」
「部屋に鍵をかけたままどこかへ出掛けられたのでしょうか」
血相を変えて驚く春香に落ち着かせるような口調で彼が言う。
「と、とにかくみんなで探しましょう。もしかしたら怪我をして動けなくなってるのかもしれないから」
「……分かりました。ボクはこのことを志郎さん達に伝えに行ってきます」
「私はとりあえずこの辺りを探してみるわ」
春香の言葉で孝弘を探すこととなってから、皆で手分けして屋敷中を探し始めた。
この頃雨は小降りになり少し落ち着いていたので、もしかしたら庭に出たのかもしれないと思い至った春香は外にでる。
「孝弘さ~ん。孝弘さん」
大きな声で屋敷の裏手側を探す。その時鼻につく嫌な臭いがして彼女は眉を顰めた。
「な、何? 変な臭い」
まるで何かが焼け焦げて悪臭を漂わせているような臭いに、彼女は一瞬そちらへ行くのをためらう。
「で、でも。もしかしたら孝弘さんがいるかもしれないし……」
止めてしまった足を動かし勇気を振り絞り臭いのする方へと恐る恐る近寄っていく。
そこには焼却炉がありその近くに春香は何かを見つけたような気がした。
「春香さん、見てはいけません!」
「……!?」
大きな声で呼び止められるとともに体がぐらりと傾き、彼女の視界は深緑の軍服に埋め尽くされる。
「天月さん?」
「……これは、貴女は見ない方が良いです」
視線をあげるとそこには険しい表情をした志郎の顔がまじかにあった。
春香は彼の胸に顔を埋めるような形で焼却炉から背を向けさせられていたのだ。
「ま、まさか。この臭いは……」
「……」
「……うっ……うぅ……」
青ざめた顔で尋ねる春香に彼は答えなかったがそれがすべてを物語っていて、彼女は志郎の胸に顔を埋めてすすり泣く。
焼却炉の近くには地面全体がえぐれたようなクレーターができていて、その周辺には焼け焦げ悪臭を放つ肉片が無残に転がっていた。
「悲しいですか?」
「……はい。信一郎さんも孝弘さんもお会いしたばかりでしたが、とても優しい人でした。そこまでお二人と関わっていない私だけど、でもやっぱり人が死ぬのは悲しいです」
「そうですか……」
静かな口調で尋ねられた言葉に春香は涙を浮かべたままの瞳で答える。それを聞いた彼が優しく彼女を抱きしめあやす様にその背を撫ぜた。
落ち着きを取り戻した春香を連れて屋敷の食堂へと戻る。全員が食堂に戻ると志郎は自分が見たことを簡単に説明した。
少年少女達の前で残酷な死に方をした孝弘の事を素直に伝えることができなかったから簡単に話したのだ。
だが信一郎に続いて孝弘まで死んだことを知った客人達の間に不安と恐怖の沈黙が下りる。
「この屋敷の中に犯人が隠れてるって言ってたけど……本当はこの中の誰かが殺したんじゃないの?」
「洋子ちゃん何言ってるんだよ。俺達はこの屋敷にたまたま居合わせただけなんだぜ」
錯乱したかのような洋子の言葉に洋祐が驚いて言う。
「じゃあ一体誰が信一郎さん達を殺したって言うのよ。ここには私達しかいないじゃない」
「それは……でも俺達じゃないぜ」
ここにいる人達を疑い始めた彼女へと彼が力いっぱい否定する。それに真一と裕也も同意して大きく頷いた。
「そういえば、春香。あんた信一郎さんが死ぬ前に、信一郎さんの様子がおかしいのに一番早く気づいてたわよね」
「え?」
由紀子の言葉に悲しみの渦にいた春香は驚いて顔をあげる。
「あ、確かに。孝弘さんの時だってあんたが一番最初に見つけてたわね」
「小説なんかじゃ一番最初に死体を見つけた人が怪しいって言うけど、まさか犯人春香だったりして~」
広美も同意するといやらしい口調で洋子が言う。
「え、違……」
「一番怪しいのあんたしかいないじゃない!」
