目が見えない私が恋をしたのは、不器用なあなたでした

あめとおと

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第六話 名を呼ばぬ理由

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 夜の見回りは、嫌いではない。

 静かで、余計な感情を持ち込まずに済む。
 そう思っていた――今日までは。

(……風が、妙だ)

 庭を抜ける回廊。
 いつもと同じはずの空気が、やけに落ち着かない。

 外套の裾が、風もないのに揺れた。

「…………」

 レオンハルトは、足を止める。

 気配を探るが、敵意はない。
 魔物でも、人でもない。

(精霊、か)

 この屋敷に精霊が寄りつくのは、珍しいことではない。
 だが――

『……騎士』

 声、というより、空気の震え。

「用があるなら、姿を現せ」

『やだよ』

 軽い。
 妙に、人懐っこい気配。

『だって、見えない方が楽しいでしょ』

 胸の奥が、わずかにざわついた。

「……嬢の近くに寄るな」

『ああ、その呼び方』

 風が、からかうように渦を巻く。

『まだ、そう呼ぶんだ』

 無意識に、剣の柄に手がかかる。

「関係ない」

『嘘』

 即答だった。

『名、呼んだくせに』

 空気が、一段冷える。

「……緊急時だ」

『へえ』

 風が、すっと耳元を抜ける。

『じゃあ次も、緊急にすればいいね』

「……ふざけるな」

 本気で、そう言った。

『ふざけてないよ』

 風は、急に静かになった。

『あの人、待ってる』

 喉が、わずかに鳴る。

「……何を」

『呼ばれるの』

 しばしの沈黙。

 レオンハルトは、視線を伏せた。

(呼べば、壊す)

 関係を。
 立場を。
 そして、自分自身を。

 守ると決めた相手に、
 それ以上の感情を向ける資格はない。

『騎士』

 風が、今度は優しく吹いた。

『守るって、遠ざけることじゃない』

「……」

『あの人は、もう知ってるよ』

 何を、と聞く必要はなかった。

『名を呼んだ時の、あなたの声』

 胸が、苦しい。

(……気づかれていた)

 精霊は、満足そうに空気を撫でる。

『だから、今日も“嬢”なんだね』

「それ以上、言うな」

『言わなくても、進むよ』

 風が、背中を押すように吹いた。

『だって――』

 遠くから、控えめな足音。

 彼女の気配。

 精霊は、くすりと笑った。

『ほら。来た』

 レオンハルトは、背筋を正した。

 いつもの距離。
 いつもの呼び方。

「……嬢。夜風が冷えます」

 彼女は、穏やかに微笑んだ。

「はい。ですが……」

 一瞬、間。

「レオンハルト様の声は、温かいですね」

 その一言で、すべてが揺らいだ。

 ――名を呼ばぬ理由は、もう、理由にならない。

 それでも彼は、今夜も名を呼ばない。

 呼んでしまったら、
 もう、戻れないと知っているから。

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