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第一章
001 異世界召喚なんて無茶苦茶だ
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高校に入学して二か月。平々凡々に朝起きて、平々凡々に学校生活を送り、平々凡々に夜眠る。
確かに退屈だと感じていたのは事実だ。否定はしない。
だが、違うんだよ。こういうのを待っていたわけじゃないんだよ。
今日も朝目覚めた時は、平々凡々な一日を過ごすことになるのだと思っていた。
いや、実際に過ごしていたんだ。今の今、放課後になるまでは。
*****
俺は一日の授業が終わると、教室で高校に入って新しくできた友達としばしの会話をした後に、下校しようと教室の扉に手をかけた。
ガラリと扉を開けると目に映るのは窓から覗く新緑の季節――も終わりかけ。
羽ばたく二羽の鳥がピーチクパーチク夫婦漫才しているところを脳内で想像すると、思わず独り笑いが零れる。
と、横からかけられるハスキー混じりの女性声。
「ちょ、何一人で笑ってんのよ。思い出し笑いっ? このドスケベ!」
「い、いや、ちが、うって。つーか、思い出し笑い=エロってのは誰が決めたんだよ!」
思わず言い返したその先、腕を組みつり上がり気味の目を細め、まるで蔑むような顔を浮かべている女の子……は面識がない相手だった。
いや、それも正確ではない。
俺は黒髪ショートのくせしてハーフアップにしているこの女の子の事を知っている。
確か、名前は浅草寺莉緒(せんそうじりお)。全国の中学空手大会かなんかで優勝したとかで噂されて、入学当初話題になっていたのだ。
空手に特に興味はないが整った顔立ちもあって、テレビでそのご尊顔を拝見したこともある程に。
「誰がって……そ、そりゃ……、わ、私が決めたのよ! なんか文句ある!?」
どう考えても俺の言葉に動揺しているのが分かるし、言い返したかったが、あまりヒートアップさせると正直怖い。なんてったって空手家さん。
紺色のスカートから伸びる足も白と紺のセーラー服から顔を覗かせる腕も、特に筋肉質という訳ではない、が見かけで判断してはいけないのだろう。なんてったって空手家さんなのだ。
瓦を叩き割り、バットをへし折り、ガラス瓶をスパンと手刀でもぎ取る武道のスペシャリストなのだ。
制服の下の腹筋が割れているのかが気になるが、その大きな柔らかそうな胸が優し気で心も弾む。
しかし、話すのは初めて。確かに一人笑っていた俺がおかしいのは認めるが、いきなりドスケベはないんじゃなかろうか、とも思う。
それに、
「も、文句はねーけどさ。俺は思い出し笑いなんてしてないから! 鳥が二羽仲良く羽ばたいていたから微笑まし気に見てたんだよ!」
言ってからまずったと気付く。
「え、何それ。きもい……です」
「いや、待て! 俺が悪かった。今のは確かに自分で言っててきもいと思った。ほんとはな、二羽の鳥が漫才してるのを想像してたんだよ!」
俺は身を翻そうとした浅草寺に手で制止をかけながら、慌てて言葉を捻りだした。
「へぇ……。どんな?」
二羽の鳥を見ながら考えていたのはちょっとエロティックな夫婦漫才。性感帯である尾羽をつつき合う掛け合い話だ。
流石にそれを口にしては、火にガソリンをかけるようなもの。
まずい、と思いながら考える、脳内のシナプスをフル活動させ――――よし!