「この人殺し」
「人殺しと一緒にいるなんて私達まで殺されちゃうわ」
言い返そうと口を開いたが声はかすれて上手く伝えられず、その間にも洋子達は言いたい放題に彼女を責め立てる。
「やめて下さい。お友達同士で疑うなんてよくありませんよ」
「こんなやつ友達なんかじゃないわよ」
「そうよ。おとなしそうな地味な子だと思ってたけど、じつは人を殺すのが快感なんてタイプだったりして」
「あんたと一緒にここに来ることにさえならなければ、私達がこんな思いする事なんかなかったのにね」
志郎がすかさず止めに入るが三人は春香を疑うことをやめることはなく、嫌味ったらしく言い放った。
「っぅ!」
「やめないかね。君達も事件に巻き込まれて気が動転しているようだ。とりあえず部屋に戻って落ち着きたまえ」
泣き出しそうな顔で俯く春香の前にすっと移動すると、洋子達から彼女を隔てるように立ち輝夫が話す。
「…………」
部屋を出ていく洋子達の様子を住人達はきつい目で見送った。
「じゃあ。僕達も部屋に戻りますんで」
嫌な空気に耐えられなくなった真一が言うと友達二人を促し客室へと戻る。
「春香さん。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。洋子さん達のきつい言葉はいつもの事ですから。でもまさか犯人にされちゃうとは思ってなくて、ちょっと驚いてます」
震える足で立ったまま動けない状態の春香へと隆利が優しく声をかけた。
彼女は笑顔で答えたがその顔は今にも泣きだしそうで、彼が一瞬悲しげな瞳をした後で優しく頭を撫でる。
「部屋まで送りますよ。一人で洋子さん達の部屋の前を通るのはお辛いでしょうから」
「有難う御座います」
隆利の言葉に心底安心した様子で春香は頷く。正直洋子達が待ち構えて意地悪をしてくるのではないかと少し考えていたから、この申し出はありがたかったのだ。
彼に支えられながら春香も食堂を後にした。
部屋まで送り届けてくれた隆利は彼女が落ち着くまでまるで赤子をあやす様に背中を撫ぜてくれる。
「……も、もう大丈夫です。山野さん有難う御座いました」
「隆利でいいですよ。春香さんより少し年上なだけですから。それから敬語もいりません」
落ち着きを取り戻すと、ちょっと年上の男の子にあやしてもらっていたことの恥ずかしさの方がまさってきて、春香は慌てて離れる様に彼から距離をとった。そんな彼女の照れた表情を見て隆利は寂しそうな顔でそう話す。
「で、でも。お友達でもないのに……なれなれしい気がします」
「う~ん。では、こうしましょう。おれも敬語はやめます。春香さんの事もこれからは春香ちゃんって呼びますから、春香さんもそうして下さい」
(う~ん。山野さんが敬語を使わないようにするっていうのに、私だけ敬語のままじゃ失礼だよね)
「分かりました」
かたくなな彼女の様子に困った様子で考えたことを言うと同意を求める。春香は悩んだすえに小さく頷いた。
「じゃあ、今からは普通に話すって事で、春香ちゃんよろしくね」
「はい……じゃなくて。うん」
ほっとした様子で嬉しそうに微笑む隆利へと彼女は小さく返事をする。
「それじゃあ、おれはこれで」
「うん」
彼が部屋から出ていってしまうと一人部屋だとはいえ、広すぎるこの空間に自分だけになったと思った途端、春香は悲しみと不安、恐怖と孤独に駆られて心がざわつく。
「ち、ちょっと空気を吸えば気が楽になるかもしれないし」
色々な感情が渦巻く心を落ち着かせようとテラスに出て中庭へと降りる。
雨は小雨になっているとはいえやはり森の中は肌寒く小さく身震いした。
「……っぅ。うっ……うっ……」
