27 / 49
26話・魅了
しおりを挟む
「あ、あ、あたし……」
アーネストはこの休暇の間、恩師の葬儀に出ていることになっていたが、実際は王都からほど近い実家に戻って調べ物をしていた。アシュリーに触れていると、不自然に理性を失ってしまうことが気にかかっていた。単に欲望をあおられているだけとは思いたくなかったし、少し心当たりがあった。情事の時のアシュリーの赤く光るような目——。
アシュリーは口をパクパクさせて、何も言えず戸惑っていた。アーネスト先生は無表情でその様子を見ていたが、ふと机の上の本を指さして言った。
「その『フェアリー』という本だが……私の曾祖父が書いた物なんだ」
「えっ!?」
書庫に初めて行った時にグレンに勧められて借りてきた本だ。よく見ると題字の下に著者名が書かれている。『ダグラス・アーネスト著』と。
「私がこの屋敷に呼ばれるようになったのは偶然なのだが……ここは曾祖父がフェアリーたちと暮らしていた屋敷なんだ。私が生まれる前に手放してしまっていたから、まさかここに来られると思っていなかったよ。僥倖だった」
驚いた顔のまま固まっているアシュリーを見ながら、アーネスト先生は続ける。
「曾祖父も、祖父も、ここで生まれ育ち、父も幼少期はここで育った。フェアリーを友としてね。だから私も信じている。祖父や父からずっと話を聞いていたから」
「そんな、すごい偶然だわ……」
「曽祖父たちを知るフェアリーはまだここにいるのかな。もう40年以上前になるが」
「ううん、今いるフェアリーは割と最近生まれた子たちばかりだから……」
フェアリーたちの寿命は長い。なのに、アシュリーが知る限り、40年以上ここにいるフェアリーはなぜかいなかった。
言いかけてアシュリーはハッとする。
「ほう」
先生の眼光が鋭くなり、アシュリーはハッとした。
「あの……」
「うん」
じっと見られていると落ち着かない。先生はアシュリーが話し出すのを待っているようだ。
「先生が思っているとおりです。あたしはここの花園で生まれたフェアリーなの」
「……なぜ、ここで人として暮らしているか聞いても?」
「あたし、ただ仲良しだったディーンに忘れられたくなくて……会って思い出してくれたらすぐに戻るつもりだったの……」
アシュリーは今度はフェアリーから人になるまでのことを洗いざらい話した。大人になったエルナンやディーンに忘れられるのがこわかったこと。食べ物を食べてしまって戻れなくなったこと。でも人と触れ合う快楽を知って、今は人としてここにいたいと思っていること。
「ふむ……」
すべて聞いた後、先生は考え込むようにしている。
「魔法が使えなくなったというのは本当なのか?」
「はい」
「まったく?」
「え?」
「この部屋で君に触れていた時、目が赤く光っていた。あれは魅了の魔法ではないかと考えていたのだが……」
「魅了……」
アシュリーは魅了の魔法を使ったことはなかったが、フェアリーの頃なら普通に使えただろうと思う。知らずに発動していたとしたら、魔法の力が残っているということになる。エルナンの両親への記憶操作が残っているのもそのせいなのだろうか……。
「フェアリーの中には魅了を使って、人の精を奪ったり破滅させるものもいるという」
「!! あたしはそんなことしません!」
驚いてアシュリーが否定すると、案外に先生はすぐに撤回する。
「……ああ、そうだろうな」
「……え??」
アーネスト先生はそっと自分の手のひらを差し出すようにして見せた。
「君に口づけられた後だと思うのだが、気が付けば手の古傷が消えていた。ひきつるような感覚もなくなっている」
「わぁ……! よかった」
「魅了して加護を与えるフェアリーというものがいるのか調べたが、そのような伝承は見つけられなかった。それで君に直接目的を聞きたいと思っていたのだが……」
そこでアシュリーは思い出したことを先生に話す。
「あっ! ジャンが言ってました!」
「ん?」
「ジャンの曾祖父さんが《緑の護り手》っていう力を持ってて、それはフェアリーと交わったからだと言われていたって。ジャンも、キスしたり舐めたりした時も加護があったけど、中に入れた後はもっと力が強くなって植物の声まで聞こえるようになったって!」
「……っ。そ、そうか」
アーネスト先生はアシュリーのあけすけな言い方に動揺したが、なんとか平常心を取り戻して言った。
「つまり、君は目的があって、人と睦みあうわけではないと? 加護も意識して与えているわけではないということか?」
「あたしは、ただ気持ちいいから……」
「……。なるほど……伝承を調べてもわからないはずだな」
先生は苦笑する。
「アシュリー」
「はい」
「人として生きていきたいのか?」
「できれば……」
「それならば」
先生が真剣な顔でアシュリーを見つめる。
「気持ちいいからといって、不特定多数の相手と欲望のままに抱き合うことはしないほうがいいだろう。ましてや、相手の同意なく肌に触れたり、無理やりキスをするのは暴力と一緒なのだ。」
「暴力……」
アシュリーは強い言葉に驚いた。
「睦み合う行為というのは相手を大切にし、愛を交換する行為だ。お互いを思い合い、同意のもとにするべきだ。特別な好きがわからないならなおさら。わかるまではそういったふれあいは控えなさい」
「はい……」
「私の授業でふれあうことで君の欲望をなだめるつもりだったのだが……これからご褒美はどうするべきかな」
先生は顎を少し突き出して手を当て、苦笑しながら思案している。アシュリーは、今までに見たことのないめずらしい表情だわ、と思うと同時にその薄いくちびるに目を奪われた。
「ご褒美……欲しいです」
アシュリーは立ち上がると先生に近づき、切実にねだった。そうか、と先生は少し表情を和らげてアシュリーを見た。
「アシュリー、フェアリーの力が残っている可能性について考えてみてほしい。個人的には魅了の力はできれば使ってほしくないと思う」
「! はい……!」
アシュリーは先生の膝に座り、首に腕を回した。そして貪るようにくちびるを堪能し、久しぶりのご褒美に溺れていった。
アーネストはこの休暇の間、恩師の葬儀に出ていることになっていたが、実際は王都からほど近い実家に戻って調べ物をしていた。アシュリーに触れていると、不自然に理性を失ってしまうことが気にかかっていた。単に欲望をあおられているだけとは思いたくなかったし、少し心当たりがあった。情事の時のアシュリーの赤く光るような目——。
アシュリーは口をパクパクさせて、何も言えず戸惑っていた。アーネスト先生は無表情でその様子を見ていたが、ふと机の上の本を指さして言った。
「その『フェアリー』という本だが……私の曾祖父が書いた物なんだ」
「えっ!?」
書庫に初めて行った時にグレンに勧められて借りてきた本だ。よく見ると題字の下に著者名が書かれている。『ダグラス・アーネスト著』と。
「私がこの屋敷に呼ばれるようになったのは偶然なのだが……ここは曾祖父がフェアリーたちと暮らしていた屋敷なんだ。私が生まれる前に手放してしまっていたから、まさかここに来られると思っていなかったよ。僥倖だった」
驚いた顔のまま固まっているアシュリーを見ながら、アーネスト先生は続ける。
「曾祖父も、祖父も、ここで生まれ育ち、父も幼少期はここで育った。フェアリーを友としてね。だから私も信じている。祖父や父からずっと話を聞いていたから」
「そんな、すごい偶然だわ……」
「曽祖父たちを知るフェアリーはまだここにいるのかな。もう40年以上前になるが」
「ううん、今いるフェアリーは割と最近生まれた子たちばかりだから……」
フェアリーたちの寿命は長い。なのに、アシュリーが知る限り、40年以上ここにいるフェアリーはなぜかいなかった。
言いかけてアシュリーはハッとする。
「ほう」
先生の眼光が鋭くなり、アシュリーはハッとした。
「あの……」
「うん」
じっと見られていると落ち着かない。先生はアシュリーが話し出すのを待っているようだ。
「先生が思っているとおりです。あたしはここの花園で生まれたフェアリーなの」
「……なぜ、ここで人として暮らしているか聞いても?」
