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第二章 友達編
友達編 12
しおりを挟むゆっくり走ってきたとはいえ、予定より早く出発した柊一郎は、早すぎたか、と思っていた。が、イベント会場が近くなるに連れ道が混み始め、進みが遅くなってくる。柊一郎は、むしろ早く出るのが正解だったのだということにようやく気付いたのだった。
全く進まないというほどではなかったが、それなりに列が続いている。予定通りに出ていれば完全に渋滞に巻き込まれていただろう。
しかし進んでいるとはいえ、列ができるほど車が並んでいるという事は、この車の数以上に人がいるということだ。柊一郎は悠介を連れて行ってもいいものかと段々不安になってきていた。
思い返せば悠介と話しができるようになるまで結構な時間がかかったように思う。
出会った当初の悠介は、話しかけても小さく返事をして距離を取っていた。自分から話しかけることはなく、ニャーがいなければ怯えたようにニャーを探して、ニャーが顔を出せば安堵した表情になる。それでも柊一郎は諦めずに古書店へ通ったのだ。
そうして悠介との出会いから数ヶ月を経て、ようやくデートまで約束する間柄になったはずが、どういうわけか未だに悠介と視線が合うことはない。悠介と視線が合ったのは初めて顔を合わせた、あの衝撃の出会いの時、たった一回だけだ。
出会ってからこれまでの事を思うと、ハッキリとは言わないが、やはり人や人混みが苦手なのだろう。それなのに、いきなりイベント会場は無謀だったかと柊一郎の胸に後悔の念が押し寄せてくる。怖がらせて怯えさせてしまっては元も子もない。
ゆっくりとだが、確実に進んでいる列のスピードに合わせて運転しながら柊一郎は考える。思い切って列を外れ、ただドライブをするだけでもいいのではないか。そう思い始める。
「あ、あの……犬山さん」
車の動きが止まった隙を見計らってチラリと悠介に視線を向けると、悠介の表情は思った以上に強張っていた。柊一郎は悠介のその表情に、やっぱり会場に入るのはやめようと決心する。こんな表情をさせたいわけではない。無理してほしくない。笑顔で楽しく過ごしてほしい。
「犬山さん……行くの、やめましょう」
「……えっ!?」
柊一郎の言葉に少しの間を空けて店主は驚いた声を上げた。ニャーは何も言わず、動かず、チラリと視線だけを柊一郎に向ける。
「このままドライブでも、いいんじゃないかと思って」
極力優しい声でそう言うが、悠介は明らかに肩を落として俯いた。まさかこんな反応をするとは思わなかった柊一郎は少し驚く。
「で、でも……せっかく、しゅ、いちろうさんが……計画、たててくれた、のに……」
「……そう言ってもらえるのは嬉しいですけど……でも、無理してほしくないですし、まずは公園なんていいんじゃないですか? ニャーも遊べますし」
柊一郎なりに悠介を想っての事だったが、悠介はショックを隠しきれず、小さな唇を震わせる。呆れられたのかもしれない、一緒にいてもつまらないと思ったのかも。面倒くさいヤツだって思ってるのかもしれない。悔しくて悲しくて悠介の目に涙が滲む。
それでも、悠介は諦めたくなかった。
ニャーも自分たちも楽しめる場所を、妥協することなく一生懸命探してくれて。心の底から嬉しくて、だからこそこんな自分が情けなくて。少しでも本当の気持ちを伝えたい。知ってほしい。決して行きたくないわけではないと、むしろ行ってみたいと、そう思っていることを。
「……でも……ニャーも楽しみに、していて……お、おれも……楽しみで……」
言いながら悠介の声はだんだんと小さくなってキュッと唇を噛み、膝の上でズボンをギュッと握った。上手く伝えられない事がもどかしい。
そして、そんな悠介に柊一郎の胸は締め付けられる。それと同時に楽しみにしていてくれた事が嬉しくもあり、悠介の気持ちも自分の気持ちも無碍にしたくない。柊一郎は、もう少し悠介の様子を見て判断しようと思い直した。二言だらけと言われようとも、柊一郎にとっては悠介の気持ちが最優先なのだ。
「……分かりました。でも、少しでも苦しくなったり怖くなったら、ちゃんとニャーと俺に言ってください。約束してくれますか?」
柊一郎がそう言うと、悠介はパッと顔を上げて嬉しそうな表情になった。
視線は相変わらず柊一郎の肩越しに向かっている。
「言い、ます……や、くそく……しま、す……!」
嬉しそうな悠介の表情に勝てるはずもなく、柊一郎は微笑むと進み始めた前の車にゆっくりと着いて行った。
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