12 / 23
第一章
011 全ての毛のない者達よ、俺に平伏せぇぇぇい!
しおりを挟む
歩は俺に特別な力があるという可能性を示唆した。
けれど、それ以上に気になったのは歩の魔法。
描写実体化。
いや、それ自体が気になったのではない。気になったのは、エメラルドグリーンに表示される真っ黒な文字。
つまり漢字が多すぎるという事。
俺は大衆、民衆に分かりやすい言葉で伝えるのが責務だと言った。
しかし! これにはそれが全く反映されていない。
まるでどこぞの論文のようで非常に分かり辛い!
責任者出て来い!と行列が出来るラーメン屋でなら声を大にして叫んでいることだろう。
なぜなら、ラーメンを食べるときに、水を飲んではいけないと言っているようなものだからだ。
そう。あくまで、伝える相手、食べる相手の目線になって、行動しなくてはならないのだ。
お客様は神様なのです。
まっ、自分で自分の事を神様っていう奴にはろくなやつはいねーけどな。
と考えて、俺の肌が小さく粟立った。
このステータスやら魔法やらというもの、特にユニーク魔法なんてものが、人がなんとかしたものとは到底思えない。
ということは、これらは神様が与えてくれたものなのかもしれない。
そう考え、歩のユニーク魔法の最後の文言を思い出す。
『ユニーク魔法所持の特例者として、総魔力量の上昇に固有計算式が適応される』
まず大前提として誰に対して説明しているんだ?という風に思っていたが、これは明らかにおかしい。
完全にゲームの文章だろう。固有計算式という表現は明らかにそれ。俺の理解の範疇を越えている。
だが、あまり悪態をついて、俺にあるらしい特別な能力が引っ込められでもしたら敵わない。
心の中で三十九円のお賽銭を捧げ、俺は歩に顔を向ける。
「魔法って使ってみたん?」
「いや、使ってないよ。てか、使う時間なかったし。小説だと隠された力は隠すって決まってるから」
「へぇ。能ある鷹はやっぱ爪を隠すんだな。俺なんて爪が隠れてることすら知らなかったのに。てか、ほんとに隠れてんのかな……」
言ってからローストビーフを咀嚼し、バゲッドサンドをシチューと一緒に口に運びながら思う。
何かが足りない、と。
「あ、そうだ。歩の魔法でさ、箸出してくれよ、箸。やっぱナイフとフォークとスプーンじゃ……、いや、今回の料理なら別にいいけどさ」
歩は料理を見ながら「ローストビーフになら使えるかな……」と言いつつ指で円環を作る。
何も言葉は発していないが、親指と中指の円環がエメラルドグリーンに光ると同時に、ピンと立てる人差し指の先が白く輝いた。
「うおぉ。かっこええ! ライト代わりにでも使えるんじゃね!?
いや、やべぇ、ちょっと感動した!」
人差し指を立てその先が光る様は、〇びまるこちゃんの〇尾君。
『ズバリ!』が口癖の彼の強化版みたいなのだ。
「うん、頭の中で考えながら円環を作るだけで良いみたい。時間ないから早く描かなきゃ」
と言いながら、空中でつつつっと指を滑らせた。
空中に書いてある平面画像なので俺にはよく分からないが、光の軌跡が虚空に浮かび非常に神秘的に見える。
描こうと思った時だけ線が浮かび上がるのか、全ての指の動きに光の軌跡が発生するというわけではないのも興味深い。
完成したのか指をパッと離すと同時に、肌色に彩色されたそれは実体化し、床に落ちる前に俺がキャッチした。
「セーフ! てか、マジでできちゃったよ……、ん、んん? ぶはっ。いやいや、ちょっと待ってくれよ!」
直方体の中央に切れ込みのような線は入っている。
けれど分断されておらず、いくら力を込めても真ん中で割れないことに思わず吹き出してしまう。
「何これ! 割れねーじゃん! これじゃ割り箸じゃなくて、割れない箸だぞ!」
そう言って歩に渡すと、「んぎぎ」と言いながら力を込めたが、やはり割れない様子だった。
「ま、真ん中にちゃんと線書いたのに失敗したの……これ……?」
「まぁ、割り箸としてなら失敗だよな、完全に。割れねーもん。けど、質感とかは完全に割り箸の手触りだぞ?」
色も質感も大きさも本物と差異があるようには思えないほどの出来栄え。ただ、真ん中で割れないというだけだ。それこそ、割り箸の本質だとは思う。
そう考えると思い出されるのは、ラーメン屋での割り箸ケース。
たまにこういうはずれの割れない箸が混ざってることがある。
――打ち首もんだろ!
