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カピバラじゃなかった
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コツコツとヒール特有の靴音が聞こえる。
普段は淑やかに、軽やかに響いているが、今日は荒々しい。機嫌が悪いようだ。
バン!と乱暴にドアが開けられ、どさりと隣に彼が腰を下ろした。華々しいスカートが舞う。
「おい。なんだ、今日のあれは。」
「なんの事です?」
「とぼけるな。せっかく面倒な男が消え去ったのに、また復活したらどうしてくれる。」
前髪をぐしゃりと上にあげたその姿は、見ようによっては傲慢な美女を彷彿とさせる。が…どちらにせよ、普段の彼とは似ても似つかない。
「貴方こそ。愛しい彼女との時間を奪っておいて、まだ足りないのですか?それに、あの男に与えた傷は、この程度で復活できるほど軽くはありません。ご安心を。」
阿呆令息に永遠と付きまとわれ、我慢の限界に達していたミランダ…いや。以降はミラルドと呼ぶことにしよう。
ミラルドは、俺に虫除けとして当分の間付き従うように命じた。それから、令息を裏で処理するようにと。おかげで愛しのメリーに妙な勘違いをされ、そこを彼女の両親に付け込まれた。危うくどこの馬ともしれぬ男に、メリーを奪われるところであった。
「別によかろう?能力も美貌もピカイチだが、探せばいくらでもいる。あんな我儘娘はお前には似合わない。」
「お黙りください。貴方に彼女の何がわかる。上っ面だけ見ていたら、足元すくわれますよ。その程度の審美眼で皇帝になるおつもりですか?」
途端、刺すような視線が降り注いだ。ぎりぎりと締め付けるような空気が鬱陶しい。本当に面倒な男だ。頭はいいが、感情の制御が未熟で直ぐに挑発に乗る。悪い癖だろう。
「お前、生意気だぞ。」
「生意気なのは貴方です。今生きていられるのは、誰のおかげだと思っているんですか。全て僕と僕の家紋のお陰ですよね。スムーズに皇帝になりたいのなら、大人しくしておくのが身のためですよ。」
「何がお前達のお陰だ…!!俺にこんな屈辱的な事をさせておいて…!!!」
彼が5歳からさせている女装のことだろう。俺だって見たくもないさ。だが、そうしなければこの男は生き残れない。
「そうでもしなければ、旧貴族派は貴方を即座に見つけ出して殺していた。現に何度もありましたでしょう?」
鼻の効く旧貴族派は、すでにここを突き止めていた。だが、誰もミランダがミラルドだと気づかなかった。彼の血の滲むような努力の結果だろう。そこは褒めなくては。
「それは必要な事であり、最善の策です。あともう少しで旧貴族派の総倒れが起きます。そうすればあなたが皇帝です。今はまだ、耐えてください。どうか…」
「ちっ……」
彼は活火山のように感情が荒れ狂うタイプだが、馬鹿ではない。苛立たしいげに立ち上がり…
「何が僕、だ。可愛こぶりやがって。せいぜい愛しの婚約者殿に正体がバレないよう、上手くやる事だな。あの女はお前がどれほど汚い男か知らないのだから。知ったら幻滅するだろうな…??」
嘲笑い、彼は立ち去っていった。
「はーーー…ったく、ケツの青いクソガキが…歯向かいやがって。」
だが、彼の言うとおりだ。彼女は俺のことを、ゆるふわで可愛い…優しい男の子だと思っている。カピバラみたいで可愛い、なんて言っている事も知っている。
実際は可愛さの欠片もない、優しさなんて小指の先くらいしか存在しない男なのに。
「君だけなんだよ、本当に。俺を僕にしてしまうのは。」
そう、後にも先にも君だけだ。優しくして甘やかして、抱きしめてキスをするのも。愛してると何百も唱えて、唱えて、唱えて。君の愛を全て独占したい。永遠にその視界に写っていたい。
その髪も瞳も髪一筋さえ俺のものだ。
誰にも渡したりしない。
知らず、口元が歪む。
爪も牙も毒さえも愛おしい。
やっと捕まえた愛しい俺のお姫様。
