今日も誰かが、ログインしている

あめとおと

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第3話 伝説の鍛冶屋は、値段を気にしない

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《Elysian Garden Online》には、
職人ランキングというものが存在する。

武器部門、第一位。

ID:ノエル

戦闘レベル:中の上。
対人戦:弱い。
ボス討伐:あまり行かない。

だが。

彼女の作る武器は、なぜか“おかしい”。





ノエルは今日も炉の前にいる。

カン、カン、と規則正しい音。

ギルドも固定PTもない。

ひとりで、黙々と鉄を打つ。

「うん、いい色」

それが口癖だ。

強い武器を作ろうとは思っていない。

ただ、

「きれいに仕上げたい」

それだけ。





その日、一本の片手剣が完成した。

《スプリング・エッジ》

春の素材イベントで手に入る希少鉱石使用。

切れ味補正+15%。
スタミナ消費軽減。
追加効果:確率で攻撃速度上昇。

――明らかに壊れ性能。

だがノエルは、ステータスをほとんど見ない。

「バランスいいなぁ」

ぽち。

出品価格:8,000G

相場:280,000G

市場が、三十秒後に静止した。





最初に気づいたのは、
経済監視を趣味にしているプレイヤーだった。

え、ちょ
これバグ?
ノエル銘だよな?

数秒で落札。

落札者:レヴァンティア。





「……なんだこれ」

レヴァンは装備して、無言になる。

軽い。

振り抜きが速い。

スキル回転率が上がる。

「これ、いくらだと思う?」

ギルドチャット。

タンク:50万?
魔導士:素材イベント限定だろ?
レヴァン:8千

沈黙。

斥候:は?
タンク:桁足りない
魔導士:またか

“また”だった。





ノエルの工房。

通知が鳴り止まない。

「……?」

フレンド申請。
取引希望。
価格確認の問い合わせ。

そして一通。

レヴァン:値段間違えてないか?

ノエルは首をかしげる。

ノエル:間違えてないよ?

レヴァン:相場の1/30だぞ

ノエル:そんなにするの?

知らなかったらしい。





ギルド《白夜の天秤》会議。

議題:ノエル銘武器の市場影響。

「買い占める?」
「やめろ、炎上する」
「本人に値上げさせる?」
「言っても直らない」

セレスがぽつりと言う。

「ノエルさん、たぶんね」

「鉄の値段で決めてるよ」

全員が納得した。





レヴァンは直接工房へ向かった。

炉の前で、ノエルはいつも通り鉄を打っている。

「なんで安い」
「うーん」

ハンマーを止める。

「鉄、いい色だったから」

意味がわからない。

「でも時間かかってるだろ」
「好きだからね」

レヴァンは剣を抜き、軽く振る。

空気が鳴る。

「これ、俺が使うと環境変わるぞ」
「そうなの?」

本気で知らない顔。





数日後。

市場価格は微妙に揺れていた。

ノエル銘は安い。
だが数が少ない。

欲しい人は並ぶ。

転売屋は震える。

ノエルは変わらず言う。

「いっぱい作れないから、欲しい人に届けばいいなぁ」

それだけ。





ある日。

初心者プレイヤーが工房に来た。

「この剣、買ってもいいですか……?」
「うん」

震える手で差し出す所持金。

ほぼ全財産。

ノエルは少し考えて、金額を打ち直した。

3,000G。

「え?」
「最初の一本だもんね」

初心者は深く頭を下げた。

その様子を、
外からレヴァンが見ていた。

「……あんた、商売向いてないな」
「そう?」

「でもゲーム向いてる」

ノエルはきょとんとする。

「強い人が強くなるのも楽しいけどさ」

レヴァンは言う。

「最初の一本、忘れないやつもいる」

ノエルは少しだけ笑った。

「じゃあ、いいね」





その夜。

フォーラムにスレが立つ。

【悲報】ノエル銘、また安い
【朗報】初心者救済神
【疑問】本人は経済を理解しているのか

当の本人は。

「今日の鉄、ちょっと青みがかっててね」

誰も止められない。

市場は静かに揺れ続ける。

でも。

今日も誰かが、ログインしている。

最強になるために。
初めて剣を握るために。

そしてどこかで、

値段を気にしない鍛冶屋が、
いい色の鉄を探している。



――第3話・了

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