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第二話 三秒だけ遅れるエレベーター
しおりを挟む会社のエレベーターは、三秒だけ遅れる。
閉ボタンを押す。
扉は閉まる。
だが表示は、三秒後に「閉」に変わる。
階数も同じだ。
体感より表示が三秒遅い。
つまり、今いる場所は
表示より三秒先。
誰も気づいていない。
気づいているのは、私だけ。
⸻
地震の日。
七階へ向かう途中、急停止した。
表示は「5」。
でも感覚は、もう少し上。
扉が開く。
六階のフロア。
三秒後、表示が「6」になる。
その瞬間、
五階のシャフト側で金属が歪む音がした。
あと三秒遅れていたら。
表示どおりの位置にいたら。
私は五階の高さで止まり、
落下していた。
助かった。
そう思った。
⸻
翌週。
総務から回覧が来る。
「地震当日の事故報告」
五階と六階の間で停止。
シャフトの破損。
乗客一名、死亡。
時刻を見る。
私が乗っていた時間。
名前の欄を見る。
そこに、私の名前がある。
血の気が引く。
総務へ駆け込む。
「これは間違いです。私は生きています」
担当者は怪訝な顔をする。
「どなたですか?」
社員証を出す。
読み取りエラー。
システムに登録がない。
「あなた、外部の方ですよね?」
喉が乾く。
フロアへ戻る。
私の席に、知らない人が座っている。
「そこ、私の席です」
その人は言う。
「え? ここ、最初から私の席ですが」
周囲も頷く。
私の名前を呼ぶ人はいない。
私の書類も、痕跡もない。
⸻
エレベーターに乗る。
一階を押す。
扉が閉まる。
表示は三秒遅れて変わる。
私は気づく。
あの日、助かったのではない。
三秒、ずれただけだ。
本来なら死んでいた時間から、
三秒だけ外れた。
表示が「5」になる。
体は、もう少し上にある。
表示が「6」になる。
だが、揺れは来ない。
代わりに、扉の鏡に映る私が――
三秒、遅れて動く。
私は右手を上げる。
鏡の中の私は、動かない。
三秒後、
鏡の中の私がゆっくり右手を上げる。
そして、微笑う。
私は笑っていない。
扉が開く。
そこは、見知らぬフロア。
ボタンに存在しない階。
表示は、空白。
背後で扉が閉まる。
三秒遅れて、閉まる。
私は気づく。
表示が遅れているのではない。
世界が正しく進んでいる。
三秒分、
私だけが、過去に取り残されている。
だから記録は、先に進んだ。
死亡扱いになった私の時間へ。
エレベーターが動き出す。
階数表示は、何も変わらない。
ただ、秒だけが減っていく。
三秒。
二秒。
一秒。
表示が消える。
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