【R18】オトメゲームの〈バグ〉令嬢は〈攻略対象外〉貴公子に花街で溺愛される

〈悪役王子〉と〈ヒロイン〉花街編

【21】五日目、開幕

　アリシアとフィリップが出会ったのは、五歳の春の頃だった。

『アリシア・テリフィルアともうします。第一王子殿下に、ごあいさつもうしあげます』

　小さな指先でスカートを摘まみ、初々しく、淑女の礼をするアリシア。彼女は顔を上げると、えへへっと花のように笑った。『ちょっとアリシア』と隣に立つテリフィルア侯爵が小声で窘めると、ハッとしたように目を見開き、口を閉じてにこにこする。それはそれは愛らしい、小さな淑女だった。
　そんなあどけない彼女の目の前には、緊張した面持ちの少年がいた。これから婚約者となる少女を笑顔で迎えようと完璧な挨拶の練習をしていた彼は、しかし練習どおりには笑えていない。予想外に頬は熱く火照って、心臓はあり得ないほどにうるさくドキドキしていた。

『ミラフーユ王国、第一王子……フィリップ、だ』

　彼は、初めて会ったアリシアに釘付けだった。彼女の薄紅色の髪は春風に揺れ、フィリップを見つめる碧色の瞳はキラキラと輝く。
　幼い一目惚れだったのかもしれない。と後に成長した彼は思う。

『――ねえ、アリシア。ほんとうに、ぼくのお嫁さんになってくれるの？』
『はいっ！　もちろんです。第一王子殿下。おべんきょうも、おけいこも、いっぱいがんばります！』
『じゃあ――』

　そんな可愛らしい会話をして、彼は王宮庭園の花壇から花を一輪摘み取って。くるりと茎で輪っかをつくって、別の葉っぱでキュッと結んで、彼女の小さな手首を花で飾った。

『指輪じゃなくて、腕輪だけれど……。婚約の証に――』

　その時のアリシアの笑顔を、満開の花の笑みを、フィリップは一生忘れないと思う。
　たとえ――自分が、彼女に忘れられても。
　何度忘れられても。様々な時間の記憶が、片想いの思い出になっても。


　＊＊＊