考えないようにすればするほど悲しみと恐怖。不安や孤独は増していき、耐え切れなくなった彼女は自分の身体を抱きしめ泣く。
「え?」
「……いくら雨が小雨になったとはいえ、そんな格好では風邪をひいてしまいますよ」
その時肩から何か温かいものに包まれ驚いて後ろを振り返る。
するとワイシャツ姿の平米が微笑みを浮かべて立っていて、彼が着ていた軍服の上着は春香の肩にかけられていた。
「やっぱり大丈夫じゃないですね。隆利が心配していたので、様子を見にきて正解でした」
「隆利君が……すみません。月影さんにまで迷惑をかけてしまって」
優しい声音で言われた言葉に春香は自分が恥ずかしくなって俯く。
「迷惑だなんて思っていないですよ。むしろ、春香さんのことを心配するのはオレ達の勝手です」
「くす。月影さんは変なこと言うんですね。出会って間もない私の事が心配だなんて」
彼の言葉があまりにもおかしかったのでつい小さく笑う。出会って間もない自分のことをこんなにも気にかけてくれる住人達の存在が不思議でならなかった。
自分なんて地味で物静かで、勉強ができること以外何のとりえもなくて、クラスメイト達からはいじめられるそんな存在なのに。
なぜここの人達はこうまで自分のことを心配してくれるのだろうかと春香は思った。
「……お友達に酷い言われようをされた後ですからね。心配にもなります」
「友達……か。きっと洋子さん達は私の事、友達なんて本当に思っていないとおもいますよ」
「どうして?」
「だって、私と組んで海猫亭に来ることを本気でいやがっていましたし。私のこと嫌ってますから……」
優しい口調で語りかけてくる平米の言葉に今まで誰にも言えなかった心の声を伝える。
「春香さんが何か悪いことをしたのですか」
「……して、いないと思います。でもきっと優等生で真面目な性格の私のことが、気に食わないんだと思います。洋子さん達はああいう性格ですから、真面目な子が嫌いなんだと思うんです」
彼の言葉にすらすらと今まで胸のうちにしまい込んでいた言葉を声に出していく。平米に話すと不思議と心が落ち着いてくる様子に彼女はもう全部話しちゃえと思った。
「私小さいころからそうなんです。お父さんとお母さんが飛行機事故で亡くなった後、おばあちゃんの家に引き取られて、でもこの町の子どもじゃない私は、皆から『よそ者は仲間に入れない』って言われて外されて、よく泣いてました。その度におばあちゃんが『大丈夫だよ。私が一緒にいるよ』って言ってくれたんです。でもそのおばあちゃんも中学生になった時に病気で亡くなってしまって、そこからはずっと一人で……中学に入ったら皆からのいじめはエスカレートする一方で、先生も知っていながらあんまり助けてはくれないんです。下手に手を出したら自分がまきこまれてPTAや生徒のお母さん達に何か言われるのが怖くて、だからほとんど見てみぬふりです」
「……そうですか。ずっとお辛い思いをなされていたんですね。それなら春香さん。せめてここにいる間だけでもオレ達が貴女の友達になります」
胸のうちに沈めこませていた感情をむき出して語り終えた彼女を、母親が子供をあやすような感じで背中を叩きながら平米がにこりと笑い言う。
「ですから、春香さん。オレのことこれからは平米と呼んで下さい。敬語もなしですよ」
「……っ。有り難う」
穏やかな微笑みを浮かべて言われた言葉に春香は救われたような気持になり泣きじゃくる。
そんな彼女の背中を優しく叩きながら、春香が泣き止むまで側に居続けてくれた。そして落ち着きを取り戻した彼女の様子に、平米はもう大丈夫だと判断して部屋を後にする。
平米と話してから一時間くらいしかたっていないうちに彼女の部屋に再び人がやってきた。
