海猫亭の怪奇

水竜寺葵

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 翌朝目を覚ました真一は洋祐の姿がないことに気付き朝食だと呼びに来てくれた太知へと事情を話し皆で手分けして探すこととなった。

「い、いやぁああっ!!」

再び雨が降りしきる海猫亭に悲鳴が響き渡る。

春香達が駆け付けるとそこには洋子がいるのだが、階段の下に視線を向けたまま突っ立ていて、どうしたのだろうと覗いてみると、踊り場の所に頭から血を流し倒れて動かない洋祐の姿が見て取れた。

「よ、洋祐……」

その姿に冷や汗を流し青ざめた顔で真一が呟く。

「足を滑らせて階段から落ちた……わけないわよね」

「誰かに突き落とされたのよ! じゃなきゃこんな死に方誰もしないでしょ」

広美の言葉に錯乱状態の洋子が甲高い声で叫ぶ。

「洋祐君がどうして……」

「彼はもしかしたら犯人に気づいてしまった。だから口封じのため殺されてしまったのではないでしょうか」

悲し気に涙を浮かべ呟いた春香へと真男が仮説を唱える。

一人ずつ消えていくという状況に春香達は例えようのない恐怖に怯えうろたえた。

「……次に殺されるのは僕なのかな」

「真一君何を言ってるんですか?」

俯き青白い顔のまま呟かれた言葉に春香は慌てて声をあげる。

「だって、裕也に続いて洋祐も……もし次に狙われるとしたら僕しかいないじゃないか」

「だ、大丈夫ですよ。だって、真一君は何も悪いことしていないじゃないですか」

弱音を吐き出す彼へとそんなことは杞憂であると言い聞かせようと彼女は話した。

「そう、だよな……」

だけど彼が元気を取り戻すことはなくあいまいに笑う姿に春香は胸を痛める。何か言ってあげたいけれど言葉が見つからず両手をきつく握りしめた。

それから朝食を食べる気にもなれないという真一は部屋へと戻ってしまい春香達は心配したが今はそっとしてあげようという志郎の言葉に納得し食堂へと向かった。

「真一君大丈夫かな?」

「かなり思い詰めていたみたいだったけど」

広美の言葉に由紀子も呟く。

「後でワタシが真一さんの様子を見に行ってきますので、何かあったらお知らせしますので、大丈夫ですよ」

志郎の言葉に洋子達は納得し食事を終えるとそれぞれ部屋へと戻って行った。彼女達が部屋に戻ると一人だけ残った春香は志郎へとそっと近づく。

「あの、志郎さん。私も一緒に真一君の様子を見に行ってもいいですか?」

「春香さんはお優しいですね。心配だとは思いますが今はあまり自分の部屋から出ない方がいいでしょう。ですから部屋に戻ってください」

「でも……はい。分かりました」

微笑み優しい口調でそう諭され彼女は何か言いたそうに口を開いたが迷惑をかけたくなくて頷く。その後隆利に部屋まで送ってもらった。

 その頃一人だけになってしまった部屋で真一は思い悩んでいた。

洋祐も裕也もここから逃げ出そうとして見つかって殺された。そう考えたら今ここから出ていく事は得策ではないと分かっている。それでももはや自分も冷静でいられなくなってしまっていたのだ。

