【R18】オトメゲームの〈バグ〉令嬢は〈攻略対象外〉貴公子に花街で溺愛される

幽八花あかね・朧星ここね

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〈悪役王子〉と〈ヒロイン〉花街編

【7】一日目――海辺の娼妓とオトメゲーム −2−

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(おとめげーむ? 記憶?)

 アリシアはゆるりと首を傾げ、また瞬きを落とす。オトメゲーム?

「オトメゲーム……とおっしゃいますと、あの、呪いのことですか?」
「ああ、それのことだ。しかし、きみの言い方から察するに、今がシナリオ期であることも、自分がこのシナリオの主人公ヒロインであることも覚えていないな?」
「えっ……と」

 アリシアは、未来の王妃として育てられた娘だ。ゆえにオトメゲームという概念の存在自体は知っている。

(オトメゲームは、この大陸を脅かす呪いよね。妃教育の一環で教わったわ。数十年から数百年に一度起こる――でも、今? 今、私たちは、もう呪われているの?)

 王族を始めとするごく一部の人間のみが知ることではあるが、アリシアたちの暮らす大陸には〝オトメゲーム〟と呼ばれる〝呪い〟が存在する。
 この呪いは神と精霊によって生み出されるものであって、人間の手で始められるものでもなければ終わらせられるものでもない。オトメゲームについて、アリシアが知っていることは――

――――――――――――――――――
 ・オトメゲームは、神の思し召しに応えた精霊によって、数十年から数百年おきに生み出される。呪いが始まるまでの数年以内には、必ず異世界から魂が転移してきている。
 ・ひとつのオトメゲームは、数年から十数年に渡って生き続ける。この数年から十数年のことを、関係者は〝シナリオ期〟と呼ぶ。
 ・シナリオ期には、特定の地域や人間が精霊に呪われ、通常では起きないような数々の事件や悲劇に巻き込まれる。さらには、知らないうちに記憶や心を操られる事象も起きる。
 ・シナリオ期の中には、さらに〝イベント期〟と呼ばれる期間が断続的に存在する。イベント期は、精霊の力が特に強くはたらく数日間のことである。
 ・オトメゲームの発生の有無には、そのキッカケとなった転生者のみが気づくことができる。今の世がシナリオ期であるか否かを知る者は、異世界からの魂を持つ者と、かの者から〝協力者〟として選ばれた数名、そして王家の人間のみである。
 ・転生者の元いた異世界においては、〝オトメゲーム〟は一種の絵物語のことであり、そこにはこの世界の住民とよく似た〝登場人物キャラ〟が存在する。その登場人物たちの人生を、物語をなぞるように世界が操られることこそ、この世界に生まれるオトメゲームという呪いの本質である。
――――――――――――――――――

 ……と。幼い頃に学んだことを頭の中で整理して、アリシアは「習ったことは覚えておりますが」と頷いた。

(そう、ここまでは、覚えている。でも、私が、今のシナリオの主人公ヒロインって? 中級魔法すら使えないのに?)

「お客様。それって本気でおっしゃってます?」
「本気も本気だ。きみは精霊に記憶を改変されている。だから、ちょっと肌を見せてくれないか」
「……はっ、肌を?」

 脈絡なく聞こえた言葉に、思わず上ずった声が出る。いったい、どこを、どうして?

「どこかに、妹が残した〝花〟があるはずなんだ。あいつにはどこへ触れられた?」

 相変わらず、ごく真剣な調子で彼は言う。もちろん妹とはシシリーのことで、彼女に触れられたというと、卒業パーティーか牢屋でのことだろうか。

「変態愚妹でも、あの状況で妙なところへは触れていないだろう。それくらいの良識はあると思いたい」
「では、おそらく……手、など、ですかね?」
「見せてくれ」
「はい」

 ユースタスの真面目な様子に押され、アリシアは己の両手をするりと差し出す。

「……では、触れさせていただく」
「……お願いします」

 彼は緊張した面持ちで近づき、まるで壊れやすい細工物に触れるように、そうっとアリシアの右手に触れた。
 ゆっくりと、指の一本一本や、爪の一枚一枚までを鑑賞するように。手の甲の側から見た後は、「こちらも」と言って手のひらへと。
 彼の指先が、手首の内側を、触れるか触れないかの加減で掠めた時。アリシアは小さく声を上げてしまった。

「……ひゃんっ」
「妙な声を出さないでもらいたい。我があるじに嫉妬される」
「す、すみません」

 たしかに、今の光景は、フィリップには見られたくないものだった。いやらしい行為ではないけれど、なんとなく、見せては駄目なものだと感じる。

「どうやら右手にはないようだ。左手にも、触れさせていただいても?」
「ええ、どうぞ」

 右手と同じように、ユースタスはアリシアの左手にも触れていく。やがて「あ」と声を出す。「見つけた。これだ」
 彼はアリシアにもわかるようにか、を親指の腹で一撫でしてみせた。アリシアの左手薬指の腹に、小さなほくろのような何かがある。よく見るとそれは深い紫色で、花の模様をしていた。

「これが、お客様のおっしゃっていた〝花〟ですか?」
「そうだ。ここに魔力を込めると、きみの記憶をおかしくさせた呪いは解ける。それでは、解呪の口づけをしようか――ああ、もちろん、唇ではなく、指先にだ。安心してくれ。良いか?」
「は、はい。よろしくお願いいたします」

(ちょっとびっくりしたけれど……唇ではなく指先になら、大丈夫ね)

 アリシアはドキドキと鳴る心臓を落ち着かせようとしつつ、彼の次の動きを待った。
 忠誠を誓う騎士のように、ユースタスはアリシアの薬指の先へと口づける。すると、ぽぅ、と花の模様が光って、紫色の炎のようなものが宙を揺らめいた。
 ゆらりと炎を纏った風が生まれ、それは小さな竜のように成長し、アリシアの胸元を突くように飛び込む。
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