「はい」
「春香さん。お腹すいてないかな? 試作品でおやつを作ったんだ。一緒に食べよう」
扉越しにかけられた声の主は総司で、春香は慌てて部屋へと招き入れる。
「今日の晩御飯の後のおかし用にでもと思って、試作品で作った鬼まんじゅうなんだけど、食べて感想を聞かせてくれないかな」
「分かった。いただきます」
テーブルに置かれたほこほこと湯気をあげている、美味しそうな鬼まんじゅうを示しながら彼が言うとお茶を注ぎ椅子へと促す。
春香はお腹がすいていたことに気が付き、そう言えばお昼もちゃんと食べていなかったなと思い出した。
「おいしい」
「よかった。この芋は裏手の畑で作ってるから、不味かったらどうしようかと思ったよ」
「畑で野菜を育ててるの?」
総司の言葉にまさか自分達で作っているなんてと驚いて尋ねる。
「うん。ほぼ自給自足なんだ。ほら、ここ町から離れてるだろ」
「あ、そういえば……」
「だから自分達で出来ることは自分達でやってるんだ。でも農家の出ってわけじゃないから、畑も見様見真似で試行錯誤しながらやってるから、美味しい野菜が育ってるかどうかってのは別の話」
説明を受けてそう言えばここは人里離れた森の奥深くであった事を思い出す。だから自分達で自給自足しているんだといった彼の言葉に尊敬の念を抱いた。
「真心こめて育てているからおいしい野菜になってるんだと思うよ」
「有り難う。じゃあ、今夜のおかしはこれでよさそうだね」
「うん。とっても美味しいから、総司も一緒に食べよう」
「っ! ……よかった。やっと笑ってくれた」
「え?」
微笑み話した春香の顔を見て驚いたように目を見開くと、途端に安堵した様子で言われ今度は彼女が目を瞬く番になる。
「いや、事件があった後からずっと浮かない顔で俯いていたから、だから笑ってくれて嬉しい。こんなことがあった後だけど。でも、やっぱり春香さんは笑っていたほうのが素敵だと思う」
「す、素敵なんて……は、初めてそんなこと言われた」
「恥ずかしい?」
「っぅ……もう。からかうのはやめて下さい」
耳まで真っ赤になって言われた言葉に恥ずかしがる春香の様子に総司が意地悪く尋ねる。
「からかったつもりはないよ。本当のことを言っただけ。ほら、また敬語になってる」
「う~っ。総司が変なこと言うからでしょ」
困った顔で言われた言葉に少し不服気な視線を送り春香は抗議した。
「ははっ。そういうことが言えるだけ元気が回復したようで良かった」
「あ……」
笑顔で言われた言葉にそういえば、総司と話して少し元気が出たかも。と気づき彼へお礼を言わなければと思う。
「有り難う」
「いや。わたしはそろそろ夕飯の準備に戻らないと、ゆっくり食べててね」
「うん」
お礼を言われて嬉しそうに笑うと急須を置いて部屋を出ていく旨を伝える。
そんな彼へと返事をするとその背を見送り、温かい鬼まんじゅうを美味しそうに頬張った。
鬼まんじゅうを食べ終えて一息ついていると控え目に扉が叩かれ春香は誰だろうと思いながらそれを開ける。
「中に入っても大丈夫かな」
「ぼくもいいでしょうか」
「あ、はい」
そこには浅井兄弟が立っていて優しい笑顔を春香に向けていた。彼女は驚いたが快く部屋へと招き入れる。
「えっと浅井――」
「どっちも浅井じゃ面倒でしょう。俺の事は幸雄でいいよ」
「ぼくも太知でいいですよ」
「は、はい」
苗字で呼ぼうとしたが二人は柔らかく微笑みそうやって提案する。それもそうだなって思った彼女は返事をした。
「少しは落ち着きましたか?」
「は、はい。皆さんが優しく話しかけて下さったおかげで、だいぶ落ち着きました」
