世間が何を言おうとも、私たちは夫婦です。

蒼キるり

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セックスをしない夫婦

4話

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 時間を置いたら、本当にそんなこと出来るのかと不安になってしまうかもしれない。
 そう思った私は、決意が冷めないうちに、その文章を読み込んで要点をまとめた。
 何度も丁寧に丁寧に読み返したところで、ようやく肩の力が抜けた気がした。
 大丈夫。きっと、大丈夫。でも、その前に正樹に聞かなくてはいけないけれど。
 そう思った途端に、眠気が襲ってきた。少しだけ、ほんの少しだけ、と自分に言い訳するようにテーブルに伏せた。

 気がつくと、私の肩にブランケットが掛けられていた。
 もう外は真っ暗で、何時間寝ていたのだろうとひやりとした。
 慌てて身体を起こすと、近くにいた正樹が声をかけてくる。


「亜子、起きた?」

「ごめん、全然気づかなかった」


 全然いいよ、と正樹が笑いながら私の隣に腰を下ろした。
 お茶でも飲む?と尋ねてくれる正樹に、緩やかに首を振ってから口を開く。


「正樹、あの、話があるんだけど」

「なに?」


 柔らかく笑う正樹の顔はひどく穏やかで、どうして私はこんな風に笑えないんだろうと、ふいに泣きそうになった。


「私、正樹のことが、すごくすごく好きで、大切で、本当に幸せなんだけどね」


 声がみっともなく掠れても、正樹は止めなかった。
 うん、と正樹の柔らかな相槌に、私の本音が零れる。


「時々、すごくつらいの」


 ごめんね、という言葉は言葉にできていたか分からない。溢れた嗚咽がひどくうるさい。
 ごめんね、ごめん。ごめんなさい。こんなに幸せなのに。
 でも、そっと伸ばされた正樹の手が優しく私の手を握る。


「亜子が悩んでるの、気づいてた」


 正樹の手は正樹の声と同じくらい、温かくて優しい。
 初めて手を繋いだ時と何も変わらない。


「ごめんね、なんにも言わなくて」


 ううん、と首を振る。正樹が謝ることじゃない。
 だって、それが正樹の優しさなのだと私は知っているのだから。そして、それが私は何より嬉しく尊敬している。
 正樹が人のことを尊重して踏み込まないことは、私にとって変えがたい救いだ。


「私、やってみたいことがあるの」


 手を握り返しながら、私は告げた。


「それをすることで、正樹の話も世の中に出るかもしれないの。まだ分からないけど、そうなるかもしれない」


 す、と深く息を吸って正樹の瞳をまっすぐに見つめた。


「私、挑戦してみてもいいかな」


 私の気負いも覚悟も全部受け止めたみたいに、正樹は柔らかに笑ってくれる。


「亜子がやりたいことを応援するよ」


 ああ、どうしてこんな風になれないのだろうという思いと、私もこんな風になりたいという思いが交差する。
 でも今は、全部見ないふりをして、ありがとうと笑ってみせた。
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