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58話「思惑」(2)☆ルタ視点

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「──どういう事か分かったな? 俺の銃よりお前が早かったとしても、火を付けた瞬間にこいつらは迷わず引き金を引くぞ」

背後の男…声の主、ラインハルト=フォルクングの指示に大人しく従った方がいいだろう。



状況から見て、俺はめられた。
第3騎士団の者はラインハルトの側近。黒装束に身を包んだ者達は恐らく他国から雇われた暗殺者か。先程の黒い霧は彼らによる闇魔法かもしれない。あの気持ち悪い気配は闇魔法の使い手のものだったのだろう。

周囲を見渡してもロージュ嬢の姿はない。この事を知らされて居ないか、知っていて現場にはいないだけなのか……。



この状況からラインハルトの目的がやっと分かった。



「俺を暗殺するつもりだな」



奴の目的がルタ=クラレンスの暗殺なら新兵達を生かして返す訳が無い。新兵達を人質に取り、直ぐに殺さないのは俺を拘束するまでに抵抗されない為だ。

「ラインハルト、兵達は記憶を消して開放してくれ。俺を拘束した後で構わない」

闇魔法には記憶を消す魔法があったはず。記憶が消されれば新兵達を殺す必要は無いだろう。

「……ふん。コイツらをどうするかは俺様が決める。それにしても──」


ラインハルトは顔を鼻先が触れるくらいまでの距離に近づけ、顎先を撫でるように触れた。

「お前はこんな状況でも澄ました顔をしているんだな」
「……」
「俺様はな、お前のその澄ました顔がいつも気に入らなかった。どんなに嫌がらせをしても眉一つ動かしやしない」

ラインハルトからの嫌がらせは以前からあった。今回の急な配置変更だけでは無い。

騎士団の仕事に関わる妨害や、婚姻を誰とも結ばないのは「令嬢をその気にさせては直ぐに捨てる」「男色の気がある」など噂を流し、挙句の果てには「民にも兵士にも女にも冷たく血の通った行いをしない冷酷な冷血の騎士」とまで言い出した。どれも俺自身を深く知る者達は噂だと流して笑っていたが、侯爵家であるクラレンス家に少しも迷惑が掛かっていないと言えば嘘になる。

今まで奴には散々迷惑を掛けられてきたが、そのどれもが小さく少し考えれば対応出来てしまうものばかりで困ったことは一度もなかった。気にしていない──と言えばまあその通りではあるが、こちらも忙しいのでいちいち相手にしている暇が無かったのだ。


「唯一テメェが熱を入れていたケイを婚約者にした時だって澄ました顔してたよな。妹のロージュならともかくあんな地味女、血が良くなけりゃ婚約なんてしなかったのによ」
「……っ!」

ラインハルトとケイの婚約は、親の決めた婚姻で仕方が無いものと割り切っていたが自分に対する嫌がらせとケイの血が目当てだったとは。

彼女は何も悪くないのに奴のプライドと家の為に傷付けられた。

ケイから話を聞く限り、彼女なりに何度もラインハルトに歩み寄ろうとしただろう。その気持ちを踏みいじり、妹に手を出し一方的な婚約破棄まで行なった。

大人になって出会ったばかりの時、ケイは俺に名前を呼ばれただけで泣いていた。

「………」


悲しむ彼女の顔を思い出すと、一気にはらわたが煮えくり返りそうになる。

「ふ……、あはは。いい顔するな。ケイの事になるとこんな顔をするなんてもっと早く知りたかった」

ラインハルトは美術品のように美しい顔を楽しそうに歪めて笑う。

「あはは!! それなら領地は燃やす事なかったな。……んー、そうだな。あいつは魔法を使えるようになった事だし俺の妾にしよう。ルタが死んだとなれば貰い手のいないケイの扱いに困るだろうし、あの親なら許すだろ。ローズ夫人はツバメの俺の言う事は何でも聞くし、横領の為にロレーヌの警備費を浮かせて森はこのザマだしな。何人も子を産ませてその中から才能ある優秀な奴を利用して……」


ラインハルトは今、とんでも無い事を暴露した。

ケイの事だけではない。
クラリスの街を燃やした、ロレーヌの警備費を浮かせ横領するようそそのかし結果として森が荒れた。


その全てに自分が関与している……と。


──人の命こそ奇跡的に奪われなかったとしても燃え尽きた灰の中には人の思い出や人生が詰まっていた。あの炎が未だに頭に焼き付いて離れず苦しむ者も少なからず居る。しかし、街を燃やすように指示を出した当人からすればあの火災は俺に対する“ただの嫌がらせ“にしか過ぎなかった。

──10年前辺りからこの森の魔物が凶暴化していたが、金の為にラインハルトに唆され領主が成すべきことを成していなかった。
警備がしっかりしていれば凶悪な魔物が産まれる事は無く、幼少期のケイは傷つかずに済んだかもしれない。今現在だって、兵士達は無駄に傷を負う事は無かったかもしれない。


俺をこの場で亡き者にするつもりからなのかペラペラと自分の罪を語っていく。



「あぁそうだ。ルタ、てめぇは今すぐにでも殺してぇがその面は他国の変態共相手に売り付ければ男女問わずにいい金になりそうだから直ぐには殺さない。売れなくなったら薬に漬けて戦争に利用してもいいな。壊れて使い物にならなくなってからでも殺すのは遅くない。──はは!!! 想像するだけで面白い!!」


──自分自身の事は何だっていい。
俺の大切な人や街を「面白いから」と自分の欲を満たす為だけに傷を付ける奴が許せない。

「……」

身体がどんどん熱くなってくるのを必死に落ち着かせる。

「……ああ、熱いなルタ。魔力が溢れかえってるな、俺でも分かるよ。怖い怖い。まあ落ち着けよ。ちょっと腕を貸してみろ」

そう言うとラインハルトは俺の両腕にかせを掛けた。

「くっ……」

思わず膝を着く。
枷を付けられた瞬間、体内の魔力が吸い込まれていくのが分かる。魔力が抜けていくのと同時に身体の力もどんどん抜けていく。

「おお!効果があってよかった。これは外国の特注品だからな。確かお前の高い魔力を封じ込めるのには国内の物じゃ容量不足だったよな」

以前、犯罪者に使用される魔封じの枷の規格を調べる為に一度付けた事があるが魔力に耐えられず直ぐに壊れてしまった。ラインハルトはその事を知っていた様らしい。


「……っ」


……息をすることすらも苦しくなってくると魔力を吸い取られる感覚が弱くなった。ここまで一気に魔力を吸い尽くしてしまう癖に、一応は生命機能が停止しない程度に吸い取られるように設計されているらしい。

「……俺は何をされたっていいが、新兵達は返してやって欲しい」
「ふん、それはお前の態度次第だ。反抗的な態度を取ったらすぐにでも兵を殺す。兵よりも自分の心配をするんだな……っく! ははっ……!!」


何が楽しいのかラインハルトは高笑いを繰り返す。この様子だと兵達を無事に返すつもりは無いかもしれない。時間が稼げれば、おかしく思ったマーシュが駆け付けるだろうが間に合うだろうか。

「さて、そろそろ抵抗出来ない程に魔力が吸い取られた頃だな。……それじゃあ、楽しませて貰うぜ」



──そういってラインハルトは俺の頭を髪ごと掴み、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

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