「……今は皆食堂にいる。なら犯人はそっちに気が向いているはず。逃げ出すなら今しかない」

意を決した彼はこっそり部屋を出ると森の中へと向けて駆け出していった。

「はぁ……はぁっ」

玄関を出て森の中まで駆け込んできた彼は一度足を止める。その時足元に何かがあることに気付きそれへと視線を落とす。

「これ、裕也の学生手帳」

逃げ出した時に彼が落としてしまったのだろうかと思ったがなんとなく拾い上げ中身を見る。

「……まじ、かよ」

たまたま開いたページには走り書きしたような汚らしい文字で裕也からのメッセージが書かれていた。

そこには天月達は危険だ気をつけろと書かれていてその意味するものに何となく気付いてしまった真一は冷や汗を流す。

「言われてみれば確かに。これだけ人が死んでるのに警察が全然来ないのも変だし。手紙を出したにしてはその後に返事が来たなんて聞いてない。まさか、天月さん達が……」

そこまで独り言を呟いた時背後で小枝が折れる音がした。

「っ……」

驚いて振り返るとそこには微笑みを湛えた志郎の姿があった。

「このような所でどうされました? みんな心配してますよ」

「な、なんでもないです。ちょっと気持ちを落ち着かせようと思い外の空気を吸いにきただけで」

彼の言葉にとっさに生徒手帳を後ろ手に隠し取り繕う。

「そうでしたか。ですが、あまり一人で出歩かない方がいいですよ。何かあっても保証は致しません。お気を付け下さいね」

「は、はい。じ、じゃあ僕は部屋にもどります」

相変わらず優しい微笑みを浮かべそう注意してくれる志郎へと真一はあいまいに笑い返し答え逃げるようにその場を後にする。

「……困りましたね。あんなに怯えられてしまっては」

「なにやら知られてしまったようだ。このままにしておくわけにはいかないと思うが……どう思う?」

困った顔でそう話した志郎が目配せをすると、音もなく現れた輝夫が背後にいる住人達へと問いかけた。

「雪宮真男ここに。……我等誇り高き第十三番隊。例えこの命朽ち果てようとも、隊の名において任務を遂行します」

真男が敬礼すると一生懸命な口調でそう答える。その瞳はやはり紅色にあやしい光をともしていた。

 雨が降ったり止んだりを繰り返す夕方。広美は思いつめた顔で屋敷の裏庭を歩いていた。

「……こんなとこもういや。逃げちゃおうかしら。でも見張られていたら? うんん。ここにいるより逃げた方がましよ」

優柔不断な思いにぐるぐると思考を巡らせ、気が付いたら納屋の近くへとやって来ていて、ふと何か気配を感じて顔をあげる。

「き……きゃぁああっ!!」

とたんに悲鳴をあげ足がぶるぶると震え動けなくなった。見たくもないのにそれが視界に入り込み、視線をそらしたいのに体がゆうことを聞いてくれない。彼女は誰かが早く来てくれることを願った。

