落ちこぼれ村娘、拾った王子に溺愛される。

いっぺいちゃん

文字の大きさ
2 / 11

第1話 完璧王子は、噂だけの存在でした。

しおりを挟む
「ミレイ! また薬草を間違えたの!?」

薬師のマリアおばあさんの叱責が、小さな工房に響く。

ミレイは縮こまりながら、頭を下げた。

「ごめんなさい……セージとタイムが、どうしても見分けが……」

「もう三年も経つのに! あんた本当に、薬師に向いてないんじゃないの?」

「うっ……」

ぐさり。

心に刺さる。でも、反論できない。その通りだから。

マリアおばあさんは、大きくため息をついた。

「まあいいわ。今日はもう帰りなさい。明日、また一から教えるから」

「はい……すみません……」

ミレイは、とぼとぼと工房を後にした。

あれから三日。

森でレオと出会ってから、三日が経っていた。

「また、会えるって言ってたけど……」

ぽつりと呟く。

本当に来るのだろうか。もしかしたら、あれは熱に浮かされた夢だったのかもしれない。いや、そもそも——あの出会い自体が、ミレイの妄想だったのかもしれない。

「はぁ……」

ため息をつきながら、ミレイは村の広場を横切った。

すると。

「聞いた!? 明日、王都からお偉いさんが来るんですって!」

「本当!? 誰が来るの?」

「なんでも、レオン様らしいわよ!」

「えええっ!? あの、完璧王子のレオン様が!?」

井戸端で、村の女性たちが盛り上がっている。

ミレイは、足を止めた。

レオン様——。

セントラル王国の第一王子。二十一歳。容姿端麗、文武両道、誰からも愛される完璧な王子として、国中で知らない者はいない存在。

ミレイも、噂だけは聞いたことがあった。

「金色の髪に、紫の瞳ですって!」

「まあ! 絵画で見たことあるけど、本当に美しいのよね!」

「でも、こんな辺境の村に、どうして……?」

「視察ですって。最近、王族が各地を回ってるらしいわよ」

女性たちは、きゃあきゃあと騒いでいる。

ミレイは、何となく胸がざわついた。

金色の髪。紫の瞳。

——まさか、ね。

首を振る。

レオは、王子様みたいだとは言っていたけれど、「比喩」だと言っていた。それに、あんな森の奥で倒れているような人が、王子様のはずがない。

「ミレイ、あんたも明日は広場に来なさいよ! 一生に一度のチャンスかもしれないんだから!」

村長の娘、セリーヌが声をかけてきた。

「あ、うん……」

「まあ、あんたみたいな落ちこぼれが見に行っても、レオン様の目に留まるわけないけどね」

くすくすと笑いながら、セリーヌは去って行く。

ミレイは、また胸が痛んだ。

でも——慣れている。

こういう扱いには、もう慣れている。

「……森、行こう」

ミレイは、そう決めた。

明日、村は王子様の訪問で大騒ぎになる。ならば、その間に森で薬草を採ろう。それに——もしかしたら、レオが来てくれるかもしれない。

そう思うと、少しだけ胸が温かくなった。

   ◇ ◇ ◇

翌日。

朝から村は、異常な活気に包まれていた。

広場には花が飾られ、村人たちは一張羅に着替えている。子どもたちは興奮して走り回り、女性たちは化粧に余念がない。

「ミレイ、あんた本当に森に行くの?」

マリアおばあさんが、呆れた顔で聞いてきた。

「はい。どうせ私なんて、場違いですし……」

「まあ、あんたらしいといえばらしいけど」

おばあさんは肩をすくめた。

「気をつけてね。今日は村中が浮かれてるから、森には誰も来ないでしょうけど」

「はい」

ミレイは薬草籠を持って、森へ向かった。

村を出ると、途端に静かになる。

鳥の声。風の音。いつもの、穏やかな森。

ミレイは、深く息を吸った。

「ここが、一番落ち着く……」

森の小道を進む。

目指すは、あの泉。レオと出会った場所。

もしかしたら——。

いや、来るわけないか。あれからもう三日も経っている。きっと、もう忘れているだろう。ミレイのことなんて。

「……やっぱり、私の勘違いだったのかな」

そう呟いたとき。

「ミレイ!」

——え?

声がした。

振り返ると——。

そこに、レオがいた。

金色の髪が、朝日を浴びて輝いている。白いシャツに、黒いズボン。シンプルな服装だけど、それでも彼から放たれる気品は隠せない。

「レオ……さん?」

「会えた! よかった、君がここに来るかもって思って、朝からずっと待ってたんだ!」

レオは、満面の笑みで駆け寄ってきた。

その表情は——まるで子犬のように、無邪気で。

「え、あ、その……」

ミレイは、戸惑った。

こんなに嬉しそうに、自分を待っていてくれる人なんて——生まれて初めてだった。

「ごめんね、三日も会えなくて。色々あって、なかなか抜け出せなくて」

「い、いえ! 大丈夫です! というか、本当に来てくれると思わなくて……」

「え? だって、また会えるって約束したじゃん」

レオは、きょとんとした顔で首を傾げた。

「約束したら、守るよ。当たり前でしょ?」

ああ、この人——。

ミレイは、胸がきゅっと締め付けられた。

本当に、まっすぐな人なんだ。

「あのね、ミレイ」

レオは、少し照れくさそうに笑った。

「僕、この三日間、ずっと君のこと考えてた」

「えっ……」

「また会えるかなって。また話せるかなって。君に会いたくて、会いたくて——」

そこまで言って、レオははっと我に返った。

「あ、ごめん! 重い? 重いよね? 気持ち悪いって思った?」

「そ、そんなことないです!」

ミレイは慌てて首を横に振った。

「嬉しい……です。そんな風に、思ってもらえるなんて……」

「本当?」

「本当です」

ミレイが微笑むと、レオは安堵したように息をついた。

「よかった……あのね、僕——」

言いかけて、また言葉を切る。

「僕、ずっと思ってたんだ。こんな風に、誰かと話せたらいいなって」

「こんな風に……?」

「うん。作らないで、話せる相手。計算しないで、笑える相手」

レオは、泉を見つめた。

「君といると、僕——楽なんだ。何も繕わなくていい。失敗してもいい。完璧じゃなくてもいいって、思える」

完璧。

また、その言葉。

「レオさんって……普段は、完璧でいなきゃいけないんですか?」

「うん」

レオは、少し苦笑した。

「僕の立場だと、ね。常に見られてる。常に期待されてる。一挙手一投足が評価される。だから——失敗できない」

「それって……辛くないですか?」

「辛いよ」

あっさりと、レオは認めた。

「すっごく辛い。でも、それが僕の役割だから」

「役割……」

「うん。みんなが望む、完璧な——」

そこまで言って、レオは口を閉じた。

何かを隠している。

ミレイは、それを感じ取った。

でも、問い詰めることはしなかった。

きっと、まだ言えない何かがある。それでいい。無理に聞き出す必要はない。

「ねえ、ミレイ」

「はい?」

「君は、何か夢とかある?」

「夢……」

ミレイは、少し考えた。

「薬師として、一人前になることです。でも……無理かもしれません」

「どうして?」

「だって、私——何をやってもダメなんです。薬草は覚えられないし、調合も失敗するし。村のみんなからも、落ちこぼれって言われてて……」

「落ちこぼれ?」

レオは、眉をひそめた。

「そんなわけないじゃん」

「え……?」

「だって、君——僕を助けてくれたでしょ? あの時、適切な処置をしてくれたから、僕は回復できた。それって、すごいことだよ」

「でも、あれは……ただ、おばあさんに教わった通りにしただけで……」

「それができるのが、才能だよ」

レオは、真っ直ぐにミレイを見た。

「君は、優しくて、思いやりがあって、人を助けられる人だ。それって——何よりも素晴らしいことじゃないか」

ああ。

涙が、溢れそうになった。

こんな風に、認めてくれる人——初めてだった。

「ミレイ」

レオが、そっと手を伸ばしてきた。

ミレイの頬に、触れる。

「泣かないで。君は、十分すぎるくらい頑張ってる」

「……レオさん」

「だから——もっと自分を、褒めてあげて」

その言葉が、胸に染み入った。

ミレイは、こくりと頷いた。

そのとき。

