センシティブなフェアリーの愛♡協奏曲《ラブコンツェルト》

夏愛 眠

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8話・落ちこぼれの生徒

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「え……? 今なんて……?」



 朝食を終え、お茶をいただこうとしていたアシュリーは、ティースプーンを掴み損ねてカチャンと音を立ててしまった。



「だからね、ここに長く滞在するならお勉強が遅れたらいけないじゃない?アシュリーがよければ、できるだけゆっくりしていってもらいたいと思っているのよ。エイプリルも見違えるほど元気になってきて、あなたにはとても感謝しているの」

 ランディス夫人が少し早口で言う。



 自然のエネルギーを抽出してできたような(元・)フェアリーのアシュリーと、二日間一緒に過ごしたせいか、エイプリルはその生命力を受け取ったとしか思えないくらい元気になってきていた。アシュリーは昨晩もエイプリルのベッドで休んだし、遅くまで懲りずにくちびるを合わせていたのだった。



「実は、エルナンを教えてくれているアーネスト先生に声をかけてあるの。アシュリーさえよければ、エルナンの授業が終わってから、午後の1時間だけでも授業を受けてみない?」



 もちろん、もっとしっかりお勉強したければあなた専門の先生を王都から呼んでもいいわ、と軽くウインクをされる。



(長く、滞在するなら……)



 —— あたしはいつまでここにいられるだろう……。長くても夏の休暇いっぱいに還り方を見つけなければ。もし見つからなかったら……? ずっと置いてもらえるだろうか?

そもそもあたしの魔法はいつまで有効なのだろう。もし、解けてしまったら……。



 物思いにふけってしまったアシュリー。



「まあ……少しおせっかいだったかしら……。無理強いするつもりはないのよ」



「ううん……違うの……」



 ジャンのところには今朝も行ったけれど、良い知らせは届いていなかった。グレンに勧められた本は確かにフェアリーと関わった人間が書いた本のようだったが、アシュリーの求める情報は見いだせなかった。



 エルナンは気づかわしげにアシュリーを見ているが、あの夜、寝室からアシュリーを追い出してから気まずくて話をしていなかった。



「アーネスト先生は王都にいてもおかしくない、博識で思慮深い、とてもいい先生よ。アシュリーが学びたいことを知る手助けをしてくださると思うわ」



「!」



 夫人のその言葉に気持ちが定まった。



「あたし、授業を受けます」

(還る方法があるなら、少しでも早く見つけないと。)



「よかったわ! では、今日から受けてみる?」

「はい!」





 アーネスト先生はスラリとした長身の男性で、扉を開けたときアシュリーは少し驚いて見上げてしまった。頬は少しこけていて、どことなく気だるげで疲れたように見える。神経質そうなアイスブルーの瞳でアシュリーを見ると「フレデリック・アーネストだ」と簡潔な自己紹介をした。



 先生をアシュリーの部屋に案内してきたエルナンはそそくさと去っていく。



「よ、よろしくお願いします。あたしは、アシュリーです」



 こくっと頷くと遠慮なく部屋に入りデスクの前に座った。

「さっそくだが、まずはどの程度のレベルなのか聞き取りをしたい。具体的な授業は明日からはじめよう」

 そういって先生は二つ折りのバインダーを開き、メモを取る用意をしている。先生がデスクの前に座ってしまったので、アシュリーはおずおずと近づきその隣に立った。



「学校はどこに通っている?」

「えっと……学校には行ってません」

「……ふむ。では家庭教師の授業を?」

「いいえ……あの……」



 アーネスト先生が顔を上げてアシュリーを見た。



「勉強は初めてで……あの……」

「初めて?」



 ピクリと眉を上げて訊き返されると、アシュリーは黙ってしまう。



(おかしかったかしら、どうしよう……)



「君の実家はなかなか封建的なようだな。今は女性も教育を受ける権利があるというのに……」



 どうやら言い訳はしなくてもよさそうだ。先生なりに解釈してくれたのだろうか。



「君さえよければだが……教育を受けさせてもらえるように、ランディス氏に口添えしていただいたらどうだ? ご両親は君が学ぶことに反対なのか?」

「い!! いえ!! 大丈夫です!!!」

 アシュリーは慌てて首を振った。両親に連絡? 両親なんて存在しない。ランディス夫妻がそれに気づいたら、魔法にそこからほころびが出てしまいそうだ。



「両親は自由なので……!! あたしのことも自由にさせてくれてるんで!!」



 先生にじっと見られて冷や汗をかいてしまう。

 やっぱり授業を受けるなんて無謀だったかしら……アシュリーは逃げ出したい気持ちにかられた。



「うむ……封建的というよりは型にはまらないご両親ということなのか……?」



(ランディス家の親戚ということは裕福であるのだろうから、いずれは見合った家庭に嫁がせることにして、それまでは自由にさせているのだろうか……)



 机の上のフェアリーの本がいくつか積んであるのにちらと視線を走らせ訊ねる。



「読み書きには問題はないか?」



 本からは何が書いてあるのかが頭の中に思い浮かんで理解できた。

 でも字が読めるかはわからない。書くのは試したことがない。



「本は大丈夫です。書けるかどうかはわかりません……」

「わからない?」

「えーと、書いたことがあったかどうか……」

「……」



 一瞬沈黙が下りるが先生の感情がどう動いているのかわからない。

 アシュリーも何を言っていいかわからず黙っている。



「じゃあここに座って。何か書いてごらん」



 先生が席を開けてくれる。



(どうしよう……)



「試してみるだけだ。何も怒ったりしない。『アシュリー』と自分の名前は書けるか?」



 戸惑うアシュリーに、先生は怒ったり呆れたりせず淡々と言う。



 アシュリーは座ってペンを取った。

 どんな形かしら。アシュリー、アシュリー、アシュリー……

 頭の中に文字の形が浮かぶのを待った。



(……)



 意を決して、手を上げへたくそな文字を書いた。



『フェアリー』



 そう、目の前に置いてある本のタイトルを真似て……。



「なるほど。これが君の名前か?フェアリー」



 アシュリーは諦めたように首を傾げて肩をあげる。



 すると、先生はアシュリーの背後から手を伸ばし、綺麗な文字で書いてくれた。



『アシュリー』



「お手本だ。何度も真似して書いてみること。明日までに書けるように練習しておくように。できるか?」



「……」



 その間、アシュリーは先生の文字よりも手に見とれていた。少し骨ばっているが、すべらかで指がとても長く、女性の綺麗な手とは違う美しさを持っていた。その手が上品にペンを握り、目の前で動くのにアシュリーはくぎ付けになってしまったのだ。



「……返事は?」



「あっ! はい!!」



 うん、と先生は頷いて「ではアシュリー、また明日」と出ていった。
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