「お友達に酷いことを言われていたので少し心配だったんだけど……でも落ち着いたのならよかった」
太知の問いかけに返事をして答える。隆利達のおかげで心が落ち着いているのは事実なのでそう言うと幸雄が安堵した顔で話した。
「それにしても……春香ちゃんを犯人扱いするなんて酷い人達だな」
「確かに犯人にされるとは思ってなくて驚きましたけど、でも洋子さん達も不安で仕方ないんだと思うんです。だからあんなこと言ったんだと」
「でも春香さんを犯人にしなくたっていいと思います。もっと疑わしい人物は他にもいるというのに……」
幸雄の言葉に彼女は困った顔で語る。それを聞いた太知が眉を跳ね上げいらだった様子で言う。
「疑わしい人物?」
「太知」
彼の言葉に春香は不思議そうに首を傾げた。それに弟を睨みやり幸雄が少しきつい口調で名前を呼ぶ。
「あ、ええと。ほら、ここにはたくさんの人がいるのにどうしてお友達である春香さんを犯人にしようとするのかと思いまして」
「私の事本当に友達だと思っていないから。だから……私を疑うんだと思うんです」
苦笑して話した太知の言葉に悲しそうな顔で彼女は言う。
「春香ちゃんが人を殺すとそう思っているなんて……友達が疑おうが何しようが春香ちゃんが人を殺すなんてそんなこと、絶対ないって俺は分かってる。だから春香ちゃんのことは俺達が必ず守って見せる」
「そうだね。友達にまた何か酷いこと言われそうだったら、その時はぼく達が助けるから」
「どうして皆さんはそこまでして私の事を守ろうとしてくれるんですか?」
二人の言葉にここの住人さん達はどうして皆して守ると言ってくれるのかが分からなくてそう尋ねると彼等は困ったようなそして悲しそうな顔をして微笑んだ。
「……春香ちゃん。君が誰かの死を悲しみ、心を痛めるのならば俺達が皆を守って見せるから」
「だから、ぼく達が必ず君も皆も守ってみせるよ」
「……?」
幸雄が言うと太知も力強い口調で話す。彼等の言葉の意味が解らず春香は不思議そうに首を傾げた。
「……な~んてね。ちょっとだけカッコいい台詞言ってみたかったんだ」
「えっ」
にやりと笑うと幸雄が言う。その言葉に彼女は目が点になる。
「あははっ。驚かせちゃってごめんね。まさかそんな反応が返って来るとは思わなくて」
「まさか冗談を言ってからからかったのですか?」
太知も盛大に笑う。そんな二人を見詰めて春香はからかわれたのかと思い困った顔をして尋ねた。
「からかったわけではないよ。ただちょっと悲しんでいる春香ちゃんの心を和ませようと思って」
「うん。だからあそこは笑って欲しかったかな」
「そ、そうだったんですね。ごめんなさい」
二人の言葉に彼女は慌てて謝ると頭を下げる。
「いや、俺達もごめん。さぁてと、そんじゃ俺達は仕事に戻るか。少しは気分がよくなってくれて良かった。じゃあな」
「では、失礼します。春香さんあんまり深刻に悩まないでくださいね」
「は、はい。お二人とお話して大分心が軽くなりました。あの、有難う御座います」
幸雄が申し訳なさそうな顔で言うと笑顔に戻りそう言って退出することを伝えた。太知も部屋を出ていくというと、春香へと優しく言い聞かせるように言葉をかける。
彼等と話していて大分心が軽くなっていることに気付いた彼女はお礼を言って見送った。
二人は嬉しそうに微笑むと春香の部屋を後にする。
「なんだか不思議。皆と話していると心がどんどん軽くなっていって、本当に大丈夫なんじゃないかって気がして……なぜかしらね」
一人になった彼女はここに住む住民達のおかげで悲しみと恐怖、不安や孤独を感じていた心がだいぶ軽くなったことに不思議に思いながら独り言を呟き小さく笑った。
