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第7話 初めての市
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丘を越えた先の小さな町――週に一度だけ市が立つ。
辺境に残されたわずかな商いの場。
羊の毛皮、木彫りの器、干し魚や粗末な布切れが並び、人々の声が重なっていた。
マリエールはノラと共に、その雑踏に足を踏み入れた。
手に持つのは籠いっぱいの真紅の果実。
――“ルクスベリー”。
名を与えられたそれは、今やただの酸っぱい実ではない。
「お嬢様、本当に……売れるでしょうか」
ノラの声は小刻みに震えていた。
「みんな貧しくて、とても買えるような贅沢じゃ……」
「だからこそ、見せ方が大事なのよ」
マリエールは微笑んだ。
「“贅沢品”にしてしまえば、少量でも価値が出るわ」
◇ ◇ ◇
広場の一角に、布を広げて小さな店を構えた。
マリエールは果実を丁寧に並べ、持参したガラス瓶に数粒を詰める。
瓶の口には白い布をかぶせ、赤い糸で結んだ。
その姿は、まるで宝石を収めた小さな箱のようだった。
通りすがりの女たちが立ち止まる。
「まあ……きれい」
「こんな実、見たことないわ」
「こちらは辺境の森にのみ実る、“ルクスベリー”でございます」
マリエールは優雅に頭を下げた。
「冬の雪解け水を吸い、光を宿した特別な果実。甘酸っぱさと清らかな香りが特徴です」
女たちは顔を見合わせる。
「高そう……」
「はい。瓶ひとつで銀貨一枚です」
その瞬間、周囲にざわめきが走った。
「銀貨一枚!? 酸っぱい実に!?」
「正気か?」
だが、マリエールは動じない。
――価格を安くすれば、ただの食べ物。
――高く設定してこそ、“贅沢品”として人の心に残る。
沈黙の中、ひとりの旅装の婦人が瓶を手に取った。
年配の商人風で、衣の質は上等。
「少し味見をしてもよろしい?」
「もちろんです」
マリエールは慎重に一粒を差し出した。
婦人が口に含むと、目を見開いた。
「……香りが残る。これは酒に合うわ。いいえ、菓子にも使える」
彼女は迷いなく銀貨を差し出した。
「ひと瓶いただくわ」
その瞬間、周囲がざわついた。
「買ったぞ!」
「銀貨で!?」
「やっぱり特別なんだ!」
人の心理は不思議なものだ。
誰かが買えば、それだけで価値が確かめられる。
次々に人が集まり、瓶が売れていく。
◇ ◇ ◇
昼が過ぎるころには、用意した瓶はすべて売り切れていた。
籠に残った果実もほとんどなくなり、ノラは目を輝かせていた。
「お嬢様! 本当に売れました! 銀貨が、こんなに!」
「ええ……第一歩、ね」
マリエールは手の中の硬貨を見つめた。
その輝きよりも、もっと鮮烈に心を照らすのは――
「ただの実に価値を与えることができた」という事実。
「これで村の人たちにも示せるわ。――私たちは、この辺境でも商いを興せるのだと」
風が吹き、鈴の花のように白い雲が空を流れていく。
マリエールは目を細め、心に誓った。
「次は……保存と流通。まだやるべきことは山ほどある」
市の喧騒の中で、確かな未来の鼓動が彼女の胸に刻まれていた。
辺境に残されたわずかな商いの場。
羊の毛皮、木彫りの器、干し魚や粗末な布切れが並び、人々の声が重なっていた。
マリエールはノラと共に、その雑踏に足を踏み入れた。
手に持つのは籠いっぱいの真紅の果実。
――“ルクスベリー”。
名を与えられたそれは、今やただの酸っぱい実ではない。
「お嬢様、本当に……売れるでしょうか」
ノラの声は小刻みに震えていた。
「みんな貧しくて、とても買えるような贅沢じゃ……」
「だからこそ、見せ方が大事なのよ」
マリエールは微笑んだ。
「“贅沢品”にしてしまえば、少量でも価値が出るわ」
◇ ◇ ◇
広場の一角に、布を広げて小さな店を構えた。
マリエールは果実を丁寧に並べ、持参したガラス瓶に数粒を詰める。
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その姿は、まるで宝石を収めた小さな箱のようだった。
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「こんな実、見たことないわ」
「こちらは辺境の森にのみ実る、“ルクスベリー”でございます」
マリエールは優雅に頭を下げた。
「冬の雪解け水を吸い、光を宿した特別な果実。甘酸っぱさと清らかな香りが特徴です」
女たちは顔を見合わせる。
「高そう……」
「はい。瓶ひとつで銀貨一枚です」
その瞬間、周囲にざわめきが走った。
「銀貨一枚!? 酸っぱい実に!?」
「正気か?」
だが、マリエールは動じない。
――価格を安くすれば、ただの食べ物。
――高く設定してこそ、“贅沢品”として人の心に残る。
沈黙の中、ひとりの旅装の婦人が瓶を手に取った。
年配の商人風で、衣の質は上等。
「少し味見をしてもよろしい?」
「もちろんです」
マリエールは慎重に一粒を差し出した。
婦人が口に含むと、目を見開いた。
「……香りが残る。これは酒に合うわ。いいえ、菓子にも使える」
彼女は迷いなく銀貨を差し出した。
「ひと瓶いただくわ」
その瞬間、周囲がざわついた。
「買ったぞ!」
「銀貨で!?」
「やっぱり特別なんだ!」
人の心理は不思議なものだ。
誰かが買えば、それだけで価値が確かめられる。
次々に人が集まり、瓶が売れていく。
◇ ◇ ◇
昼が過ぎるころには、用意した瓶はすべて売り切れていた。
籠に残った果実もほとんどなくなり、ノラは目を輝かせていた。
「お嬢様! 本当に売れました! 銀貨が、こんなに!」
「ええ……第一歩、ね」
マリエールは手の中の硬貨を見つめた。
その輝きよりも、もっと鮮烈に心を照らすのは――
「ただの実に価値を与えることができた」という事実。
「これで村の人たちにも示せるわ。――私たちは、この辺境でも商いを興せるのだと」
風が吹き、鈴の花のように白い雲が空を流れていく。
マリエールは目を細め、心に誓った。
「次は……保存と流通。まだやるべきことは山ほどある」
市の喧騒の中で、確かな未来の鼓動が彼女の胸に刻まれていた。
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