遠くから、鐘の音が聞こえた。

村の鐘だ。

「あ……」

レオは、はっとした顔で空を見上げた。

「もう、こんな時間……」

「レオさん、何かあるんですか?」

「うん。ちょっと、行かなきゃいけない場所があって」

レオは、名残惜しそうにミレイを見た。

「ごめん。もう少し一緒にいたかったんだけど……」

「大丈夫です。お仕事、ですよね?」

「……まあ、そんなところ」

レオは、苦笑した。

それから——。

「ねえ、ミレイ」

「はい」

「また、明日も来ていい?」

「え……?」

「僕、君にまた会いたい。毎日でも会いたい。ダメ、かな?」

紫紺の瞳が、不安そうにミレイを見つめている。

ミレイは、胸がいっぱいになった。

「ダメじゃ、ないです」

「本当?」

「本当です。私も……嬉しいです」

レオの顔が、ぱあっと輝いた。

「ありがとう! じゃあ、明日も来る! 絶対来る!」

「はい。待ってます」

「うん!」

レオは、子どものように嬉しそうに笑って——それから、森の奥へと走って行った。

ミレイは、その背中が見えなくなるまで、手を振り続けた。

「……不思議な人」

ぽつりと呟く。

でも、嫌いじゃない。

むしろ——。

ああ、どうしよう。

また会いたいって、思ってる。

胸の中で、何かが芽生え始めている。

それが何なのか、まだ分からない。

でも——。

「明日が、楽しみだな」

ミレイは、自然と笑顔になっていた。

   ◇ ◇ ◇

その頃、ノルン村の広場では。

豪華な馬車が到着し、村人たちがどよめいていた。

扉が開く。

そこから降りてきたのは——。

金色の髪に、紫紺の瞳を持つ、美しい青年。

白と金の礼服に身を包み、その立ち居振る舞いは優雅そのもの。微笑みは完璧で、目配せは計算され尽くしている。

「ようこそ、レオン様!」

村長が深々と頭を下げる。

「お忙しい中、このような辺境の村まで……」

「いえいえ」

青年——レオン王子は、柔らかく微笑んだ。

「全ての領民を知ることが、私の務めですから」

その声は、穏やかで、品があり、完璧に計算されていた。

表情も、仕草も、言葉も——全てが、完璧。

完璧王子、レオン。

村人たちは、その姿に見惚れている。

まるで、絵画の中から抜け出してきたような、非の打ちどころのない王子。

でも。

その完璧な笑顔の奥で——。

レオンの心は、どこか遠くにあった。

(ミレイ……)

森の中で出会った、あの少女。

自分を、ただの「レオ」として見てくれた、唯一の存在。

(また、会いたいな)

心の中で呟きながら、レオンは完璧な笑顔を保ち続けた。

誰にも悟られないように。

誰にも気づかれないように。

この仮面を——外すわけにはいかない。

少なくとも、ここでは。

「さあ、皆様。今日は楽しい一日にいたしましょう」

完璧王子の声が、広場に響く。

村人たちは、歓声を上げた。

誰も知らない。

この完璧王子が、たった今まで——森で、一人の村娘に心を開いていたことを。

誰も知らない。

この笑顔が、どれほどの重荷を背負っているかを。

そして、ミレイも——まだ知らない。

自分が出会った「レオ」が、誰なのかを。

   ◇ ◇ ◇

運命の歯車は、静かに回り始めていた。

少女が真実を知るとき——物語は、大きく動き出す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

婚約破棄されたスナギツネ令嬢、実は呪いで醜くなっていただけでした

宮之みやこ
恋愛
細すぎる一重の目に、小さすぎる瞳の三百眼。あまりの目つきの悪さに、リュシエルが婚約者のハージェス王子に付けられたあだ名は『スナギツネ令嬢』だった。 「一族は皆美形なのにどうして私だけ?」 辛く思いながらも自分にできる努力をしようと頑張る中、ある日ついに公の場で婚約解消を言い渡されてしまう。どうやら、ハージェス王子は弟のクロード王子の婚約者であるモルガナ侯爵令嬢と「真実の愛」とやらに目覚めてしまったらしい。 (この人たち、本当に頭がおかしいんじゃないのかしら!?)

処理中です...