俺は両手を顔の前に掲げ「これ二羽の鳥な」と言ってから、右手の指を左手に向けて折りながら声を出す。
『と、とりあえず、焼き鳥屋行かへんかとりー?』
次は左手で右手を叩きながら出せる限りの低音を絞りだす。
『何だそれダジャレかよとりー!』
最後に右手で左手にビンタをかましながら高笑いをあげるのだ。
『共食いってところにつっこむとこだろとりー! とっりっりっり』
一人鳥漫才が終わり、あまりの面白さに吹き出しそうになるのをこらえながら顔を前に向けると、浅草寺の顔には氷河期が訪れていた。
「2点」
言いながら身を翻し廊下のタイルをかつかつかと踏みしめ去って行く。
残された俺の背中に残るのは氷河期の残滓だけであった――と、思いきや、浅草寺はたわわに実った制服の膨らみを揺らして振り返ると、俺の方へと戻ってくる。
不思議に思いその顔を見ると唇が僅かに震えていた。
「最後の奇妙な高笑いが後からじわじわと来るわね! 私の名前は浅草寺莉緒。あなたは?」
俺は、まさかフラグが立ったのか!?と、考え内心でガッツポーズをかまし、手を差し向けながら口を開く。
「俺の名前は藤堂兵輔(とうどうひょうすけ)。いずれお前の旦那となる男だ!」
最後の渾身のネタは完全にスルーされ「そっ」とだけ言うと、再度身を翻し立ち去って行く。
だが、その去り際「またね」と言いながら手を振ったので、俺の胸は心不全を起こしそうな程に高鳴った。
俺が感動に身を打ちひしがれていると、背中から放課後に話していた聞き覚えのある声がかかる。
「お前、こんなとこで何やってんの? さっき変な声出してなかった?」
振り返ると訝しむような目を向けてきている男友達。
廊下に誰もいないから安心していたが、まだ閉校時間には程遠い。
教室には人がいることを失念していたこと、今の鳥漫才の高笑いを聞かれていたことを考えると、顔の温度が僅かに上昇した。
「いえ、出しておりません。な、何か勘違いをしていらっしゃるのではあらせられませんでしょうか?」
と、だけ言うと鼻を引くつかせた友達を尻目にして、足早に昇降口を目指すことにした。
*****
上履きであるスリッパから自前の紐靴に履き替え校舎を後にしようとした、その時。
何やら右方から耳に届く奇妙な音。『ガッ』とか『バン』とか『ドサッ』とか嫌な予感しか感じられない音。
俺は正面――正門に伸びるコンクリートの通路に足を踏み出したい衝動を抑えつつ、右足を軸にしてクルンと九十度体を回転させた。
漏れる溜息。進む両足。
日当たりが悪く若干ジメジメした土を踏みしめ、校舎の角からチラと顔を覗かせる。
――嫌なものを見てしまった。
そこにいたのは見覚えのある三人。特に話したこともないが全てクラスメイトにいたことを覚えている。
眉をまるで歌舞伎役者のように揃え、茶髪をオールバックにした体格の良い男は――江原(えはら)
その後ろでニヤニヤと笑う金髪ショートにピアスをいくつもつけ、煙草を擦っている日焼け女の名前は――ギャル。
そして、黒髪童顔でキノコのような頭をした男――確か、進藤歩(しんどうあゆむ)は顔を涙と泥でぐしゃぐしゃに汚し、オールバックに頭を踏みつけられていた。
(いじめ……それともカツアゲの類か……?)
辺りには進藤の持ち物なのかカバンが中身ごと散乱しており、硬貨もいくらかばらまかれている。
(しかし……俺が出て行ったところで……)
と、考えていると江原がぎりと足に力を込め口を歪めた。
「おめぇさあ? 金寄こせっつったら普通紙幣出すもんだろうが。舐めてんのか?」
「うぅぅぅ。ごめん。でも、もうお金なんてないんだよぉぉ」
涙を流しながらの進藤の言葉にギャルが「はは、汚ね」と笑った後、顎をしゃくりあげた。
「金ないんなら、親の財布から盗って来いっつってんじゃん? そのキノコみたいな頭には何が詰まってんだよ?」
俺はその言葉を聞いて、思わず壁から飛び出してしまっていた。俺が行った所で何もできることはない。別に俺は正義漢なんかでもない。
けれど、これが初めてのいじめではない、そう思った瞬間に、俺の意思とは無関係に体が動いてしまったのだ。
奴らのまるでいじめのお手本のような典型的なセリフ。
いじめの現場に出くわした事なんてこれまでなかったが、ここまで不快な気持ちにさせられるものだとは思っていなかった。
「おい、おみゃえら――」
しかし、言いかけたところで俺は固まる。「あぁ? 何だお前」と言いながら、厳つい顔を歪め顔を向けてくる江原のせいでも、震えて噛んでしまったからでもない。
江原の向こうから颯爽と駆け寄ってくる、薄い茶髪のイケメンと、茶髪美少女が目に映ったからだ。
この二人も話したことはないが、クラスメイトとして見覚えがある。
イケメンの名前は新垣翼(あらがきつばさ)。王子とあだ名されクラスの女子から黄色い声を浴びまくっていた。
そして茶髪美少女は強気な目元が特徴的でイケメンと公認カップル。認知されたことでイケメンの表立っての黄色い声を減らしたが、この美少女にも隠れファンがいるとかなんとか。名前は忘れてしまった。
「こらー何やってんだー!」
と言いながら駆けつけてくる二人と、俺の事をあたふたと見渡しだし、若干取り乱した様子の江原。
しかし、その瞬間、
バリィィィィンと上方からガラスの割れるような音が聞こえると同時に飛び出す人影。しかもそれは跳び蹴りのような陰――と、それどころではない!
