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第2話:アナログの魔法
しおりを挟むジャンクショップの床に座り込んだまま、ミナは荒い息を吐いた。
網膜に焼き付いた残像が消えない。さっきの少女——サオリと名乗ったホログラムは、数秒で砂嵐に消えてしまったが、空間にはまだ、焦げた夏のような匂いが漂っている気がした。
「……ポッド。今の映像、バックアップは?」
『不可能。データ形式が極めて不安定なアナログ・パルスに依存しています。この……“プリクラ帳”という物体そのものが、物理的な鍵(ハード・キー)として機能しているようです』
浮遊する球体AIの声が、いつもより余計に無機質に聞こえた。
ミナは膝の上に置かれたピンクの冊子を、壊れ物を扱うように指先で撫でた。表面に貼られたラインストーンの、ゴツゴツとした無骨な感触。
2048年の世界において、物はすべて滑らかだ。
スマホも、家具も、衣服も。空気抵抗を排し、汚れを寄せ付けず、摩擦のない「最適解」こそが美徳。
けれど、このプリクラ帳は違う。指に引っかかり、光を乱反射させ、あちこちが剥げかかっている。
「無駄……だらけ」
ミナは無意識に呟いた。
でも、その「無駄」が、どうしようもなく愛おしく見えた。
彼女は作業台から、ピンセットと超強力な瞬間接着剤を取り出した。
そして、床に散らばっていた古い電子基板から、小さな、けれど色鮮やかなオレンジ色の抵抗器や、青いコンデンサを拾い集める。
「ポッド、サオリがやってたみたいに……これを、デコる」
『理解不能。デバイスの表面に非効率な突起物を付着させる行為は、操作性を著しく低下させます。また、視覚的ノイズによる精神汚染の危険性も——』
「うるさい。これは……私の、意思表示(ステートメント)なの」
ミナは、自分の情報端末(リンク・デバイス)の背面に、ピンセットで小さな電子パーツを一つずつ貼り付け始めた。
サオリのプリクラ帳にある、あの「星」や「ハート」の配置を真似る。規則性はない。ただ、自分の心が「ここだ」と叫ぶ場所に、色を置いていく。
カチッ、カチッ、と小さな音が、静かなショップに響く。
没頭していた。時間の感覚が消え、脳内の「最適化プログラム」が、熱を帯びてショートしていく感覚。
完成したそれは、2048年の基準から見れば、醜悪な「ゴミの塊」だった。
けれど、窓から差し込む不自然なデジタル・ブルーの光を浴びて、デバイスの背面がギラリと歪な輝きを放つ。
「……いいじゃん。超、いいじゃん」
サオリが言っていた言葉が、自然と口をついて出た。
その瞬間、ミナの視界の端に、赤い警告アラートが点滅した。
『警告。市民ID:M-0722。バイタル異常を検知。ドーパミン値が規定範囲を逸脱しています。直ちに深呼吸を行い、感情の平準化を実行してください』
「やだ」
ミナは警告ウィンドウを、物理的な手で力いっぱい振り払った。
ホログラムの文字が霧散する。その代わり、彼女の胸の奥には、今まで感じたことのない、ズキズキとするような「生(なま)の痛み」が生まれていた。
彼女はデコったデバイスを握りしめ、ショップを飛び出した。
向かうのは、上層階の「新・渋谷」の目抜き通り。
無機質で、清潔で、死んでいるような街。
そこに、この「バグ」を持ち込んでやる。
エレベーターの鏡に映るミナの顔は、いつもの無気力なそれではない。
2005年のサオリと同じ、攻撃的で、それでいて寂しげな、生きている人間の顔をしていた。
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