つって、元の住処にぶち込んでやるけどな。
「こ、これは練習と研究が必要になるかもだね……」
「ああ、そうだな。例えばだけどさ、隙間を作って描いてみたらどうよ? 時間は案外余裕あっただろ?」
俺の言葉に頷くと再度指を光らせ宙に描き始める。正直な話、これを見てるだけで面白い。
今度は自分でキャッチし、それを眺めて「うーん」と唸ってみせた。
指で描くからか二ミリ程も隙間の空いた肌色の箸。最初から二つ出せば良い話でもあるが、それだと魔力を二倍消費する。
「ん、まぁ不格好だけど……、貸してみてくれよ?」
「うん、いいよ。割れるのかな?」
力を込めるとパキリと乾いた音を立てて二つに分かれる。それを見て俺はホクホク顔で、予め箸で取る用にと残しておいたローストビーフの切れ端を、つまんで口に放り込んだ。
「んぐ、いいぞ、うん。でも、もぐ、10分で。ごく。10分で終わった時、白トリュフでもつまんでたら泣けるな」
「た、食べながら喋らないでよ。てか、白トリュフなんて普通つままないでしょ」
「おいおい、普通とか、常識とかの言葉で世の中を片付けていたら、いつか痛い目見るぜ?」
「はぁ~。じゃ、その時になったら考えるよ。それよりさ、僕の事は分かった。次は兵輔の番だよ?」
その言葉にドキリと心臓が跳ねる。
何だかんだ言って、俺には本当に才能も何もないという可能性もある。
調べてみたい。見てみたい。けれど、もし、ステータスがスライドしなかったら、そう思うだけで、視界が僅かに揺れる。
だが、やる。やるしかない。そう決意を決めて、俺はステータスを出すために円環を作り上げた。
「あーこえぇよ。くっそ不安なんだけど……」
「大丈夫、大丈夫。僕は絶対大丈夫って信じてるよ!」
いや、それってフラグってやつだろ、と内心でツッコみつつ俺はステータスを出現させた。
エメラルドグリーンの表示。指でスライドさせるとそれは動き新たな文字が現れる。
「ああ! やった! あった! あったあああぁ!」
歩と同じように『ユニーク魔法』と書かれた横に『無生物魔法化』と書かれていて、内容は兎も角、俺は心の底から安堵した。
「ほらね! やっぱりあったでしょ!」
俺はその言葉を聞いて歩の手を取った。
「ありがとう! ありがとう! 歩先生! 俺、大人になりました……」
「いや、感謝はいいけどさ。兵輔って大人になってないでしょ? 僕と同じ匂いがするもん」
「な、なんだってー!」
まさか歩が下ネタを返してくるとは思ってもみなかった。
確かに俺は童貞だ。悲しき発情期の雄。それは否定しない。
けれど、童貞こそ正義。
いや、社会的、生物的には悪なのかもしれない。けれど、童貞の方が楽しいと、多分思うのだ。
些細な女の子の接触に勘違いし、些細な女の子の視線に勘違いし、そして最終的にストーカーをぶちかますのだ!
――良い子は真似しないようにっ!
