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第一章

014 莉緒と会長との別れ

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 街の外壁の外。堀のようなものが掘られ跳ね橋がかけられているのを、チラと見てから歩へと顔を向ける。

「そういやさ、金の延べ棒出してって頼んだじゃん? けど、ゴールドバーみたいなのを描いたのは、重いの知ってたからなん?」

「ん、そうだよ。金って比重が大きいから凄く重いって見たことあったんだ」

 金塊は小さい見た目からは想像できないほどに重かった。
 ゲームでは金貨とか使ってるような気がしたので、ゲーム終盤では運ぶのには苦労しているのだろう。
 天文学的な数字の金を所持することになるからな。

 それよりちょっと釘を刺しとかないといけない、と思い歩に顔を向けた。

「あんさ? 俺が頼んだんだけどさ、今後はお金とか金とかはなるべく出さないようにしろよ?」

 その言葉に歩は驚いたような顔をし、

「え? そんなの当たり前じゃん。消えないならまだしも消える物で人を釣ってたら、いつかしっぺ返しくらっちゃうよ」

 と言った言葉に、ああ、分かってんだなと頷いた。

 日本で偽札を作り出す人間はすべからく処罰される。
 それは異世界に来たからといって変わりはしない。
 なんでもやってしまえば、その人間は当然人として地に落ちる。バレなきゃ良いってものではないのだ。


――闇金ウ〇ジマ君のとこに連れてっちまうぞ!


 我ながらキレが今いちだなと思いつつ、闇金の利用は計画的にしないとな、と内心で心を震え上がらせた。

「ま、分かってんならいいんだよ。宝飾品とか金ってのは人を狂わせるからな」

「そーだね。金塊見た兵士の人、明らかに目の色が変わってた。正直、僕も生であんなの見たことなかったけど、凄いもんだね」

「確かになぁ。塊の金って物の破壊力は予想以上にでかい。……もしかして、さっきの物影の音は……見られてたか……?」

 金塊を放った時、カランカランとわりと大きな音が鳴った。その時は、人がいないと思っていたが、見られていた可能性は否定できない気がする。

「どうだろ? でも、それは気にしても仕方なくない?
 それよりさ、さっき兵輔って何やったの? 空中で石が破裂したように見えたけど」

「ん? その通りだよ。石を魔法化したら直線的に飛ばす魔法だったから、投擲ベクトルを調整してくっ付けた状態で空中で砕いてみたんだ。
 いや、石が砕けず弾く可能性もあったんだけどさ、まぁそれでも大きな音は鳴ってたはず……ってのが作戦だな」

「へぇ凄いねぇ……。いや、浅草寺さんの上段回し蹴りも凄まじいと思ったけど」

 と、歩が言ったところで俺は思い出す。頬をつねってやることにしたんだと。

「あふぁっ? な、なにふんのさ!」

「歩、お前莉緒のパンツ見ただろ! だから俺はつねってやると決めてたんだ!」

「ええ、いや、見てないし……。って、何? 兵輔はパンツ見てたわけ?」

 自爆したっ!?と俺の視線は虚ろにさ迷う。

「い、いや、ちがくてさ! 歩が見たんじゃないかなーって……うん、あ! そうだ!」

「何?」

 ジト目の歩が怖い。莉緒にバラされたら俺の肝臓は……今度こそ命日を迎えてしまう。

「いや、兜がパカって割れただろ? あれ、持ってくればよかったなぁって……な?」

「持ってきても割れてるんだから使えないでしょ。あ、いや、そっか。兵輔なら魔法化出来ちゃうのか……。どんな魔法になるんだろうね」

 よっしゃ、話逸らせた!と内心でガッツポーズをかまし、

「うーん、汗臭い男の兜だろ? 悪臭を周囲にばらまいて攻撃する。とかなんじゃね?」

「いやいや、それ汗しか魔法になってないし。それより、兜がぱっくり割れた時思ったんだけど……」

 やばい!これブーメランのように戻ってくるパターンか?と思いつつ恐る恐る尋ねかける。

「思ったんだけど……?」

「あ、うん。いや、浅草寺さんが空手の中学チャンピオンってのは知ってるけどさ。それでも、兜は割れないでしょ、普通。
 だから、ステータス解放して強くなったんじゃないのかなって思ってね」