雨が一時的に止んだ頃。客室でずっと一人考え込んでいた裕也は友達二人に声をかける。
「なあ、ぼく考えたんだけど、ここにいたらぼく達まで殺されるんじゃないかな?」
「な、何言ってんだよ。俺達別に悪いことしてないじゃないか」
「そうだよ。僕達まで殺されるなんて」
彼の言葉に二人は冗談はやめろよと言いたげに話すも、その表情には不安の色が浮かんでいた。
「だけどもうここにいるだけでも薄気味悪いんだ……なあ、今なら雨が止んでるし、今のうちにここから逃げようぜ」
「……そ、そうだな。ずっとここにいたって仕方ないし」
「もともと雨が止むまでの間、ここで雨宿りさせてもらうってだけのつもりだったもんな」
今すぐにでも部屋を出てこの屋敷から逃げたいが、友達二人を置いて逃げるなんてできない裕也は何とかして二人を説得しようとする。
その言葉に二人も気持ちは逃げたいと思っていたらしく同意した。
「女子が見たって言う人影の正体は天月さん達だったし、肝試しなんかしたってしかたないからな」
「そうだろう。だからさ、今すぐここから逃げよう」
真一の言葉に彼が分かってもらえて嬉しそうにしながら促す。
「だけど二人も人が殺されたんだぜ。今逃げ出したら犯人に見つかっちゃうんじゃないのか?」
「それは……」
「たしかに。僕も今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちは一緒だけど、下手に動かない方がいいって天月さんも言ってたじゃないか」
部屋を出ようと言い出しそうな裕也へと、気がかりな事があるといった感じに不安そうな顔をした洋祐が尋ねる。
その問いかけに言葉が見つからず彼は口ごもった。真一もありえるといった感じに頷くと止めた方がいいと話す。
「「「……」」」
結局この話はここで終わってしまい気まずい空気が流れた。
それでもあきらめきれていない様子の裕也は二人に黙って屋敷から抜けだすことを決める。
「あいつ等は怯えすぎなんだよ。犯人がぼく達の事をずっと監視してるはずはない。だから大丈夫さ」
一人ぼっちで逃げ出すという心細さをごまかすかのようにそう呟くと森の中へと入っていく。
走って走って足がもつれて転びそうになっても、まだ安心できないと思い息が切れるまで駆け続ける。そうして一時間くらい森の中を走り抜け、さすがにもう屋敷は見えなくなっただろうと思い立ち止まった。
「はぁ……はぁ~。ここまで来れば大丈夫だろう……っ!?」
そう言って安堵するも、ふいに襲った不安に屋敷が見えなくなったことを確認しようと思い背後へと体を向きやらせる。が途端に硬直し青い顔をした。
「う、嘘だろ……」
まるで見てはいけない物でも見てしまったような、恐怖に凍り付いた顔で固まってしまった彼の口から声が零れた。
目の前にはずいぶんと前に出た屋敷が変わらぬ大きさのままで建っていて、まるで今さっき玄関から森の中へと入ってきたような位置に裕也は立っていたのだ。
「こんなことありえない。呪われてるんじゃないのか……いや、まさかそんなことは……」
現状を否定したくてそう言いわけしてみる。しかし彼は気付いてしまった。この屋敷……いや、この場所は異様な空間なのだと。
「おや、お散歩ですか」
「ひゅ!?」
いつの間にか側に来ていたらしい志郎の言葉に気が付いた裕也は恐怖で声が出せずに息を呑む。
「それとも……この屋敷から逃げ出そうとしたのかな?」
「知られてしまっては仕方ない」
音もなく現れた輝夫と総司が怖い顔で彼を見やる。
「月影平米ここに。我等誇り高き第十三番隊。この魂砕けようとも、隊の名において任務を遂行いたします」
怪しく紅色に光り輝く瞳で平米が声高らかに宣言した。