見上げれば二階の窓が割れ、大量のガラス片が俺に降り注ごうとしていた。
「うぉぉぉぉぉぉ」
這いつくばるように身の危険を回避し、俺のすぐ近くにスタッと降り立ったのは、先ほど話したばかりの浅草寺莉緒。
の、可愛いクマさんパンツがこんにちはして、ついつい鼻の下が伸びる。
しかし、下半身をたぎらせる間もなく、胸倉を浅草寺に掴まれ立ち上がらせると同時に、バチンっと左頬に強烈な衝撃が襲った。
「何パンツをじっと見てるのよ! やっぱりドスケベじゃないのっ!」
肌がびりびりと痛み、脳髄ががんがんと揺れ、俺は倒れ――
「ぐぇぇ」
るのを、無理矢理胸倉をつかんでいた左腕で起こされる。
あまりに乱暴なその行為に俺の息は止まりかけ、むせ返しながらその双眸を見返した。
「げほっ、ごほっ。や、やあ、さっきぶりだな。可愛いパ……じゃなくて、ええと、今のは不可抗力って奴だと思うんだ、うん。しかし……足、大丈夫なのか……?」
冷たい目線に気付き思わず言葉を変え、心配する振りを装ってその御御足を拝む。
いや、装っているわけではない。本当に心配しての行動だったが、きめが細かくツルツルしている足を見て俺の感情が僅かにたかぶる。
「足は何の問題もないわ。なんか嫌なものが見えたから思わず飛び降りたのよ。ちょっとそこのあなた――」
本当に人間かよ!?と思う暇もなく、浅草寺が不良たちに向かって言葉をかけようとしたのをやめたのは、突如、俺たちに黒い影が差したからだろう。
浅草寺が上を見上げたので俺もそれに倣い上方を見上げる。
と、その黒い影の正体。手を振り薄い茶髪ロングが風に激しく煽られ、パラシュートを開きながら降りてくるのは、この学校の生徒会長――天ヶ崎怜奈(あまがさきれいな)。三年生。
履いている制服のスカートからチラリとイチゴ柄のパンツが見え、俺はあまりの無法地帯っぷりに動揺した。
上を確認すると、四階の窓が開いているのを見て、そこから飛び降りたのだと確信するが、それはあり得ない事だ。
なぜならパラシュートには、必要高度というものが設定されているはずだから。
会長が装備しているのは小型の物であるが、それでも学校の校舎から開くようなモノとは思えなかった。
「皆さん、何やってるんですかー!? いじめをする人間は社会の生ごみ、いわゆる屑ですよー」
浅草寺とはまるで違うソプラノアニメボイスだが、異様に毒の強い言葉が辺りに響き渡る。
既に俺の理解の範疇を越えている。
見れば不良たちは固まっているし、イケメンたちも固まっている。浅草寺は生徒会長に目線を向けているが、そこでパラシュートを切り離し、スタッとハーフのような顔立ちを満面の笑みにして会長は降り立った。勿論、俺は揺れる御胸を見逃してはいない。
その瞬間、
「うわあああああああああああああ。何なんだよ!! 僕が虐められてたんじゃなかったの!!」
進藤が大声で叫びながら立ち上がり、江原へと歩み寄って行く。
相変わらず涙と泥でぐしゃぐしゃの顔であるが、そこに悲壮感は感じられない。
「ほらほら! 僕を殴りなよっ! そうしたら、ぱぁって地面が光って……」
涙でぐしゃぐしゃの頬を差し出すように向ける進藤に、江原はたじろぎながら声を被せる。
「お、お前、何言ってんだよ。意味わかんねーよ。な、殴って欲しいのか?」
「はんっ! そうだよ! 殴れば異世界に召喚されて僕が主人公になる物語が始まるんだ!! それで、お前……いや、お前たちに復讐してやるんだ!」
「な、何言ってんだ? 頭大丈夫か――」
と、江原が言いかけた瞬間。
進藤が先刻言ったように本当に地面が光りだす。