そんなことを考えていると、莉緒の事が頭を過る。
今頃会長と楽しく話しているんだろうかな、とか。
今後の事に不安を覚えて、ベッドの角でうずくまっていないだろうか、とか。
だが、俺達は別にそんな関係でも何でもない。今日知り合っただけの関係でしかない。
それでもこんなことを考え、楽しむことが出来るのも俺達の特権であり正当な権利である。
「ちょ、何、ニヤニヤと気持ち悪い顔して笑ってんの……?」
「しししし、失敬な! そそ、そんな顔してません! ちょっと、かかか、考え事してただけですわい!」
「はぁ~。何となく今日で兵輔のこと分かってきたような気がするよ……。それよりさ、早く見てみようよ?」
「一日で俺の何が……。ま、いいや。いやいや、楽しみすぎて焦らしちゃったんだよ!」
歩が肩を竦めてバゲットサンドに口をつけるのを見て、何となく遺憾に思いながらも、俺はステータスから先ほどの画面を開きタップしてみせた。
『無生物魔法化(レベル1)』
円環を作りながら触れた無生物を、魔法化する魔法。
魔法化する対象物により、消費魔力量は変動する。
また、消費魔力量によって魔法化後の性質と範囲、威力も変動する。
魔法化した物を無生物に戻すことは現行のレベルでは不可能であり、待機時間を越えた魔法は自動で発動される。
魔法発動待機時間「最大10秒」 消費魔力量範囲「50-50」
ユニーク魔法所持の特例者として、総魔力量の上昇に固有計算式が適応される。
俺は歩以上に真っ黒けな説明文を完全にスルーすることにした。
「歩とは違ってわっかりにくい魔法だな、これ。本当に当たりなのかよ……」
「試してみればいいじゃん? ふわぁぁ」
「いや、大あくびかましながらそう言われてもな……」
どんな能力か分からないが、無生物に戻すことが出来ないと書いてある以上、戻せないのだろう。
そうなると、今俺の身の回りにある物は、全て俺の物じゃない。
他人の――それもお城の高級品になるはずだ。
服なんかでは試したくないし、落ちてる埃でも、と思って探してみたが、掃除が行き届いているのかハウスダストは見つからない。
路銀にと受け取った、透き通るコインみたいなお金の入った革袋も、収納庫に入れてる上に勿体ないからやりたくない。
飯も俺のは食っちゃったし、皿に付いてるタレでもいいかな?と思いながら指を伸ばそうとして、脳裏に閃きが走る。
ないなら、作ってしまえば良い。
そう思いながら、俺は髪の毛を一本抜いた。
毛根の細胞はまだ生きてるはずだがこの際どうでもいい、試して駄目なら駄目で構わなかった。俺の黒髪一本にそこまでの価値はない。
親指と中指で円環を作り頭で『無生物魔法化』と考えるが、歩のように指先が白く光ることはなかった。
〇尾君に対して内心で毒づいた後、気を取り直して髪の毛に触れてみる。すると髪の毛が光輝き、俺の指に吸い込まれるように消えていく。
同時に小さなエメラルドグリーンの円環の中に表示される小さな文字。
『植毛(一本)』
指定した場所に髪の毛を一本生やす
「…………」
まじですか?
うおっしゃ来たこれえええええ! これで世界中の禿げは撲滅じゃああああああ!
なんて叫ぶとでも思ったか!?
「ちょ、歩これ見てくれよ。あほだろこれ……」
と言ったところで時間が来そうになり、俺は思わず腕に向けて魔法を発動させてしまう。
ぴょいんぴょいんと、魔法化した髪と同じ長さの黒い毛が腕に一本生え……俺は泣いた。
「ちょ、兵輔! 何泣いてんの?……って嘘泣き! うん、まぁ……確かに兵輔のは愉快な魔――」
「しゃらーーーーーっぷ! くそ、なんだよこれ! おらっ!」
力を込めると僅かな痛みを伴なったが簡単に毛は抜けた。
唯一本の長い髪の毛が抜け、ハンカチを目の端に当てる波平〇んが目に映るよう。
俺は『アホ腕毛』の称号を得なかったことに、ホッとし胸を撫でおろす。
「あはは、いいじゃん。面白かったし! ふわぁぁ。
それに、僕も兵輔もまだレベル3だからさ。レベル上がったら、ふさふさのかつらが現れるようになるかもよ?」
慰めようとしてくれてんのかよく分からんが、確かにそれなら俺は毛のない人に神と崇められることだろう。
「髪だけになっ!」
「な、急に何言ってんの? それより僕ちょっと眠いよ……。お風呂入ってないけど……疲れちゃったのかなぁ……」
歩のツッコミが入らないことに寂しさを覚えると同時に、俺もかなりの眠気に襲われてることに気が付いた。
見れば歩は瞼をとろりと落としそうで、首がこっくりこっくりと揺れている。
俺自身も時間を確認するのも億劫な程に眠いが、多分、まだ眠くなるような時間じゃないはずというのは分かる
「ああ、俺もすげーねみーや……。確かに疲れてんのかもしれん。とりあえず、ベッド行って寝ようぜ? 風呂は……明日でもいいだろ……」
そう言いながら、動きの緩慢な歩の肩を支えてベッドに運ぶと、俺も突っ伏すように倒れ込み、
「…………」
けれど、それ以上に気になったのは歩の魔法。
描写実体化。
いや、それ自体が気になったのではない。気になったのは、エメラルドグリーンに表示される真っ黒な文字。
つまり漢字が多すぎるという事。
俺は大衆、民衆に分かりやすい言葉で伝えるのが責務だと言った。
しかし! これにはそれが全く反映されていない。
まるでどこぞの論文のようで非常に分かり辛い!
責任者出て来い!と行列が出来るラーメン屋でなら声を大にして叫んでいることだろう。
なぜなら、ラーメンを食べるときに、水を飲んではいけないと言っているようなものだからだ。
そう。あくまで、伝える相手、食べる相手の目線になって、行動しなくてはならないのだ。
お客様は神様なのです。
まっ、自分で自分の事を神様っていう奴にはろくなやつはいねーけどな。
と考えて、俺の肌が小さく粟立った。
このステータスやら魔法やらというもの、特にユニーク魔法なんてものが、人がなんとかしたものとは到底思えない。
ということは、これらは神様が与えてくれたものなのかもしれない。
そう考え、歩のユニーク魔法の最後の文言を思い出す。
『ユニーク魔法所持の特例者として、総魔力量の上昇に固有計算式が適応される』
まず大前提として誰に対して説明しているんだ?という風に思っていたが、これは明らかにおかしい。
完全にゲームの文章だろう。固有計算式という表現は明らかにそれ。俺の理解の範疇を越えている。
だが、あまり悪態をついて、俺にあるらしい特別な能力が引っ込められでもしたら敵わない。
心の中で三十九円のお賽銭を捧げ、俺は歩に顔を向ける。
「魔法って使ってみたん?」
「いや、使ってないよ。てか、使う時間なかったし。小説だと隠された力は隠すって決まってるから」
「へぇ。能ある鷹はやっぱ爪を隠すんだな。俺なんて爪が隠れてることすら知らなかったのに。てか、ほんとに隠れてんのかな……」
言ってからローストビーフを咀嚼し、バゲッドサンドをシチューと一緒に口に運びながら思う。
何かが足りない、と。
「あ、そうだ。歩の魔法でさ、箸出してくれよ、箸。やっぱナイフとフォークとスプーンじゃ……、いや、今回の料理なら別にいいけどさ」
歩は料理を見ながら「ローストビーフになら使えるかな……」と言いつつ指で円環を作る。
何も言葉は発していないが、親指と中指の円環がエメラルドグリーンに光ると同時に、ピンと立てる人差し指の先が白く輝いた。
「うおぉ。かっこええ! ライト代わりにでも使えるんじゃね!?
いや、やべぇ、ちょっと感動した!」
人差し指を立てその先が光る様は、〇びまるこちゃんの〇尾君。
『ズバリ!』が口癖の彼の強化版みたいなのだ。
「うん、頭の中で考えながら円環を作るだけで良いみたい。時間ないから早く描かなきゃ」
と言いながら、空中でつつつっと指を滑らせた。
空中に書いてある平面画像なので俺にはよく分からないが、光の軌跡が虚空に浮かび非常に神秘的に見える。
描こうと思った時だけ線が浮かび上がるのか、全ての指の動きに光の軌跡が発生するというわけではないのも興味深い。
完成したのか指をパッと離すと同時に、肌色に彩色されたそれは実体化し、床に落ちる前に俺がキャッチした。
「セーフ! てか、マジでできちゃったよ……、ん、んん? ぶはっ。いやいや、ちょっと待ってくれよ!」
直方体の中央に切れ込みのような線は入っている。
けれど分断されておらず、いくら力を込めても真ん中で割れないことに思わず吹き出してしまう。
「何これ! 割れねーじゃん! これじゃ割り箸じゃなくて、割れない箸だぞ!」
そう言って歩に渡すと、「んぎぎ」と言いながら力を込めたが、やはり割れない様子だった。
「ま、真ん中にちゃんと線書いたのに失敗したの……これ……?」
「まぁ、割り箸としてなら失敗だよな、完全に。割れねーもん。けど、質感とかは完全に割り箸の手触りだぞ?」
色も質感も大きさも本物と差異があるようには思えないほどの出来栄え。ただ、真ん中で割れないというだけだ。それこそ、割り箸の本質だとは思う。
そう考えると思い出されるのは、ラーメン屋での割り箸ケース。
たまにこういうはずれの割れない箸が混ざってることがある。
――打ち首もんだろ!
