王都一番の魔導修理屋

あめとおと

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第2話  壊れた魔導ランタン

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王都エルドラの朝は、いつも慌ただしい。

だがその日の市場は、いつも以上に騒がしかった。

「昨日のあれ、見たか?」

「魔導炉を止めた平民の話だろ?」

「魔導師団が呼ばれるレベルだったんだぞ!」

人々は口々に噂をしていた。

市場の端にあるパン屋の主人は、得意げに腕を組んでいる。

「俺、見てたぞ」

「ほんとか!?」

「うちのランタン直しに来てた兄ちゃんがな」

そう言って、親指で後ろを指す。

通りの向こうを、のんびり歩いている青年。

ぼさぼさの髪。
やる気のなさそうな目。

手には工具袋。

それが――

リクトだった。

「え?」

「……あれ?」

「普通の兄ちゃんじゃね?」

当然の反応である。

当の本人は、そんな視線にまったく気づいていない。

「パン買うかな……」

むしろ食べ物のことを考えていた。

市場を抜け、石畳の通りをのんびり歩く。

やがて、古びた看板が見えてきた。

『魔導具修理・販売 ミレイア商店』

店に入ると、カウンターの奥から声が飛んできた。

「遅い!」

ミレイアだった。

栗色の髪を揺らし、腕を組んでいる。

「ランタン修理だけでどれだけ時間かかってるの」

「途中で魔導炉止めた」

「……は?」

リクトは工具袋を机に置いた。

「市場で暴走してた」

ミレイアは一瞬、固まった。

「え、ちょっと待って」

「うん」

「それ、大騒ぎになるやつじゃない?」

「なってた」

「で?」

「止めた」

「……あなたが?」

「うん」

ミレイアは両手で顔を覆った。

「……ああもう」

「なに」

「絶対あとで面倒になるやつ!」

リクトは椅子に座った。

「大丈夫じゃない?」

「何が!?」

「直ったし」

「そういう問題じゃないの!」

そのときだった。

ガラン。

店の扉が勢いよく開いた。

入ってきたのは、立派な服を着た中年の男だった。

明らかに裕福そうな身なり。

そして、後ろには護衛らしい男が二人。

ミレイアは慌てて姿勢を正した。

「い、いらっしゃいませ」

男は店内を見回した。

そしてカウンターの奥にいるリクトを見つける。

「君か」

「?」

リクトは顔を上げた。

男はゆっくり近づく。

「市場の魔導炉を止めた平民というのは」

ミレイアが凍りつく。

リクトは少し考えた。

「うーん」

そして普通に答えた。

「たぶん俺」

ミレイア
「ちょっと!?」

男は腕を組んだ。

「やはりか」

「なに?」

「私はグランベル子爵だ」

ミレイアの顔色が変わった。

貴族。

それも子爵クラス。

王都ではかなり上位だ。

「昨日の魔導炉は、私の商会のものだ」

「そうなんだ」

「王都の魔導師に修理を依頼していたが、原因がわからなかった」

リクトは机の上の工具を触りながら聞いている。

「それを君が数秒で直した」

「弁が逆だった」

子爵の眉がぴくりと動いた。

「……弁?」

「魔力調整弁」

リクトは空中に指で図を描く。

「この回路に魔力が流れて、ここで圧が調整されるんだけど」

「……」

「弁が逆だと、魔力が詰まる」

ミレイアは慣れているが、子爵は完全に置いていかれていた。

「つまり」

リクトは結論だけ言った。

「組み立てミス」

沈黙。

護衛が顔を見合わせる。

子爵は少し考えたあと、口を開いた。

「……君」

「なに」

「この店の修理師か?」

ミレイアが慌てて答えた。

「え、えっと、はい!その、うちの――」

「雑用」

リクトが言った。

ミレイア
「黙ってて!」

子爵はしばらく二人を見ていた。

やがて、ふっと笑った。

「面白い」

懐から小さな箱を取り出す。

机の上に置いた。

カチ。

箱を開ける。

中にあったのは――

銀色の魔導ランタン。

普通のものとは明らかに違う。

回路が複雑で、装飾も細かい。

「これは?」

リクトが聞いた。

子爵は言った。

「王都の魔導具職人が作った高級品だ」

「へえ」

「だが三日前から動かない」

ミレイアが息を呑んだ。

「王都の職人でも直せないものだ」

子爵はリクトを見た。

「君はどう思う?」

リクトはランタンを手に取った。

重さを確かめる。

軽く振る。

カチャ。

音がした。

「……あー」

そして、普通に開けた。

ミレイアが慌てる。

「ちょっと!高級品!」

リクトは中を覗いた。

数秒。

「なるほど」

工具を一本取り出す。

カチ。

カチ。

小さな部品を調整する。

そしてランタンを閉じる。

魔石をはめる。

次の瞬間――

ぱっ。

柔らかな光が灯った。

店の中が明るくなる。

ミレイア
「……え」

護衛
「……」

子爵
「……」

リクトはランタンを机に置いた。

「部品ずれてた」

沈黙。

数秒後。

子爵が、ゆっくり笑った。

「……君」

「なに」

「名前は?」

「リクト」

「リクト君」

子爵は言った。

「どうやら君は」

少し楽しそうな声だった。

「とんでもない修理屋らしい」

リクトは首をかしげた。

「普通だと思う」

子爵は声を出して笑った。

その頃――

王都の別の場所。

王国魔導研究院。

一人の若い研究者が、報告書を読んでいた。

「市場の魔導炉を、平民が停止?」

眉をひそめる。

「そんな馬鹿な」

だが報告書は本物だ。

研究者は立ち上がった。

「面白い」

そして呟く。

「会いに行こう」

この出会いが――

後に王都の魔導理論を揺るがすことを、
まだ誰も知らなかった。

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