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28話・真夏の夜
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夜更け遅くなり、この前廊下でグレンに会った時間になった。アシュリーはそっと部屋を抜け出し、慎重に周りをうかがいながら廊下を歩く。曲がり角のところまで来て急に緊張が高まり、足が止まる。
(お兄さんの部屋に……)
ドクドクドクドク……
胸の高鳴る音が、血が流れる音が体中に響いているように感じる。緊張しているけど興奮もしている。
(先生の言いつけ守れないかも)
耳元で囁かれたとき、一瞬耳に触れた感触を思い出す。あれよりもっと触れたい欲望がこみ上げてくる。でもこんなにドキドキしていては何もできないかもしれない……。
待ってる、と言ったグレンの声を思い出してもう一度足を動かす。あと10歩、5歩、3歩、2歩、1歩……。ゴクッと唾を飲み込み、ノックする手を上げる。
その時ハッとする。隣のエルナンの部屋に音が聞こえるのだろうか? もし窓を開けていても廊下側だから大丈夫かな? などと、ぐるぐると考えて固まってしまう。そもそも、グレンの「覚悟してきてくれ」とはどういう意味だろうか? あの時、グレンは普段より色気があってアシュリーを誘惑しているかのように感じた。でも、台詞だけ冷静に思い出してみたら、もしかしたらお説教されたり、弟に手を出さないように釘を刺されるのかも……。
(どうしよう……)
部屋の前で立ち止まったままグルグルと思い悩んでいると、スッと中から扉が開いた。
「やあ、よく来たね」
抑え気味の声だがとてもやさしく微笑んでいて、怒られるようには見えず、アシュリーは導かれるままに部屋の中に入った。
「こちらへどうぞ」
バルコニーには一台のゆったりとしたデッキチェアとテーブルがあり、手持ちの望遠鏡——以前見せてくれた子ども用のものとそれよりもう一回り大きいもの、それに飲み物と軽い夜食などが用意してあった。
晴れ渡った夜空には、まん丸い月が浮かんでいて夜だというのに明るく感じる。気温が高く風はほとんどないので、部屋の中は暑いと思うがバルコニーに出るにはちょうどいい。
グレンはアシュリーをデッキチェアに腰かけさせると、自分はその後ろに座り「こんな望遠鏡でも結構見えるんだ。ほら、雲のように固まっている星が見えるか?」などと言いながら望遠鏡をのぞかせてくれる。
上手な説明でいろいろ教えてくれていたのだが、アシュリーは背中に密着しているグレンが気になって仕方なかった。ちらっと振り返ると、グレンがほほ笑んでくれる。
「ごめん、ひとりで喋って。疲れたかい?」
「ううん……もっと声聞いてたい」
アシュリーは、つい正直にそう言った。グレンの声は心地いい。穏やかで低くてふわふわする。
そうか、と言ってグレンはアシュリーの頭を撫でてくれる。
「でも休憩しよう。クリオを飲まないか。よかったらお菓子も食べて」
いつかの屋根裏部屋でも入れてくれた温かいクリオだ。カップに注いで手渡してくれたのを、アシュリーは手で包むようにして持った。
「ここでこうやって望遠鏡を覗いていると思い出すな……」
アシュリーがお菓子に目を輝かせながらどれを食べようと選んでいると、ふとグレンが思い出話を始めた。
「この屋敷に来てすぐの頃も、この子ども用の望遠鏡でよくいろんなものを眺めていた。星を見たり、昼間でも遠くの景色を見たり」
アシュリーは、小さなグレン坊やがここから望遠鏡を覗いているのを想像して微笑ましく思った。でもきっと亡くなったお父さんとお母さんを思って寂しかったかもしれない。
黙っているアシュリーに構わず、グレンは話を続けた。
「ある日、嵐がやって来そうな昼下がりに、ここから遠くの黒雲を眺めてドキドキとしていたんだ。その時、庭園の花園のあたりから小さなたくさんの光が飛び立つのが見えた。その光は温室の方に吸い込まれていったが、妙に気になった。」
「えっ……」
(それってフェアリーたちじゃ。嵐から避難してたのかしら)
思わぬ話の展開に、アシュリーはびっくりした。
「こっそり屋敷を出て花園に向かうと、大きく膨らんだ花のつぼみとそれを守るように抱きついているフェアリーがいた。俺の姿を見るとそのフェアリーは言った。『助けて。よくない嵐が近づいてる。今この子が生まれてきてしまうときっと光が失われてしまう。』と。それで俺はその花を土ごと鉢に移してこの部屋に持ってきたんだ。」
「その……蕾の中のフェアリーはどうなったの……?」
「この部屋で生まれたよ。次の朝、たくさんのフェアリーたちがバルコニーに迎えに来た時には驚いたな」
苦笑したグレンがすっと真顔でアシュリーを見つめる。
「……あれは、君だろう? アシュリー」
この花園で嵐の日に生まれたフェアリーは、アシュリーだけだ。でもその時のことは全く覚えていなかった。まさか本当にグレンに出会ったことがあったなんて……!