つって、元の住処にぶち込んでやるけどな。
「こ、これは練習と研究が必要になるかもだね……」
「ああ、そうだな。例えばだけどさ、隙間を作って描いてみたらどうよ? 時間は案外余裕あっただろ?」
俺の言葉に頷くと再度指を光らせ宙に描き始める。正直な話、これを見てるだけで面白い。
今度は自分でキャッチし、それを眺めて「うーん」と唸ってみせた。
指で描くからか二ミリ程も隙間の空いた肌色の箸。最初から二つ出せば良い話でもあるが、それだと魔力を二倍消費する。
「ん、まぁ不格好だけど……、貸してみてくれよ?」
「うん、いいよ。割れるのかな?」
力を込めるとパキリと乾いた音を立てて二つに分かれる。それを見て俺はホクホク顔で、予め箸で取る用にと残しておいたローストビーフの切れ端を、つまんで口に放り込んだ。
「んぐ、いいぞ、うん。でも、もぐ、10分で。ごく。10分で終わった時、白トリュフでもつまんでたら泣けるな」
「た、食べながら喋らないでよ。てか、白トリュフなんて普通つままないでしょ」
「おいおい、普通とか、常識とかの言葉で世の中を片付けていたら、いつか痛い目見るぜ?」
「はぁ~。じゃ、その時になったら考えるよ。それよりさ、僕の事は分かった。次は兵輔の番だよ?」
その言葉にドキリと心臓が跳ねる。
何だかんだ言って、俺には本当に才能も何もないという可能性もある。
調べてみたい。見てみたい。けれど、もし、ステータスがスライドしなかったら、そう思うだけで、視界が僅かに揺れる。
だが、やる。やるしかない。そう決意を決めて、俺はステータスを出すために円環を作り上げた。
「あーこえぇよ。くっそ不安なんだけど……」
「大丈夫、大丈夫。僕は絶対大丈夫って信じてるよ!」
いや、それってフラグってやつだろ、と内心でツッコみつつ俺はステータスを出現させた。
エメラルドグリーンの表示。指でスライドさせるとそれは動き新たな文字が現れる。
「ああ! やった! あった! あったあああぁ!」
歩と同じように『ユニーク魔法』と書かれた横に『無生物魔法化』と書かれていて、内容は兎も角、俺は心の底から安堵した。
「ほらね! やっぱりあったでしょ!」
俺はその言葉を聞いて歩の手を取った。
「ありがとう! ありがとう! 歩先生! 俺、大人になりました……」
「いや、感謝はいいけどさ。兵輔って大人になってないでしょ? 僕と同じ匂いがするもん」
「な、なんだってー!」
まさか歩が下ネタを返してくるとは思ってもみなかった。
確かに俺は童貞だ。悲しき発情期の雄。それは否定しない。
けれど、童貞こそ正義。
いや、社会的、生物的には悪なのかもしれない。けれど、童貞の方が楽しいと、多分思うのだ。
些細な女の子の接触に勘違いし、些細な女の子の視線に勘違いし、そして最終的にストーカーをぶちかますのだ!
――良い子は真似しないようにっ!