メリーさん、メリーさん。今あなたの心を全て縛り付けて差し上げましょう。二度と離れられないように。
普段は淑やかに、軽やかに響いているが、今日は荒々しい。機嫌が悪いようだ。
バン!と乱暴にドアが開けられ、どさりと隣に彼が腰を下ろした。華々しいスカートが舞う。
「おい。なんだ、今日のあれは。」
「なんの事です?」
「とぼけるな。せっかく面倒な男が消え去ったのに、また復活したらどうしてくれる。」
前髪をぐしゃりと上にあげたその姿は、見ようによっては傲慢な美女を彷彿とさせる。が…どちらにせよ、普段の彼とは似ても似つかない。
「貴方こそ。愛しい彼女との時間を奪っておいて、まだ足りないのですか?それに、あの男に与えた傷は、この程度で復活できるほど軽くはありません。ご安心を。」
阿呆令息に永遠と付きまとわれ、我慢の限界に達していたミランダ…いや。以降はミラルドと呼ぶことにしよう。
ミラルドは、俺に虫除けとして当分の間付き従うように命じた。それから、令息を裏で処理するようにと。おかげで愛しのメリーに妙な勘違いをされ、そこを彼女の両親に付け込まれた。危うくどこの馬ともしれぬ男に、メリーを奪われるところであった。
「別によかろう?能力も美貌もピカイチだが、探せばいくらでもいる。あんな我儘娘はお前には似合わない。」
「お黙りください。貴方に彼女の何がわかる。上っ面だけ見ていたら、足元すくわれますよ。その程度の審美眼で皇帝になるおつもりですか?」
途端、刺すような視線が降り注いだ。ぎりぎりと締め付けるような空気が鬱陶しい。本当に面倒な男だ。頭はいいが、感情の制御が未熟で直ぐに挑発に乗る。悪い癖だろう。
「お前、生意気だぞ。」
「生意気なのは貴方です。今生きていられるのは、誰のおかげだと思っているんですか。全て僕と僕の家紋のお陰ですよね。スムーズに皇帝になりたいのなら、大人しくしておくのが身のためですよ。」
「何がお前達のお陰だ…!!俺にこんな屈辱的な事をさせておいて…!!!」
彼が5歳からさせている女装のことだろう。俺だって見たくもないさ。だが、そうしなければこの男は生き残れない。
「そうでもしなければ、旧貴族派は貴方を即座に見つけ出して殺していた。現に何度もありましたでしょう?」
鼻の効く旧貴族派は、すでにここを突き止めていた。だが、誰もミランダがミラルドだと気づかなかった。彼の血の滲むような努力の結果だろう。そこは褒めなくては。
「それは必要な事であり、最善の策です。あともう少しで旧貴族派の総倒れが起きます。そうすればあなたが皇帝です。今はまだ、耐えてください。どうか…」
「ちっ……」
彼は活火山のように感情が荒れ狂うタイプだが、馬鹿ではない。苛立たしいげに立ち上がり…
「何が僕、だ。可愛こぶりやがって。せいぜい愛しの婚約者殿に正体がバレないよう、上手くやる事だな。あの女はお前がどれほど汚い男か知らないのだから。知ったら幻滅するだろうな…??」
嘲笑い、彼は立ち去っていった。
「はーーー…ったく、ケツの青いクソガキが…歯向かいやがって。」
だが、彼の言うとおりだ。彼女は俺のことを、ゆるふわで可愛い…優しい男の子だと思っている。カピバラみたいで可愛い、なんて言っている事も知っている。
実際は可愛さの欠片もない、優しさなんて小指の先くらいしか存在しない男なのに。
「君だけなんだよ、本当に。俺を僕にしてしまうのは。」
そう、後にも先にも君だけだ。優しくして甘やかして、抱きしめてキスをするのも。愛してると何百も唱えて、唱えて、唱えて。君の愛を全て独占したい。永遠にその視界に写っていたい。
その髪も瞳も髪一筋さえ俺のものだ。
誰にも渡したりしない。
知らず、口元が歪む。
爪も牙も毒さえも愛おしい。
やっと捕まえた愛しい俺のお姫様。
メリーさん、メリーさん。今あなたの心を全て縛り付けて差し上げましょう。二度と離れられないように。
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