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第31話 審査長の視線
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ルーベルト審査長は、ゆっくりと歩み寄ってきた。
足音ひとつ立てないのに、空気だけが重くなっていく。
「これが君のパンか」
「は、はい」
簡潔な言葉。
しかしそれだけで息が詰まる。
ルーベルトはグローブを外し、陽だまりパンを手に取った。
その動作は、まるで宝石を扱うかのように静かで、慎重だった。
パンをひとかけら口に含む。
噛む。
飲み込む。
「……」
沈黙が長い。
部屋の空気がぴんと張り詰める。
(お願い……何か言って……)
祈るように手を握りしめる。
「柔らかい」
ようやく落ちた言葉は、とても静かだった。
「だが柔らかさは誰でも出せる。
問題は、この柔らかさがどうして生まれたかだ」
鋭い蒼の瞳が私を射抜く。
「君は、どうしてこの味に辿り着いた」
「え……」
予想外の問い。
頭が一瞬真っ白になる。
(どうして……って)
私は必死に言葉を探した。
「お、お客さんが……喜んでくれたから。
もっと喜んでほしいって……それだけで……」
「理由にならない」
バッサリと切り捨てられる。
「君自身が、このパンに込めたものだ。
技術ではなく、根の部分を問うている」
「私の……根……」
胸の奥のどこかが、きゅっと縮んだ。
何を言えば正解なのか分からない。
でも、嘘だけはつきたくなかった。
「……私は、誰かの力になりたいんです」
「誰か」
「はい。
落ち込んでいたり、疲れていたりした人に……
少しだけでも元気になってほしい。
私……そういう人をもう、見たくないから」
思わず視線が隣へ向いた。
セシルが静かに立っている。
(……セシル)
ルーベルトの視線がその動きを逃さなかった。
「なるほど」
彼は、ゆっくり頷いた。
「優しさだけでは戦えない。
だが、優しさなき者は職人ではない。
君には芽がある」
「め、芽……」
「小さなものだ。だが、この柔らかさには理由がある。
人の心に触れた手の温度だ」
私の手が自分の胸の上で震えた。
「覚えておけ。
職人は技で救うのではない。
想いで救うのだ」
胸の奥が熱くなる。
涙が今にも滲みそうだった。
ルーベルトはゆっくりと背を向け、
試食した全ての皿を見渡した。
「評価は追って届ける。
結果がどうであれ、忘れるな。
君は今日、ここに立った」
その言葉は、
優しくて、厳しくて、そして少しだけ温かかった。
◇ ◇ ◇
審査長が退出し、役員たちも続いて部屋を後にした。
重い扉が閉まると、張り詰めていた空気がふっと解ける。
「……終わったんだ」
震える声でそう呟くと、
「よくやりました、お嬢様」
すぐ背中に声があった。
「セシル……」
振り返ると、セシルはほんのわずかに微笑んでいた。
「胸を張ってよい成果です。
お嬢様は全力を尽くしました」
「ありがとう……セシルがいてくれたから」
そう言うと、セシルの目が小さく揺れる。
「光栄です」
柔らかい声。
でも、その奥に何かが隠れている。
(セシル……審査長と、知り合い……?)
その疑問が喉まで上りかけた時――
「帰りましょう。
呼び出しがあっては困りますから」
一瞬、彼の言葉が静かに突き刺さった。
呼び出し。
また、あの人から。
「……うん。帰ろう」
私は胸の奥に小さな不安を抱えたまま、セシルと共に部屋を出た。
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
項目 内容 金額(リラ)
収入 審査日の特例支給(日給相当) +25
収入 面談参加奨励金(商人連合より) +20
合計 +45
借金残高 23,494 → 23,449リラ
セシルの一口メモ
本日はお嬢様の勇気ある一歩でした。
どうか焦らず、次の一歩を。
足音ひとつ立てないのに、空気だけが重くなっていく。
「これが君のパンか」
「は、はい」
簡潔な言葉。
しかしそれだけで息が詰まる。
ルーベルトはグローブを外し、陽だまりパンを手に取った。
その動作は、まるで宝石を扱うかのように静かで、慎重だった。
パンをひとかけら口に含む。
噛む。
飲み込む。
「……」
沈黙が長い。
部屋の空気がぴんと張り詰める。
(お願い……何か言って……)
祈るように手を握りしめる。
「柔らかい」
ようやく落ちた言葉は、とても静かだった。
「だが柔らかさは誰でも出せる。
問題は、この柔らかさがどうして生まれたかだ」
鋭い蒼の瞳が私を射抜く。
「君は、どうしてこの味に辿り着いた」
「え……」
予想外の問い。
頭が一瞬真っ白になる。
(どうして……って)
私は必死に言葉を探した。
「お、お客さんが……喜んでくれたから。
もっと喜んでほしいって……それだけで……」
「理由にならない」
バッサリと切り捨てられる。
「君自身が、このパンに込めたものだ。
技術ではなく、根の部分を問うている」
「私の……根……」
胸の奥のどこかが、きゅっと縮んだ。
何を言えば正解なのか分からない。
でも、嘘だけはつきたくなかった。
「……私は、誰かの力になりたいんです」
「誰か」
「はい。
落ち込んでいたり、疲れていたりした人に……
少しだけでも元気になってほしい。
私……そういう人をもう、見たくないから」
思わず視線が隣へ向いた。
セシルが静かに立っている。
(……セシル)
ルーベルトの視線がその動きを逃さなかった。
「なるほど」
彼は、ゆっくり頷いた。
「優しさだけでは戦えない。
だが、優しさなき者は職人ではない。
君には芽がある」
「め、芽……」
「小さなものだ。だが、この柔らかさには理由がある。
人の心に触れた手の温度だ」
私の手が自分の胸の上で震えた。
「覚えておけ。
職人は技で救うのではない。
想いで救うのだ」
胸の奥が熱くなる。
涙が今にも滲みそうだった。
ルーベルトはゆっくりと背を向け、
試食した全ての皿を見渡した。
「評価は追って届ける。
結果がどうであれ、忘れるな。
君は今日、ここに立った」
その言葉は、
優しくて、厳しくて、そして少しだけ温かかった。
◇ ◇ ◇
審査長が退出し、役員たちも続いて部屋を後にした。
重い扉が閉まると、張り詰めていた空気がふっと解ける。
「……終わったんだ」
震える声でそう呟くと、
「よくやりました、お嬢様」
すぐ背中に声があった。
「セシル……」
振り返ると、セシルはほんのわずかに微笑んでいた。
「胸を張ってよい成果です。
お嬢様は全力を尽くしました」
「ありがとう……セシルがいてくれたから」
そう言うと、セシルの目が小さく揺れる。
「光栄です」
柔らかい声。
でも、その奥に何かが隠れている。
(セシル……審査長と、知り合い……?)
その疑問が喉まで上りかけた時――
「帰りましょう。
呼び出しがあっては困りますから」
一瞬、彼の言葉が静かに突き刺さった。
呼び出し。
また、あの人から。
「……うん。帰ろう」
私は胸の奥に小さな不安を抱えたまま、セシルと共に部屋を出た。
◇ ◇ ◇
本日の収支記録
項目 内容 金額(リラ)
収入 審査日の特例支給(日給相当) +25
収入 面談参加奨励金(商人連合より) +20
合計 +45
借金残高 23,494 → 23,449リラ
セシルの一口メモ
本日はお嬢様の勇気ある一歩でした。
どうか焦らず、次の一歩を。
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