デコ・エスカピズム:2048年のプリクラ帳

あめとおと

文字の大きさ
3 / 4

第3話:デジタル・ゴースト

しおりを挟む

地上階へと昇るエレベーターの扉が開いた瞬間、ミナは眩暈(めまい)に襲われた。
網膜に投影されるナビゲーション、整然と並ぶ広告ホログラム、そして無味無臭の空調。すべてがいつも通り。けれど、手の中にある「デコり倒したデバイス」だけが、異物のように熱を放っている。
ミナが歩き出すと、周囲の市民たちが微かに眉をひそめた。
彼らの視覚デバイスが、ミナの持ち物から発せられる「不規則な光の反射」を、即座に有害な視覚ノイズとして検知したのだ。
『警告。周辺に視覚的干渉を確認。市民ID:M-0722、公共の調和を乱しています。即座にデバイスを遮蔽(シールド)してください』
脳内に直接響く管理AIの声。ミナはそれを無視し、あえてデバイスを高く掲げた。
ジャンクパーツの青いコンデンサと、サオリのプリクラ帳から剥がして移植した、たった一粒のラインストーン。それが、午後三時の人工太陽を反射して、退屈な街並みに「虹色の亀裂」を走らせる。
「……見てよ。こっちを見て」
ミナの呟きに応えるように、ポケットの中のプリクラ帳が震えた。
物理的な振動ではない。空間そのものが、古いレコードの針が飛ぶように、一瞬だけ歪んだのだ。
「えっ……?」
視界の端に、ノイズの塊が浮遊している。
それは、ミナのデバイスが放つ乱反射を媒介にして、この現代に受肉しようともがいているようだった。
『……っ、……な、……なあに、これ』
声が聞こえた。
ポッドを通じた音声ではない。ミナの脳内でもない。
「空気」そのものが震えて、言葉を形作っている。
『ちょっと、今の渋谷……マジでウケるんだけど! 超・お葬式じゃん!』
ミナの目の前に、透き通ったサオリが現れた。
第1話のホログラムよりもずっと鮮明だ。彼女は宙に浮いたまま、足をバタつかせ、新・渋谷の清潔なスクランブル交差点を指さして爆笑している。
「サオリ……? なんで、ここに」
『わかんない! でも、あんたがこの“キラキラ”を掲げたから、あたし、こっちに来れたっぽい。電波の波長? 的な?』
サオリは空中を泳ぐようにして、無表情に歩くサラリーマンの顔を覗き込んだ。彼女の手が男の頬を通り抜ける。
『ねえ、この人たち、生きてるの? 感情のグラフ、ずっと横棒じゃん。うちらの時代のプリクラ機に突っ込んだら、機械がバグって爆発しそう』
「今の世界は、それが『正解』なの。悲しみも、怒りも、無駄な興奮も……全部コストだから」
ミナの言葉に、サオリはピタリと動きを止めた。
彼女の瞳はデジタル・ゴースト特有のグリッチ(乱れ)を含んでいたが、その奥にある「意志」は、誰よりも強固だった。
『……正解、ね。でもさ、あんたは嫌なんでしょ? だから、そのボロボロのゴミ、大事そうに持ってるんじゃん』
サオリがミナのデコ・デバイスを指さす。
その瞬間、デバイスの中央に埋め込んだラインストーンが、ひときわ強く明滅した。
プリクラ帳の最後の方にあった、あの「真っ白なシール」が、ミナの網膜に直接、複雑な16進数のコードを流し込み始める。
『あたし、思い出した。あたしがこの帳面(ノート)に最後に貼ったやつ……あれ、ただの写真じゃないよ』
サオリの表情が、少しだけ真剣なものに変わる。
『それは、あたしが未来のあんたに送った、「爆弾」のパスワード。……ねえ、ミナ。一緒にこの街、デコり散らかしてみない?』
ミナの心臓が、管理AIの設定値を軽々と超えて、激しく鐘を打った。
管理社会「オーパス」の監視カメラが、一斉にミナの方を向く。
けれどミナは、初めて自分から、悪戯っぽく口角を上げた。
「……いいよ。やってやろうじゃん、サオリ」
二人の視線が重なった瞬間、街中のホログラム広告が、一瞬だけ「ピンク色」に明滅した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

処理中です...