時を同じくして春香も屋敷の外に出ており、真一の事が気がかりで仕方ない気持ちを気分転換させようと思い庭を散策していた。

「きゃぁああっ!!」

「ひっ……な、何」

誰かの悲鳴が響き渡り春香は嫌な予感がして仕方なかったが、声が聞こえてきた方へと行かないといけないと勇気を振り絞り駆け出す。

「広美どうしたのよ」

「何かあったの?」

「どうかしましたか」

「悲鳴が聞こえたが、何かあったのか?」

春香が慌ててやって来た時には、すでに悲鳴を聞いて駆け付けてきた洋子と由紀子がいて、住民達も慌ててやってきていた。志郎と輝夫も動揺する広美へと声をかける。

「う……うっ……」

彼女は足がすくんでしまったかのように立ったまま動けなくなっていて、青ざめた顔のまま震える指である方向を指し示す。その指を辿り皆もそちらを見やった。

太い天井柱からぶら下がっている縄は吊り下げているモノの重みで薄気味悪く揺れていて、ぎしぎしと不気味な音が鳴り響いている。

その先には真一がつるされていて、首に巻き付いた縄できつく締め付けられたためか、空気を吸いたそうに開いた口のまま亡くなっていた。

「「「きゃあっ」」」

その光景を見た春香達も悲鳴をあげ青ざめた顔で硬直する。

「ま、まさか自殺?」

「確認してきます」

洋子の言葉に志郎が動き慎重に真一の体を下ろした後死体を確認した。

「……二度絞められた跡があります。どうやら首を絞められ殺された後こちらにつるされたようですね」

「そんな……なんで真一君が」

静かな口調で言われた言葉に春香は悲痛な思いで口元に手を当てて涙ぐむ。

なかなか屋敷へと帰ろうとしない春香達を住人達が促し玄関へと戻る。そうして食堂へと集まると重く不穏な空気の中誰も声を発しなかった。

「……このまま全員ここで殺されちゃうのかな」

「ち、ちょっと。広美不吉なこと言わないでよね」

「そ、そうよ。私達は犯人が誰なのか知らないじゃない。それに犯人が何の目的で私達を殺すって言うのよ」

沈黙を破るように細い声で呟かれた言葉に、洋子と由紀子が気味悪いといった顔で言う。

「でも、もう五人も殺されてるのよ。ここまで来たら犯人はただの快楽殺人者じゃない!」

「だ、大丈夫よ。だって私達犯人の顔も名前も知らないし、目的だって知らない。このまま見逃してくれるわよ」

「そうよ。ほら、小説なんかじゃこの辺りで犯人が誰か分かって探偵や警察に捕まえられるじゃないの。私達は大丈夫よ……きっと」

不安がる広美へと二人は自分に言い聞かせるかのようにそう言って安心させようとする。

「ねえ、この屋敷から逃げましょうよ。そうすればきっと、私達だけでも助かると思うわ」

「だけど、逃げるってどうやって」

「犯人に私達の事が筒抜けなら、逃げ出した途端つかまって皆殺されちゃうわよ」

三人がぎゃあぎゃあと言い合う中、春香は真一の死に悲しむのと共に、ここにいたら皆いずれ殺されてしまうのではないのかという恐怖に暗い顔で俯いていた。

「広美さんの気持ちもわからなくはありませんが、また外は雷雨が激しくなってきています。この状況で外に出れば土砂崩れにあいそれこそ命を落としてしまいますよ」

「「「…………」」」

静かな声で諭すように志郎が言うと三人は押し黙り不安げな顔で彼等を見やる。

「ねえ志郎さん。警察から連絡は?」

「手紙は出しましたが、残念ながら連絡はまだありません」

「とりあえず夕食を食べようじゃないか。こういう時はお腹に何か入れて少し落ち着いた方が良い」

困った顔で言われた言葉に洋子達の顔色は更に悪くなった。輝夫の言葉に促され食欲のわかない中、春香達は無理やり夕飯をお腹に入れて平らげる。

その後客室へと戻った春香は真一達の死んだときの姿を思い出し具合が悪くなりしゃがみ込み涙を流す。

「大丈夫?」

「っ……隆利君?」

遠慮しながらかけられた声に驚いて背後へと振り返ると、そこには心配そうな目で見てくる隆利の姿があった。

「……これ、あげる」

「え」

しゃがみ込み春香と目線を合わせるとにこりと笑い一輪のカスミソウを差し出してくる。

それは春香が好きな花でなぜこれを渡してくるのか不思議に思った。

「これ、私が好きな花……だけど、どうして?」

「ん~。春香ちゃん好きなんじゃないかなと思って。少しは元気出た」

驚いて尋ねるも彼は困ったように頭をかいて笑う。

「……正直。今も思い出しただけで泣きたくなるかな。だって真一君達。少ししか話してないけど明るくてとてもいい子達だったから……だけど死んじゃった」

「無理しないで。泣きたくなったら泣いてもいいし、おれ達を頼ってもいいんだよ」

再び泣き出しそうになって慌てて涙をぬぐい無理やり微笑む。その姿に隆利が悲しそうな顔で言った。

「でも……」

「大丈夫。君の事はおれ達が守るから」

頼るなんて迷惑はかけたくないと思い口をつぐむ。そんな春香へと優しい声音で、でも力強く隆利が宣言した。

「カスミソウの花言葉って知ってる?」

「えっ」

「幸福だよ。……春香ちゃんには幸福になってもらいたい」

放たれた言葉の意味がわからず目を丸くすると隆利がそう言って花言葉を教える。

「私ね。自分でも何でか分からないけど、小さいころからカスミソウが好きだったの。でも花言葉が「幸福」だなんて知らなかったわ。ほんとうにそうなら今の私は不幸のまんまね」

「大丈夫。春香ちゃんは必ず「幸福」を手に入れられるようになるよ。おれ達がそうなるようにお手伝いするからさ」

「え?」

「それじゃあ、おれもういくよ。一人で泣きたい時もあるだろうから」

言われた言葉の意味が理解できずに不思議そうな顔をする春香に、彼はあやすように優しく彼女の頭をひと撫でしてから部屋を出ていった。

隆利が部屋から出ていって暫く呆然と立ち尽くし、彼の言葉の意味を考えたが結局答えは出なくて諦める。

諦めた途端に悲しみが思い出したかのようにこみあげてきて、ベッドに座り込み泣きじゃくった。

「失礼します」

「っぅ!? ……真男君」

泣きじゃくり声も涙も出なくなったころ控え目に扉を叩く音がすると真男が部屋へと入って来る。

真男に泣きはらして真っ赤に膨らんだ目頭を見られないようにと思い、慌てて手でこすりながらベッドから立ち上がった。

「どうしたの」

「春香さん。ボク春香さんともっと仲良しになりたくて、お話ししたいんです。ダメ……でしょうか?」

必死に目頭をこすりごまかしながら尋ねると、彼が不安げな瞳で見上げて聞いてくる。

「だめ……なわけではないけど。私と友達になりたいの」

「はい。ボク春香さんの事大好きだから。だから友達になりたいんです」

「私なんかと友達になっても何もいいことないわよ」

優しい笑顔で大好きだと言ってくる彼の言葉に驚きと躊躇いを感じながら彼女は呟く。

「そんな事ないですよ。そう思い込んでるのは春香さんだけです。ボクは春香さんがとても優しい人だって知ってます。だから真一さん達の事で胸を痛めている春香さんを慰めてあげたいんです」

「……くす。真男君たら。有り難う」

自分のことをそんな風に卑下する春香へと真男は純粋な瞳と笑顔でそうやって話す。

そんな彼の顔を見ていたらさっきまで泣いていたことなどどうでもよくなるくらいの、変な安心感を覚え小さな笑みが零れた。

「じゃあ、ベッドに座ってお話ししようか」

「はい」

いつまでも立っていてもしかたないのでベッドに腰かけ話をすることにする。それから春香は真男と沢山お喋りをした。日常の事や学校でどんなことを習っているのかなどを語って聞かせたり、彼の仕事内容や志郎達との関係などを聞いて過ごす。

「春香さんの事をボクが守ります。ですから何の心配もいらないですよ」

「え? ……あ、有難う」

ひとしきり世間話をして楽しんでいるとふいに真剣な顔になった真男がそう言って微笑む。急にどうしたのだろうかと驚きながらも彼なりに自分を安心させてくれようとしているのだろうと思いたじろぎながらお礼を述べた。

