今日も誰かが、ログインしている

あめとおと

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第1話 最強剣士は、今日も畑に呼ばれる

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《Elysian Garden Online》――通称EGO。

世界初の完全感覚接続型VRMMOとして爆発的ヒットを飛ばし、
サービス開始から三年が経った今も、トッププレイヤーたちは日々レイド更新を競い合っている。

ランキング1位。

ID:レヴァンティア

全ボス討伐済み。
最速記録保持者。
PvP勝率九割超え。

フォーラムでは彼の一挙一動が考察され、
配信をすれば同時接続は軽く五万人を超える。

――その彼が、今なにをしているかというと。

「……なんで俺が畝を作ってるんだ」

剣ではなく、鍬を握っていた。





ログイン直後。

視界が晴れ、いつもの白亜の都市《アルセリア》が広がる。

フレンド通知が点滅していた。

マリィ:レヴァン、今ひま?

嫌な予感しかしない。

返信する前に、もう一通。

マリィ:畑、手伝って

なぜだ。

なぜ俺のログインを察知している。

なぜ用件が毎回畑なんだ。

レヴァンティアは深く息を吐いた。

彼女――マリィは、生産特化プレイヤーだ。

戦闘レベルは中堅程度。
だが農業スキルはサーバー屈指。

都市郊外に広大な個人農園を持ち、
トップギルドの料理素材の三割は彼女の畑産だと言われている。

そしてなぜか、
彼女はレヴァンティアを労働力として扱う。



「遅いよー」

転移門を抜けると、
麦わら帽子のアバターが手を振っていた。

「レイド終わったばっかだ」
「じゃあちょうどいいね。体あったまってるでしょ」
「戦闘と農業は筋肉の使い方が違う」

言いながら、鍬を押し付けられる。

「今日はキャベツ」
「ボスより硬いのか?」
「踏んだら怒るよ」

怒られるらしい。

世界最強が。





畑は広い。

風が揺らす青葉の音が、やけに心地いい。

レヴァンは無言で土を耕す。

その動きは、妙に洗練されていた。

「……慣れてない?」
「三回目だ」
「三回でここまで上手くなる?」
「敵の足場読みと同じだ」

土の硬さ、水分量、日差しの角度。

無意識に“最適解”を探している。

マリィはにこにこしながら種を植える。

「レヴァンがいるとね、モンスター湧かないんだよね」
「湧く前に処理してる」
「そういうとこ」

遠くで地面がわずかに震えた。

畑荒らしモンスター《ルートボア》。

通常、複数湧きで農園を壊滅させる厄介者。

レヴァンは振り向きもせず、腰の剣を抜いた。

一閃。

ログにダメージが流れ、
ボアは消滅。

「キャベツ踏まなかった?」
「踏んでない」
「えらい」

なぜ褒められているのか。





ギルドチャットが騒がしい。

タンク:レヴァンどこ?
魔導士:次のレイド作戦会議なんだけど
斥候:まさかソロで裏ボス?

レヴァンは一言返す。



沈黙。

数秒後。

タンク:は?
魔導士:また?
斥候:ランキング1位、今日も農家

マリィが横から覗く。

「みんな来る?」
「来ない」
「だよね」

彼女は当たり前のように水やりを始めた。

「なんで俺なんだ」
「強いから」
「戦闘だろ」
「違うよ」

マリィは言う。

「ちゃんと最後までやるから」

レイドでは最速を求める。
効率を追い、最短で終わらせる。

でも畑は違う。

耕して、植えて、待つ。

ログアウトしても、時間は進む。

「途中で投げない人がいいの」

レヴァンは、言葉に詰まった。





夕暮れ。

畑は整い、苗が並ぶ。

「ありがと」
「礼なら素材割引で」
「それはダメ」

即答だった。

遠くの丘で、初心者プレイヤーがモンスターに追われているのが見えた。

レヴァンは立ち上がる。

「行ってくる」
「キャベツ踏まないでね」
「踏まない」

一瞬で距離を詰め、
モンスターを処理する。

初心者が目を丸くする。

「あ、あの……ランキング1位の……?」
「違う」
「え?」
「今日は農家だ」

意味がわからない顔をされた。





ログアウト前。

マリィがぽつりと言った。

「ねぇ、レヴァン」
「なんだ」
「レイド、楽しい?」
「……楽しい」

「そっか。よかった」

それだけ。

だが、なぜか胸の奥が少しだけ温かい。

戦場では歓声が上がる。
チャットは賞賛で流れる。

でもここでは、

「踏まないで」
「えらい」
「ありがと」

それだけだ。

それだけなのに。

レヴァンは空を見上げる。

「……次、いつだ」
「明日、じゃがいも植える」
「了解」

ギルドチャットがまた騒ぐ。

タンク:明日会議な!
レヴァン:無理
魔導士:は?
レヴァン:畑

爆笑スタンプが流れた。



ログアウトボタンを押す直前、
レヴァンは小さく呟く。

「レイドより緊張するんだよな……キャベツ」

その声は、誰にも聞こえない。

でも今日も、
誰かがログインしている。

そして最強プレイヤーは、
だいたい畑にいる。



――第1話・了

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