94 / 152
第93話 王妃、誠実の師を集める
しおりを挟む
アストリア王宮の一室に、十数名の教師候補が集められていた。
王妃マリエールの呼びかけに応じた学者や家庭教師たちだ。
彼らは皆、誇り高い顔をしていた。
だが――最初の言葉で、その誇りが一斉に揺らぐことになる。
「教える相手は、貴族の子弟ではありません。
市場で働く少年や、路地に暮らす少女たちです」
静寂が落ちた。
一人の老学者が眉をひそめる。
「……王妃殿下、それはお戯れを。
文字を知らぬ者に学を授けて、何の益が?」
「益、ですか?」
マリエールは穏やかに問い返す。
「益とは、誰のためのものでしょう。
学ぶ者のため? 教える者のため? それとも――国のため?」
「……!」
彼女の声は柔らかかったが、どこまでも透き通っていた。
「この国に“誠実の礎”を築くには、知識を特権にしてはなりません。
誰もが、正しく生きる道を知ることができるように」
それでも数名の教師は頭を下げ、退出していった。
残ったのは、ほんの数人。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
マリエールはノラを連れ、王都南部の修道院跡地を訪れていた。
廃れた石壁の間を風が抜ける。
静寂の中に、小さな読経の声が響いていた。
「……『誠実は、人の心を繋ぐ橋なり』」
声の主は、粗末な法衣をまとった中年の男だった。
銀髪に混じる灰、深い皺の中に静かな光を宿している。
マリエールはそっと声をかけた。
「あなたが――この修道院の管理者?」
男は振り向き、一礼した。
「かつては。
今は誰にも仕えることなく、ただ書を写しております」
「書を……?」
男は小さな机を示した。
そこには古びた羊皮紙の写本が並び、
すべてに同じ一文が刻まれていた。
“誠実は、人の心を繋ぐ橋なり”
マリエールの瞳が静かに揺れる。
「その言葉……あなたも、そう信じておられるのですね」
「はい。
信仰を失っても、信念は捨てておりません」
「ならば――お願いがあります」
◇ ◇ ◇
数時間後。
王宮に戻ったマリエールは、ルシアンとエルデン宰相を前に報告した。
「見つけました。最初の“誠実の師”を」
ルシアンが目を上げる。
「どんな人物です?」
「かつて修道士でありながら、信仰ではなく“心の教え”を説いていた方。
名は――レオニス」
宰相が驚いたように目を見開く。
「まさか……“南の灰の賢者”と呼ばれた方ですか。
異端思想の嫌疑で追放されたと聞いておりますが……」
「ええ。しかし、彼の言葉には誠実がありました。
“人は信じるに足る”と、そう言い切れる力が」
ルシアンは静かに頷いた。
「危うい橋だが、渡る価値はある。
……君が選んだのなら、きっと間違いではない」
マリエールは微笑んだ。
「この国に“心を教える人”が必要なのです。
知識を与えるだけでは、未来は育たないから」
◇ ◇ ◇
夜。
マリエールは机の上に新しい紙を広げた。
“王立学び舎設立草案・第一章”――
その冒頭に、ゆっくりとペンを走らせる。
「学びとは、心を清める誠実の行いである」
風が窓を揺らし、遠くで鈴の花の鉢が震えた。
その音はまるで、
新しい希望の鐘の音のように響いていた。
王妃マリエールの呼びかけに応じた学者や家庭教師たちだ。
彼らは皆、誇り高い顔をしていた。
だが――最初の言葉で、その誇りが一斉に揺らぐことになる。
「教える相手は、貴族の子弟ではありません。
市場で働く少年や、路地に暮らす少女たちです」
静寂が落ちた。
一人の老学者が眉をひそめる。
「……王妃殿下、それはお戯れを。
文字を知らぬ者に学を授けて、何の益が?」
「益、ですか?」
マリエールは穏やかに問い返す。
「益とは、誰のためのものでしょう。
学ぶ者のため? 教える者のため? それとも――国のため?」
「……!」
彼女の声は柔らかかったが、どこまでも透き通っていた。
「この国に“誠実の礎”を築くには、知識を特権にしてはなりません。
誰もが、正しく生きる道を知ることができるように」
それでも数名の教師は頭を下げ、退出していった。
残ったのは、ほんの数人。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
マリエールはノラを連れ、王都南部の修道院跡地を訪れていた。
廃れた石壁の間を風が抜ける。
静寂の中に、小さな読経の声が響いていた。
「……『誠実は、人の心を繋ぐ橋なり』」
声の主は、粗末な法衣をまとった中年の男だった。
銀髪に混じる灰、深い皺の中に静かな光を宿している。
マリエールはそっと声をかけた。
「あなたが――この修道院の管理者?」
男は振り向き、一礼した。
「かつては。
今は誰にも仕えることなく、ただ書を写しております」
「書を……?」
男は小さな机を示した。
そこには古びた羊皮紙の写本が並び、
すべてに同じ一文が刻まれていた。
“誠実は、人の心を繋ぐ橋なり”
マリエールの瞳が静かに揺れる。
「その言葉……あなたも、そう信じておられるのですね」
「はい。
信仰を失っても、信念は捨てておりません」
「ならば――お願いがあります」
◇ ◇ ◇
数時間後。
王宮に戻ったマリエールは、ルシアンとエルデン宰相を前に報告した。
「見つけました。最初の“誠実の師”を」
ルシアンが目を上げる。
「どんな人物です?」
「かつて修道士でありながら、信仰ではなく“心の教え”を説いていた方。
名は――レオニス」
宰相が驚いたように目を見開く。
「まさか……“南の灰の賢者”と呼ばれた方ですか。
異端思想の嫌疑で追放されたと聞いておりますが……」
「ええ。しかし、彼の言葉には誠実がありました。
“人は信じるに足る”と、そう言い切れる力が」
ルシアンは静かに頷いた。
「危うい橋だが、渡る価値はある。
……君が選んだのなら、きっと間違いではない」
マリエールは微笑んだ。
「この国に“心を教える人”が必要なのです。
知識を与えるだけでは、未来は育たないから」
◇ ◇ ◇
夜。
マリエールは机の上に新しい紙を広げた。
“王立学び舎設立草案・第一章”――
その冒頭に、ゆっくりとペンを走らせる。
「学びとは、心を清める誠実の行いである」
風が窓を揺らし、遠くで鈴の花の鉢が震えた。
その音はまるで、
新しい希望の鐘の音のように響いていた。
189
あなたにおすすめの小説
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
婚約破棄されたので、隠していた力を解放します
ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」
豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。
周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。
私は、この状況をただ静かに見つめていた。
「……そうですか」
あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。
婚約破棄、大いに結構。
慰謝料でも請求してやりますか。
私には隠された力がある。
これからは自由に生きるとしよう。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる