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〈悪役王子〉と〈ヒロイン〉花街編
【8】一日目――海辺の娼妓とオトメゲーム −3−
しおりを挟む「――っ!」
胸から頭へと、何か、熱いものが駆け抜けていく。不思議な感覚がする。思わず目を瞑ると、瞼の裏では〝記憶〟が明滅し、アリシアに真実を伝えようとしていた。
(これは、私は、)
シシリーと、ユースタスと、フィリップと。四人で一緒に話している光景が見える。『今度のシナリオは――』などと、呪いに抗う手立てを考えている姿だ。惚れ薬の件も『精霊の起こしたイベントのひとつ』で、これまで味わったいろいろなことが『呪いのせい』で。
だんだんと、アリシアは思い出していく。
この世界は、今、本当に呪われているということ。
この国は、オトメゲームの呪いの真っ只中にあること。
シシリーこそが、此度の呪いのキッカケになった転生者だったこと。
アリシア、フィリップ、ユースタスは、この呪いに対抗する協力者であったこと。
『これが――最後のイベントになるわ。貴女の務めを果たして、乗り越えて。アリシアさん』
そう、空想のシシリーは囁く。これは記憶の再現ではなく、彼女がアリシアへと残した魔法の伝言だろう。直感した。
細切れになった様々な過去の場面が、ばぁぁっと花吹雪のように一気に過ぎ去った後、アリシアの瞼の裏はいつもどおりの闇になる。
彼女は目を開け、「おかげさまで、思い出せました」と正面にいるユースタスに告げた。彼はほっとしたように頬を緩めて「そうか」と言う。
「俺は、妹と我が主に頼まれてここに来た。俺とあいつは、きみたちの味方だ。母や叔父とは、本当の仲間ではない」
「はい。ようやく腑に落ちました。……いつも、ありがとうございます」
「礼には及ばない。これは、最愛の妹の願いを叶えるための行為でもあるのだから。俺が、したくて、やっていることだ。――きみは、ただ、いつものようにしていればいい。大丈夫だ。皆で必ずや守ってみせる」
「私の役目は、現実から逃げ出さず、耐え忍ぶこと……ですから、ひとまずは、ここで娼妓らしく働いていればいいのですね」
「そういうことになる。つらいこともあるかとは思うが、どうか変な気は起こさず、耐えてくれ。きっと、想像しているほど悪いようにはならない」
「かしこまりました。では、必ずや乗り越えてみせましょう」
アリシアとユースタスは、あらためて視線を交わし、覚悟を決めるように頷き合った。そう、この感覚だ。蘇った記憶が、身体にも馴染んできた。
「これは、我が主から預かってきたものだ。『僕のことをどうしても信じられなくなった時に読むように』と伝言されている。俺からも、最後の手段として取っておけ、と伝えておこう」
「ありがとうございます。お客様」
フィリップからの手紙らしきものを受け取り、それから王都の状況をざっくりと聞かされ、アリシアも青楼での話をちょっとして。ふたりは共に一時間ほどを過ごした。穏やかな時だった。
「――では、俺はそろそろ帰るとしよう。あの方のことを信じ、ここで待っていてくれ」
「はい。いつもどおりに、おとなしく待っておりますわ。……ところで」
「うん? どうした?」
帰り支度をしていたユースタスは、アリシアの本当の兄のごとく、優しい顔で首を傾げる。彼が来てくれてよかったな、とアリシアはふいに思った。そして訊く。
「ほとんどの記憶は帰ってきたようなのですが、一点、わからないことがあって。私は……自分が主人公であるなんて記憶はなくて。〝ヒロインの魔法〟の能力はないはずですし、そもそも初級魔法しか使えない魔力量です。どういうことでしょうか」
するとユースタスは眉をひそめ、困ったように目を泳がせた。
「……俺は、もしかして、きみがこのシナリオの主人公だと、言ってしまっていたか」
「はい。呪いを解いてくださる前に、確かに」
「なら、聞かなかったことにしてくれ。頼む」
「え?」
アリシアがきょとんとしていると、ユースタスは「元気そうでよかった。またな」と爽やかな笑顔で言って、そそくさと逃げるように部屋を出ていった。
(もしかして、知らない方が良かったことだったのかしら……?)
そんなちょっぴりの疑問を胸に残しながら、アリシアは姐のもとへと戻る。明日への支度を進める。娼妓らしくなっていく。そうして今日が終わっていく。
(貴方様にも、はやくお会いしたいです。フィリップ様――)
もうひとつ、とまた夜が明けた。
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