センシティブなフェアリーの愛♡協奏曲《ラブコンツェルト》

夏愛 眠

文字の大きさ
6 / 49

5話・書庫での遭遇

しおりを挟む
 ひとしきりくちびるの感触を味わい尽くし、気持ちが落ち着いてきたアシュリーはハッと顔を上げ身を離した。



「エルナン! あたし、書庫に行きたいの!」

「……書庫?」

 エルナンはまだ名残惜しそうな顔をしているが、アシュリーは気づいていない。



 しかし、フェアリーについての本が見てみたいと言うと「わかった。今から行こう」と頷いてくれる。



「あ……でもエルナン、昼食は……?」

「いい……。食べられそうにない。行こ」



 書庫は、中央階段を挟んでエルナンやエイプリルの部屋がある西棟の反対側にあった。東側には夫妻の寝室のほか、ランディス氏の執務室や書庫などがあるらしいが、その東棟もさらに北と南に分かれている。



 東棟の北側いちばん奥の重厚な扉の前に着くと、エルナンが取っ手に手をかける。



 ガチャガチャッ



「あれ?鍵が開いてない」



 ガチャガチャッ



「ダメだな。鍵を開けてもらわないと。少し待ってて」



 エルナンは来た廊下を小走りに戻って行ってしまった。アシュリーはする事もなくぼんやりと佇んでいたが、書庫の扉に彫り込まれた植物のレリーフが気になり始めた。



(これは、花園にもあるプロビタスの蔦ね。こっちの小さな花はアールグンデだわ。)



(小さな鳥も描かれている。この辺りの自然をモチーフにしているならビルギットかしら。)



 モチーフを指で辿りながらいつの間にか夢中です見入っていると、気がつけば背後に人が立っていた。



「扉の装飾が気になるの?」



 振り向くとそこに立っていたのは見知らぬ男の人だった。最初に目に付いたのは、スッと通った鼻梁と涼やかな目元、短い前髪の下に整えられた眉毛が真っ直ぐに伸びている。淡白な顔立ちの中で、少し厚めの唇がアンバランスに見えた。



 アシュリーはつい、口をぽかんと開けてその人の顔を観察してしまったが、不躾な目線にも動じずニコッと笑いかけてくれる。



「もしかして……君がアシュリーかい? エルナンの兄のグレンだ。会ったことあったかな?」



(エルナンのお兄さん……!!)



 もちろん会ったことはない。でもそれは不自然すぎるだろうか……。しかし、今のアシュリーには記憶操作する魔法は使えないのだ。



「あ、あの……多分……」



 まごまごしているとグレンはクスッと笑いながら、手にしていた鍵を差し込み扉を開けてくれた。



「どうぞ。話は両親から聞いている。ゆっくり休暇を楽しんで。書庫の中を案内しよう」



 促されるまま部屋に入ると、想像していた以上に広い部屋に背の高い書棚がズラリと並んでいた。本を傷めないために窓は閉ざされていて薄暗いが、高い天井の近くの窓からうっすらと光が射している。



「わぁ……」

「何か読みたいものはある?」

「あの、フェアリーについての本が見たいんです」

「うん。それならいい案内役に当たってよかったな」

 グレンはニヤと片頬を上げて笑うと、どうぞ、と奥を手のひらで指し示した。



「ここのフェアリーの本はほとんど読んでいる。どんなものがいい?物語?それとも学術書?」

「がくじゅつ……?」

「王都には、フェアリーの研究をしている学者なんてのもいてね。内容は眉唾だけど、論文を発表したりもしているんだよ」

「フェアリーの研究……」



 スタスタと歩いていたグレンは、ある本棚の前で立ち止まる。うん、とうなずくと棚から一冊の本を抜き取り、アシュリーに手渡した。



「俺のおすすめは、これかな」



 グリーンの革の表紙に、書庫の扉と同じような植物と鳥のモチーフが楕円型に型押しされている。中央には小さなフェアリーの絵。「フェアリー」というシンプルなタイトルが金の箔押しで書かれていた。



「作者は幼い頃から自分の屋敷の庭でフェアリーと遊んでいたらしい。人生半ばを過ぎてから、事業に失敗して屋敷を出ることになってしまったんだが、それまでずっとフェアリーは友だちだった。その間、フェアリーから聞いた話を綴った本なんだ」



「エルナンみたい……」



 アシュリーは表紙を眺めながらうっかりつぶやく。



「うん? ああ、エルナンもうちの花園でフェアリーと遊んでるとか言ってたなぁ。後半の人生までは似てしまうと困るけどな」



 はは、と笑うグレン。

 いろいろな笑い方をする人だなぁ……などと考えながらグレンの顔を見つめていると、パチっと目があってしまった。



「やっぱり会ったことあるかもしれないな」

 懐かしそうに目を細めてアシュリーの顔を見つめてくる。



「……」



 グレンはそう言うが、そんなはずはない。でもアシュリーも不思議な懐かしさをこの人に感じた。彼もこの屋敷の息子なのだから、花園に来ていたことがあるのかもしれない。



(見かけたことがあったのかしら……)



 見つめあっていると、ドキ、ドキと心音が高まってくる。目をそらしたいのにそらすことができない。どうしてこんなに見つめるの ——。フェアリーの本をぐっと胸に抱え込んだその時。



「あっ、開いてる!」



 扉の方からエルナンの声がした。

 足音に続いて書棚の陰からひょこっと顔を出すと「兄さん!!」と嬉しそうな顔をする。



「おかえりなさい! いつの間に帰ってたの?」

「ああ、ついさっきだよ。ただいま」



 グレンはエルナンの年の離れた兄で、父のランディス氏の事業を手伝っているらしい。週に何日かは父と交代で王都に泊っていると教えてくれた。



「しばらくいるの?休暇の間にレポートの課題がごっそり出てるんだ! お願い! 手伝って!」などと、エルナンが甘えていて、アシュリーは可愛らしく思えた。



「いいけど、まずは自分でできるところまでやってからだぞ」

「ええ~~……」

「そんなことで父さんの後を継いでやっていけるのか?」

「兄さんがいるじゃないか……」



 口をとがらせるエルナンの頭にポンと手を置き、困ったように微笑むグレン。

「継ぐのはお前だよ。でもしっかり補佐はしてやるから安心しろ」



 あとからエルナンに聞いたところによると、グレンはこの家の実子ではないのだ。幼いころに両親を事故で亡くし、父親の親友だったランディス氏に引き取られたのだとか。

 ランディス夫妻はグレンを我が子と思って育てたし、エルナンやエイプリルが生まれてからも分け隔てなく愛してきた。しかしグレンはどこか自分を抑えているようなところがあり、エルナンはそれが寂しいのだ。



 アシュリーはその話を聞いてもまったく理解できない。家族や血のつながり、フェアリーにはないものだ。仲間だから一緒にいる、好きだから一緒にいる。いつもただそれだけだもの——。



 みんなから愛されているグレン。でも身を引こうとしているグレン。グレンは家族のことをどう思ってるんだろう……。



 書庫のほの明るい中でほほ笑んでいたグレンの顔が、アシュリーのまぶたの裏からいつまでも離れなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...