目が見えない私が恋をしたのは、不器用なあなたでした

あめとおと

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第四話 名前を呼びそうになった瞬間

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 人の気配が、いつもより多かった。

 午後の回廊。
 使用人たちの足音が重なり、空気がざわついている。

(……まずい)

 レオンハルトは、無意識に一歩、彼女の前に出た。

「嬢、少しこちらへ」

 そう言って手を伸ばした、その時だった。

 誰かが急に方向を変えたらしい。
 ぶつかる気配。
 リリアの足音が、わずかに乱れる。

「っ……」

 彼女の体が、前に傾いた。

「――リリア!」

 名を呼んだ。

 考えるより先に、声が出ていた。

 次の瞬間、彼は彼女を抱きとめていた。
 腕の中に、軽い体温。
 近すぎる距離。

 周囲の音が、遠のく。

「……大丈夫ですか」

 そう言い直そうとして、言葉が詰まる。

 彼女は、彼の胸元に手を置いたまま、静かに息を整えていた。

「……今」

 小さな声。

「はい」

「今、名前を……」

 言われて、ようやく気づく。

 胸の奥が、嫌なほど強く鳴っていた。

「……申し訳ありません、嬢」

 そう呼び直した瞬間、
 彼女の指先が、彼の胸元の布をきゅっと掴んだ。

「……」

 何も言われない。
 それが、余計に苦しい。

「レオンハルト様」

 いつも通りの呼び方。
 けれど、声が少しだけ、近い。

「私は……」

 一拍、間が空く。

「呼ばれるの、嫌ではありませんでした」

 それだけ言って、彼女はゆっくりと体を離した。

 彼は、何も返せなかった。

(……越えた)

 ほんの一瞬。
 けれど確かに、境界線を踏んだ。

 それでも、彼女は何も責めなかった。
 怖がりもしなかった。

「歩けます」

 そう言って、いつものように微笑む。

 彼は、再び手を差し出した。

「……失礼します、嬢」

 今度は、慎重に。

 けれど、その呼び方はもう、
 彼を守るための盾ではなくなっていた。

 ――次に、同じ瞬間が訪れたら。
 その時、自分はきっと、もう止まれない。

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