センシティブなフェアリーの愛♡協奏曲《ラブコンツェルト》

夏愛 眠

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9話・ご褒美をください

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 翌日——。アシュリーは何とか名前が書けるようになったが、それは容易ではなかった。

 じっと椅子に座って文字を写す、ただそれだけのことがアシュリーにはとても難しかった。花や風、光とたわむれたり、歌ったり踊ったり、気ままに暮らす。それが本来のフェアリーの生活だったのだから。



 だけど、アシュリーは努力した。目の前で動いていたアーネスト先生の綺麗な手…その記憶をたどりながら、懸命に自分の名前をつづっていた。



 コンコンコン



 ——アーネスト先生だ!



 扉を開ける。



「こんにちは、アシュリー」

「こんにちは、アーネスト先生」



 うん、と目を合わせて頷きかけてくれる。



「はじめよう。席について」



 先生はアシュリーを机に促し、自分は部屋の片隅にあったスツールを運んでアシュリーの隣に座った。



「課題はできているな?」

「……はい」



「ではここに」



 差し出された紙にゆっくり文字を書いていく。

 じっと手元を見られているのでとても緊張した。



『ア シ ュ リ ー』



「よろしい」



 先生は満足げに微笑んでくれた。



「これが君の名前だな。アシュリー」

「はい!」



「では今日は文字を全部書けるように練習する。明日はいろいろ単語を書いてみよう」



 アシュリーはショックを受けた。名前を書けてとても満足していたから。

 勉強はまだ始まってもいなかったのだった……。



 そのあとの一時間はアシュリーにとっては丸一日くらい長く感じた。そわそわと立ち上がっては挙動不審になり、「アシュリー、座りなさい」と何度も注意されてしまった。最後は「おすわり」の一言でしつけのいい犬のように座れるようになっていた。



「うん、なんとか全部書けたな」

「はい……」

 ぐったりとうなだれるアシュリー。



「ごほうびをやろう」

 途端にアシュリーが顔を輝かせる。



「なんでもいいですか?あたし……」



 アーネスト先生はポケットからキャンディを取り出そうとしたのだが、その手を止めた。



「うん?何か欲しいものがあるのか?」

「あたし、先生の手に触りたいんです」

「……? 手に?」

 先生はアシュリーの意図がわからず、眉をひそめる。



「だめですか?」



「……」



「触りたいのなら触ればいい」



 手のひらを下に向けてそっと差し出されたその手はやはりとても綺麗だ。



「わぁ……」



 アシュリーは左手で先生の手を取り、右手でそっと撫でてみる。



(あっ……。やっぱりとっても気持ちがいいわ。ひんやりとしていて…)



 目を閉じてうっとりと撫でるアシュリーの様子を見つめる先生の顔には何の表情も浮かんでいなかったが、それは努めてそうしていた。心の中ではこの状況について忙しく思案しているのだ。



 アシュリーはしばらく撫でたり握ったりしたあと、先生の手を裏返してみる。すると、手のひら側の薬指の中ほどに古い傷跡を発見した。

 指でそっと触れてみる。



「子どもの頃にな、割れたグラスに触れて怪我した」



(怪我を……。人は体を切ると痛くって血が出るのよね。先生も痛かったのかしら。子どもの先生は泣いたのかしら……)などと、想像してしまう。泣いている小さなアーネスト少年…。そんなことを考えるとその傷跡が愛しいように思え、アシュリーはそっと口をつけた。



 ちゅっ……



(あっ……)



 くちびるからピリピリと快感がのぼってくる。先生の手はインクのにおいがする。手で触れたときはひんやりしたように感じたけど、今は少し熱いかもしれない……。



 ——ああ……手も素敵だけど……これがアーネスト先生のくちびるだったらどんな感触かしら。



 アシュリーは感触を味わいながら、何度も先生の指にくちびるを押し当てた。



「アシュリー、そこまでだ」



 無心にくちづけていた手をすっと離され、アシュリーは名残惜しかった。

 先生は戻した手を胸の前で組んでしまい、見えなくなった。



「君は、私を誘惑しているのかな?」

「ゆう、わく……?」



 アシュリーのキョトンとした顔を見て、アーネスト先生は短くため息をつく。



「自覚がなくこのようなことをしているなら、なおさら問題だ……。うかつに男の体を触って、情欲を煽るようなことはしてはいけない。相手が本気になってしまった時、傷つけられるのは君自身なのだぞ」



「あの、あたし……」



 ——怒られているのだろうか?先生はあくまで落ち着いてゆったりと話している。だが、とがめられているのは伝わってきた。



 しゅんとしているアシュリーをしばし見つめていたアーネスト先生は、やれやれといった様子で額に手を当てた。



「はぁ……君くらいの年頃の女の子は仕方ないな...…。誰しもどうしても興味が止まらなくなるようだな。このようなことは初めてではないのだが……」



「すみません、あたし……人に触れると気持ちがよくて……」



 アーネスト先生が眉をピクリと上げ、もう一度、今度は大きいため息をついた。



「気持ちいいからと、だれかれ構わず触れたりしていないだろうね?……性に興味が出てくる年頃だとしても、相手は選ぶべきだ。ここの子息や、まして使用人と間違いを起こすんじゃないぞ。」

 アーネスト先生はいったん言葉を区切り、アシュリーの顔を見た。



「……君の好奇心は私が満たしてやる。それでいいな」



「……はい」



 アシュリーが言葉の意味を分かっていたかどうかは疑問があるが、その日の授業はそこで終わることになった。



「今日書いた文字は明日までに練習しておくように。ではアシュリー、また明日」
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