もう騙されない私になる――相談できなかった50代、はじめての再出発――

あめとおと

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第2話 検索できなかった言葉

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 ノートを書き始めて三日が過ぎた。

 誰にも見せない前提の文字は、驚くほど正直だった。

『眠れない』
『ごはんがおいしくない』
『夫の顔を見るのが怖い』

 短い言葉ばかりだったが、書くたびに胸の奥の重さが少しだけ軽くなる気がした。

 それでも、現実は何も変わらない。

 通帳の残高は増えないし、消えたお金も戻らない。

 パートには普通に行った。

 「おはようございます」と言い、レジに立ち、笑顔を作る。

 自分が詐欺に遭った人間だなんて、誰も知らない。

 知られたら終わりだと思った。

 きっと、こう言われる。

 ――どうして信じたの?

 休憩室でスマートフォンを取り出す。

 検索画面を開く。

 白い空欄が、やけに広く見えた。

 指が止まる。

 打てばいいだけなのに。

 たった一言なのに。

 「詐欺 相談」

 その文字を入力することが、どうしてもできなかった。

 検索した瞬間、自分が「被害者」だと確定してしまう気がしたからだ。

 まだ間違いかもしれない。

 システムトラブルかもしれない。

 そう思っていたほうが、少しだけ楽だった。

 画面を閉じようとしたとき、隣に座っていた同僚の会話が耳に入った。

「最近さ、変なメール多くない? 詐欺とか怖いよね」

「ねー。私だったら絶対引っかからないけど」

 笑い声。

 悪気はない、ただの雑談。

 なのに胸がぎゅっと縮んだ。

 由紀は静かにスマートフォンを伏せた。

 ――やっぱり言えない。

 自分は「絶対引っかからない人」ではなかった。

 帰宅後、いつものようにカーテンを閉める。

 部屋が暗くなると、安心した。

 誰にも見られない場所。

 ノートを開く。

 しばらくペンを握ったまま動けなかったが、やがて書いた。

 『検索するのが怖い』

 書いた瞬間、ふと疑問が浮かんだ。

 怖いのは、何だろう。

 詐欺だと確定すること?

 それとも――

 自分だけじゃないと知ること?

 由紀はゆっくりスマートフォンを手に取った。

 深呼吸をひとつ。

 そして、震える指で文字を打ち込む。

 「詐欺 相談」

 検索ボタンを押す。

 画面が切り替わる。

 そこに並んだのは、知らない言葉ではなかった。

 「同じ被害に遭いました」
 「誰にも言えません」
 「恥ずかしくて眠れない」

 自分が書いたのかと思うほど、同じ言葉が並んでいた。

 由紀の目が、ゆっくり見開かれる。

「……私だけじゃ、ない?」

 その瞬間。

 胸の奥で固まっていた何かが、ほんの少しだけ溶けた。

 画面の向こうには、知らない誰かの体験談が続いている。

 失った金額も、年齢も、状況も違う。

 けれど共通していたのは――

 みんな、最初は誰にも言えなかったということだった。

 由紀は椅子に座り直した。

 逃げるように閉じていた世界を、もう少しだけ見てみようと思った。

 それは勇気というほど大きなものではない。

 ただ。

 ほんの少し、孤独が薄れただけだった。



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