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第3話 伝説の鍛冶屋は、値段を気にしない
しおりを挟む《Elysian Garden Online》には、
職人ランキングというものが存在する。
武器部門、第一位。
ID:ノエル
戦闘レベル:中の上。
対人戦:弱い。
ボス討伐:あまり行かない。
だが。
彼女の作る武器は、なぜか“おかしい”。
⸻
■
ノエルは今日も炉の前にいる。
カン、カン、と規則正しい音。
ギルドも固定PTもない。
ひとりで、黙々と鉄を打つ。
「うん、いい色」
それが口癖だ。
強い武器を作ろうとは思っていない。
ただ、
「きれいに仕上げたい」
それだけ。
⸻
■
その日、一本の片手剣が完成した。
《スプリング・エッジ》
春の素材イベントで手に入る希少鉱石使用。
切れ味補正+15%。
スタミナ消費軽減。
追加効果:確率で攻撃速度上昇。
――明らかに壊れ性能。
だがノエルは、ステータスをほとんど見ない。
「バランスいいなぁ」
ぽち。
出品価格:8,000G
相場:280,000G
市場が、三十秒後に静止した。
⸻
■
最初に気づいたのは、
経済監視を趣味にしているプレイヤーだった。
え、ちょ
これバグ?
ノエル銘だよな?
数秒で落札。
落札者:レヴァンティア。
⸻
■
「……なんだこれ」
レヴァンは装備して、無言になる。
軽い。
振り抜きが速い。
スキル回転率が上がる。
「これ、いくらだと思う?」
ギルドチャット。
タンク:50万?
魔導士:素材イベント限定だろ?
レヴァン:8千
沈黙。
斥候:は?
タンク:桁足りない
魔導士:またか
“また”だった。
⸻
■
ノエルの工房。
通知が鳴り止まない。
「……?」
フレンド申請。
取引希望。
価格確認の問い合わせ。
そして一通。
レヴァン:値段間違えてないか?
ノエルは首をかしげる。
ノエル:間違えてないよ?
レヴァン:相場の1/30だぞ
ノエル:そんなにするの?
知らなかったらしい。
⸻
■
ギルド《白夜の天秤》会議。
議題:ノエル銘武器の市場影響。
「買い占める?」
「やめろ、炎上する」
「本人に値上げさせる?」
「言っても直らない」
セレスがぽつりと言う。
「ノエルさん、たぶんね」
「鉄の値段で決めてるよ」
全員が納得した。
⸻
■
レヴァンは直接工房へ向かった。
炉の前で、ノエルはいつも通り鉄を打っている。
「なんで安い」
「うーん」
ハンマーを止める。
「鉄、いい色だったから」
意味がわからない。
「でも時間かかってるだろ」
「好きだからね」
レヴァンは剣を抜き、軽く振る。
空気が鳴る。
「これ、俺が使うと環境変わるぞ」
「そうなの?」
本気で知らない顔。
⸻
■
数日後。
市場価格は微妙に揺れていた。
ノエル銘は安い。
だが数が少ない。
欲しい人は並ぶ。
転売屋は震える。
ノエルは変わらず言う。
「いっぱい作れないから、欲しい人に届けばいいなぁ」
それだけ。
⸻
■
ある日。
初心者プレイヤーが工房に来た。
「この剣、買ってもいいですか……?」
「うん」
震える手で差し出す所持金。
ほぼ全財産。
ノエルは少し考えて、金額を打ち直した。
3,000G。
「え?」
「最初の一本だもんね」
初心者は深く頭を下げた。
その様子を、
外からレヴァンが見ていた。
「……あんた、商売向いてないな」
「そう?」
「でもゲーム向いてる」
ノエルはきょとんとする。
「強い人が強くなるのも楽しいけどさ」
レヴァンは言う。
「最初の一本、忘れないやつもいる」
ノエルは少しだけ笑った。
「じゃあ、いいね」
⸻
■
その夜。
フォーラムにスレが立つ。
【悲報】ノエル銘、また安い
【朗報】初心者救済神
【疑問】本人は経済を理解しているのか
当の本人は。
「今日の鉄、ちょっと青みがかっててね」
誰も止められない。
市場は静かに揺れ続ける。
でも。
今日も誰かが、ログインしている。
最強になるために。
初めて剣を握るために。
そしてどこかで、
値段を気にしない鍛冶屋が、
いい色の鉄を探している。
⸻
――第3話・了
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