その光の枠は長方形の形をしていて、地面から上へと光のカーテンのようなものが伸びていく。景色が遮られやがて上方へと広がり箱のような空間を作り出した。
理解を越えた状況に、理解を越えた現象が重なり俺の動揺はピークを迎える。
「ほらほらほらほらほら! きたーーーー! この日をずっと夢見てたんだ! 小説の異世界召喚の瞬間を――」
言葉の途中、進藤は全身を足元から順々に現れる大量の光の環で包まれていき、消えた。
「な、なに――」
と、言いかけたイケメンとその彼女が同じように消えていく。
「あ――」「お――」「な――」
不良たちと生徒会長も同じように消えていく。
俺が青梗菜かぁ、と現実逃避していると、目に映るのは残った浅草寺の姿。どういうことは分からないが、無言で首を横に振ると俺の肩に手を乗せてきた。
おそらく俺たちも消えるんだろうという事は分かる。その先に待つのが何かは分からない。
けれど、肩に感じる浅草寺の手の感触と温かみが俺の心を僅かに和らげ、
「………………」
確かに退屈だと感じていたのは事実だ。否定はしない。
だが、違うんだよ。こういうのを待っていたわけじゃないんだよ。
今日も朝目覚めた時は、平々凡々な一日を過ごすことになるのだと思っていた。
いや、実際に過ごしていたんだ。今の今、放課後になるまでは。
*****
俺は一日の授業が終わると、教室で高校に入って新しくできた友達としばしの会話をした後に、下校しようと教室の扉に手をかけた。
ガラリと扉を開けると目に映るのは窓から覗く新緑の季節――も終わりかけ。
羽ばたく二羽の鳥がピーチクパーチク夫婦漫才しているところを脳内で想像すると、思わず独り笑いが零れる。
と、横からかけられるハスキー混じりの女性声。
「ちょ、何一人で笑ってんのよ。思い出し笑いっ? このドスケベ!」
「い、いや、ちが、うって。つーか、思い出し笑い=エロってのは誰が決めたんだよ!」
思わず言い返したその先、腕を組みつり上がり気味の目を細め、まるで蔑むような顔を浮かべている女の子……は面識がない相手だった。
いや、それも正確ではない。
俺は黒髪ショートのくせしてハーフアップにしているこの女の子の事を知っている。
確か、名前は浅草寺莉緒(せんそうじりお)。全国の中学空手大会かなんかで優勝したとかで噂されて、入学当初話題になっていたのだ。
空手に特に興味はないが整った顔立ちもあって、テレビでそのご尊顔を拝見したこともある程に。
「誰がって……そ、そりゃ……、わ、私が決めたのよ! なんか文句ある!?」
どう考えても俺の言葉に動揺しているのが分かるし、言い返したかったが、あまりヒートアップさせると正直怖い。なんてったって空手家さん。
紺色のスカートから伸びる足も白と紺のセーラー服から顔を覗かせる腕も、特に筋肉質という訳ではない、が見かけで判断してはいけないのだろう。なんてったって空手家さんなのだ。
瓦を叩き割り、バットをへし折り、ガラス瓶をスパンと手刀でもぎ取る武道のスペシャリストなのだ。
制服の下の腹筋が割れているのかが気になるが、その大きな柔らかそうな胸が優し気で心も弾む。
しかし、話すのは初めて。確かに一人笑っていた俺がおかしいのは認めるが、いきなりドスケベはないんじゃなかろうか、とも思う。
それに、
「も、文句はねーけどさ。俺は思い出し笑いなんてしてないから! 鳥が二羽仲良く羽ばたいていたから微笑まし気に見てたんだよ!」
言ってからまずったと気付く。
「え、何それ。きもい……です」
「いや、待て! 俺が悪かった。今のは確かに自分で言っててきもいと思った。ほんとはな、二羽の鳥が漫才してるのを想像してたんだよ!」
俺は身を翻そうとした浅草寺に手で制止をかけながら、慌てて言葉を捻りだした。
「へぇ……。どんな?」
二羽の鳥を見ながら考えていたのはちょっとエロティックな夫婦漫才。性感帯である尾羽をつつき合う掛け合い話だ。
流石にそれを口にしては、火にガソリンをかけるようなもの。
まずい、と思いながら考える、脳内のシナプスをフル活動させ――――よし!
俺は両手を顔の前に掲げ「これ二羽の鳥な」と言ってから、右手の指を左手に向けて折りながら声を出す。
『と、とりあえず、焼き鳥屋行かへんかとりー?』
次は左手で右手を叩きながら出せる限りの低音を絞りだす。
『何だそれダジャレかよとりー!』
最後に右手で左手にビンタをかましながら高笑いをあげるのだ。
『共食いってところにつっこむとこだろとりー! とっりっりっり』
一人鳥漫才が終わり、あまりの面白さに吹き出しそうになるのをこらえながら顔を前に向けると、浅草寺の顔には氷河期が訪れていた。
「2点」
言いながら身を翻し廊下のタイルをかつかつかと踏みしめ去って行く。
残された俺の背中に残るのは氷河期の残滓だけであった――と、思いきや、浅草寺はたわわに実った制服の膨らみを揺らして振り返ると、俺の方へと戻ってくる。
不思議に思いその顔を見ると唇が僅かに震えていた。
「最後の奇妙な高笑いが後からじわじわと来るわね! 私の名前は浅草寺莉緒。あなたは?」
俺は、まさかフラグが立ったのか!?と、考え内心でガッツポーズをかまし、手を差し向けながら口を開く。
「俺の名前は藤堂兵輔(とうどうひょうすけ)。いずれお前の旦那となる男だ!」
最後の渾身のネタは完全にスルーされ「そっ」とだけ言うと、再度身を翻し立ち去って行く。
だが、その去り際「またね」と言いながら手を振ったので、俺の胸は心不全を起こしそうな程に高鳴った。
俺が感動に身を打ちひしがれていると、背中から放課後に話していた聞き覚えのある声がかかる。
「お前、こんなとこで何やってんの? さっき変な声出してなかった?」
振り返ると訝しむような目を向けてきている男友達。
廊下に誰もいないから安心していたが、まだ閉校時間には程遠い。
教室には人がいることを失念していたこと、今の鳥漫才の高笑いを聞かれていたことを考えると、顔の温度が僅かに上昇した。
「いえ、出しておりません。な、何か勘違いをしていらっしゃるのではあらせられませんでしょうか?」
と、だけ言うと鼻を引くつかせた友達を尻目にして、足早に昇降口を目指すことにした。
*****
上履きであるスリッパから自前の紐靴に履き替え校舎を後にしようとした、その時。
何やら右方から耳に届く奇妙な音。『ガッ』とか『バン』とか『ドサッ』とか嫌な予感しか感じられない音。
俺は正面――正門に伸びるコンクリートの通路に足を踏み出したい衝動を抑えつつ、右足を軸にしてクルンと九十度体を回転させた。
漏れる溜息。進む両足。
日当たりが悪く若干ジメジメした土を踏みしめ、校舎の角からチラと顔を覗かせる。
――嫌なものを見てしまった。
そこにいたのは見覚えのある三人。特に話したこともないが全てクラスメイトにいたことを覚えている。
眉をまるで歌舞伎役者のように揃え、茶髪をオールバックにした体格の良い男は――江原(えはら)
その後ろでニヤニヤと笑う金髪ショートにピアスをいくつもつけ、煙草を擦っている日焼け女の名前は――ギャル。
そして、黒髪童顔でキノコのような頭をした男――確か、進藤歩(しんどうあゆむ)は顔を涙と泥でぐしゃぐしゃに汚し、オールバックに頭を踏みつけられていた。
(いじめ……それともカツアゲの類か……?)
辺りには進藤の持ち物なのかカバンが中身ごと散乱しており、硬貨もいくらかばらまかれている。
(しかし……俺が出て行ったところで……)
と、考えていると江原がぎりと足に力を込め口を歪めた。
「おめぇさあ? 金寄こせっつったら普通紙幣出すもんだろうが。舐めてんのか?」
「うぅぅぅ。ごめん。でも、もうお金なんてないんだよぉぉ」
涙を流しながらの進藤の言葉にギャルが「はは、汚ね」と笑った後、顎をしゃくりあげた。
「金ないんなら、親の財布から盗って来いっつってんじゃん? そのキノコみたいな頭には何が詰まってんだよ?」
俺はその言葉を聞いて、思わず壁から飛び出してしまっていた。俺が行った所で何もできることはない。別に俺は正義漢なんかでもない。
けれど、これが初めてのいじめではない、そう思った瞬間に、俺の意思とは無関係に体が動いてしまったのだ。
奴らのまるでいじめのお手本のような典型的なセリフ。
いじめの現場に出くわした事なんてこれまでなかったが、ここまで不快な気持ちにさせられるものだとは思っていなかった。
「おい、おみゃえら――」
しかし、言いかけたところで俺は固まる。「あぁ? 何だお前」と言いながら、厳つい顔を歪め顔を向けてくる江原のせいでも、震えて噛んでしまったからでもない。
江原の向こうから颯爽と駆け寄ってくる、薄い茶髪のイケメンと、茶髪美少女が目に映ったからだ。
この二人も話したことはないが、クラスメイトとして見覚えがある。
イケメンの名前は新垣翼(あらがきつばさ)。王子とあだ名されクラスの女子から黄色い声を浴びまくっていた。
そして茶髪美少女は強気な目元が特徴的でイケメンと公認カップル。認知されたことでイケメンの表立っての黄色い声を減らしたが、この美少女にも隠れファンがいるとかなんとか。名前は忘れてしまった。
「こらー何やってんだー!」
と言いながら駆けつけてくる二人と、俺の事をあたふたと見渡しだし、若干取り乱した様子の江原。
しかし、その瞬間、
バリィィィィンと上方からガラスの割れるような音が聞こえると同時に飛び出す人影。しかもそれは跳び蹴りのような陰――と、それどころではない!