 確かにビンタの威力が地球の時より強かった。その速度にほとんど差異が無かったにもかかわらずだ。
 でもガラス瓶を手刀で落とせるって言ってたし――って、いや待てよ?
 そういや、あの時の手刀打ち、気持ち悪いくらい速かった。おそらくあれも、そういうことになるのだろう。
 やっぱ莉緒はあんま怒らせないようにしないといけないな、と一人うんうんと頷いた。

 そんな話をしてるうちに莉緒と会長の姿が目に映った。楽しく笑いながら話しているようで、ほんと仲良くなったもんだなと思う。

「兵輔ー、買ってきたわよー」

 手を大きく振りながら歩みを早めるのに心が揺れる。
 ほんと、女ってのはよく分からん、と思いつつも俺は頭を下げた。

「いや、ほんとすまないな。会長さんもありがとうございました」

「いえいえ、良いのですよー。それより、別に敬語じゃなくてもいいですよ。気楽に話しかけてください、もしよかったら怜奈と呼んでいただいても構いませんよ?」


――ほんとに女ってのはよく分からん!


「いや、流石にそれは……。まぁ、ほんとありがとうでした。なんか変わったこととかあったりしました?」

 俺の微妙な砕け言葉に二人は仲良く首を振った。
 さっきの物音は二人を追ったって訳でもなかったという事で安心した。俺達が危険な目に合うほうがずっといい。
 思ってると莉緒が収納庫から、カバンと剣と大き目の袋を取り出して渡してくる。

「変わったことはなかったし、お金も調べてきたよ。えっとね、怜奈、さっき話したので合ってるんだよね?」

「ええ、多分合ってると思いますよー。赤が一万、青が千、水色が百円くらいの価値っぽいですね。
 さらにお釣りとしてガラスみたいなコインも貰いましたが、こちらは十円ってところになりますかー」

 ということは、俺は11万1000円分をくそ兵士に渡してしまったという事。物価はよく分からんけど、俺の小遣いから考えると安くはない。
 くそ、本当にふざけてる泥棒達だったな。
 と兵士たちに内心で毒づいていると、会長は言葉を続けた。

「これらはどうやら魔力の結晶のようなものらしいのですよ。モンスターを倒せば得られるとお店の方は言っていました」

 やはりモンスターいるんだな、と思いつつ口を開く。

「ゲームのモンスターがお金を持ってるってのがおかしいと思ってましたけど、魔力の結晶がお金になるなら何となく納得できます」

「そうですね。単位はエネラって言うらしいです。あとは――地図はありませんでしたが、街道に沿って行けば良いようです」

 見ても分かるはずもないが、なんとなく南方面に目を向けてみる。

「あ、そういや、お金。どうすればいい?」

 と、莉緒に向かって尋ねかけると莉緒は俺の目の前までやってきた。

「出してあげようかと思ったけど、やっぱり貸しにしとく。分かった? 貸したからね? 絶対返すのよ?」

 俺の顔をじっと見つめるその双眸は、真剣さで溢れていて、さっき考えた闇金の事が脳裏を過り、反射するように俺は大きく頷いた。
 莉緒の追い込みは、別の意味で死ぬほど危険だと思われる。

「ああ。勿論だよ。金は返すのが当たり前。いや、借りたものは返すのが人間としての常識だ!」

 チラリと、燃え盛る鉄板の上で、涙を流しながら土下座をしている債務者の姿が頭を過ったが、目の前の光景を見てすぐ消えていった。
 俺の言葉になぜか莉緒が、いや、歩と話していた会長も、肩を竦めて大きく首を横に振ったのだ。

「ちがくてさ……。まぁいいわ」

 と、大きく息をつきながら莉緒は髪留めを外しだす。と、同時にハーフアップにしていた髪が下りてきて、ふわりと良い香りが俺の鼻に届く。
 若干癖のついた黒髪ボブになってしまったけど、それが凄く似合ってて可愛くて。俺の心はトキメキつつ、理解不能な行動に不安の火種がちらと覗いた。
 まだ返済期限過ぎてないからね?と恐る恐る様子をうかがう。
 莉緒は髪留めを指でつまんだまま腕を組み、ぶっきらぼうに口を開く。

「円環作って収納庫出してよ」

 頭に『?』を浮かべながら言われた通りにやってみる。
 と、莉緒は俺が両手で作ったエメラルドグリーンの泉の中に、薄黄色で天使の羽のようなモノを象どった髪留めを放り込んだ。
 俺の泉は放り込んでも金の髪留めには変わらないし、一体どういう意図があるのだろうか。

