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第4話:失われた聖地「109」へ
しおりを挟む「ここから先は、『居住不適格エリア』だよ」
ミナは、錆びついた鉄格子の前で足を止めた。新・渋谷の眩いプラットフォームの端、何重もの電磁ロックで封鎖された下層への入り口だ。
足元からは、絶えず水の跳ねる音が聞こえてくる。20年前に上昇した海水が、かつての街を飲み込み、今やそこは、廃棄物と沈黙だけが支配する場所となっていた。
『えー、マジ? あたしの庭、こんなことになってんの?』
サオリのゴーストが、ミナの肩越しに身を乗り出す。彼女の姿は、ミナのデコ・デバイスが放つ不安定な電波を糧に、暗闇の中で淡くピンク色に発光していた。
「ポッド、ハッキングして。管理局の目をごまかして」
『承知いたしました。……ですがミナ、この先はバイタルサインの追跡が途切れます。万が一の際、救護ドローンは来ません』
「いいよ。どうせ、もう『正常』な市民じゃないし」
ミナは、ラインストーンで装飾されたデバイスを操作し、強引にゲートを解錠した。
重い扉が軋んだ音を立てて開く。そこには、垂直に切り立ったコンクリートの崖と、その下に広がる暗い海があった。
螺旋階段を降りるにつれ、気温が数度下がる。
やがて、ミナのライトが「それ」を照らし出した。
半分以上が海に浸かり、貝殻や海藻に覆われた巨大な円柱状の建物。
壁面には、辛うじて読み取れる赤い文字で「109」と刻まれている。
『マルキュー……』
サオリの声が、震えた。
彼女は水面の上を滑るように進み、かつての聖地の入り口へと近づいていく。
そこには、泥に埋まったプラスチックの破片や、色が完全に抜けたマネキンの腕が転がっていた。
「サオリ、ここに何があるの? プリクラ帳の『コード』と、何の関係が?」
『……ここ、あたしたちの「教会」だったんだ。親とも先生とも違う、自分たちだけのルールで生きてるって証明するための場所』
サオリが、浸水したフロアの奥、瓦礫の山を指さした。
そこには、巨大な電子レンジのような形をした、朽ち果てた機械の残骸があった。
『あれだよ。あれの中に、あたしが隠した「大元のデータ」があるはず』
ミナは膝まで水に浸かりながら、その機械——かつてのプリントシール機へと近づいた。
外装はボロボロで、配線は腐食している。けれど、ミナがデコ・デバイスをその基盤に近づけた瞬間、デバイスに移植したラインストーンが、共鳴するように激しく明滅し始めた。
「……つながる」
ミナの網膜に、濁流のようなデータが流れ込んでくる。
それは、サオリたちの笑い声、当時の街の喧騒、香水の匂い、そして——強烈な「孤独」だった。
『ミナ、気をつけて! 誰か来る!』
サオリの叫びと同時に、上空から強烈なサーチライトが差し込んだ。
管理局の執行ドローンだ。無機質なレーザーサイトが、ミナの胸元に赤い点を打つ。
「……見つかった」
『逃げないの?』
ミナは、機械の残骸にデバイスを押し当てたまま、不敵に微笑んだ。
「逃げないよ。今、この『熱』をダウンロードしてる。……サオリ、あんたたちの時代って、こんなに息苦しくて、最高に自由だったんだね」
ドローンの警告音が鳴り響く中、ミナの指先から、数万枚の「過去の記憶」が、現代のネットワークへと逆流を始めた。
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