見上げれば二階の窓が割れ、大量のガラス片が俺に降り注ごうとしていた。
「うぉぉぉぉぉぉ」
這いつくばるように身の危険を回避し、俺のすぐ近くにスタッと降り立ったのは、先ほど話したばかりの浅草寺莉緒。
の、可愛いクマさんパンツがこんにちはして、ついつい鼻の下が伸びる。
しかし、下半身をたぎらせる間もなく、胸倉を浅草寺に掴まれ立ち上がらせると同時に、バチンっと左頬に強烈な衝撃が襲った。
「何パンツをじっと見てるのよ! やっぱりドスケベじゃないのっ!」
肌がびりびりと痛み、脳髄ががんがんと揺れ、俺は倒れ――
「ぐぇぇ」
るのを、無理矢理胸倉をつかんでいた左腕で起こされる。
あまりに乱暴なその行為に俺の息は止まりかけ、むせ返しながらその双眸を見返した。
「げほっ、ごほっ。や、やあ、さっきぶりだな。可愛いパ……じゃなくて、ええと、今のは不可抗力って奴だと思うんだ、うん。しかし……足、大丈夫なのか……?」
冷たい目線に気付き思わず言葉を変え、心配する振りを装ってその御御足を拝む。
いや、装っているわけではない。本当に心配しての行動だったが、きめが細かくツルツルしている足を見て俺の感情が僅かにたかぶる。
「足は何の問題もないわ。なんか嫌なものが見えたから思わず飛び降りたのよ。ちょっとそこのあなた――」
本当に人間かよ!?と思う暇もなく、浅草寺が不良たちに向かって言葉をかけようとしたのをやめたのは、突如、俺たちに黒い影が差したからだろう。
浅草寺が上を見上げたので俺もそれに倣い上方を見上げる。
と、その黒い影の正体。手を振り薄い茶髪ロングが風に激しく煽られ、パラシュートを開きながら降りてくるのは、この学校の生徒会長――天ヶ崎怜奈(あまがさきれいな)。三年生。
履いている制服のスカートからチラリとイチゴ柄のパンツが見え、俺はあまりの無法地帯っぷりに動揺した。
上を確認すると、四階の窓が開いているのを見て、そこから飛び降りたのだと確信するが、それはあり得ない事だ。
なぜならパラシュートには、必要高度というものが設定されているはずだから。
会長が装備しているのは小型の物であるが、それでも学校の校舎から開くようなモノとは思えなかった。
「皆さん、何やってるんですかー!? いじめをする人間は社会の生ごみ、いわゆる屑ですよー」
浅草寺とはまるで違うソプラノアニメボイスだが、異様に毒の強い言葉が辺りに響き渡る。
既に俺の理解の範疇を越えている。
見れば不良たちは固まっているし、イケメンたちも固まっている。浅草寺は生徒会長に目線を向けているが、そこでパラシュートを切り離し、スタッとハーフのような顔立ちを満面の笑みにして会長は降り立った。勿論、俺は揺れる御胸を見逃してはいない。
その瞬間、
「うわあああああああああああああ。何なんだよ!! 僕が虐められてたんじゃなかったの!!」
進藤が大声で叫びながら立ち上がり、江原へと歩み寄って行く。
相変わらず涙と泥でぐしゃぐしゃの顔であるが、そこに悲壮感は感じられない。
「ほらほら! 僕を殴りなよっ! そうしたら、ぱぁって地面が光って……」
涙でぐしゃぐしゃの頬を差し出すように向ける進藤に、江原はたじろぎながら声を被せる。
「お、お前、何言ってんだよ。意味わかんねーよ。な、殴って欲しいのか?」
「はんっ! そうだよ! 殴れば異世界に召喚されて僕が主人公になる物語が始まるんだ!! それで、お前……いや、お前たちに復讐してやるんだ!」
「な、何言ってんだ? 頭大丈夫か――」
と、江原が言いかけた瞬間。
進藤が先刻言ったように本当に地面が光りだす。
その光の枠は長方形の形をしていて、地面から上へと光のカーテンのようなものが伸びていく。景色が遮られやがて上方へと広がり箱のような空間を作り出した。
理解を越えた状況に、理解を越えた現象が重なり俺の動揺はピークを迎える。
「ほらほらほらほらほら! きたーーーー! この日をずっと夢見てたんだ! 小説の異世界召喚の瞬間を――」
言葉の途中、進藤は全身を足元から順々に現れる大量の光の環で包まれていき、消えた。
「な、なに――」
と、言いかけたイケメンとその彼女が同じように消えていく。
「あ――」「お――」「な――」
不良たちと生徒会長も同じように消えていく。
俺が青梗菜かぁ、と現実逃避していると、目に映るのは残った浅草寺の姿。どういうことは分からないが、無言で首を横に振ると俺の肩に手を乗せてきた。
おそらく俺たちも消えるんだろうという事は分かる。その先に待つのが何かは分からない。
けれど、肩に感じる浅草寺の手の感触と温かみが俺の心を僅かに和らげ、
「………………」
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