「これも貸しだからね? あっちから持ち込んだ貴重な物なんだから。もし、死んじゃったりしたら取り出せなくなるんだからね? 絶対返してね」

 そう言って離れていった。借りたものは勿論返すのは当たり前。
 けれどそれ以上に、俺が死ぬと思われているのかと思い、俺のハートは涙を流す。

 それに、金を返させるために大切な物を預けるというのは、逆なのではなかろうか。
 もし俺が死んだら両方なくなってしまう。そう考えるとなんとなく莉緒の意図が分かったような気がした。
 死んでしまえばもう莉緒とは会えない。それだけは避けたいと思い口を開く。

「うん、俺頑張るからさ。莉緒……と、会長も頑張ってください。で、また必ず再会しましょう」

 莉緒に声を掛けた後、会長に顔を向けると会長が口の端を上げた。

「あらあら、なんだか私はついでみたいなのですよー。ま、いいです。兵輔君、歩君をお願いしますね」

「い、いや、そういうわけじゃ……。歩は大丈夫ですよ。俺より余程しっかりしてますから」

「ふふ、そうですか? じゃ、歩君、兵輔君をお願いするのですよー」

 と言いながら歩と話し出したので、俺は莉緒の前まで歩み寄り。髪の毛をくしゃっとしてやった。

「な、何するのよ! 髪留めしてないから乱れちゃうじゃない!」

「はは、いやな。俺頑張るからさ、莉緒も絶対死んだりとかすんなよな? 莉緒が死んだら俺も死ぬからな!――――なんてなっ」

 半分冗談。最後に一発くらい殴られてもいいかなと、思って言ったけれど、意外にも頬を染めていて、瞳を僅かに潤ませていて、

「ばっか! 私は大丈夫に決まってんじゃない! 兵輔はさっきだっ……いえ、まぁいいことにするわ。私兵輔が言ったこと覚えてるからね!」

 莉緒の言葉は意味深であるが、気になったのは覚えてるという言葉。

「覚えてる……? 覚えとくじゃなくて……?」

「そうよ。あなた、私の旦那になるって言ったのよ? 忘れてるとでも思った?」

「へ……あれは冗……いや、そうだな。言った、確かに言った。ま、とにかく、次再会する時まで頑張ろうぜ?」

 言いながら手を差し出した。莉緒は顔を僅かに赤らめ、掌を服で拭ってから俺の手を握る。
 やはりというかその手は、女の子の物とは思えないごつごつした掌。
 けれど、その感触と力強さが俺に勇気と安心感を与えてくれて、この先の旅路に希望を見いだせるような気がした。

「ここで熱いヴェーゼでもしてくれたら、もっと頑張っちゃうんだけどな!」

「な、何言ってんのよ! 私達は……そんな関係じゃないでしょ! 馬鹿言ってないでさっさと行きなさいよ!」

 言いながら手を離し、俺を突き飛ばすように両手で肩を押し出してくる。
 そんな、の前に何か言葉を言ったような気がしたが、聞き取ることは出来なかった。それより、失敗しちまったかなと思い肩を落とす。
 ドラマとかだと、ほっぺにチューくらいはありそうな雰囲気だと思ったんだが、ドラマはやはりドラマで嘘つきであったと、俺は遠い日本のドラマに呪詛の言葉を投げつけた。
 そこで、俺達に向けて会長が微笑んでるのが目に入る。隣では歩がニヤニヤと笑っているのも目に入る。

「さて、お別れは終わりましたか? 中々ドラマみたいで面白かったのですよー」

「そーですか! なんだかコメディみたいになっちゃいましたけどね! それより、会長も握手しときますか?」

 俺の提案に会長は首を横に振った。

「その発言は悪手なのですよー。はい、兵輔君もご一緒に!」


――握手だけにな!


「はっ!?」

「ふふ、それではしばしの間お別れです。とはいえ、またすぐに連絡するので楽しみに待っててくださいね」

 それを最後に俺は歩と共に二人に背中を向けた。振り返れば手を振ってくれていて、やっぱり女の子に見送られるのは嬉しいもの。
 しっかし会長はすげぇなと思う。俺が馬鹿なことを考えてるのも全て見透かされているんじゃないかと思う程。
 会長に対して若干おののき、八つ当たりのように雑草を踏みしめて、歩と何気ない話をしながら俺たちは外壁を迂回していく。
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