そんなことを考えていると、莉緒の事が頭を過る。
今頃会長と楽しく話しているんだろうかな、とか。
今後の事に不安を覚えて、ベッドの角でうずくまっていないだろうか、とか。
だが、俺達は別にそんな関係でも何でもない。今日知り合っただけの関係でしかない。
それでもこんなことを考え、楽しむことが出来るのも俺達の特権であり正当な権利である。
「ちょ、何、ニヤニヤと気持ち悪い顔して笑ってんの……?」
「しししし、失敬な! そそ、そんな顔してません! ちょっと、かかか、考え事してただけですわい!」
「はぁ~。何となく今日で兵輔のこと分かってきたような気がするよ……。それよりさ、早く見てみようよ?」
「一日で俺の何が……。ま、いいや。いやいや、楽しみすぎて焦らしちゃったんだよ!」
歩が肩を竦めてバゲットサンドに口をつけるのを見て、何となく遺憾に思いながらも、俺はステータスから先ほどの画面を開きタップしてみせた。
『無生物魔法化(レベル1)』
円環を作りながら触れた無生物を、魔法化する魔法。
魔法化する対象物により、消費魔力量は変動する。
また、消費魔力量によって魔法化後の性質と範囲、威力も変動する。
魔法化した物を無生物に戻すことは現行のレベルでは不可能であり、待機時間を越えた魔法は自動で発動される。
魔法発動待機時間「最大10秒」 消費魔力量範囲「50-50」
ユニーク魔法所持の特例者として、総魔力量の上昇に固有計算式が適応される。
俺は歩以上に真っ黒けな説明文を完全にスルーすることにした。
「歩とは違ってわっかりにくい魔法だな、これ。本当に当たりなのかよ……」
「試してみればいいじゃん? ふわぁぁ」
「いや、大あくびかましながらそう言われてもな……」
どんな能力か分からないが、無生物に戻すことが出来ないと書いてある以上、戻せないのだろう。
そうなると、今俺の身の回りにある物は、全て俺の物じゃない。
他人の――それもお城の高級品になるはずだ。
服なんかでは試したくないし、落ちてる埃でも、と思って探してみたが、掃除が行き届いているのかハウスダストは見つからない。
路銀にと受け取った、透き通るコインみたいなお金の入った革袋も、収納庫に入れてる上に勿体ないからやりたくない。
飯も俺のは食っちゃったし、皿に付いてるタレでもいいかな?と思いながら指を伸ばそうとして、脳裏に閃きが走る。
ないなら、作ってしまえば良い。
そう思いながら、俺は髪の毛を一本抜いた。
毛根の細胞はまだ生きてるはずだがこの際どうでもいい、試して駄目なら駄目で構わなかった。俺の黒髪一本にそこまでの価値はない。
親指と中指で円環を作り頭で『無生物魔法化』と考えるが、歩のように指先が白く光ることはなかった。
〇尾君に対して内心で毒づいた後、気を取り直して髪の毛に触れてみる。すると髪の毛が光輝き、俺の指に吸い込まれるように消えていく。
同時に小さなエメラルドグリーンの円環の中に表示される小さな文字。
『植毛(一本)』
指定した場所に髪の毛を一本生やす
「…………」
まじですか?
うおっしゃ来たこれえええええ! これで世界中の禿げは撲滅じゃああああああ!
なんて叫ぶとでも思ったか!?
「ちょ、歩これ見てくれよ。あほだろこれ……」
と言ったところで時間が来そうになり、俺は思わず腕に向けて魔法を発動させてしまう。
ぴょいんぴょいんと、魔法化した髪と同じ長さの黒い毛が腕に一本生え……俺は泣いた。
「ちょ、兵輔! 何泣いてんの?……って嘘泣き! うん、まぁ……確かに兵輔のは愉快な魔――」
「しゃらーーーーーっぷ! くそ、なんだよこれ! おらっ!」
力を込めると僅かな痛みを伴なったが簡単に毛は抜けた。
唯一本の長い髪の毛が抜け、ハンカチを目の端に当てる波平〇んが目に映るよう。
俺は『アホ腕毛』の称号を得なかったことに、ホッとし胸を撫でおろす。
「あはは、いいじゃん。面白かったし! ふわぁぁ。
それに、僕も兵輔もまだレベル3だからさ。レベル上がったら、ふさふさのかつらが現れるようになるかもよ?」
慰めようとしてくれてんのかよく分からんが、確かにそれなら俺は毛のない人に神と崇められることだろう。
「髪だけになっ!」
「な、急に何言ってんの? それより僕ちょっと眠いよ……。お風呂入ってないけど……疲れちゃったのかなぁ……」
歩のツッコミが入らないことに寂しさを覚えると同時に、俺もかなりの眠気に襲われてることに気が付いた。
見れば歩は瞼をとろりと落としそうで、首がこっくりこっくりと揺れている。
俺自身も時間を確認するのも億劫な程に眠いが、多分、まだ眠くなるような時間じゃないはずというのは分かる
「ああ、俺もすげーねみーや……。確かに疲れてんのかもしれん。とりあえず、ベッド行って寝ようぜ? 風呂は……明日でもいいだろ……」
そう言いながら、動きの緩慢な歩の肩を支えてベッドに運ぶと、俺も突っ伏すように倒れ込み、
「…………」
1
あなたにおすすめの小説
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
二度目の勇者は救わない
銀猫
ファンタジー
異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。
しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。
それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。
復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?
昔なろうで投稿していたものになります。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる