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第一話 五分だけ早い時計
しおりを挟む腕時計が、五分だけ早い。
何度合わせても、必ず五分進む。
最初は些細なことだった。
電話が鳴る五分前に分かる。
雨が降る五分前に分かる。
上司に呼ばれる五分前に分かる。
未来を、五分だけ先取りしている。
そう思った。
試してみる。
時計が8時30分を指したとき、
なぜかエレベーターが止まる気がした。
階段を選ぶ。
五分後、非常ベル。
予感は当たる。
避けられる。
未来は変えられる。
⸻
帰り道。
横断歩道。
時計が19時12分を指す。
頭の奥が冷たくなる。
「トラックが突っ込む」
反射的に、私は後ろへ下がる。
信号が赤になる。
トラックがスピードを落とさずに交差点へ。
衝撃音。
悲鳴。
でも私は無傷だ。
助かった。
そう思った。
ざわめきの中心を見る。
横断歩道の中央に、
スーツ姿の男が倒れている。
腕に、見覚えのある時計。
ガラスが割れ、針は19時12分で止まっている。
私と、同じ時計。
同じ傷。
同じ癖のある革ベルト。
「あなた、知り合いですか?」
誰かに聞かれる。
声の主を探す。
目が合う。
その人は、私を見ていない。
私の後ろを見ている。
振り返る。
横断歩道の中央。
倒れている男の顔が、はっきり見える。
――私だ。
呼吸が浅くなる。
腕を見る。
私の時計は動いている。
19時17分。
五分だけ早い。
いや、違う。
遅れている。
倒れている“私”の時計は19時12分。
今の時刻は19時12分なのだ。
私は、五分後に立っている。
もう、終わった後の時間に。
救急隊員が到着する。
ストレッチャーに乗せられる体。
私をすり抜けていく。
誰も触れない。
触れられない。
腕時計が震える。
秒針が止まる。
19時17分。
世界の音が、五分分だけ消える。
そして、すべてが19時12分に巻き戻る。
横断歩道。
青信号。
トラック。
私は、まだ立っている。
腕時計は、五分だけ早い。
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