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19話・人間の論理
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はぁっ……はぁっ……はぁっ……
「ねぇ……どうして最後に抜くの? なんだか寂しい」
息が整ったところで、アシュリーがおもむろに訊いた。
ジャンはギョッとしたような顔でアシュリーを見た。
「それは、子ができたら困るだろう……?」
今度はアシュリーがびっくりしてジャンを見返す。
「入れたままだと子どもができるの?」
「できるかもしれない。……外に出しても安心とは言えないらしいが……」
——この体も人間だから子どもができるのだろうか……できたら困るのだろうか……たしかに自分でさえここに居続けることができるのか、先行きが見えないのに困るだろうな……。でも小さなころのエルナンやディーンは可愛かった。また小さな子供と一緒に遊びたい……。
アシュリーがそんなことをぼんやりと考えている間、ジャンはかいがいしくアシュリーの体を拭き、服を着せかけてくれる。
「アシュリー……。花園のフェアリーたちには……何か伝えるか? 飛び立ったやつらは今朝はまだ戻っていなかったようだが」
「……う、ん、どうしよう……」
——シンシアやみんなに会いたい。けど会うことができない。また、誰も見えない静かな花園に行くのがこわい。アシュリーの心の中に怯えがあった。でももし、戻る方法を見つけてきてくれたとしたら?
一番怖いのは屋敷にも花園にもいられなくなること。もし、花園に戻れるならそれがいいに決まってる。
考え込むアシュリーの頭にポンと手を載せてジャンがやさしい顔をした。
「無理しなくていい。何か言いたくなったら伝える」
「ジャン……」
「なんとかなるだろう。フェアリーは毎日楽しく過ごしてるのがいい、悩むのは向いてない」
「……うん、あたしもそう思う」
アシュリーが笑うのを見て、ジャンも微笑み返してくれる。
「ジャンの笑った顔、初めて見たわ……!」
「……そうか」
ジャンは戸惑った顔をした後、話をそらすように言った。
「それにしても……これが加護の力か……」
「え?」
「温室中の緑が歌っている。植物の感情がダイレクトに俺の中に響いてくるようだ」
「そうなのね……あたしの力なの?」
「それしか考えられないな。男女の絆を結ぶことで与えられたんだろう」
「男女の……」
「昨日よりも今日の方が強くなっていると思う」
「そうなのね、じゃあ、エルナンにも力が宿ったのかしら」
「……」
ジャンは少し目を上げて考えるようにして黙った。
「エルナン、お坊ちゃんか……」
「聞いてみなくちゃ」
「待て」
素早く制止されてアシュリーは不思議な顔をする。
「なんて言って聞くつもりだ?」
「え?」
「他の人間とも男女の絆を結んだなんてことは言わない方がいい」
「どうして?」
「……」
ジャンが説明に困ったように黙る。
「んん……身体を繋ぐのは特別な相手だ……ほ、本来は……」
「? うん」
アシュリーがわかっていないようなので言葉を重ねる。
「恋人とか、夫婦とか、唯一ひとりのパートナーとだけだ」
「パートナー以外と繋いだら、どうなるの?」
「……別にどうにもならないな」
「……?」
「難しいよな。人の論理だ」
「わかんない」
「……」
「わかんないけど……ジャンの言うとおりにする。それがいい気がする」
「……ありがとう」
◆◆◆
「なぁ……あんまり見ないでよ」
チラチラとエルナンの顔を見ていると、気づかれてしまった。エルナンは耳を赤くして、アシュリーの方は振り向かずに手元の本に目を落としている。
約束通り、午後からエルナンと書庫に来ている。エルナンはフェアリーについて書かれた本を真剣に読んでいた。
「うん……」
「……」
なんとなく気まずい空気が流れて、アシュリーは口を開いた。
「あの、さ……」
「うん」
「エルナン、何か聞こえない?」
「?」
エルナンはキョトンとした顔で振り返った。
「何かって?」
「えっと……歌とか? 声とか? 今まで聞こえなかったもの」
「……」
「……」
エルナンは目を閉じて耳を澄ました。
「何も聞こえないけど? どういうこと?」
「ううん、じゃあ、今日何も変わったことはない? いいことあった?」
「いいことかぁ……兄さんが帰ってきててさ、午前中、課題見てくれたんだ」
「えっ」
「夜中に帰ってきたらしい」
予想と違う返答にアシュリーは戸惑ってドキドキした。
「……なんだよ」
エルナンはなぜか拗ねたようにしている。
「ううん。ね、それっていいこと? エルナン嬉しかった?」
仕事でよく家を空けるとは聞いたが、グレンが家に帰ってくるのは、特別なこととは言えない。加護の力というには無理がありそうだ。
「いいこと。……オレさ、アシュリーが兄さんの話ばっかりしてた時、苛ついたけど、ホントはわかるんだよ。」
「えっ?」
「オレもすごく兄さん好きだからさ……」
「うん」
「小さい頃からさ、遊んでくれたり、いろいろ教えてくれたり、面倒みて可愛がってくれてさ。勉強も仕事も優秀だって、父さんからもすごく期待されてるんだよ。なのに……」
エルナンは言葉を切り、うつむいてしまう。
「なのに?」
「いつも、跡を継ぐのはお前だって、オレに言うんだ」
「うん……」
「兄さん、ここにいたくないのかな。オレ、怖いよ」
「怖い?」
「オレが大人になって父さんの跡を継げるようになったら……家族を置いてどこかに行ってしまいそうな気がして……。そんなんだったらオレ、大人になりたくない……」
寂しそうなエルナンを見て、アシュリーはそっと机の上の彼の手を握った。もし、フェアリーが加護を与えられるというのなら、エルナンがお兄さんといつまでも幸せな兄弟でいられますように……。
「ねぇ……どうして最後に抜くの? なんだか寂しい」
息が整ったところで、アシュリーがおもむろに訊いた。
ジャンはギョッとしたような顔でアシュリーを見た。
「それは、子ができたら困るだろう……?」
今度はアシュリーがびっくりしてジャンを見返す。
「入れたままだと子どもができるの?」
「できるかもしれない。……外に出しても安心とは言えないらしいが……」
——この体も人間だから子どもができるのだろうか……できたら困るのだろうか……たしかに自分でさえここに居続けることができるのか、先行きが見えないのに困るだろうな……。でも小さなころのエルナンやディーンは可愛かった。また小さな子供と一緒に遊びたい……。
アシュリーがそんなことをぼんやりと考えている間、ジャンはかいがいしくアシュリーの体を拭き、服を着せかけてくれる。
「アシュリー……。花園のフェアリーたちには……何か伝えるか? 飛び立ったやつらは今朝はまだ戻っていなかったようだが」
「……う、ん、どうしよう……」
——シンシアやみんなに会いたい。けど会うことができない。また、誰も見えない静かな花園に行くのがこわい。アシュリーの心の中に怯えがあった。でももし、戻る方法を見つけてきてくれたとしたら?