裕也は恐怖を映した瞳でその姿を見つめる。上空には黒く重い雲が再び垂れ込み始めていた。
その頃裕也の姿が見当たらない事に気付いた真一と洋祐が彼を探しに外へと出ていた。
「あいつ、トイレにでも行ったのかと思っていたけどまさか一人でここから逃げ出したんじゃないよな?」
「かなり深刻に思い悩んでいたようだったからな。何事もなければいいけど……」
二人は不安を拭いきれぬ顔のまま友達の姿を探す。
「おーい。裕也! いるなら返事しろ」
「裕也。どこにいるんだ?」
声を張りあげ森の中を探そうと足を踏み入れた。
「きゃあ―っ!」
「「っ……」」
瞬間誰かの悲鳴が聞こえまさかと思い二人は顔を見合わせるとそちらへと向けて慌てて駆けていく。
「どうしたのよ」
「なにかあったの?」
「……っ」
声のした方へと真一と洋祐が駆けつけるとそこには由紀子の姿があった。
悲鳴を聞きつけ春香達も屋敷の住人達も集まっていて、腰を抜かして地面にしゃがみ込んで震えている彼女へと、洋子と広美がその肩を軽く揺さぶり尋ねる。すると怯えた顔のまま森の方へと指を指し示した。
「……?」
指し示されたところには木立が立ち並んでいて、その木の根元に裕也が座り込んでいた。
「「「き、きゃああっ」」」
「「う、うわぁ~っ」」
最初は木に背中を預けて寝ているのかと思ったのだが、よく見ると左胸から一筋の液体の線が流れていて、胸を打ち抜かれて死んでいることが分かり、春香達も悲鳴をあげ一歩後ずさる。
この頃には夜の帳がおり始めていて、薄暗い森の中に座り込むようにして死んでいる裕也の姿が余計に不気味に映って見えた。
その後も取り乱したり恐怖にかられ中々その場から動けない春香達を志郎達が何とか促し屋敷へと戻る。
落ち着かない学生達へと総司がお茶を配り皆それを飲み何とか気持ちを落ち着かそうとした。
「どうして、裕也君が……」
「真一君達は何か知らない?」
震える声で春香が呟くとそれを見ていた平米が二人に尋ねる。
「「……」」
彼等は視線をかち合わせ言うべきなのかどうかを考えているように黙り込み、お互いどちらかが口を開くのを待っているかのようだった。
「……実は少し前に裕也が僕達にここから逃げようって言ってきたんだ」
「だけど見張られてるかもしれないからやめておこうって事になって。だけどあいつは納得できなかったみたいだ。それで、多分一人で逃げ出そうとしたんだと……」
意を決したように口を開いたのは真一で続いて洋祐も話す。
「それじゃあここから逃げ出そうとしたから見つかって殺されたって事?」
「そんな……それが本当ならここから出ただけで私達殺されちゃうの!?」
二人が語った言葉に洋子が不安そうな顔で尋ねると、広美がヒステリックなほど混乱して叫ぶ。
「皆さん落ち着いてください。憶測だけで判断してはいけません」
「そうだぞ。よほどの事情がない限りここから逃げ出そうとしたくらいで犯人が殺すとは思えん」
そんな彼女達を落ち着かせようと静かな声で志郎が話す。それに輝夫も同意して安心させるように言った。
「犯人に遭遇してしまってそれで口封じのために殺された……という事も考えられる」
「やはり、不用意に出歩くのは良くなさそうだね。皆もどこで犯人に遭遇するか分からないから気を付けて」
幸雄の言葉に総司が深刻な顔でそう注意を呼びかける。
その後も不安がぬぐい切れない様子の学生達はしばらくその場にとどまっていたが、部屋にいた方が安全だと言われ渋々それぞれの部屋へと戻った。
「「……」」
一人欠けた三人部屋に戻ってきた二人は深刻な顔で黙り込みベッドへと腰を下ろした。
「もう、俺やだ。このままじゃ皆死んじまう!」