「あたし……ここで生まれたの……? お兄さんの部屋で……」
ニコッとグレンはアシュリーに笑いかけると、その手の中のカップをそっと取り上げテーブルに戻した。
「さあ、思い出話はこれでおしまいだ」
グレンの瞳は星を映しているかのようにキラキラと輝いてアシュリーを見つめていた。
「アシュリー、書庫で会った時、すぐわかったよ。ずっと愛してた。まさか人の姿で出会えるなんて」
「お兄さん……」
「もう、我慢できない……抱かせてくれ、アシュリー」
グレンは手をのばすと、腕の中にアシュリーを閉じ込めた。
(お兄さんの部屋に……)
ドクドクドクドク……
胸の高鳴る音が、血が流れる音が体中に響いているように感じる。緊張しているけど興奮もしている。
(先生の言いつけ守れないかも)
耳元で囁かれたとき、一瞬耳に触れた感触を思い出す。あれよりもっと触れたい欲望がこみ上げてくる。でもこんなにドキドキしていては何もできないかもしれない……。
待ってる、と言ったグレンの声を思い出してもう一度足を動かす。あと10歩、5歩、3歩、2歩、1歩……。ゴクッと唾を飲み込み、ノックする手を上げる。
その時ハッとする。隣のエルナンの部屋に音が聞こえるのだろうか? もし窓を開けていても廊下側だから大丈夫かな? などと、ぐるぐると考えて固まってしまう。そもそも、グレンの「覚悟してきてくれ」とはどういう意味だろうか? あの時、グレンは普段より色気があってアシュリーを誘惑しているかのように感じた。でも、台詞だけ冷静に思い出してみたら、もしかしたらお説教されたり、弟に手を出さないように釘を刺されるのかも……。
(どうしよう……)
部屋の前で立ち止まったままグルグルと思い悩んでいると、スッと中から扉が開いた。
「やあ、よく来たね」
抑え気味の声だがとてもやさしく微笑んでいて、怒られるようには見えず、アシュリーは導かれるままに部屋の中に入った。
「こちらへどうぞ」
バルコニーには一台のゆったりとしたデッキチェアとテーブルがあり、手持ちの望遠鏡——以前見せてくれた子ども用のものとそれよりもう一回り大きいもの、それに飲み物と軽い夜食などが用意してあった。
晴れ渡った夜空には、まん丸い月が浮かんでいて夜だというのに明るく感じる。気温が高く風はほとんどないので、部屋の中は暑いと思うがバルコニーに出るにはちょうどいい。
グレンはアシュリーをデッキチェアに腰かけさせると、自分はその後ろに座り「こんな望遠鏡でも結構見えるんだ。ほら、雲のように固まっている星が見えるか?」などと言いながら望遠鏡をのぞかせてくれる。
上手な説明でいろいろ教えてくれていたのだが、アシュリーは背中に密着しているグレンが気になって仕方なかった。ちらっと振り返ると、グレンがほほ笑んでくれる。
「ごめん、ひとりで喋って。疲れたかい?」
「ううん……もっと声聞いてたい」
アシュリーは、つい正直にそう言った。グレンの声は心地いい。穏やかで低くてふわふわする。
そうか、と言ってグレンはアシュリーの頭を撫でてくれる。
「でも休憩しよう。クリオを飲まないか。よかったらお菓子も食べて」
いつかの屋根裏部屋でも入れてくれた温かいクリオだ。カップに注いで手渡してくれたのを、アシュリーは手で包むようにして持った。
「ここでこうやって望遠鏡を覗いていると思い出すな……」
アシュリーがお菓子に目を輝かせながらどれを食べようと選んでいると、ふとグレンが思い出話を始めた。
「この屋敷に来てすぐの頃も、この子ども用の望遠鏡でよくいろんなものを眺めていた。星を見たり、昼間でも遠くの景色を見たり」
アシュリーは、小さなグレン坊やがここから望遠鏡を覗いているのを想像して微笑ましく思った。でもきっと亡くなったお父さんとお母さんを思って寂しかったかもしれない。
黙っているアシュリーに構わず、グレンは話を続けた。
「ある日、嵐がやって来そうな昼下がりに、ここから遠くの黒雲を眺めてドキドキとしていたんだ。その時、庭園の花園のあたりから小さなたくさんの光が飛び立つのが見えた。その光は温室の方に吸い込まれていったが、妙に気になった。」
「えっ……」
(それってフェアリーたちじゃ。嵐から避難してたのかしら)
思わぬ話の展開に、アシュリーはびっくりした。
「こっそり屋敷を出て花園に向かうと、大きく膨らんだ花のつぼみとそれを守るように抱きついているフェアリーがいた。俺の姿を見るとそのフェアリーは言った。『助けて。よくない嵐が近づいてる。今この子が生まれてきてしまうときっと光が失われてしまう。』と。それで俺はその花を土ごと鉢に移してこの部屋に持ってきたんだ。」
「その……蕾の中のフェアリーはどうなったの……?」
「この部屋で生まれたよ。次の朝、たくさんのフェアリーたちがバルコニーに迎えに来た時には驚いたな」
苦笑したグレンがすっと真顔でアシュリーを見つめる。
「……あれは、君だろう? アシュリー」
この花園で嵐の日に生まれたフェアリーは、アシュリーだけだ。でもその時のことは全く覚えていなかった。まさか本当にグレンに出会ったことがあったなんて……!
「あたし……ここで生まれたの……? お兄さんの部屋で……」
ニコッとグレンはアシュリーに笑いかけると、その手の中のカップをそっと取り上げテーブルに戻した。
「さあ、思い出話はこれでおしまいだ」
グレンの瞳は星を映しているかのようにキラキラと輝いてアシュリーを見つめていた。
「アシュリー、書庫で会った時、すぐわかったよ。ずっと愛してた。まさか人の姿で出会えるなんて」
「お兄さん……」
「もう、我慢できない……抱かせてくれ、アシュリー」
グレンは手をのばすと、腕の中にアシュリーを閉じ込めた。
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