「ボクの言葉あんまり信じてないですよね?」

「そ、そんなことはないけど、急に言われてびっくりしちゃったの」

不貞腐れたような顔で言われた言葉に慌てて答える。

「春香さんボクの事十二歳の男の子だから頼りにならないって思ってるんじゃないんですか?」

「え?」

今度は悲しそうな顔でそう言われどうこたえたら傷つけないで済むだろうかと悩む。

「頼りにならないなんてそんなふうには思ってないよ。今だって私の事を気遣ってくれて沢山お話してくれているじゃない」

何時までも黙っていては真男に悪いと思った彼女はすぐに口を開き慌てて話した。

「よかった。……春香さん。寂しくなったらまたいつでもボクを呼んで下さい。またいっぱいお話聞いたりしますので」

「うん。真男君と話していたら少し気が楽になったわ。有り難う」

笑顔で言われた言葉に心からの感謝を述べる。

「よかった。春香さんが笑顔を取り戻して……ずっと悲しみの渦の中にい続けたらどうしようかって、少し不安だったんです」

「自分でも不思議なの。さっきまでは真一君達の死を受け入れられなくて悲しかったのに、真男君と話していたら心が軽くなって平気になっていて……どうしてかしらね」

「ボクでよければいつでも……春香さんの明るい心を取り戻せるお手伝いができるのなら」

聞いていて恥ずかしくなるような言葉を平気で言う真男の表情は十二歳の少年にはとても見えなかった。

「もう、真男君たらおかしなこと言うのね」

「ボクは真剣ですよ。……あ、そろそろ志郎さん達の仕事のお手伝いに戻らないと」

「夜遅くまで大変ね。天月さん達もあまり遅くまで頑張らないようにって伝えて」

「はい」

彼女が元気を取り戻したことを見届けると彼は部屋から出ていく。

窓を叩く雨粒は再び激しさを増していたが、さっきまでの悲しみや恐怖は隆利や真男のおかげで大分薄れていた。

 静かな大広間に志郎を始めとしたこの屋敷の住人達が集まっていた。

「……雨は嫌いです。あの日を思い出してしまいますから」

「「「「「「「「…………」」」」」」」」

窓の外の光景をぼんやりと眺めながら愁いを帯びた瞳で呟く。

その言葉に輝夫達も悲しげな瞳で眉を下げてただ黙し立っていた。

それはもうずいぶんと昔の事だが、彼等にとってはどんなに時が経っても忘れられない過去である。

あの時から志郎達の中の時間は止まったまま動くことはないのだから……。

第一次世界戦争の最中。この海猫亭に集い合った仲間達。

手柄を立てた二十数歳の天月志郎はその功績が認められ若くして第十三番隊隊長の座を手に入れた。

「就任したワタシを指導してくれたのが指揮官であられた木下殿でしたね」

「そうだったな。あの頃はワシも天月殿も若かった……」

思い出話をするように言われた言葉に輝夫も懐かしいといわんばかりの顔で呟く。

「ここで寝泊まりするにあたり私達の救護と食事を提供する救護班の兵として、総司が派遣されてきましたね」

「あの頃はわたし一人で第十三番隊の救護や食事を任されて、やって行けるのかと一抹の不安を抱えてました。まあ、その不安は隊長達のおかげで消え去りましたがね」

「その後少年兵として訓練を終えて入ったばかりの平米と隆利と幸雄と太知に出会い、その少年兵をまとめる兵長として裕次郎が就任してきました。そして彼女と真男がお世話係として派遣されました」

「ボクは皆さんと比べたらまだまだ青二才でした。ですが、いつかは天月殿達のような立派な兵士になることに憧れて、胸を弾ませながらお世話係としてこの海猫亭へと着ました。隊長達はそんなボクに兵士としての訓練を受けさせてくれましたね」

