デコ・エスカピズム:2048年のプリクラ帳

あめとおと

文字の大きさ
4 / 5

第4話:失われた聖地「109」へ

しおりを挟む

「ここから先は、『居住不適格エリア』だよ」
ミナは、錆びついた鉄格子の前で足を止めた。新・渋谷の眩いプラットフォームの端、何重もの電磁ロックで封鎖された下層への入り口だ。
足元からは、絶えず水の跳ねる音が聞こえてくる。20年前に上昇した海水が、かつての街を飲み込み、今やそこは、廃棄物と沈黙だけが支配する場所となっていた。
『えー、マジ? あたしの庭、こんなことになってんの?』
サオリのゴーストが、ミナの肩越しに身を乗り出す。彼女の姿は、ミナのデコ・デバイスが放つ不安定な電波を糧に、暗闇の中で淡くピンク色に発光していた。
「ポッド、ハッキングして。管理局の目をごまかして」
『承知いたしました。……ですがミナ、この先はバイタルサインの追跡が途切れます。万が一の際、救護ドローンは来ません』
「いいよ。どうせ、もう『正常』な市民じゃないし」
ミナは、ラインストーンで装飾されたデバイスを操作し、強引にゲートを解錠した。
重い扉が軋んだ音を立てて開く。そこには、垂直に切り立ったコンクリートの崖と、その下に広がる暗い海があった。
螺旋階段を降りるにつれ、気温が数度下がる。
やがて、ミナのライトが「それ」を照らし出した。
半分以上が海に浸かり、貝殻や海藻に覆われた巨大な円柱状の建物。
壁面には、辛うじて読み取れる赤い文字で「109」と刻まれている。
『マルキュー……』
サオリの声が、震えた。
彼女は水面の上を滑るように進み、かつての聖地の入り口へと近づいていく。
そこには、泥に埋まったプラスチックの破片や、色が完全に抜けたマネキンの腕が転がっていた。
「サオリ、ここに何があるの? プリクラ帳の『コード』と、何の関係が?」
『……ここ、あたしたちの「教会」だったんだ。親とも先生とも違う、自分たちだけのルールで生きてるって証明するための場所』
サオリが、浸水したフロアの奥、瓦礫の山を指さした。
そこには、巨大な電子レンジのような形をした、朽ち果てた機械の残骸があった。
『あれだよ。あれの中に、あたしが隠した「大元のデータ」があるはず』
ミナは膝まで水に浸かりながら、その機械——かつてのプリントシール機へと近づいた。
外装はボロボロで、配線は腐食している。けれど、ミナがデコ・デバイスをその基盤に近づけた瞬間、デバイスに移植したラインストーンが、共鳴するように激しく明滅し始めた。
「……つながる」
ミナの網膜に、濁流のようなデータが流れ込んでくる。
それは、サオリたちの笑い声、当時の街の喧騒、香水の匂い、そして——強烈な「孤独」だった。
『ミナ、気をつけて! 誰か来る!』
サオリの叫びと同時に、上空から強烈なサーチライトが差し込んだ。
管理局の執行ドローンだ。無機質なレーザーサイトが、ミナの胸元に赤い点を打つ。
「……見つかった」
『逃げないの?』
ミナは、機械の残骸にデバイスを押し当てたまま、不敵に微笑んだ。
「逃げないよ。今、この『熱』をダウンロードしてる。……サオリ、あんたたちの時代って、こんなに息苦しくて、最高に自由だったんだね」
ドローンの警告音が鳴り響く中、ミナの指先から、数万枚の「過去の記憶」が、現代のネットワークへと逆流を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...