没落令嬢、バイト始めました 〜毒舌執事と返済ライフ〜

いっぺいちゃん

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第34話 監督官、現る

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商人連合の準会員――
 その肩書きが与えられてから、三日が過ぎた。

 その間、監督官の姿はなかった。
 だからどこかで、少しだけ、私は期待していたのかもしれない。

(このまま来なければいいのに)

 でも、それは甘い願いだった。

   ◇ ◇ ◇

 昼下がり。
 麦猫堂にゆったりとした空気が流れていた時、

 店の扉が、控えめに、それでも揺るぎなく叩かれた。

 カラン、と鈴が鳴る。

「失礼する」

 落ち着いた声。
 振り向いた先に立っていたのは、黒の外套を羽織った青年だった。

 鋭い紫がかった瞳。
 無駄のない所作。
 日常に存在しない硬さをまとっている。

「こちらが麦猫堂で間違いないな」

「はい……」

 ハンナが応じると、青年は私へと視線を向けた。

「エリシア・フォン・リースフェルト様。
 商人連合より派遣された監督官、アークと申す」

「か、監督官さん……!」

 声が上ずる。
胸がきゅっと縮む。

「本日より定期的に査察を行い、
 あなたの活動を監督するよう命じられております」

「査察……」

 その言葉には、ただならぬ重みがあった。

「ご安心を。私は敵ではありません。
 あなたの成功を、商人連合の利益と結びつけるための存在です」

 笑顔を浮かべたが、目は笑っていない。

 怖い。
 だけど、引き下がるわけにはいかない。

「よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げた。

(私、もう後戻りできないんだ……)

   ◇ ◇ ◇

「アーク殿。監督官が直接足を運ばれるとは」

 奥から静かに歩いてきた影――
 セシルだ。

 その声は丁寧だが、冷えた刃が隠れている。

「これはこれは。セシル殿もこちらに」

 アークが目を細める。
 二人の視線が交差した瞬間、
空気がきりりと張り詰めた。

(知り合い……?)

「貴殿がエリシア様を補佐なさっていると伺っております。
 商人連合としても、その力量には一定の評価を」

「身に余ります」

 セシルは一歩も引かない。
その応対は、主と店を守る騎士のようだった。

「ただ……」

 アークの目が、私へ戻る。

「準会員登録は、あくまで通過点です。
 あなたの価値は、数字で示していただきます」

「数字……」

「売り上げ。支持。成果。
 想いだけでは、世界は動きませんので」

 胸が締め付けられる。
 確かに正しい。
けれど、突き刺さる。

「では本日はひとまずこれで。
 近日中に、初回の査定基準を通達いたします」

 アークは一礼して店を後にした。

   ◇ ◇ ◇

「……怖かった」

 私が呟くと、セシルが静かに言った。

「当然です。
 お嬢様は、今まさに大きな舞台に上がられた」

「舞台……」

「大丈夫です」
セシルの瞳が真っ直ぐ私を見つめる。
「エリは、一人ではありません」

 胸の奥に温かさが差し込む。

(セシル……)

 アークの数字という言葉が重くのしかかるけれど、
 それでも怖さより、少しだけ勇気が勝った。

「うん。やるよ。
 私……ちゃんと数字で証明する」

「そのお言葉、頼もしい限りです。
 エリなら、きっとできます」

 セシルが初めて、
迷いなく私を名前で呼んだ。

   ◇ ◇ ◇

本日の収支記録
項目 内容 金額
収入 通常営業の日給 +25
収入 陽だまりパン小口注文 +8
合計 +33
借金残高 23,379 → 23,346リラ

セシルの一口メモ
世界が広がるほど、敵も増えます。
しかしエリが前を向く限り、私は共に戦います。
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