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第五話 風は、すべて知っている
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夜の庭は、静かだった。
昼間のざわめきが嘘のように消え、
風の音だけが、ゆるやかに世界を撫でている。
リリアは、テラスの椅子に腰掛け、両手を膝の上に重ねていた。
(……呼ばれた)
昼間のことを、何度も思い返してしまう。
あの一瞬。
腕に抱きとめられた感触。
そして――
「……レオンハルト様」
小さく名前を口にすると、風が一度、強く吹いた。
『また、呼んだ』
くすり、と笑うような気配。
耳元で、柔らかな声が弾む。
「……来ていたのですね」
『うん。ずっと』
それは、風の精霊だった。
姿は見えない。
けれど、髪を撫でる空気の動きと、くすぐったい温度で、すぐにわかる。
『あの人、今日は大変だったね』
「……そうでしょうか」
『自分で線を引いてる人ほど、越えた時に慌てる』
図星だった。
リリアは、そっと微笑む。
「名前を呼ばれたのは……一度だけです」
『一度で十分だよ』
風が、くるりと彼女の周りを回る。
『だって、心はもう、何度も呼んでる』
胸の奥が、静かに熱くなる。
「……それでも、レオンハルト様は、また“嬢”と呼びました」
『うん』
「それは……」
『優しさ』
即答だった。
『触れたら壊れそうなものを、乱暴に掴まない人』
風が、テラスの手すりを鳴らす。
『でもね』
「はい」
『次は、きっと止まらない』
リリアは、驚かなかった。
むしろ、その言葉が、すとんと胸に落ちる。
「……それで、いいのだと思います」
『ふふ』
風が、満足そうに笑った。
『目が見えなくても、ちゃんと見てる』
外套の揺れる音。
遠くで、剣の触れる金属音。
彼が、近くにいる。
(……気配が、いつもより近い)
風が、そっと囁いた。
『ほら。来たよ』
「……はい」
リリアは、背筋を伸ばした。
まだ、名前を呼ぶ時ではない。
でも――
次に呼ばれたら。
その時は、きっと。
――風は、すべてを知っている。
そして、恋が進む方向へ、そっと背中を押す。
昼間のざわめきが嘘のように消え、
風の音だけが、ゆるやかに世界を撫でている。
リリアは、テラスの椅子に腰掛け、両手を膝の上に重ねていた。
(……呼ばれた)
昼間のことを、何度も思い返してしまう。
あの一瞬。
腕に抱きとめられた感触。
そして――
「……レオンハルト様」
小さく名前を口にすると、風が一度、強く吹いた。
『また、呼んだ』
くすり、と笑うような気配。
耳元で、柔らかな声が弾む。
「……来ていたのですね」
『うん。ずっと』
それは、風の精霊だった。
姿は見えない。
けれど、髪を撫でる空気の動きと、くすぐったい温度で、すぐにわかる。
『あの人、今日は大変だったね』
「……そうでしょうか」
『自分で線を引いてる人ほど、越えた時に慌てる』
図星だった。
リリアは、そっと微笑む。
「名前を呼ばれたのは……一度だけです」
『一度で十分だよ』
風が、くるりと彼女の周りを回る。
『だって、心はもう、何度も呼んでる』
胸の奥が、静かに熱くなる。
「……それでも、レオンハルト様は、また“嬢”と呼びました」
『うん』
「それは……」
『優しさ』
即答だった。
『触れたら壊れそうなものを、乱暴に掴まない人』
風が、テラスの手すりを鳴らす。
『でもね』
「はい」
『次は、きっと止まらない』
リリアは、驚かなかった。
むしろ、その言葉が、すとんと胸に落ちる。
「……それで、いいのだと思います」
『ふふ』
風が、満足そうに笑った。
『目が見えなくても、ちゃんと見てる』
外套の揺れる音。
遠くで、剣の触れる金属音。
彼が、近くにいる。
(……気配が、いつもより近い)
風が、そっと囁いた。
『ほら。来たよ』
「……はい」
リリアは、背筋を伸ばした。
まだ、名前を呼ぶ時ではない。
でも――
次に呼ばれたら。
その時は、きっと。
――風は、すべてを知っている。
そして、恋が進む方向へ、そっと背中を押す。
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