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第5話 見苦しかった
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夜の空気は鋭い刃のように冷たく、月光が大地を白く染めていた。
館の門前に駆けつけたマリエールは、すでに集まっている村人たちを見た。
男たちは松明を振りかざし、狼を探して叫び声を上げている。
怯えた子どもたちが母親の背に隠れ、犬たちが落ち着かない声で吠え立てていた。
「お嬢様!」ノラが駆け寄ってくる。
「山の方から狼が降りてきて、羊を一頭襲ったそうです!」
「……それだけ?」
マリエールの声は静かだった。
「人に被害は?」
「い、いえ……羊だけです」
彼女は頷き、広場に集まる村人たちへと歩み出た。
松明の光に照らされ、彼らの顔には恐怖と怒りが入り混じっている。
「みんな、落ち着いて」
マリエールは声を張った。
「狼は恐ろしい獣です。でも――騒ぎ立てても何の解決にもなりません」
「でも、また襲われたら……!」
「子どもが噛まれたらどうするんだ!」
村人たちの叫びが飛ぶ。
マリエールは一瞬だけ目を閉じ、再び開いた。
灰色の瞳は炎よりも冷たく冴えていた。
「見苦しいです」
その一言に、ざわめきが凍った。
「恐怖は分かります。怒りも理解できます。けれど――騒ぐだけでは何も守れません。
狼は餌を求めて来ただけ。ならば、私たちは“二度と近づけない仕組み”を作るべきです」
彼女は指を立て、簡潔に指示を出した。
「まず、羊小屋を館の近くに移しましょう。石垣を積み、夜は松明を焚いて。
犬には鎖ではなく、自由に走れる縄を与えること。吠えることで狼を遠ざけられるわ」
「……そんなことで、本当に防げるのか?」
年老いた農夫が問いかける。
「防げます。むやみに山へ追い込むより、ずっと効果的」
マリエールは静かに断言した。
沈黙のあと、男たちは互いに目を合わせ、しぶしぶ松明を下ろした。
「……嬢様の言うとおりにしてみるか」
「石なら余ってる。明日から積もう」
◇ ◇ ◇
騒ぎが収まり、夜更けに館へ戻ったマリエールは机に向かった。
帳面を開き、項目を記す。
――「課題:外敵対策」
・家畜小屋の移動
・石垣の築造
・犬の訓練
・松明による夜警
ペン先が止まる。
「……余計な騒ぎは、嫌い」
呟いた声は、自分に言い聞かせるようでもあった。
人は恐怖に飲まれると、見苦しくなる。
けれど、恐怖は仕組みで封じられる。
それを彼女は知っていた。
窓の外で、まだ狼の遠吠えが響く。
だが、その声はもはや脅威ではなく、“解決すべき課題の一つ”にすぎなかった。
マリエールはインクを乾かし、そっと帳面を閉じた。
その横顔には、冷静な光が確かに宿っていた。
館の門前に駆けつけたマリエールは、すでに集まっている村人たちを見た。
男たちは松明を振りかざし、狼を探して叫び声を上げている。
怯えた子どもたちが母親の背に隠れ、犬たちが落ち着かない声で吠え立てていた。
「お嬢様!」ノラが駆け寄ってくる。
「山の方から狼が降りてきて、羊を一頭襲ったそうです!」
「……それだけ?」
マリエールの声は静かだった。
「人に被害は?」
「い、いえ……羊だけです」
彼女は頷き、広場に集まる村人たちへと歩み出た。
松明の光に照らされ、彼らの顔には恐怖と怒りが入り混じっている。
「みんな、落ち着いて」
マリエールは声を張った。
「狼は恐ろしい獣です。でも――騒ぎ立てても何の解決にもなりません」
「でも、また襲われたら……!」
「子どもが噛まれたらどうするんだ!」
村人たちの叫びが飛ぶ。
マリエールは一瞬だけ目を閉じ、再び開いた。
灰色の瞳は炎よりも冷たく冴えていた。
「見苦しいです」
その一言に、ざわめきが凍った。
「恐怖は分かります。怒りも理解できます。けれど――騒ぐだけでは何も守れません。
狼は餌を求めて来ただけ。ならば、私たちは“二度と近づけない仕組み”を作るべきです」
彼女は指を立て、簡潔に指示を出した。
「まず、羊小屋を館の近くに移しましょう。石垣を積み、夜は松明を焚いて。
犬には鎖ではなく、自由に走れる縄を与えること。吠えることで狼を遠ざけられるわ」
「……そんなことで、本当に防げるのか?」
年老いた農夫が問いかける。
「防げます。むやみに山へ追い込むより、ずっと効果的」
マリエールは静かに断言した。
沈黙のあと、男たちは互いに目を合わせ、しぶしぶ松明を下ろした。
「……嬢様の言うとおりにしてみるか」
「石なら余ってる。明日から積もう」
◇ ◇ ◇
騒ぎが収まり、夜更けに館へ戻ったマリエールは机に向かった。
帳面を開き、項目を記す。
――「課題:外敵対策」
・家畜小屋の移動
・石垣の築造
・犬の訓練
・松明による夜警
ペン先が止まる。
「……余計な騒ぎは、嫌い」
呟いた声は、自分に言い聞かせるようでもあった。
人は恐怖に飲まれると、見苦しくなる。
けれど、恐怖は仕組みで封じられる。
それを彼女は知っていた。
窓の外で、まだ狼の遠吠えが響く。
だが、その声はもはや脅威ではなく、“解決すべき課題の一つ”にすぎなかった。
マリエールはインクを乾かし、そっと帳面を閉じた。
その横顔には、冷静な光が確かに宿っていた。
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