一番怖いのは屋敷にも花園にもいられなくなること。もし、花園に戻れるならそれがいいに決まってる。
考え込むアシュリーの頭にポンと手を載せてジャンがやさしい顔をした。
「無理しなくていい。何か言いたくなったら伝える」
「ジャン……」
「なんとかなるだろう。フェアリーは毎日楽しく過ごしてるのがいい、悩むのは向いてない」
「……うん、あたしもそう思う」
アシュリーが笑うのを見て、ジャンも微笑み返してくれる。
「ジャンの笑った顔、初めて見たわ……!」
「……そうか」
ジャンは戸惑った顔をした後、話をそらすように言った。
「それにしても……これが加護の力か……」
「え?」
「温室中の緑が歌っている。植物の感情がダイレクトに俺の中に響いてくるようだ」
「そうなのね……あたしの力なの?」
「それしか考えられないな。男女の絆を結ぶことで与えられたんだろう」
「男女の……」
「昨日よりも今日の方が強くなっていると思う」
「そうなのね、じゃあ、エルナンにも力が宿ったのかしら」
「……」
ジャンは少し目を上げて考えるようにして黙った。
「エルナン、お坊ちゃんか……」
「聞いてみなくちゃ」
「待て」
素早く制止されてアシュリーは不思議な顔をする。
「なんて言って聞くつもりだ?」
「え?」
「他の人間とも男女の絆を結んだなんてことは言わない方がいい」
「どうして?」
「……」
ジャンが説明に困ったように黙る。
「んん……身体を繋ぐのは特別な相手だ……ほ、本来は……」
「? うん」
アシュリーがわかっていないようなので言葉を重ねる。
「恋人とか、夫婦とか、唯一ひとりのパートナーとだけだ」
「パートナー以外と繋いだら、どうなるの?」
「……別にどうにもならないな」
「……?」
「難しいよな。人の論理だ」
「わかんない」
「……」
「わかんないけど……ジャンの言うとおりにする。それがいい気がする」
「……ありがとう」
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「なぁ……あんまり見ないでよ」
チラチラとエルナンの顔を見ていると、気づかれてしまった。エルナンは耳を赤くして、アシュリーの方は振り向かずに手元の本に目を落としている。
約束通り、午後からエルナンと書庫に来ている。エルナンはフェアリーについて書かれた本を真剣に読んでいた。
「うん……」
「……」
なんとなく気まずい空気が流れて、アシュリーは口を開いた。
「あの、さ……」
「うん」
「エルナン、何か聞こえない?」
「?」
エルナンはキョトンとした顔で振り返った。
「何かって?」
「えっと……歌とか? 声とか? 今まで聞こえなかったもの」
「……」
「……」
エルナンは目を閉じて耳を澄ました。
「何も聞こえないけど? どういうこと?」
「ううん、じゃあ、今日何も変わったことはない? いいことあった?」
「いいことかぁ……兄さんが帰ってきててさ、午前中、課題見てくれたんだ」
「えっ」
「夜中に帰ってきたらしい」
予想と違う返答にアシュリーは戸惑ってドキドキした。
「……なんだよ」
エルナンはなぜか拗ねたようにしている。
「ううん。ね、それっていいこと? エルナン嬉しかった?」
仕事でよく家を空けるとは聞いたが、グレンが家に帰ってくるのは、特別なこととは言えない。加護の力というには無理がありそうだ。
「いいこと。……オレさ、アシュリーが兄さんの話ばっかりしてた時、苛ついたけど、ホントはわかるんだよ。」
「えっ?」
「オレもすごく兄さん好きだからさ……」
「うん」
「小さい頃からさ、遊んでくれたり、いろいろ教えてくれたり、面倒みて可愛がってくれてさ。勉強も仕事も優秀だって、父さんからもすごく期待されてるんだよ。なのに……」
エルナンは言葉を切り、うつむいてしまう。
「なのに?」
「いつも、跡を継ぐのはお前だって、オレに言うんだ」
「うん……」
「兄さん、ここにいたくないのかな。オレ、怖いよ」
「怖い?」
「オレが大人になって父さんの跡を継げるようになったら……家族を置いてどこかに行ってしまいそうな気がして……。そんなんだったらオレ、大人になりたくない……」
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