懐かしい過去の美しい思い出を振り返る彼等の顔はとても穏やかだったが、悲しみを含んだ眼差しは変わらないままで昔話を続ける。

「ワタシ達は第十三番隊の一員として一蓮托生。このままこの十人で戦線を勝ち抜いて生きていけると思っていました。ですが……」

「「「「「「「「…………」」」」」」」」

志郎の言葉に八人も悲しい瞳で俯き目を閉ざし過去の出来事を思い返した。

 ――空は雨が降り出しそうな重く垂れ込んだ鉛色の雲に覆われていて、そんな中遠くで爆撃の音がとどろく。

「絶対にこの海猫亭のある海岸は守らねばなりません」

「はい。隊長。ここは我々全員で食い止めましょう」

緊迫した戦場で物陰に隠れ敵の攻撃を防ぎながら志郎は言う。

それに長い髪を結った少年の様にしか見えない少女が凛とした声で返事をする。

「貴女は直ぐに無茶をしますからね。絶対に一人で敵陣に突っ込んでいったりしてはなりませんよ」

「分かっております。それにしても……今回は長引きそうですね」

「相手方も強い奴等をぞろぞろと入れ込んできているようだ。それに新しい爆弾を手に入れた事で、奴等の士気は高まっている」

「こっちだって十分な備えはある。他の部隊に援軍も頼んでいる。そのうちやって来る。じゃからそれまで我々で食い止めるのだ」

隊長と話をする少女の言葉に総司が調べた情報を伝えると、輝夫がそう言って皆に檄を飛ばす。

「このまま固まって動くもよし、三部隊に分かれて突入するもよし。隊長どういたしますか?」

「数は圧倒的に不利ですが、ここはワタシ達の連携で突破いたしましょう」

「御意。ではこのまま向かい打てば宜しいですね。真男は危ないから屋敷に戻ってろ」

「ボクだって立派な第十三番隊の一員です。敵を前にして逃げるなんてことはできません」

平米の言葉に志郎は指示を出す。それに返事をした隆利が背後にいる真男を見やり言った。

しかし彼は首を横に振りはっきりとした口調で話す。

「今回は本当に危ないのよ。真男君はまだ若い。ここで命を危険にさらす必要はないわ」

「いいえ。ボクはニッポン国の為ならばたとえこの命を落とすことになろうとも、お国の為天皇陛下の為に立派に戦場で戦い散る覚悟です」

少女が心配そうな顔で言って聞かせようとするも真男はそれに再度首を振って答える。

「真男の決意は固いようだ。このまま共に連れていこう」

「俺達が守るから大丈夫だ」

「だけど君も真男もあまりぼく達の側から離れてはいけないですよ」

裕次郎が口を開くと幸雄と太知も話す。

「……皆気持ちは同じ様ですね。このまま我等第十三番隊は全員で敵国を迎え撃つ。いいですか」

「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」

隊長の言葉に九人は力強く頷き刀と拳銃、手りゅう弾等を装備して攻撃が止んだ瞬間に前へと躍り出た。

「我等誇り高き第十三番隊。たとえこの命奪われようとも、隊の名において天皇陛下のおわすニッポン国の未来の為、人々の為、我等が軍の命令により任務を遂行いたします」

「「「「「「「「「我等誇り高き第十三番隊。我等の命は国の為捧げ奉ります。すべては天皇陛下のおんため、ニッポン国の未来の為。この国に住まう人々のために!」」」」」」」」」

志郎が声高らかに宣言すると輝夫達も同時に声をあげて敬礼する。そして一斉に走り出し敵陣へ突込んでいった。

志郎を先頭に突進していった第十三番隊は第一部隊をなぎ倒し、進軍を食い止めることに成功する。しかし相手は新たな手りゅう弾や鉄砲での攻撃に加え、剣の達人を何人も従えて侵入を繰り返す。援軍が一向にこない中で十三番隊だけでの接戦は厳しくなっていった。

「このままではいずれこちらが力尽きてやられてしまいます。援軍はまだ来ないのですか」

「司令部からの連絡はまだありません。夜は相手方も動かないとはいえ、このままでは本当にこちらが負けてしまいかねませんね」

「一度誰かが海猫亭へと戻り再度連絡を取りますか?」

「この状況下で誰か一人かけるだけでもこちらには不利になる。厳しい戦いだが、我等だけで切り抜けるしかあるまい」

少女の言葉に隊長が苦い顔で話す。その言葉に隆利が提案するも輝夫がきっぱりと断言した。

敵方は何故か夜だけは攻め入ってはこない。後になって分った事だが海の上から陸に上がり進軍しようとしてもまるで拒むように荒波にもまれ、潮の流れが速く陸地の近くに船を停留させることができなかったからの様だった。

また陸に上がった部隊も長期戦の事を考え、手りゅう弾などを闇雲に暗闇の中で使い果たしたりしないようにしたかったため、夜の戦闘は避けていたようである。

しかし夜が明けて辺りが明るくなると共に彼等の進軍は再開されるので、志郎達は昼夜問わず警戒を続けなくてはならなかった。

そんな接戦が続いた五日目の事だ。あの悪夢のような運命の日が訪れる。

疲労困憊の中。響き渡る銃撃音と共に崩れるようにして倒れ込む緑の軍服が目に飛び込んできた。

「っ、大丈夫ですか!?」

「隊長……申し訳ありません……」

敵が放った銃弾の一つが少女の胸に当たり、血を流し倒れた彼女の小さな体を抱きかかえ志郎は声をかける。

それに返ってきた少女の返事は弱弱しく、今にも命の火が消え入りそうで彼は彼女の体をきつく抱きしめた。

「手当を……今すぐ手当をしなくちゃ。くそ! 何でこんな時に限って止血止めがないんだよ。あれだけたくさんあったはずなのにっ……」

慌てて持ち物の中から止血止めを探す総司だったが、何処を探しても見当たらなくて焦りと怒りに体を震わして叫ぶ。

「確りしてください!」

「申し訳ありません。隊の名に泥を塗ってしまい……申し訳ありません」

死ぬな死ぬなと願いを込めながら隊長は彼女に声をかける。しかし自分の死期を悟った少女は申し訳なさそうな顔でかすれる声で呟きを繰り返す。

「そんな事どうでもいいんです。だから、死なないでください」

「私は、皆さんと一緒に戦えて、幸せでした……ごめんなさい」

「死ぬな。死ぬことは許さない」

悲痛な思いで真男が願いを込めて叫ぶ。輝夫も必死に声をかけ続けた。

「……ごめん、なさい」

「っ!」

声も出ない程のかすれた言葉を零すと彼女は目を閉ざす。

少女の体から感じていた微かな温もりが途絶え、志郎は息を呑みその身体を抱きしめ涙を流した。

「そ、んな……」

「うっ……うっ……」

総司が嘘であって欲しいと言わんばかりに呟き愕然とすると、くしゃりと顔が歪む。

真男は彼女の死に大粒の涙を流し必死にそれを手の甲で拭い続けた。

「貴女はここで散っていい命ではなかった……オレは認めないよ。そんなこと認めてたまるか!」

「君がいなくなった後、おれ達はどうすればいいんだ。なあ、答えてよ。っ……うぅ……」

「彼女は最後まで軍人であった。しかし彼女の死を到底我々は受け入れられはしまいよ」

半狂乱した様子で平米が叫ぶと力なく肩を落とした途端、一筋の線が頬を伝い零れ落ちる。

隆利がもう返事を返してはくれない「彼女」へと問いかけるが、声がかすれしゃくりあげた。輝夫が若すぎる少女の死に静かに涙する。

「……信じない。今すぐ目を開けろ。今ならその冗談を受け入れてやる。でないと今度は本気で叱りつけるぞ……っ」

「嘘だよな? 嘘だって言ってくれ……なあ……っぅ……うっ」

「兄さん……うっ……うぅ……」

震える声で裕次郎が言うも途中で涙により言葉を詰まらせた。

幸雄が嘘であって欲しいといいたげに喚くも泣き声で言葉がかすれる。

兄へと寄り添った太知も静かに涙を流す。

そして彼等は崩れるようにしてその場に膝をつき暫く嗚咽した。

その間にも敵軍は進軍を続けてきていて、何時までも仲間の死に泣き続けているわけにもいかない。

飛び交う銃弾や手りゅう弾の音に彼等は立ち上がる。

空から降り注ぎ始めた冷たい雨は彼等の心を凍てつかせ、彼女の死により止まってしまった時に逆らうかのように戦場を駆けだした。――

雨音が激しく窓を叩く中彼等は過去の事を振り返っていた思考を「今」へと戻す。

「今度こそワタシ達が救うんです。「彼女」を」

静かな口調で呟かれた志郎の言葉に住人達の瞳の色が魔力を帯びたかのように紅色へと染まった。
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