「あたし、ただ仲良しだったディーンに忘れられたくなくて……会って思い出してくれたらすぐに戻るつもりだったの……」
アシュリーは今度はフェアリーから人になるまでのことを洗いざらい話した。大人になったエルナンやディーンに忘れられるのがこわかったこと。食べ物を食べてしまって戻れなくなったこと。でも人と触れ合う快楽を知って、今は人としてここにいたいと思っていること。
「ふむ……」
すべて聞いた後、先生は考え込むようにしている。
「魔法が使えなくなったというのは本当なのか?」
「はい」
「まったく?」
「え?」
「この部屋で君に触れていた時、目が赤く光っていた。あれは魅了の魔法ではないかと考えていたのだが……」
「魅了……」
アシュリーは魅了の魔法を使ったことはなかったが、フェアリーの頃なら普通に使えただろうと思う。知らずに発動していたとしたら、魔法の力が残っているということになる。エルナンの両親への記憶操作が残っているのもそのせいなのだろうか……。
「フェアリーの中には魅了を使って、人の精を奪ったり破滅させるものもいるという」
「!! あたしはそんなことしません!」
驚いてアシュリーが否定すると、案外に先生はすぐに撤回する。
「……ああ、そうだろうな」
「……え??」
アーネスト先生はそっと自分の手のひらを差し出すようにして見せた。
「君に口づけられた後だと思うのだが、気が付けば手の古傷が消えていた。ひきつるような感覚もなくなっている」
「わぁ……! よかった」
「魅了して加護を与えるフェアリーというものがいるのか調べたが、そのような伝承は見つけられなかった。それで君に直接目的を聞きたいと思っていたのだが……」
そこでアシュリーは思い出したことを先生に話す。
「あっ! ジャンが言ってました!」
「ん?」
「ジャンの曾祖父さんが《緑の護り手》っていう力を持ってて、それはフェアリーと交わったからだと言われていたって。ジャンも、キスしたり舐めたりした時も加護があったけど、中に入れた後はもっと力が強くなって植物の声まで聞こえるようになったって!」
「……っ。そ、そうか」
アーネスト先生はアシュリーのあけすけな言い方に動揺したが、なんとか平常心を取り戻して言った。
「つまり、君は目的があって、人と睦みあうわけではないと? 加護も意識して与えているわけではないということか?」
「あたしは、ただ気持ちいいから……」
「……。なるほど……伝承を調べてもわからないはずだな」
先生は苦笑する。
「アシュリー」
「はい」
「人として生きていきたいのか?」
「できれば……」
「それならば」
先生が真剣な顔でアシュリーを見つめる。
「気持ちいいからといって、不特定多数の相手と欲望のままに抱き合うことはしないほうがいいだろう。ましてや、相手の同意なく肌に触れたり、無理やりキスをするのは暴力と一緒なのだ。」
「暴力……」
アシュリーは強い言葉に驚いた。
「睦み合う行為というのは相手を大切にし、愛を交換する行為だ。お互いを思い合い、同意のもとにするべきだ。特別な好きがわからないならなおさら。わかるまではそういったふれあいは控えなさい」
「はい……」
「私の授業でふれあうことで君の欲望をなだめるつもりだったのだが……これからご褒美はどうするべきかな」
先生は顎を少し突き出して手を当て、苦笑しながら思案している。アシュリーは、今までに見たことのないめずらしい表情だわ、と思うと同時にその薄いくちびるに目を奪われた。
「ご褒美……欲しいです」
アシュリーは立ち上がると先生に近づき、切実にねだった。そうか、と先生は少し表情を和らげてアシュリーを見た。
「アシュリー、フェアリーの力が残っている可能性について考えてみてほしい。個人的には魅了の力はできれば使ってほしくないと思う」
「! はい……!」
アシュリーは先生の膝に座り、首に腕を回した。そして貪るようにくちびるを堪能し、久しぶりのご褒美に溺れていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる