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あめとおと

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第2話 回復職は、ボスより人間関係を治療する

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ID:セレス

所属:トップギルド《白夜の天秤》
役職:メインヒーラー

彼女の回復がなければ、
このギルドは成り立たない。

レイド成功率九十七パーセント。

原因?

「セレスがいるから」

――戦闘面では、だ。

だが。

「はぁぁぁぁ……」

彼女は今、深いため息をついていた。

目の前には、床に座り込むタンク。

「俺、もう無理かもしれない……」
「ボスの話?」
「違う、リアルの話」

ああ、始まった。





《Elysian Garden Online》には、
公式の“相談スキル”など存在しない。

だがセレスの周囲には、
なぜか常に悩み相談が発生する。

「俺さ、昨日PvPで負けたんだ」
「うん」
「煽られてさ」
「うん」
「才能ないのかなって」

セレスは黙って、ヒールをかける。

「え? なんで回復?」
「HP減ってる」
「減ってないけど?」
「減ってる」

心のHPが。





セレスのヒールは正確だ。

詠唱は最短。
オーバーヒールなし。
無駄がない。

だがそれ以上に――

「ねぇセレス、俺さ」
「はいはい、座って」

初心者魔導士が泣きついてくる。

「ギルマスが怖い」
「怒られた?」
「DPS低いって」
「それは低いからだね」
「ひどい!」

でも次の言葉はやわらかい。

「伸び代あるって意味だよ」

魔導士の背中をぽん、と叩く。

「一緒に練習しよ」
「うん……!」

その様子を、
少し離れたところからギルマスが見ていた。





ギルマスID:アーク

冷静沈着。
作戦立案の鬼。

レイド中は一切の私情を挟まない。

だが。

「……俺、嫌われてる?」

セレスは無言で紅茶を差し出す。

ここはギルドハウスのラウンジ。

なぜか彼女の周りだけ茶会が開かれる。

「嫌われてないよ」
「でも怖いって言われた」
「怖いよ」
「即答!?」

「でもね」

セレスは微笑む。

「怖いのと、信頼できないのは別」

アークは黙る。

「みんな、あなたがちゃんと見てるの知ってる」

戦闘ログも、ミスも、成長も。

「だから泣けるの」

追いつきたいから。

認められたいから。

アークはしばらく無言で、やがて小さく言った。

「……ありがとう」

ヒールはかからない。

でも、何かが整った。





レイド本番。

巨大ボス《アビス・クロウラー》。

HP残り10%。

タンクが被弾。

「セレス!」

詠唱ゼロ。

即時回復。

さらにバリア。

さらに状態異常解除。

「DPS上げて! 今いける!」

魔導士の火力が跳ねる。

討伐。

歓声。

ログが流れる。

タンク:セレス神
魔導士:結婚して
斥候:うちの精神安定剤

セレスは苦笑する。

戦闘は、好きだ。

でも。





レイド後。

ギルドチャットに別の名前が流れた。

レヴァン:今ひま?

セレスは目を細める。

セレス:畑?

レヴァン:違う
レヴァン:じゃがいも踏みそう

吹き出した。





夜。

ギルドハウスのバルコニー。

セレスは空を見上げる。

リアルでは、彼女は看護師だ。

仕事帰りにログインする。

現実でも、
ゲームでも、

誰かのHPを見ている。

「大変じゃないの?」

以前、初心者に聞かれた。

少し考えて、こう答えた。

「減ってるのを見るのは慣れてるから」

でもね、と心の中で続ける。

「回復する瞬間が、好きなんだよ」

チャットが光る。

魔導士:セレス、明日も来る?

彼女は笑う。

セレス:ログインするよ

今日も誰かが、ログインしている。

ボスを倒すために。
強くなるために。
そして、少しだけ救われるために。

セレスはログアウトボタンを押す。

その前に、ひとつだけ。

セレス:アーク、怖いけど尊敬してるってみんな言ってたよ

数秒後。

アーク:……情報源は?

セレス:秘密

画面の向こうで、きっと苦笑している。

回復職は、今日も忙しい。

ボスより、人間関係のほうがHPが減るから。



――第2話・了
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