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第2話 回復職は、ボスより人間関係を治療する
しおりを挟むID:セレス
所属:トップギルド《白夜の天秤》
役職:メインヒーラー
彼女の回復がなければ、
このギルドは成り立たない。
レイド成功率九十七パーセント。
原因?
「セレスがいるから」
――戦闘面では、だ。
だが。
「はぁぁぁぁ……」
彼女は今、深いため息をついていた。
目の前には、床に座り込むタンク。
「俺、もう無理かもしれない……」
「ボスの話?」
「違う、リアルの話」
ああ、始まった。
⸻
■
《Elysian Garden Online》には、
公式の“相談スキル”など存在しない。
だがセレスの周囲には、
なぜか常に悩み相談が発生する。
「俺さ、昨日PvPで負けたんだ」
「うん」
「煽られてさ」
「うん」
「才能ないのかなって」
セレスは黙って、ヒールをかける。
「え? なんで回復?」
「HP減ってる」
「減ってないけど?」
「減ってる」
心のHPが。
⸻
■
セレスのヒールは正確だ。
詠唱は最短。
オーバーヒールなし。
無駄がない。
だがそれ以上に――
「ねぇセレス、俺さ」
「はいはい、座って」
初心者魔導士が泣きついてくる。
「ギルマスが怖い」
「怒られた?」
「DPS低いって」
「それは低いからだね」
「ひどい!」
でも次の言葉はやわらかい。
「伸び代あるって意味だよ」
魔導士の背中をぽん、と叩く。
「一緒に練習しよ」
「うん……!」
その様子を、
少し離れたところからギルマスが見ていた。
⸻
■
ギルマスID:アーク
冷静沈着。
作戦立案の鬼。
レイド中は一切の私情を挟まない。
だが。
「……俺、嫌われてる?」
セレスは無言で紅茶を差し出す。
ここはギルドハウスのラウンジ。
なぜか彼女の周りだけ茶会が開かれる。
「嫌われてないよ」
「でも怖いって言われた」
「怖いよ」
「即答!?」
「でもね」
セレスは微笑む。
「怖いのと、信頼できないのは別」
アークは黙る。
「みんな、あなたがちゃんと見てるの知ってる」
戦闘ログも、ミスも、成長も。
「だから泣けるの」
追いつきたいから。
認められたいから。
アークはしばらく無言で、やがて小さく言った。
「……ありがとう」
ヒールはかからない。
でも、何かが整った。
⸻
■
レイド本番。
巨大ボス《アビス・クロウラー》。
HP残り10%。
タンクが被弾。
「セレス!」
詠唱ゼロ。
即時回復。
さらにバリア。
さらに状態異常解除。
「DPS上げて! 今いける!」
魔導士の火力が跳ねる。
討伐。
歓声。
ログが流れる。
タンク:セレス神
魔導士:結婚して
斥候:うちの精神安定剤
セレスは苦笑する。
戦闘は、好きだ。
でも。
⸻
■
レイド後。
ギルドチャットに別の名前が流れた。
レヴァン:今ひま?
セレスは目を細める。
セレス:畑?
レヴァン:違う
レヴァン:じゃがいも踏みそう
吹き出した。
⸻
■
夜。
ギルドハウスのバルコニー。
セレスは空を見上げる。
リアルでは、彼女は看護師だ。
仕事帰りにログインする。
現実でも、
ゲームでも、
誰かのHPを見ている。
「大変じゃないの?」
以前、初心者に聞かれた。
少し考えて、こう答えた。
「減ってるのを見るのは慣れてるから」
でもね、と心の中で続ける。
「回復する瞬間が、好きなんだよ」
チャットが光る。
魔導士:セレス、明日も来る?
彼女は笑う。
セレス:ログインするよ
今日も誰かが、ログインしている。
ボスを倒すために。
強くなるために。
そして、少しだけ救われるために。
セレスはログアウトボタンを押す。
その前に、ひとつだけ。
セレス:アーク、怖いけど尊敬してるってみんな言ってたよ
数秒後。
アーク:……情報源は?
セレス:秘密
画面の向こうで、きっと苦笑している。
回復職は、今日も忙しい。
ボスより、人間関係のほうがHPが減るから。
⸻
――第2話・了
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