「お、落ち着けよ。天月さん達だって言ってたじゃないか。裕也が逃げ出したから殺されたとは考えにくいって。犯人に遭遇でもしない限り大丈夫さ」
頭を抱え怯える洋祐へと真一は落ち着かせようと口を開く。しかし不安なのは自分も同じで今すぐにでも大きな声で叫びながらどこかへと走りだしたい気持ちだった。
「なあ、俺もう無理だ。これ以上ここにいたらおかしくなりそうだ」
「おい、気をしっかり持てよ。下手に動けばお前まで犯人に狙われるかもしれないんだぞ?」
気がおかしくなってしまうと不安がる彼へと冷静になれと注意する。
その後はまた深い沈黙が部屋を満たし二人は一言もしゃべることなく不安な夜を迎えた。
「うわぁっ!?」
雷鳴がうなりをあげる深夜。洋祐は悲鳴をあげて飛び起きる。体にはびっしょりと嫌な汗をかいていて悪夢にうなされていたと知る。
「……」
とっさに隣で寝ている真一を起こしてしまったのではと思いそちらへと視線を向けた。
雷鳴により声がかき消されたため悲鳴に気付かず寝息を立ててぐっすり眠る真一の姿があり彼を起こさなかったことにほぅっと息を吐き出す。
「真一には悪いが、もう無理だ。俺は死にたくない」
洋祐は独り言を呟くと隣で寝ている友達を起こさないように静かにベッドから抜け出し部屋を出た。
「夜中ならさすがに犯人だって寝てるさ」
自分に言い聞かせるように呟くと急いで階段へと向かう。
「ん?」
その時信一郎と孝弘がいた部屋の扉が少し開かれていて中から光が見えた。
彼は何となくそっと扉のすき間から中を覗き込む。
「……まったく。こんなところに隠していたとは、さすがは新聞記者なだけあって彼も意外に用意周到だな」
「ええ、ですがこれが見つかって良かったですよ。とても大切なものですからね」
壁板が外されそこにあった四角い紙の様なものを大切そうに手に取り上げた総司が言う。
それに志郎も同意して安堵した顔で微笑む。
「ですが、信一郎さんの意図したものを孝弘さんに気付かれなくて良かったです。もし気付かれていたらこれはまたどこか別のところに隠されてしまっていたでしょうから」
「そうだね。あの時壁を指さしてくれたからどこかの壁の中に隠したんだろうとは思っていたけど……」
真男の言葉に隆利が小さく頷き同意する。
「だが自分達が使っていた部屋に隠しておくとは、彼も手の込んだことをしてくれる割りには甘いな」
「孝弘さんにすぐに見つけてもらえるようにって思ったんだろうな」
輝夫の言葉に平米がにやりと笑い話す。
「……?」
部屋の中でのやりとりの内容はよく分からなかったがこのままここにいてはいけないような気がして洋祐はそっとその場から逃げ出そうとした。
「……ところで、さっきから盗み聞きとは感心しないよ」
「っぅ!?」
幸雄がまるで最初からそこに居た事を知っていると言いたげな口調で言うと扉の方へと顔を向ける。
彼は恐怖を覚え弾かれたようにその場から走り出した。
慌てて駆け出した彼はどこに逃げるべきかと考えるも思いうかばず適当に屋敷の中を走り抜ける。
「そんなに慌てて逃げるなんて、何かやましい事でもあるのか?」
「ひっ……」
音もなく目の前に現れた裕次郎に彼は驚き動きを止める。
「山野隆利ここに。我等誇り高き第十三番隊。……例えこの身が崩れ去ろうとも、隊の名において任務を遂行す」
隆利が声高々に宣言するとその瞳は怪しい光を宿した。
洋祐は再び恐怖を覚え慌てて逃げるように駆けだす。しかしそのすぐ後ろには志郎達の姿があり振り切ろうと必死に逃げ続ける。外では冷たい雨が降り注ぎ雷鳴が再びうなりをあげていた。
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