デコ・エスカピズム:2048年のプリクラ帳

あめとおと

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第1話:瓦礫のなかの「超(チョベリ)グ」

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西暦2048年、新・渋谷。
空は、不自然なほど澄んだ「デジタル・ブルー」に塗りつぶされている。高層ビルの壁面を流れる広告ホログラムは、音もなく、ただ最適化された情報を市民の脳波へとダイレクトに送り続けていた。
この街に、ノイズはない。
歩道を行き交う人々は、誰一人として声を発さず、網膜に投影された仮想ウィンドウを見つめながら、計算された最短ルートで移動する。感情の起伏はスマートウォッチによって管理され、ストレス値が上昇すれば、即座に鎮静用のナノ・アロマが手首から噴霧される。
そんな「完璧な静寂」の階層から数百メートル下。
海面上昇によって半ば水没した旧・渋谷の境界線に、そのジャンクショップはあった。
「……また、ガラクタばっかり」
ミナは、指先に付着した黒い油を、自身のシルバーのジャンプスーツで無造作に拭った。
彼女の仕事は、廃棄された旧時代のデバイスから、希少なレアメタルや、好事家に売れる「ヴィンテージ・チップ」を回収することだ。
店内は、カビの匂いと錆びた鉄の匂いが混ざり合っている。
積み上げられたブラウン管モニターや、配線が剥き出しになった初期型のアンドロイド。それらはすべて、効率化の波に乗り遅れ、歴史の澱(おり)に沈んだ死体のようなものだ。
ふと、崩れかけた棚の隅で、一際異彩を放つ「塊」が目に留まった。
それは、ビニール製のカバーに覆われた、分厚い冊子だった。
2048年の基準からすれば、それはあまりにも「物質的」で、重々しい。
「何、これ。タブレット……じゃないよね」
ミナが手を伸ばし、積もった灰色の埃を払う。
現れたのは、ショッキングピンクの表紙。そこには、色褪せたラインストーンが数粒、必死にしがみつくように残っていた。
表紙を開いた瞬間、ミナの網膜にエラーメッセージが走った。
視覚補助デバイスが、そのあまりの「視覚的ノイズ」を解析しきれず、処理落ちを起こしたのだ。
「……っ、まぶしい」
そこに貼られていたのは、切手ほどの大きさの、無数のシールだった。
どれもこれも、色が氾濫している。不自然なほど白く飛ばされた肌、不気味なほど大きく強調された瞳。背景には虹色の星や、理解不能なフォントの書き込みが踊っている。
『最強友情!!』
『ズッ友だよ☆』
『2005.08.15 SHIBUYA』
「ズッ……トモ……?」
ミナの口から、聞き慣れない音節が漏れる。
その瞬間、指先を通じて、奇妙な感覚が伝わってきた。
ただの紙のはずなのに、そこには微かな「熱」が宿っているような気がした。
2048年の人間が忘れてしまった、過剰なまでの自己主張。
誰かに、自分の存在を、この瞬間を、力いっぱい刻みつけようとする狂おしいほどのエネルギー。
ミナのデバイスが、1枚のシールの端に埋め込まれていた、極小のICチップを検知した。
それは、今の規格では決して読み取れない、化石のようなデータ形式。
「解析して(スキャン)」
ミナが呟くと、彼女の背後に浮遊していた球体型のサポートAI・『ポッド』が、青いレーザーを照射した。
『警告。未知のスクリプトを検出。実行しますか?』
「やって」
一瞬の静寂。
次の瞬間、ジャンクショップの薄暗い空間が、爆発的な光に包まれた。
ホログラムではない。もっと生々しい、肌を焼くような夏の太陽の匂い。
アスファルトの照り返し。重低音のスピーカーから流れる、暴力的なまでに明るい音楽。
そして、ミナの目の前に、一人の少女が現れた。
茶色く染めた髪を高く結い上げ、極端に短いスカートを穿き、不敵な笑みを浮かべた少女が。
『やっほー。これ見てるってことは、うちら、もうおばあちゃん?』
少女の声は、ノイズ混じりだった。
けれど、それは2048年のどの合成音声よりも、鮮やかにミナの鼓動を跳ねさせた。
ミナは知らなかった。
このボロボロの「プリクラ帳」が、やがて完璧な未来をぶち壊す、史上最悪で最強のバグになることを。
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