没落令嬢、バイト始めました 〜毒舌執事と返済ライフ〜

いっぺいちゃん

文字の大きさ
56 / 132

第55話 届いた招待状と、胸に走る予感

しおりを挟む
翌日の昼下がり。
麦猫堂の厨房には、焼き上がったばかりの陽だまりパンの香りが満ちていた。

「うん、今日もいい焼きだよ」
ハンナが満足げに頷く。

「よかった……昨日よりも生地が扱いやすくて」

「エリは日に日に手際がよくなってる。嬉しいことだねえ」

エリは照れたように微笑んだ。

(ここにいることが、だんだん自然になってきた)

その気持ちは、ほんの少しだけ誇らしかった。

   ◇ ◇ ◇

店先で客を見送り、エリが厨房へ戻った時だった。

「エリさん。お届けものです」
アンナが店先に立っていた。

「アンナさん!? どうして……」

「本日は奥様からの伝言がございまして。
 その……こちらを」

差し出された封筒は、淡い金色の縁取りが施された上質な紙。
クレアル邸の紋章が押されている。

「え……私宛て……?」

「はい。奥様が、ぜひ直接お渡しするようにとのことです」

エリは胸がざわつくのを感じながら、封を開いた。

中には、丁寧な筆跡の手紙。

 ――陽だまりパンの味と、あなたの姿勢に深い感銘を受けました。
 ――つきましては、三日後の昼食の席にお招きしたく存じます。
 ――あなたのお話を、少し聞かせていただければ幸いです。

「……え、昼食……?」

「奥様は、エリさんとゆっくりお話ししたいのだそうです」

「わ、私なんかが……奥様の食事に……?」

エリは混乱のあまり、セシルのほうを振り返った。

セシルは一瞬だけ目を細め、すぐに落ち着いた声で言う。

「断る理由はありません。
 むしろ……受けるべきでしょう」

「でも……私、貴族じゃないし……
 ちゃんと話せるかどうかも……」

「話せます。今のエリなら」

「本当に……?」

「本当です」

その静かな自信に満ちた言葉が、エリの胸を温かくした。

   ◇ ◇ ◇

アンナは深く一礼し、屋敷へ戻っていった。
店には、しばし沈黙が落ちた。

「すごいじゃないか、エリ!」
ハンナが声を弾ませる。

「まさか奥様に招待されるなんてねえ!
 いやあ、あんたはどんどん出世してくよ!」

「出世って……そんな、そんな大げさですよ……」

エリは必死で言うが、顔は真っ赤だった。

(でも……少しだけ、嬉しい
 あの奥様に選ばれたって思うと……)

しかし嬉しさの奥に、
昨日の影のざわめきがわずかに残っていた。

(……大丈夫だよね。
 クレアル邸なら安全だし……)

そう思いかけた時、

「エリ」
セシルがそっと声をかけた。

「昼食会の日、私も同行します」

「えっ……でも……」

「何が起こるかわかりません。
 あの影が偶然で済むとは限らない」

エリの心臓が強く跳ねる。

「……怖いけど……でも……行くよ。
 呼んでくれたのに、逃げるのは違うと思う」

「はい。その決断は間違っていません」

セシルの言葉は、まるで盾のように心を支えた。

   ◇ ◇ ◇

夕暮れ。
麦猫堂の窓に赤い光が差し込む。

エリはそっと護符の袋を握った。

(三日後……クレアル邸で昼食。
 どんな話をされるんだろう)

期待と不安が、静かに胸の中で混ざり合う。

(でも……行く。
 セシルが隣にいてくれるなら……大丈夫)

エリはゆっくりと息を吸い込み、
明日に向けて小さく決意を固めた。

   ◇ ◇ ◇

本日の収支記録
項目 内容 金額(リラ)
収入 店頭販売(通常) +24
収入 店舗手伝いの取り分 +20
合計     +44
借金残高 22,593 → 22,549リラ

セシルの一口メモ
招かれる席ほど、慎重であるべきです。
しかし怖れる必要はありません。
準備を整え、堂々と向かえばよいのです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

過労死した俺、異世界で最強農業チートに目覚める。神農具で荒野を楽園に変えたら、エルフや獣人が集まって最高の国ができました

黒崎隼人
ファンタジー
「君、死んじゃったから、異世界で国、作らない?」 ブラック企業で過労死した俺、相川大地。 女神様から授かったのは、一振りで大地を耕し、一瞬で作物を育てる**最強の『神農具』**だった!? 右も左もわからない荒野でのサバイバル。 だけど、腹ペコのエルフ美少女を助け、頼れるドワーフ、元気な猫耳娘、モフモフ神狼が仲間になって、開拓生活は一気に賑やかに! 美味しいご飯とチート農具で、荒野はあっという間に**「奇跡の村」**へ。 これは、ただの農民志望だった俺が、最高の仲間たちと世界を救い、種族の壁を越えた理想の国『アグリトピア』を築き上げる物語。 農業は、世界を救う! さあ、今日も元気に、畑、耕しますか!

婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました 幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。 心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。 しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。 そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた! 周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――? 「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」 これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。 「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」 第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。 着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。 「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。 行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。 「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」 「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」 氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。 一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。 慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。 しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。 「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」 これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。

処理中です...