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第1話 最強剣士は、今日も畑に呼ばれる
しおりを挟む《Elysian Garden Online》――通称EGO。
世界初の完全感覚接続型VRMMOとして爆発的ヒットを飛ばし、
サービス開始から三年が経った今も、トッププレイヤーたちは日々レイド更新を競い合っている。
ランキング1位。
ID:レヴァンティア
全ボス討伐済み。
最速記録保持者。
PvP勝率九割超え。
フォーラムでは彼の一挙一動が考察され、
配信をすれば同時接続は軽く五万人を超える。
――その彼が、今なにをしているかというと。
「……なんで俺が畝を作ってるんだ」
剣ではなく、鍬を握っていた。
⸻
■
ログイン直後。
視界が晴れ、いつもの白亜の都市《アルセリア》が広がる。
フレンド通知が点滅していた。
マリィ:レヴァン、今ひま?
嫌な予感しかしない。
返信する前に、もう一通。
マリィ:畑、手伝って
なぜだ。
なぜ俺のログインを察知している。
なぜ用件が毎回畑なんだ。
レヴァンティアは深く息を吐いた。
彼女――マリィは、生産特化プレイヤーだ。
戦闘レベルは中堅程度。
だが農業スキルはサーバー屈指。
都市郊外に広大な個人農園を持ち、
トップギルドの料理素材の三割は彼女の畑産だと言われている。
そしてなぜか、
彼女はレヴァンティアを労働力として扱う。
⸻
「遅いよー」
転移門を抜けると、
麦わら帽子のアバターが手を振っていた。
「レイド終わったばっかだ」
「じゃあちょうどいいね。体あったまってるでしょ」
「戦闘と農業は筋肉の使い方が違う」
言いながら、鍬を押し付けられる。
「今日はキャベツ」
「ボスより硬いのか?」
「踏んだら怒るよ」
怒られるらしい。
世界最強が。
⸻
■
畑は広い。
風が揺らす青葉の音が、やけに心地いい。
レヴァンは無言で土を耕す。
その動きは、妙に洗練されていた。
「……慣れてない?」
「三回目だ」
「三回でここまで上手くなる?」
「敵の足場読みと同じだ」
土の硬さ、水分量、日差しの角度。
無意識に“最適解”を探している。
マリィはにこにこしながら種を植える。
「レヴァンがいるとね、モンスター湧かないんだよね」
「湧く前に処理してる」
「そういうとこ」
遠くで地面がわずかに震えた。
畑荒らしモンスター《ルートボア》。
通常、複数湧きで農園を壊滅させる厄介者。
レヴァンは振り向きもせず、腰の剣を抜いた。
一閃。
ログにダメージが流れ、
ボアは消滅。
「キャベツ踏まなかった?」
「踏んでない」
「えらい」
なぜ褒められているのか。
⸻
■
ギルドチャットが騒がしい。
タンク:レヴァンどこ?
魔導士:次のレイド作戦会議なんだけど
斥候:まさかソロで裏ボス?
レヴァンは一言返す。
畑
沈黙。
数秒後。
タンク:は?
魔導士:また?
斥候:ランキング1位、今日も農家
マリィが横から覗く。
「みんな来る?」
「来ない」
「だよね」
彼女は当たり前のように水やりを始めた。
「なんで俺なんだ」
「強いから」
「戦闘だろ」
「違うよ」
マリィは言う。
「ちゃんと最後までやるから」
レイドでは最速を求める。
効率を追い、最短で終わらせる。
でも畑は違う。
耕して、植えて、待つ。
ログアウトしても、時間は進む。
「途中で投げない人がいいの」
レヴァンは、言葉に詰まった。
⸻
■
夕暮れ。
畑は整い、苗が並ぶ。
「ありがと」
「礼なら素材割引で」
「それはダメ」
即答だった。
遠くの丘で、初心者プレイヤーがモンスターに追われているのが見えた。
レヴァンは立ち上がる。
「行ってくる」
「キャベツ踏まないでね」
「踏まない」
一瞬で距離を詰め、
モンスターを処理する。
初心者が目を丸くする。
「あ、あの……ランキング1位の……?」
「違う」
「え?」
「今日は農家だ」
意味がわからない顔をされた。
⸻
■
ログアウト前。
マリィがぽつりと言った。
「ねぇ、レヴァン」
「なんだ」
「レイド、楽しい?」
「……楽しい」
「そっか。よかった」
それだけ。
だが、なぜか胸の奥が少しだけ温かい。
戦場では歓声が上がる。
チャットは賞賛で流れる。
でもここでは、
「踏まないで」
「えらい」
「ありがと」
それだけだ。
それだけなのに。
レヴァンは空を見上げる。
「……次、いつだ」
「明日、じゃがいも植える」
「了解」
ギルドチャットがまた騒ぐ。
タンク:明日会議な!
レヴァン:無理
魔導士:は?
レヴァン:畑
爆笑スタンプが流れた。
⸻
ログアウトボタンを押す直前、
レヴァンは小さく呟く。
「レイドより緊張するんだよな……キャベツ」
その声は、誰にも聞こえない。
でも今日も、
誰かがログインしている。
そして最強プレイヤーは、
だいたい畑にいる。
⸻
――第1話・了
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