11 / 29
第3章
人になりし獣=獣になりし人3
しおりを挟む
頭の上をそっと撫でられ、先生の顔をじっと見つめる。
「また穂積くんと喧嘩をしちゃったの?」
「クーン(そうなんです、先生)」と鳴いて返事をする。
「喧嘩をして、傷つくたびにワンちゃんになっちゃうけど、それでも穂積くんが好き?」
「キャン(はい、隼人のことが大好きです)!」
「そっか。だとしたら、もっと仲よくなれるように努力しないとね。まだ穂積くんに自分の思いを伝えてないんでしょ?」
ぼくは頭を下げて答えに窮した。
「今は昔と違って友だちを作る方法や恋人になるためのアタックの仕方なんかが本や雑誌、ネット記事なんかを調べれば、すぐに出てくるわ。だから仲のいい友だちになるにせよ、『好き』って気持ちを伝えるにせよ、もっと穂積くんと落ち着いて話をいっぱいできる方法を見つけないと。じゃないと、このままポメラニアンから戻れなくなっちゃうかもしれないよ」
首をかしげていれば、先生がアナログの腕時計を見せてくれる。時刻は9:45。
朝の集会はとっくの昔に終わっていた。それどころか一時限目が始まってる!
なんで起こしてくれなかったの? と先生に目を向ければ、「やっぱり覚えてないんだね」と先生が腰に手をあて、ため息をついた。「朝会の後、わたしがここに戻ってきたら犬伏くんは起き上がって、『遊んで』って催促したの。それでボール遊びや縄のおもちゃで引っ張りっこをしたんだけど、ぜんぜんもとに戻らないし、そのうち微熱で具合が悪い生徒が来たから一度段ボールの中に隠れてもらったのよ。覚えてない?」
えっ……何それ? ぼく、先生とボール遊びをした記憶なんてないよ。
茫然としていれば、先生がデスクのほうへ移動して電話の受話器を取り、ボタンをポチポチと押す。
「お母さんを呼ぶわね。できれば今日中に病院で検査を受けたほうがいいわ」
「キャンキャン(大げさだよ、先生)」
「あのね、犬伏くん。守護者であるわたしとこうして触れ合ってるのに、いつまでも人へ戻れないのは、充分異常な状態なんだよ」
先生が何を言っているのかわからない。頭の中が真っ白になっていくのを感じながら、ぼくはその場に立ち尽くした。
*
お母さんが迎えに来てくれるまでの間も先生に撫でてもらったり、遊んでもらったけど、一向にぼくの身体は人間に戻らなかった。
お父さんも、お母さんもヒューマン・トランスフォーマーに理解ある守護者が幹部や上司である仕事先に勤めているから、ぼくが人間に戻れない非常事態になっても、すぐに学校まで駆けつけられる。
ぼくはベッドの下でクッションの中で静かに丸まり、息をひそめて、お母さんが来るのをひたすら待っていた。
その間、先生は保健室に重病人が来ないかどうか殺気立っていた(犬になると嗅覚が鋭くなって、近くの人が、どんな気分でいるのか、においでわかるんだ!)。
体育の授業でねんざをした生徒を、先生が治療する。先生はその間も神経を張り詰めている。
だけど誰も、保健室の中に犬が隠れているなんて思わない。だから、みんな、治療をしてもらったら教室へ帰っていく。
ぼくは耳を左右に動かして顔を上げた。
駐車場のほうで車のエンジンが止まり、ドアをバタンと閉める音がする。
聞き慣れた足音がして、ほっと安心する。
そうして保険室の前で足を止め、ドアを軽くノックする音がした。
「すみません、犬伏の母です。渡辺先生はいらっしゃいますか?」
先生はデスクから立つとドアを開け、すぐに鍵を施錠し、仕切り用カーテンの引かれたベッドのところへ、お母さんを連れてくる。
ぼくは、ベッドの下から出てきて、お母さんの足に頭を擦りつける。
「渉、大丈夫?」
「キュワン。クウ……クウーン……(お母さん、ぼく、人間に戻れないよ。どうしよう……今日は収録がある日なのに……)」
「何を言ってるの!? 今は人間に戻るのが先でしょ! 先生、それで渉がポメラニアンになってから、どれくらい経っているんですか?」
「かれこれニ時間近く経っています」
「そんな……」
そうして渡辺先生とお母さんは今後の話を始めた。
だけどぼくは、それどころじゃなかった。細々ともらっているお仕事を当日ドタキャンなんて冗談じゃない!
事務所の社長は守護者だし、マネージャーさんや内部の人間もヒューマン・トランスフォーマーに理解のある人たちだ。
「変態しちゃいました」って連絡をとれば休む手はずを整えてくれる。
だけど先輩たちや監督は、そうはいかない。声優という芸能界でヒューマン・トランスフォーマーの人間はごく少数。大多数は、そんな存在があることも知らない普通の人だ。
おまけにぼくは駆け出しの新人ってさけでなく高校生でもある。
「体調管理もろくにできない」「遊びで声優をやってる」「引っ張りだこの大御所でもないのに何様?」「周りに迷惑をかけている」とレッテルを張られ、最悪干されてしまう。
せっかくオーディションを受けてガヤの役をもらったのに監督から「もう来なくていいよ」なんて言われたら一巻の終わりだ。
「それじゃあ、わたしはクラス担任に話をつけてきます。事務員の守護者に、犬伏くんのくつを取りに――」
ノックの音がして、ぼくたちは固まった。
「せんせー、渉はどうしてます?」
隼人だ!
「また穂積くんと喧嘩をしちゃったの?」
「クーン(そうなんです、先生)」と鳴いて返事をする。
「喧嘩をして、傷つくたびにワンちゃんになっちゃうけど、それでも穂積くんが好き?」
「キャン(はい、隼人のことが大好きです)!」
「そっか。だとしたら、もっと仲よくなれるように努力しないとね。まだ穂積くんに自分の思いを伝えてないんでしょ?」
ぼくは頭を下げて答えに窮した。
「今は昔と違って友だちを作る方法や恋人になるためのアタックの仕方なんかが本や雑誌、ネット記事なんかを調べれば、すぐに出てくるわ。だから仲のいい友だちになるにせよ、『好き』って気持ちを伝えるにせよ、もっと穂積くんと落ち着いて話をいっぱいできる方法を見つけないと。じゃないと、このままポメラニアンから戻れなくなっちゃうかもしれないよ」
首をかしげていれば、先生がアナログの腕時計を見せてくれる。時刻は9:45。
朝の集会はとっくの昔に終わっていた。それどころか一時限目が始まってる!
なんで起こしてくれなかったの? と先生に目を向ければ、「やっぱり覚えてないんだね」と先生が腰に手をあて、ため息をついた。「朝会の後、わたしがここに戻ってきたら犬伏くんは起き上がって、『遊んで』って催促したの。それでボール遊びや縄のおもちゃで引っ張りっこをしたんだけど、ぜんぜんもとに戻らないし、そのうち微熱で具合が悪い生徒が来たから一度段ボールの中に隠れてもらったのよ。覚えてない?」
えっ……何それ? ぼく、先生とボール遊びをした記憶なんてないよ。
茫然としていれば、先生がデスクのほうへ移動して電話の受話器を取り、ボタンをポチポチと押す。
「お母さんを呼ぶわね。できれば今日中に病院で検査を受けたほうがいいわ」
「キャンキャン(大げさだよ、先生)」
「あのね、犬伏くん。守護者であるわたしとこうして触れ合ってるのに、いつまでも人へ戻れないのは、充分異常な状態なんだよ」
先生が何を言っているのかわからない。頭の中が真っ白になっていくのを感じながら、ぼくはその場に立ち尽くした。
*
お母さんが迎えに来てくれるまでの間も先生に撫でてもらったり、遊んでもらったけど、一向にぼくの身体は人間に戻らなかった。
お父さんも、お母さんもヒューマン・トランスフォーマーに理解ある守護者が幹部や上司である仕事先に勤めているから、ぼくが人間に戻れない非常事態になっても、すぐに学校まで駆けつけられる。
ぼくはベッドの下でクッションの中で静かに丸まり、息をひそめて、お母さんが来るのをひたすら待っていた。
その間、先生は保健室に重病人が来ないかどうか殺気立っていた(犬になると嗅覚が鋭くなって、近くの人が、どんな気分でいるのか、においでわかるんだ!)。
体育の授業でねんざをした生徒を、先生が治療する。先生はその間も神経を張り詰めている。
だけど誰も、保健室の中に犬が隠れているなんて思わない。だから、みんな、治療をしてもらったら教室へ帰っていく。
ぼくは耳を左右に動かして顔を上げた。
駐車場のほうで車のエンジンが止まり、ドアをバタンと閉める音がする。
聞き慣れた足音がして、ほっと安心する。
そうして保険室の前で足を止め、ドアを軽くノックする音がした。
「すみません、犬伏の母です。渡辺先生はいらっしゃいますか?」
先生はデスクから立つとドアを開け、すぐに鍵を施錠し、仕切り用カーテンの引かれたベッドのところへ、お母さんを連れてくる。
ぼくは、ベッドの下から出てきて、お母さんの足に頭を擦りつける。
「渉、大丈夫?」
「キュワン。クウ……クウーン……(お母さん、ぼく、人間に戻れないよ。どうしよう……今日は収録がある日なのに……)」
「何を言ってるの!? 今は人間に戻るのが先でしょ! 先生、それで渉がポメラニアンになってから、どれくらい経っているんですか?」
「かれこれニ時間近く経っています」
「そんな……」
そうして渡辺先生とお母さんは今後の話を始めた。
だけどぼくは、それどころじゃなかった。細々ともらっているお仕事を当日ドタキャンなんて冗談じゃない!
事務所の社長は守護者だし、マネージャーさんや内部の人間もヒューマン・トランスフォーマーに理解のある人たちだ。
「変態しちゃいました」って連絡をとれば休む手はずを整えてくれる。
だけど先輩たちや監督は、そうはいかない。声優という芸能界でヒューマン・トランスフォーマーの人間はごく少数。大多数は、そんな存在があることも知らない普通の人だ。
おまけにぼくは駆け出しの新人ってさけでなく高校生でもある。
「体調管理もろくにできない」「遊びで声優をやってる」「引っ張りだこの大御所でもないのに何様?」「周りに迷惑をかけている」とレッテルを張られ、最悪干されてしまう。
せっかくオーディションを受けてガヤの役をもらったのに監督から「もう来なくていいよ」なんて言われたら一巻の終わりだ。
「それじゃあ、わたしはクラス担任に話をつけてきます。事務員の守護者に、犬伏くんのくつを取りに――」
ノックの音がして、ぼくたちは固まった。
「せんせー、渉はどうしてます?」
隼人だ!
10
あなたにおすすめの小説
俺の婚約者は小さな王子さま?!
大和 柊霞
BL
「私のの婚約者になってくれますか?」
そう言い放ったのはこの国の王子さま?!
同性婚の認められるパミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルは自由気ままに生きてかれこれ22年。
今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の我が国の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。
「年の差12歳なんてありえない!」
初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。
頑張り屋のアルミス王子と、諦め系自由人のカイルアが織り成す救済BL
※遅筆ですので気長にお待ちいただけますと幸いです
※拙い文書ですのでよく修正をするかと思います
【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―
綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。
一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。
もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。
ルガルは生まれながらに選ばれし存在。
国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。
最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。
一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。
遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、
最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。
ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。
ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。
ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。
そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、
巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。
その頂点に立つ社長、一条レイ。
冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる